砂嵐の中の少女(クレス視点)
何事も無く日々は過ぎ去り、作戦決行日を迎えた俺達はサンダリア共和国の領土へと踏み入り、イングスに指定された森林内の集合地点で目的の侵蝕域を遠目で眺めていた。
「あれが国家指定侵蝕域なんすね……マジで小せぇや、解放自体は苦も無く完遂できそうっすね」
「問題は周辺を守る兵士達よ……一番人が少ない時間帯と言っても、見えるだけで10人以上は配置されているわ……」
「側にある簡易拠点内にも人がいることを考えるト、20人以上はいるかもネェ。仮に気づかれずに侵入して解放に成功してモ、闇が晴れた瞬間には囲まれて大ピンチネ」
「そうならねえための大臣様の策とやらに、期待しようじゃねえか……」
顔と体型を隠す漆黒のローブに身を包み、イングスが用意した策が成就する瞬間を待つ。
暫く待つと、簡易拠点内からゾロゾロと兵士達が現れて、慌ただしい様子を見せていた。
「どうしました?」
「交代予定の人員から、道中で襲撃を受けたとの連絡があった! かなりの手練れらしい、俺達は救援に向かう!」
「始まった始まった……!」
侵蝕域の周辺に陣取る兵士達は、不測の事態に動揺した様子を見せている。
そんな連中を嘲笑うかのように、侵蝕域から100メートルは離れた地点で大きな爆発が発生した。
「なにごとだッ!?」
「あっハッハッハっ!! 爆撃爆撃ぃ!!」
「なんだあいつ……!?」
「そぉらァ!!」
「うわ……!? 攻撃して来やがった!!」
「これは魔術だ! やつを引っ捕らえるぞ!」
「あっハッハッハっ!!」
銃撃されようがなんのそのと回避し続ける。
機械で変声した不愉快な笑い声をあげながら次々と爆撃を起こす爆弾魔に対し、侵蝕域を防衛していた兵士達の殆どは奴を追って持ち場を離れていった。
「作戦大成功!」
「凄い身のこなしねあの人……銃弾がまるで当たる気がしないわ」
「実力は本物って話は、嘘じゃなかったみてぇだな……」
――――――――
「作戦決行日は二日後……その日の明朝が最も警備が手薄になるタイミングだ。
図上のA地点で君達は、工作部隊が事を起こすまで待機していてくれ」
「工作部隊?」
「撹乱、潜入、暗殺……あらゆる汚れ仕事のエキスパートさ。君が仕事を断ったら差し向ける予定だった」
「はっ……そんな便利な部隊を抱えてんなら、そいつらに解放させりゃ良いだろうが。
そもそも戦争のリスク回避で軍隊は動かしたくないって話だったが?」
「その部隊は我が国の兵隊ではない。
君達が侵蝕域解放専門の傭兵団であるように、その部隊も汚れ仕事専門の傭兵団だ」
「悪趣味な傭兵団もいたもんだ……」
「だが実力は本物……彼らが侵蝕域周辺の兵士達を遠ざけて釘付けにしている間に、君達が迅速に侵蝕域を解放して証拠を残さずに退散する……名付けて、"鬼の居ぬ間に大作戦"だ」
「お前……ズレてるからな」
――――――――
策という割には力技で押し通す内容に唖然としたもんだが、案外なんとかなるもんだ……。
だが俺達がヘマをすれば全ては水の泡に終わる。
「よし……予定通り、俺と淑芬、そしてセイラの三人で迅速に侵蝕域を解放する。
カイは解放後の退却をサポートをするためにここで待機だ。解放までに奴らが戻って来る可能性もあるからな……」
「了解っす! アニキ達の脚引っ張んなよセイラ!」
「カイこそ、ヘマして見つからないようにしなさいよ」
「んだとっ!?」
「なによ……」
「ハイハイ、喧嘩しないノ」
「行くぞ……!」
俺達は侵蝕域へと全速力で駆け出し、闇まであと数歩のところまで差し掛かった所で全員手を繋ぎ、一矢乱れることないタイミングで侵蝕域への侵入に成功する。
侵蝕域の中は遮蔽物の少ない平面の砂原といった様相で、こういった平面型の侵蝕域は裂け目を見つける分には楽だが、侵蝕獣に発見されやすいという難点を抱えている。
接敵を避けるのが難しい環境であるならば、侵蝕域の面接が小さいことの利を最大限に活かし、交戦覚悟でただひたすら裂け目がある方角へ走って向かって行くことが最適だ。
「磁針は北東を示している……迅速に移動するぞ、道を阻む侵蝕獣は蹴散らしていく」
「了解よ団長」
裂け目の方角を示す方位磁石を頼りに、俺達は途中で何度か侵蝕獣との交戦をこなしながらも、怪我一つ負うことなく確実に裂け目へと近づいて行く。
「侵蝕獣が弱すぎル……大臣さんが言っていた通リ、国家指定侵蝕域に指定されるような侵蝕域とは到底思えないワ」
「侵蝕晶が異常に採取できる侵蝕域って話だけど……こんな環境で本当にそんなことがあるのかしら」
「今んとこ特徴的なものといや、あの石壁ぐらいなもんだな……」
遠目で何かを囲むかのように佇む石壁が確認できる。
断崖で道が途絶え、方角的にこの石壁を超えた先、もしくはこの石壁の中に裂け目がある。
中はどういう訳か砂嵐が吹き荒れているが、解放の為にはこの石壁の中に入って行くしかない。
「ここから入れそうだけド……中は砂嵐が吹いていて見えないわネ」
「俺が先に入る……お前らは合図するまでここで待機だ」
「気をつけて団長」
左腕で両目を庇いながら、何故かこの空間にのみ吹き荒れる砂嵐の中を進んで行く。
思ったよりも強く吹き荒れる砂嵐に、堪らず視界を地面へと移した。
(……!? こいつは……)
足元を見渡すと、盛り上がる砂の足場にいくつかの侵蝕晶が点在していることが確認できる。
目を凝らして更に奥を見つめると、20はくだらない数の侵蝕晶がそこら中に落ちていることがわかった。
(ここが侵蝕晶の採取場なのか? ……いったいどんな原理でこれだけの侵蝕晶が……)
無益な思考を巡らせながら、裂け目を探して前に進み続ける。
反対側の石壁の影が見えたことを機に、石壁の中には裂け目が存在しないことを察知した俺は、踵を返してこの異常な空間から出るために振り返る。
(……? 何かいる……)
振り返った視界に小さく写った影法師を捉えた俺は、腰にかけた斧の柄に手を添え、十分な警戒心を持ってその影へと近づいて行く。
シルエットは人型、背丈は小さく、両膝を地につけたしゃがんだ体勢で何かを貪っていることが確認できる。
鮮明な姿を視認できる距離まで近づいた俺は、影法師の正体を認識した自分の目を疑った。
「女児……だと……!?」
象牙色の乱れた髪に、くりっとした大きな目が印象的な小さい女児が、足元の砂を口元に掬っては咀嚼し、たまに疼く仕草をしながらその砂を飲み込んでいる……。
何故こんな場所に人がいるのか、何故この女児は砂を食っているのか、わからないことが多すぎる状況に面を食らって立ち竦むしか無かった。
そんな間抜けを晒す俺の存在に気づいた女児は、ゆっくりと顔を上げて俺の顔を見つめてくる。
「…………あ」
「…………」
「あ……あぁ…………ああああぁ……!?」
「!?」
「うあぁぁっ!!?」
俺の存在を認識した女児の顔色は瞬時に青ざめて、恐れるかのように両腕で頭を隠して震え出す。
「ちゃんとやってるよぉ……だからぶたないでぇ……!」
「あ……?」
発言の意図を読み取れ無い俺は、詳しく話を聞こうとゆっくりと歩み寄る。
「ひっ……!? ぶたないで……来ないで……」
「落ち着け……」
「ああ……ああぁぁぁ! 来ないでぇッ!!!」
「!!」
女児が叫ぶのと同時に、まるで砂嵐が意思を持ったかのようにその勢いを増して、女児を守るかのように周囲を覆っていく。
竜巻のように渦巻く砂嵐が周囲へと拡散され、その勢いに飛ばされないよう踏ん張っていると、徐々に小さくなっていく砂嵐の中に、さっきまでは無かったはずの石でできた玉座に座る女児が佇んでいた。
砂嵐が止み、完全に晴れ渡った空間で偉そうに脚を組んで玉座に座る女児は、先程までの弱々しく臆病な表情が偽りであったかのように、鋭い眼光をこちらへ向けていた。
「……何なんだこいつは」
「おいジジイ……」
「……!?」
「これ以上こいつを傷つけようってんなら、俺がぶっ殺してやるよ!!」
明らかに人格が異なる様相を見せる女児が右腕を天に掲げると、周囲の砂が隆起して、大岩が出現し宙に浮く。
天に掲げた右腕を俺に向かって振り降ろすと、宙に浮いた大岩が俺目掛けて降り注いだ。
「ちぃ……! "ジェットエクス"!!」
範囲が広く、脚だけでは回避できないと判断して火の魔術の爆発で発生させた推進力を利用し緊急回避する。
大岩が地面に着弾したことで砂が撒き散らされ、暫く視界に女児を捉えることが不可能となった俺は身を構えて攻撃に備えたが、攻撃が来る気配が無い。
砂が晴れて女児を視認すると、両腕を前に突き出して周囲の砂に自身の生命エネルギーを流し込みながら、何かをつぶやき続けていた。
"君臨せよ山岳の巨人……! 命を揺るがす地鳴らしを伝え、世界に恐怖の爪痕を残せ!"
「"母なる巨人"!!」
「……マジかよ」
生命エネルギーを帯びた砂は一箇所に集束し、積み重なった砂が徐々に人型へと変化して行くと、遂には全長6メートルある砂の巨人が現れて俺の前に立ち塞がった。