新たな人生の第一歩ですわ!(ブリット視点)
「どういうことよレグナ? 帰らないほうが良いって……」
「話を聞いて一つの可能性に辿り着いた、とても残酷な可能性に……」
「残酷な可能性……?」
レグナ様は、どこか哀れみを秘めたような眼差しでわたくしを見つめながら話を切り出しましたわ……。
「もう一つ聞くが君には姉弟がいたりするだろうか?」
「……3つ下の妹がいますわ」
「そうか……ブリット君、これから辛い話をするが聞いてくれるか?」
「……こくっ」
「君は間違いなく命を狙われた……その暗殺を指示した者が、君の母君である可能性がある」
「……!?」
「ちょっとレグナ……! あんたいきなり何言って……」
「もちろん断言するわけではない、あくまでも可能性の話だが……狼藉者の手段と母君との関係性が引っかかってな」
「そもそも命を狙われたっていう結論が突飛じゃねぇか?」
「いや……身代金目的の誘拐の線は考えたが、人質を海の上で、誰かの監視も無く放置することは考えにくい。
暗殺目的なら手段が遠回し過ぎるとも考えたが、母君が企てた暗殺と仮定すれば納得の行く理由がある」
「どういうことよ?」
「ブリット君が何者かの手によって殺害されたとなれば、ブリット君と母君の仲が良好なものではないということを知る者は、母君を疑うことになるだろう。
だが死体を残さなければ、誘拐された、もしくは自ら領地を出たという体で有耶無耶にできる……」
「そりゃあそうかも知れないけど……そもそも娘を殺そうとするなんて……」
「普段から衝突する関係性、聖女信仰が強い大陸において聖女になれなかった失望、ブリット君以外にも跡取り候補がいる……可能性としては十分にあり得る土台は揃っている」
「…………」
血を分けてくれた母上様がわたくしを殺そうとした可能性……余りにも受け入れ難い可能性に心を痛めつつも、何処か否定しきれない自分がいる……。
「すまないなブリット君、こんな話をして」
「いえ…………」
「もちろん確証の無い仮定の話でしか無いが……仮定が真実だった場合、領地に帰っても再び命を狙われることになるだろう」
「……わたくし、どうすれば良いのでしょう。
帰る場所を失って、跡取りとしての目標も失って……」
「この島で生きていきゃあ良いじゃねぇか」
「え……?」
「そうねぇ、困った時はお互い様よ」
「TIWの部屋も余っていますし、衣食住には困りませんよ」
「でも……」
「ブリット君……君にその気があるならば、プロレスラーになってみないか?」
「わたくしが……プロレスラーに?」
「荒波に飲まれても無事だった強靭さ、女性でありながら180cmを超える肉体、ベッカに劣らない食いっぷり……余りあるほどに、君はプロレスラーとして優れた素質を有している。
私達が師事すれば、いずれ世界に通用するスーパースターになることだって夢では無いだろう」
「スーパースターに……」
「もちろん、母君を信じてアイスノルドに帰る選択肢もある。
この島に残って静かに余生を送っても良い」
「……」
「プロレスラーになるには、厳しい修行の日々を送ることを意味する……その覚悟があるならば、私達は君の選択に報いよう」
「…………」
プロレスラー……ここにいる皆様方の試合を観て、強い憧れを抱いていることは確かですわ。
しかしその選択を取る、ということはこれまで貴族として積み上げてきたものを捨てるということでもありますわ……。
……それでも、憧れの人に勧誘されて、沸き立つ気持ちが抑えられないことに……嘘はつけませんわ!!
「すぐに答えを出そうとしなくても構わない、保護した責任者として君の暮らしはTIWが保証して……」
「やりますわ……」
「「「「 ! 」」」」
「やってやりますわ! わたくしはプロレスラーになって……いつかマートマの地に降り立ち、素晴らしい試合をしてマートマに生きる人達に感動を届けてみせますわ!!」
「そうか……! 君の夢が叶うように、私達は全力で君の期待に応えよう!」
「練習はきっちぃぞぉ、ベッカと一緒に気張っていけよ!!」
「仲間が増えて嬉しいわぁ♡ ビシバシ鍛えてあげるから、覚悟しなさい!!」
「俺も力になれるよう努力しましょう」
「はい……! 皆様方、よろしくお願い致しますわ!!」
わたくしはプロレスラーになるという、第二の人生の大きな一歩を踏み出しましたわ。
いつかスーパースターになって、マートマの地に生きる母上様やローラ、レイアに民の皆様に大きな感動を与えることを夢見て……。
「TIWに……就職しますわ!!」




