尋問
「…………んん」
「やっと起きた」
「……先輩? 俺達どうなって……」
「見ての通りよ」
「……完全に拘束されちゃってますね〜」
――鉄格子の牢屋に閉じ込められ、手枷をつけられている状況に、人生の終焉を予感したジュリウスは取り乱した。
「だから言ったじゃないですかぁっ!! こんな場所に立ち入るのはやめようって!!
俺達、このまま丸焼きにされて食われちゃうんだァ!!」
「うるさいわね! まだ食われるって決まったわけじゃないでしょう!! むしろこの状況はチャンスと言ってもいいわ!」
「何がチャンスなんすか!」
「食べるつもりならあんたが気絶している間に、とっくに二人とも食われてるっての。
そうせずにこうやって拘束しているってことは、まだ交渉の余地があるか、そもそも食人族という噂自体がガセってことよ。
幸い言葉が通じるから、上手くいけば取材にまで漕ぎ着けるかも……」
「いきなり後頭部殴ってくるような奴らと、理性的な話ができるとは思えませんけどねぇ……!
まったく……何でこんな人についてきちゃったんだろう……ああ、二重の意味で頭が痛い……」
――対称的な未来を想像する二人の元へ、どしん、どしんと地が揺れるかのような足音が、ゆっくりと近づいてくる。
「何この足音……」
「嫌な予感が……」
――光が映し出した体格の良い人影が、鉄格子の外に現れたことで二人は息を呑んで表情を引き締める。
人影の主が鉄格子の前に姿を顕にしたことで、二人の緊張感が一気に高まることになった。
「おうてめぇらァ……喧しいぞコラ」
(何よこいつ……!? とんでもないデカさじゃない!)
――身長が2メートルを越え、黒光りする隆々とした上半身を見せびらかす、アフロヘッドの大男が睨みを利かせて二人を見下ろしている。
その背後から、二人をここまで連れてきた少年が、牢屋の鍵を手にしてゆらりと姿を現した。
「あ……さっきの……」
――少年は牢の扉を開き、二人の背後へと回る。
「よし……それじゃあ付いて来て貰おうか」
「どこへ?」
「質問すんじゃねェッ!! 黙ってついて来いッ!」
「「 ヒィ!? 」」
「妙な動きしたら、そいつが後ろからブスリといくからな……まぁ、枷があるから何もできねぇとは思うがよ」
――後ろを振り向いた二人に対し、少年は無言でナイフを取り出して威圧した。
「わかったわよ……」
「どうしてこんなことにぃ……」
―――――――――
「よーし……それじゃあまずはてめぇらの素性からゲロって貰おうじゃねぇか……」
――狭い密室へと案内された二人は、正面にアフロヘッドの大男、部屋の角の四隅に少年を含めた見張りが着いた状況で尋問されていた。
「ちょっと待って……ああもう……!」
「何してんだコラ」
「胸ポケットに名刺入れが入っているのよ……名前も会社名もそこに載っているけど、この手枷がつっかえるせいで取れないの!」
「めいし入れだぁ? なんだそりゃ……その口で素性を言えばいいだろうが」
「スムーズに自己紹介できるんだから良いじゃない! 自己紹介に名刺を使うのは社会人の常識よ!」
「せんぱぁい……そんな常識が通用する状況じゃあないでしょうよ……」
「ちっ……おいヴェル、代わりにめいし入れとやらをポケットから出してやれ」
「うん」
「ちょ……ちょっと待ってよ!?」
「んだよ」
「貴方、男に女性の胸ポケットをまさぐらせる気!? 子供だからって、それは許容できないわ! 女性にやらしてよ!」
「注文の多い野郎だ……おーいアルマ、いるんだろ!」
「どーしたの、にぃに?」
「ウワアァァァっ!?」
「きゃあァァっ!?」
――メイスを持った少女が、天井裏から飛び降りて机へと着地し、不意を突いた登場に驚いた二人組は大袈裟なリアクションを取りながら叫んでしまった。
「そいつの胸ポケットからめいし入れを取り出してくれ」
「めーしいれ? ヨくわかんないけどわかったー」
――少女は机の上に膝を付きながら、ジャーナリストの女性の胸ポケットへ無造作に小さな手を突っ込み、思い切り胸を鷲掴みにした。
「いだだだッ!? 胸掴んでどうすんのよ!!」
「アハハ、やわやわ」
「おぉう……」
「揉んでないで、この革のケースを取ってよ!!」
――紆余曲折あって、名刺入れは少女から大男へと手渡され、中に入った名刺を取り出した大男は頭を抱えて肘で頬杖をつく。
「あ〜……良く考えりゃ、おれ様ァ字が読めねぇんだった。
ヴェル、代わりに読んでくれや」
「うん……名前は【ピア・パレデス】……、"トゥルース・ウィスパー"っていうのは会社の名称かな?」
「その通り! トゥルース・ウィスパーは【シャルターガ共和国】で、今一番ノリにノッている新聞社よ!!
私達はその新聞社に勤める、ジャーナリストなの!」
「しんぶんしゃァ? ジャーナリスト? なんだそりゃ……」
「新聞っていうのは色んな情報が載っている紙媒体のことだよ。
ジャーナリストはその情報源を集める職業だね。」
「はーん……んで、そのシャルターガ共和国のジャーナリスト様達は、こんな場所に何しに来たんだよ?」
「もちろん、アインシュベルン皇国の真実を取材しによ!!」
「真実だァ?」
「貴方達の国は食人族が住んでいるだの、緑色の血が流れた悪魔が作った国だの、ネガティブでバイオレンスな情報が飛び交う厄ネタの宝庫なのよ」
「散々な言われようだな……」
「私達はそんなガセネタに惑わされず、皇国の真実の姿を全国に届けるために命をかけて取材に来たってわけ! だからお願い! 貴方達の国を取材させて!!」
――話を聞き終えた大男は、顔を天井に向けて何やら考え込むような仕草をした後、二人組へと向き直って口を開いた。
「よーくわかったぜ」
「それじゃあ……!」
「てめぇらが国を探りに来た、スパイだっつうことがな」
「……へ?」
「いやいや……!? 何でそんな結論に……」
「国の防衛体制や内情を外に持ち出すっつうことだろ? スパイ以外の何者でもねぇじゃねぇか」
「違うわ! そういう軍事とか政治に関わることじゃなくて、国に生きる人がどんな生活をしているかとか、そういう文化的なものを知ってもらうために……!」
「んなもん知って貰わなくて結構……てめぇらは国家に不利益をもたらしかねねぇ、不安分子だ。
相応の末路を辿ることは、覚悟して貰うぜ?」
「……っ!?」
(ああ……終わった……。こんな無茶苦茶な人を頼ってしまったばっかりに……)
――交渉が決裂した次の瞬間、ヴェルと呼ばれた少年が突如何かを察知したかのように刮目した。
「…………!! ジャンゴ、D地点から侵入者だ」
「んだと……! こんな時に……」
「戦力的には40人ぐらいの規模だよ、戦力を集めて迎撃した方が良い」
「了解だ……アルマ!」
「なーに?」
「この二人組を見張っていてくれ。
逃げようとしたらドタマをかち割っても構わねぇ」
「わかったー」
「よっしゃ野郎共!! 20人ぐらい兵を集めて来い!!」
「はッ!!」
「俺様は先に現場へ向かう!! ヴェル、先導してくれ!!」
「任せて」
「いいかてめぇら……逃げ出そうなんて考えんじゃねぇぞ。
アルマになるべく殺しはやらせたくねぇんだ、わかったなッ!!」
「はいィィィ!!」
――男達は慌ただしく尋問部屋から出ていき、部屋にはピアとジュリウスの二人組と、アルマと呼ばれた少女が残された。
「な……何があったんすかね?」
「会話の内容で察せるでしょうが……今から戦争が起きるのよ……!」
「戦争……!?」
「こんなスクープ、見逃す手は無いわ……! 行くよジュリウ……」
「アハハ」
「…………すみませんでした」
――部屋を出ようと立ち上がった瞬間、後頭部に冷たい鉄の感覚を押し付けられたピアは、すごすごと着席した。




