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五芒星の魔女  作者: 南無三
水生木の章〜決意・覚醒
26/51

日々精進ですわ!(ブリット視点)

「はぁい、それじゃあロープワーク30往復始め」

「は……はいですわ……!!」


 プロレスラーになると豪語して、早一ヶ月……。

 毎日行われるトレーニングは、わたくしが思っていた以上に、過酷なものでしたわ……。


「つうっ……!」

「はぁい、ペース上げて」


 ロープの中に仕込まれたワイヤーが肉に食い込んでいく痛みは想像以上ですわ……。

 ただリングの上をロープの反動を利用して往復し続けるという地味な絵面でありながら、疲労と痛みの二重苦が常に肉体を襲うため、見た目以上にキツイトレーニングですわ。


「はぁッ……! はぁっ……」

「はぁい、次は受け身50本ね」

「は……はいです……わ……」

「声が小さいよぉ」

「はいですわっ!!」


 この受け身の練習が特にキツイですの……。

 様々な体勢から、マットに身体を打ちつける瞬間に受け身を取るという練習を休むことなく続ける為、既にウェイトトレーニングとロープワークをこなしたクタクタの身体に、更に鞭を打ちつけることになる、過酷な練習ですわ。


「21〜」

「ふっ! ……あっ……つぅ!!」

「…………」


 倒立からの受け身に失敗してしまい、強く身体をマットに打ちつけてしまいましたわ……。

 汚い形となった受け身はカウントを取ってくれないため、どれだけ疲労していても綺麗な形をしっかりと意識して受け身を取らなければなりませんの。


 練習の監督を努める、ベッカさんのお母様であり、元プロレスラーでもあるシルフィさんが、わたくしに早く立ち上がれと無言の圧をかけてくるのが恐ろしくて、わたくしは直ぐに立ち上がって再び受け身を取り続けましたわ。


「50〜」

「はふぅ……はぁ……はぁぁぁぁ…………」

「それじゃあ最後にコーナーを使って腕立て伏せ30回と、腹筋50回、スクワット100回ね〜」

「は……はいですわ〜!!」


――――――――――――


「……………………」

「はーい、お疲れ様。今日はこれでトレーニング終了ね」

「あ……ありがとうございます…………ですわ……」


 あまりの疲労と痛みで立っていられませんわ……。


「はいこれ、しっかり水分を取りなさい」

「いただきますですわ……」

「受け身の形が様になってきたね。

 受け身はマスターすればどんな技だってダメージを軽減できる技術だけど、その分習得が難しいもの……。

 1ヶ月でここまで受け身が取れるようになれたのは、間違いなく才能だよ」


「ありがとうございます……確かに最初は寝るのが辛いほど、受け身の練習で身体を痛めましたが、最近は前よりも痛みが残らなくなりましたわ……。

 ロープワークは未だに痛いですけど……」

「痛みに負けない強い身体を作っていかないとねぇ。 あぁそうだ、今日は自分で食事を作らなくても良いよブリットちゃん」

「え、何故ですの?」

「ちょっとしたサプライズがあってね……シャワーを浴びたら、ダイニングで待っていなさい」

「畏まりましたわ……」


 サプライズ……いったいなんのことでしょう?

 内容に思いを馳せながら痛む身体でシャワーを浴びたわたくしはジャージに着替え、お腹を空かせながらダイニングで待ち続けましたわ。


「いったいどんなサプライズなのでしょう……」

「はぁい、お待たせブリットちゃん」

「シルフィさん、サプライズとはいったい……」


「やあブリット君」

「え……レグナ師匠!? 帰っていたんですの!」


 レグナ師匠とTIWのレスラーの方達は、三週間前に各々別大陸へ発ち、他団体のプロレス興行に出稼ぎに行っていたので久方ぶりの再会になりましたわ。

 サプライズとはこのことでしたのね。


「今朝方に戻ってきてな、君に知られないよう、シルフィには黙っていて貰っていた」

「何故知られたく無かったんですの?」

「これを作っていたからさ、一ヶ月練習を耐え抜いた君の為にね」

「これは……ボルシチですわ!?」


 わたくしの故郷の家庭料理を、レグナ師匠がわたくしの為に見事な出来で仕上げてくれたことに、とても心を打たれましたわ……。


「私もアイスノルド出身でね、昔は良く作ったものさ」

「そうでしたのね……大好きなお料理ですので、とても嬉しいですわ!」

「それは良かった、たくさん作ったから遠慮なく食べまくって身体に肉をつけてくれ!!」

「はいですわ!」


 美しい真紅色のスープに浸されたじゃがいもをスプーンで掬い上げ、ゆっくりと口へと運び咀嚼しましたわ。


「…………!? こ……このじゃがいもは……!!」

「?」

「この人参……このキャベツ……間違いありませんわ……このボルシチには、マートマの農産物が使われていますわ!!」


「驚いたな……一口食べただけで理解できるとは。

 食べている途中に種明かしをしようと思ったのだが、君の郷土愛は本物だな」

「うぅ……故郷の味が染み渡りますわぁ……!」


 正直なところ、ここ一ヶ月の練習で身体を散々酷使したわたくしの精神と身体はボロボロで、自身の決意を後悔したことが何度もありましたわ。   


 わたくしの心を癒す故郷の味は、そんなボロボロになったわたくしの涙腺を崩壊させるには、十分過ぎるほど温かく、美味なものでしたわ……。


「城下町での興行ついでに、ブリット君の故郷に脚を運んでな。

 農家の直売所があったので、そこの野菜を買い込んで来たんだ」

「マートマに……? なぜわたくしの故郷に出向いたんですの?」


「君の失踪が故郷の人々にどう扱われているのか気になってな。探りを入れる為に脚を運んだのだが……この話はしないほうが良いかい?」

「いえ……! 気になりますから、食べながら聞きますわ!」

「そうか……結論を言うと、君は自らの意思で故郷を出たと多くの民が認識していた。

 君の母君が、そう公言していたからという理由でな……」

「母上様が……?」


「失踪したと判明した日にそう公言したそうだ、本人からそういった意思を事前に伝えられていたとな……」

「わたくし、マートマを出る気なんてありませんでしたわ……攫われなければ、朝方から畑仕事をする予定でしたのに……」

「そうか……ならば今回の件で、母君が君の命を狙った関係者であることの疑いが益々深まったと言っていいだろう……潔白であるならば、民に虚偽を流布する理由が無いからな」

「…………」


 改めて、母上様に命を狙われたのだということを強く認識したわたくしの胸中は、鉛がのしかかったかのような重苦しさでいっぱいになりましたわ……。


「すまないなブリット君……やはり話すべきじゃなかったか」

「いえ……プロレスラーになるという決意がより一層固まりましたので、話を聞けて良かったですわ。

 何よりも、師匠がもたらしてくれた故郷の味のおかげで、やる気も元気も満タンですわ!!」


「……そうか、君は強い子だな」

「そんなにやる気が満ちているなら、明日からもっと練習量を増やしてみようかなぁ」

「お……お手柔らかにお願いしますわ……」


「レグナァ! 大変だぁ!!」


 食事を楽しみながら談笑していると、何やら慌てた様子のレフェリーさんが駆け込んで来ましたわ。


「何事だ?」

「海で遊んでいた子が、急に荒れ出した波に拐われたんだ!」

「なんだって……!? どこにいるのか案内してくれ!!」

「あぁ!!」


 師匠はレフェリーの方を追いかけて行き、わたくしとシルフィさんもその後に続きましたわ。

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