満たされて(淑芬視点)
「んぅ…………」
「あ」
「……!?」
「蔡姉、起きたわ」
「おはよう魔女ちゃン」
「……お姉さん達、誰?」
顔は侵蝕域の中で見られているはずなんだけド……ローブを被っていたから印象に残っていなかったのかしラ。
「ここ、どこなの……? 何であたし、縛られているの……?」
「ここは私達、紅牙傭兵団のお家。縛っているのは貴女が私達を魔術で攻撃してきたから仕方なくネ」
「こーが……? 魔術……? 攻撃……? 何言っているの……?」
あれだけの土の魔術を披露しておいて、とぼけられると思っているのかしラ……ただこの子の侵蝕域での荒々しさとは真逆ナ、異常なほどに怯えた反応は演技によるものでは無いと直感させてくれるものがあル……。
「覚えていないの?」
「知らない……覚えているのはお義父さんが来て、ぶたれるのが凄く怖くて……ずっと目をつぶっていたら今は知らない場所に……わけがわかんない……」
(お父さん……? そんな人、いなかったと思うけど……)
発言の意味が読み取れ無イ……セイラちゃんも同じ心境なのカ、私に目を向けて困惑する様子を見せていタ。
「お願い、元の場所に帰して……お仕事しっかりしないと、お義父さんに怒られちゃう……」
「お仕事って、このキラキラを創ること?」
「うん……それをいっぱい創らないと、お義父さんに怒られちゃうから……」
この子が侵蝕晶を生産する力を持っていることは間違いなさそうネ。
「残念だけど元の場所には帰せないワ、侵蝕域は解放しちゃったかラ……」
「え……? じゃああたし、どうなるの?」
「どうしようかしらネ……暫くは私達が面倒を見るつもりではあるけド」
「…………」
女の子は感情を読み取れない呆け顔を浮かべテ、すっかり下を向いて黙り込んでしまウ。
そんな沈黙が流れた部屋の中デ、空腹を伝える腹の虫の音が女の子から聴こえてきタ。
「お腹空いタ?」
「…………こくっ」
「待っていてね、今うちの料理人がご飯を作って……」
女の子はベットからすくっと立ち上がるト、そのまま目をつけたトマトが実る鉢の前に立っタ。
「トマトが好きなの? 今はまだ赤身がついていないから食べられな……」
次の瞬間、女の子は鉢の目の前に座って犬のようにトマトを植えた土に貪りついタ。
「エ……?」
「っ!? 何しているのッ!?」
女の子はセイラちゃんの叱責に対しビクついた様子を見せテ、困惑した表情を浮かべル。
「……お腹空いたから」
「それはわかるけど、なんで土なんか食べたの……?」
「……土と砂しか食べちゃ駄目だって、お義父さんが……」
「……っ!?」
「食べちゃ駄目な土だったなら、ごめんなさい……」
「……それは良いんだけド、そのお父さんも土や砂を食べるのかしラ?」
「ううん……お義父さんは食べない」
「砂と土以外のものを食べたらお腹を壊すとカ……そういう事情があったりすル?」
「ううん……牛乳はお腹痛くなっちゃうけど」
「そうなノ……」
あからさまに異常な育てられ方……。
確かに土食文化はこの大陸に存在してはいるけド、あくまでも嗜みの範囲としテ……土と砂以外食べることを許さないなんて虐待以外の何物でも無いワ……。
それでも痩せこけることなク、動けるだけの栄養を確保できているのハ、土の魔女の特異体質によるものなのかしラ。
「飯できましたよ姐さーん!!」
タイミング良くカイ君が料理を作り終えたみたイ。
「下に降りてご飯にしましょうカ……解いてあげるわね」
今の魔女ちゃんからは攻撃的な意思が感じ取れないと判断しテ、木の魔術による束縛から解放すル。
セイラちゃんが彼女の手を引いて階段の降りを支援しテ、私達はカイ君の料理が並ぶ食卓へと脚を運んだ。
「へへへ、今日は大仕事の達成記念ってことで豪勢に作らせていただきました」
「まァ、美味しそウ」
主菜にベーコンと野菜のピラフ、副菜に豆のスープ、クルトンが入ったサラダの盛り合わセ、肉がふんだんに使われた酢豚と見ているだけで食欲が湧いてくル。
遠目で皿に盛られた料理の数々を見つめる魔女ちゃんガ、興味深い様子で目を輝かせていタ
「…………ごくっ」
「お、魔女ちゃんも起きてたか。ここに座らせてやってくれセイラ」
「うん」
席に着いた私達ハ、各々の食事前に行う儀式を済ませて食事を始めようとしたものノ、並べられた料理を見つめるだけで食器に手をつける素振りも見せない魔女ちゃんが気になリ、声をかけル。
「あら? お腹空いて無かったかい?」
「……食べていいの?」
「もちろん!」
「…………でも、お義父さんが……」
「お父さんはここにはいないわ、だから遠慮せずに食べていいんだよ」
「何の話?」
「こっちの話……ほら、お食べ」
セイラちゃんが魔女ちゃんのピラフをスプーンで掬っテ、息を吹きかけ冷ましてから魔女ちゃんの口元へ近づけル。
暫く戸惑う様子を見せていたものノ、優しい笑顔で接してくれるセイラちゃんに心を許したのカ、ゆっくりと口を開けてピラフを咀嚼してくれタ。
「美味しい?」
「……ひっぐ」
暫く咀嚼してから飲み込むト、魔女ちゃんは床を見下ろしながら涙を流しタ。
「あ、あららら!? 不味かった!?」
「ちょっとカイ……!」
「ごめんよ……味つけ濃かったかな……」
「違うの……凄く美味しくて……砂以外の食べ物なんて、お母さんが死んでから一回も食べたこと無くて……ひっぐ……」
「え……砂以外のって……」
「父親に砂と土以外食べさせて貰えなかったんですっテ……」
「そりゃひでぇ話だ……、魔女ちゃん!! 美味しいものいっぱい用意しているから、遠慮せずにいっぱい食べなよ!」
私達は自分達が食べることを後回しにして魔女ちゃんの食事を見守ル。
食器の使い方をセイラちゃんが教エ、カイ君は調理場で魔女ちゃんの為に臨時でデザートを作リ、私はその様子を微笑みながら見守っていタ。
「ちょっとカイ……調子に乗って作りすぎじゃない?」
「お腹いっぱいになるまで作り続けてやるぜ、余ったら俺達で食えばいいし」
「クレスもお腹空かせて来るでしょうシ、良いんじゃないかしラ」
「くれす……?」
「ああ、俺達紅牙傭兵団の団長! こえぇけど、すっげぇ強くて何だかんだ良い人なんだ」
「今は仕事の報告で遅れているけど、もう少ししたら帰って来ると思うわ」
「そうなんだ……」
「話は変わるけド、魔女ちゃんの名前教えて欲しいナ。いつまでも魔女ちゃん呼びだとよそよそしいからネ。 因みに私の名前は淑芬、蔡 淑芬よ」
「あたしは……【アン】」
「アンちゃんかぁ、良い名前だな! 俺はカイ、カイ兄ちゃんって呼んでくれてもいいぜ!」
「何よそれ……私はセイラよ、よろしくねアンちゃん」
「うん……よろしくお願いします。カイお兄ちゃん、セイラお姉ちゃん、蔡お姉ちゃん」
「お姉ちゃん……ふふ」
「満更でも無さそうじゃんかセイラ」
「うるさいわね……」
「フフフ……良く喧嘩する二人だから、喧嘩していたら止めてあげてねアンちゃん」
「うん、仲良くしてねお姉ちゃん、お兄ちゃん」
「ま、参ったなぁ……」
「むむむ……」
「フフ」
どうなることかと不安だったけれド、アンちゃんが上手く馴染んでくれて良かったワ。
後はもう一つの不安要素であるクレスとも仲良くやっていけるかネ……。