運命だからさ
「はあっ……! はっ……!」
「急げッ! 飲み込まれるぞ!」
人口が50にも満たない小さな村落に阿鼻叫喚が響き渡る。
原因が村落の中心に不自然に存在する、空間の裂け目から放たれる禍々しい闇であることは明らかであった。
村全体を覆っていく闇から逃れようと、必死になってその場から離れようとする村人であったが、混乱の最中で衝突しかねない距離感で固まって動いてしまったことにより悲劇が起きる。
「あっ……ぐ!?」
背丈の小さな少年が大人達の雑多に巻き込まれ衝突し、その場に倒れ込んでしまった。
しばらくして息を切らしてへたり込む老人が1人2人と現れ始めたことを皮切りに、村人達が脚を止めて闇へ目を向けたことで侵蝕が鳴りを潜め自身らが助かったことを認識した。
「助かった……!」
「みんな無事か!?」
「ショウ……? ショウは!?」
「おい! ショウがいねぇぞ!!」
「まさか、飲み込まれて……!」
「そんな……! ショウッ!ショーーウ!!」
倒れ込んでしまった少年は村と共にそのまま闇に飲み込まれてしまい、母親はその場にへたり込んだまま涙を浮かべて闇に向かって虚しく、我が子の名前を叫び続ける。
「ヤバイぞ……軍が侵蝕域を開放するのには3日以上かかると言われている……村に派遣されるまでの日数も考えたらとてもじゃねぇがショウは助からねぇ……!」
「うぅ……ショウ…………」
突発的な不運によって幼い命が犠牲になってしまったことにより、助かった村人達の間に重苦しい絶望がのしかかる。
そんな絶望に似つかわしくないような、暢気な声色が響き渡った。
「おー、出来立ての侵蝕域だな」
村人達は一斉に突如背後に現れた異常な反応へと目を向ける。
体格が良く、第一印象が少しおちゃらけた雰囲気を醸し出す、笑顔を浮かべた青年の姿がそこにあった。
「何だあんた……! 冷やかしのつもりなら……」
「はいはい、道空けて道空けて」
「な……おいっ!」
傍若無人な青年は真っ直ぐと闇へと向かって行き、その境目の目前へと立つ。
闇を怖れぬ青年の異常さに村人達は息を飲んでその様子を見守っていたが、正気を取り戻した若者が慌てて青年へと寄って行く。
「おいアンタ! まさか中に入ろうとしているわけじゃねぇよな!?」
「そのつもり」
「馬鹿ッ! 軍隊規模で何とかする侵蝕域を一人で何とかできるわけない! 中には化物がウジャウジャいるって噂だ!」
「知っているよ」
「ならなんで……!」
「運命だからさ」
「……!!」
納得の行く答えになっていない返答を受けつつも、頼もしげな笑顔を浮かべながら自身を持って振り返る青年の迫力に妙な信頼感を覚えた若者は、口を噤んで後ろに下がり事の成り行きを見守る判断を決める。
「あの……!!」
「ん」
「中には逃げ遅れた私の子供がいるんです……! お願いします、息子を助けてください……! お願いします!」
母親は祈りの所作をしながら青年へと泣き縋り、それを見た青年は一瞬哀れむような顔を浮かべた後、すぐに笑顔を取り繕った。
「任せなさい」
その言葉を最後に、青年は村人へと背を向けて自ら闇へと歩を進めた。