嘘(クレス視点)
「先ずは此度の大業、迅速に且つ完璧に成し遂げてくれた事に感謝する」
「…………」
国家指定侵蝕域の解放任務達成を報告するため、俺一人でイングスの屋敷へと出向いたが、屋敷に通されて早々に頭を下げられながら、感謝の意を伝えられたことに困惑する。
「随分律儀な対応をするじゃねぇか……」
「国の重大任務をこなした英雄に敬意を示すのは当然のことだよ」
「はっ……重大任務の割には楽な仕事だったがな」
「小数精鋭で迅速に解放をこなせる紅牙傭兵団の実力あっての所業さ」
「世辞は良い……さっさと本題に入ろうじゃねぇか、俺はさっさと帰って眠りてぇんだ」
「良いだろう」
改めていつもの交渉場に赴き、仕事の内容と報酬についての話を始める。
「君達紅牙傭兵団と私が雇った傭兵団のお陰で、侵蝕域の解放がメルバリー王国主導で行われたものだということはバレなかった。これ以上とない成果だ」
「そりゃあ良かったな……それで報酬の話だが……」
「その前に……一つだけ聞いておきたいことがある」
「……なんだ?」
「あんな小規模の侵蝕域に、大量の侵蝕晶が存在したことがどうにも納得いかない。君はその目で侵蝕域を見てきた生き証人……どんな些細な事でも良い、あの侵蝕域に存在したはずの異常を話してはくれないか?」
「…………」
"異常"……身に覚えがありすぎる体験を想起する。
砂を食って腹を満たす、独り取り残された女児の怯えた様子、人が変わったかのように怒りを露わにし、年齢不相応な凄まじい土の魔術を用いて俺を殺そうとしたこと……。
そしてその土の魔術に使われた砂から、多量の侵蝕晶が産まれたという事実……。
それらの記憶を踏まえ、俺は無意識に髪に手を掛けようとする左腕を自制し、気取られないように取り繕いながら返答する。
「別に……これといった異常なんか見当たらなかった」
「…………」
猜疑心を隠そうともしねぇ視線を向けやがる……侵蝕域の専門家として、到底納得のいく答えじゃ無かったのだろう。
その反応を予想していた俺は、大袋に詰めた侵蝕晶をイングスの目の前に広げて、真実を隠した事実を述べる。
「これは……」
「言い方が悪かった……見ての通り、一定の範囲に侵蝕晶が大量に埋まってはいた。だが、何でそんな環境になったかを示すような異常は見当たら無かったよ」
「……」
「俺は解放の専門家だが、学問に明るい訳じゃねぇんだ。そんな俺の頭じゃ、あの侵蝕域が特別な環境だったという考えしか浮かばねぇよ……」
イングスはそれでも疑いの目を崩さない。
大根演技な取り繕いと物での誤魔化しでは、こいつの目を欺くのは難しかったか……と、思っていたが急に納得したような様子で表情を柔和させながら侵蝕晶をひとつまみし、まじまじとその輝きを見つめていた。
「まぁそういうこともあるという事だな……良いさ、主目的はサンダリア共和国が侵蝕晶を大量に確保できる状況を崩すことだからな……それをこなしてきただけでなく、これだけの侵蝕晶を国にもたらしてくれたのなら、何も言うことは無いよ」
「…………」
俺は最も信頼できるビジネスパートナーに嘘をついた。
それがバレてしまえば、一瞬で積み上げてきた信用を失う行為だと理解しておきながら、俺は自身の命を奪おうとした幼い土の魔女の存在を隠し通した……。
我ながら愚かな行為だと自嘲するように鼻を鳴らして、机に広げられた侵蝕晶に映る、自身の憐れみに満ちた情けない面を見つめていた。
「納得してくれたなら報酬の話をしようじゃねえか……3ヶ月遊んで暮らせる報酬のな」
「そうだな……我が国は※250万ベリルを紅牙傭兵団に寄与する予定だ」
「250万ベリル……相当な額だな」
「あぁ、だが額が額であるため用意するのに少し準備が必要でね。算段がついたらこちらから連絡をする、それまで待っていてくれ」
「……なるべく早くしろよ、タダ働きはごめんだからな」
「約束は守るさ、安心してくれ」
仕事の話を終えた俺は屋敷を出て早々、どんよりした雲模様の空に嫌な顔を浮かべながら、あいつらが待つコテージへの帰路をいつもより広い歩き幅で歩んで行く。
あいつらに世話を任せた、土の魔女と顔を合わせることに大きな不安を覚えた俺は、ぽつぽつと降り出した霧雨と同調するように、ため息をついた。
―――――――――――
コテージまでまだ距離があるっていうのに、小粒だった雨模様は急に激しさを増して、傘を持たない俺の身体へ容赦無く降り注いで来る。
ぬかるんだ地面に脚を取られないように、慎重にかつ迅速に帰路を駆けて行く道中、真っ直ぐな道でこの大陸では見かけない型の大傘を持った見慣れた姿に出会った。
「淑芬……」
「お疲れ様、ずぶ濡れネ」
「……迎えに来てくれたのはありがてぇが、何で一丁しか傘を持ってきてねぇんだ?」
「たまには一緒に同じ傘の下というのも良いと思っテ」
「はっ……窮屈なことだな」
「フフフ」
長身で壮年の男女二人が、ギリギリすっぽりと収まるような傘の下でくっつきながら一緒に歩く……。
人目のある場所なら確実に注目を浴びかねない光景だ……人が往来しないような道と天気で良かったと心底安心する。
「くっつくんじゃねぇよ……」
「濡れること何か気にしないワ、どうせ洗濯に出す予定の服だシ」
「そういうことじゃなくてな……」
「それよりもアンちゃんについてのことなんだけド……あァ、アンちゃんっていうのは魔女ちゃんの名前ネ」
「名前を聞き出せる程度には大人しくなったか……」
「カイ君とセイラちゃんが親身に接してくれたおかげでネ、あれだけ第一印象が激しい子だったのが嘘みたいに良い子ヨ」
「俺が抱いた第一印象は臆病なガキだった……侵蝕域であれだけ激昂していたのは、俺に原因があるのかもしれねぇ」
「何があったノ?」
「俺の顔を見たあいつは狼狽えながら、"ぶたないで"と必死に懇願していた……それからあいつは人格を豹変させて、自分にしてきたことの報いを受けさせると俺に攻撃して来た……言動から察するに、あいつの力を利用しようとする大人に虐げられながら生きて来たんだろうよ」
「義理のお父さんに虐待されて生きて来たそうヨ……食事も砂か土しか与えられてこなかったんですっテ」
「だから最初に見かけた時に砂を食っていたのか……」
胸糞のわりぃ話に気分を落とした俺は、懐に仕込んだ葉巻に火をつけて口に咥えて心を落ち着かせる。
「恐らくはその糞親父に俺の風貌が似ているんだろう……顔を合わせれば、またあいつは狼狽えて暴れ出すかもしれねぇ」
「多分だけド、そうはならないと思うワ」
「気休めなんか言うんじゃねぇ」
「気休めじゃないワ、根拠があるもノ」
「どんな根拠だ……」
「帰ってからのお楽しミ、難しい顔を浮かべずに接してあげてちょうだイ」
こっちの不安を見透かしたような含んだ言い方をしやがる……。
手の平の上で転がされているようで釈然としなかったが、心につっかえていた不安が幾分か和らいだ気がした。
※1ベリルは現代の日本円換算で、10円ほどの価値がある。




