スーパーヒーロー?
「相変わらずつまらねぇ景色だな」
闇へと潜り込んだ開口一番、青年は驚くことも興奮することもない笑顔のまま、明らかに村の景色とは異なる荒廃した廃墟が立ち並ぶ世界に対して冷めた感想を述べた。
「助けてぇぇッ!!」
「!」
助けを求める子供の声を聞いた青年は、笑顔を緊張感のある表情へと変化させて発声源へと全力で駆け出す。
「か……母さん……助けてぇ……!」
肉から直接鉱石が生えた人型の異形が少年を廃墟の隅へと追い込み、絶体絶命に陥った少年は目の前の恐怖から目を離せず、背中を丸めて涙を流す。
異形は腕から更に鉱石を生成し、生成された鉱石はみるみるうちに鋭さを増していき、ついには万物を切り裂けるであろう大振りの刃へと変質する。
異形はそれを目の前の小さな命へと無慈悲に振り下ろす。
「―――ッ!!」
少年は自身の確かな死を覚悟し、目を閉じる。
「……? いない……?」
目を閉じて10秒経ってなお、自身に害をもたらす刃が肉に刺さらないことに困惑した少年がゆっくりと目を開けると、目の前にいるはずの異形が消え失せていた。
訳が分からずに息を切らしながら、呆然と虚空を見つめる少年の視界には、暗がりからゆっくりと自身へ歩み寄る何者かの姿が写っていた。
(また化け物……?)
自身に害を成す存在かと疑った少年は警戒心を強めて息を荒げたが、徐々にその姿が異形ではない普遍的な人の形をしていることを理解した少年は落ち着きを取り戻していく。
顔をハッキリと認識できる距離まで近づいた何者かの正体は自ら闇へ入り込んだ青年であり、青年は涙の痕が頬に残る、震えた少年へと優し気な笑顔で語りかける。
「無事で良かった」
「……おじさん、誰?」
「スーパーヒーローさ、君を助けに来た」
「…………」
疑いの眼差しを向ける少年の反応に、青年はしくじったとばかりに慌てた様子で訂正する。
「いやぁ、本当はただの旅人さ。 でも助けに来た事は嘘じゃない、君のお母さんに頼まれたんだ」
「母さんが? ……村の皆は無事なの?」
「みんな無事だよ」
「良かった……」
「君が助かれば万事解決だな」
「助かるの?」
「助かるよ、危険は避けられないけど」
「…………」
「心配すんな、俺がついてる」
「大丈夫なの? ここには化物がいるんだよ……」
「こう見えておじさん強いんだから、任せなさい」
差し出された青年の手を取り、立ち上がった少年は土埃を払って改めて青年の顔を見上げる。
自信に満ち溢れた笑顔から、何処か強い信頼感が芽生えた少年は自身の命運をこの青年に託すことを決意する。
「絶対離れないように」
「うん……」
少年は先導する青年の後を一歩引いた距離感でついて行く。
歩みを始めて10分経った頃、歩めど歩めど変わらぬ景色に強い不安を抱き始めた少年は、しびれを切らして青年へと質問を投げかけた。
「ねぇ……!」
「ん」
「本当に助かるの……? 出口なんて全然見つからないのに……」
「出口なんて無いよ」
「え……?」
「あー正しくは手順を踏まないと出られない」
「手順って?」
「一つは特殊な機械を使って無理矢理出口を作ること、ただこれは時間がかかるし俺はそんな便利なものなんか持ってない。
もう一つは、この空間を作り出した裂け目を叩き壊すことだな」
「じゃあその……裂け目を壊すってこと?」
「ああ、何ならそいつを壊せばこの悪趣味な世界が崩壊して、闇に飲まれた場所は元通りになる」
「それじゃあ村も助かるんだ……!」
「その通り、ただそんな場所には決まって大ボスがいるものさ」
青年の不穏な言葉に、少年は身体を震わせる。
「大ボス……」
「強いぞぉ、妙にデカかったり身体にゴツゴツ武器をくっつけていたり、色んなやつがいる」
「そんなのに勝てるの……?」
「一人だとキツイかなぁ」
「ぼ、僕は戦えないよ!?」
「わかってるって」
飄々とした態度と言動のせいで、少年が青年へ抱いていた信頼感が揺らぎ始めている。
そんな少年の心の隙を縫うかのように、先程自身の殺害を試みた異形が正面の廃墟の裏から現れた。
「ひっ……!?」
「お出ましかい」
「き、気をつけておじさん……こいつ、僕を襲ってきた化物だ……腕が包丁みたいになったんだよ」
「知っているよ、そいつは俺がやっつけたからね」
「え……?」
異形が両腕を刃へと変化させて殺意を露わにするが、それを意に返していないかのように青年は余裕を持って異形へと歩を進めて行く。
異形は歩み寄る青年へと狙いを定め、高速で間合いを詰めて刃を振り下ろした。
「おお〜怖」
青年は笑顔を崩さずに、心にも無いような台詞を吐きながら無駄のない体捌きで刃を躱し、そのまま右脚の回し蹴りを異形の腹部へと叩き込むと、異形は地面と水平に飛んでいきながら廃墟へと衝突して肉体が石のように砕け散った。
余裕の表情を浮かべたまま、当然のように異形を一撃で屠った青年に対し、少年の失われていた信頼感は一瞬で満たされて強い憧れへと昇華した。
「凄い……! 本当にスーパーヒーローだったんだねおじさん!」
「違うって」
「でも、僕を襲った化物はおじさんが倒してくれたんでしょ?」
「ああ」
「じゃあそうじゃん! じゃないとあんなに離れた場所から化物を倒せるわけないよ! スーパーヒーローの超能力でやっつけたんだよね!」
「いや、流石にそんな力は無いって」
「じゃあどうやってあんな離れた所から化物を倒したの? 僕、怖くて目を閉じていたから見てなかったんだよね」
「あ〜なるほど……まぁ、くんっ! て引き寄せてパンチ! で倒しただけさ」
「やっぱり超能力じゃん! あんな離れた場所から引き寄せてって絶対超能力じゃん!」
「タネがあるんだよ」
「タネ?」
「すぐにわかるよ」
会話を終えた二人が再び歩みを進めて行くと、数分も経たない内に閑散とした広場へと辿り着き、その中央には村を闇に覆わせた元凶である裂け目が禍々しく佇んでいた。
「見つけた」
「あれを壊すんだね……!」
「ああ、まぁそう簡単にはいかないけどね」
「そうなの? おじさんが言っていた大ボスなんていないし、さっさと壊しちゃえば良いんじゃ……」
「ここにいて、絶対に動かないように」
「え……あ、ちょっと……!?」
青年は少年を自身の視覚で捉えられる距離に置いていき、裂け目へと近づいて行く。
あと50歩進めば裂け目に触れられるという距離まで近づいた瞬間、裂け目は急激に拡大してその形を変化させてゆく。
「な、何あれッ!? 裂け目が……」
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
著しく変化を続けた裂け目がついには原形から大きく外れ、大角を備えた4メートルを超える怪人と化し、凄まじい叫び声を上げて空間を震わせる。
その姿を見てもなお、青年が笑顔を崩すことは無かった。