利の侵蝕域(クレス視点)
「随分きな臭ぇ仕事ふっかけるじゃねぇかイングス……たかだか四人しか団員のいねぇちんけな傭兵団に、他国の"国家指定侵蝕域"の解放なんてよ……」
「君達の実力を正当に評価した上での判断だ。侵蝕域の解放という分野において、君達以上に要領が良く、自由に動ける傭兵団はこの【アレイド】大陸には存在しないと私は思っている」
「…………」
「あの〜……」
空気の読めねぇカイの馬鹿が小さく挙手して、イングスに質問を投げかけやがった。
「国家指定侵蝕域って……なんすか?」
「はぁ…………」
「んだよセイラ」
「そんな初歩的な事を、恥もなくこの場で質問する愚かさに辟易しただけ」
「んだとっ!?」
「何よ…」
「こんな場で喧嘩しないの二人とモ……」
こいつらの何処でも喧嘩をしようとする悪癖はどうにかならねぇもんか……。
「国家指定侵蝕域とは、何らかの理由……例えば規模が大きすぎたり、人が多く住まう地に発生したり等の理由で、長期による慎重な解放計画を立てなければならない侵蝕域が発生した場合に、侵蝕域を担当する国の重職が、例に挙げたような異常性の高い侵蝕域を国家指定侵蝕域として認定する。
国家指定侵蝕域に認定された侵蝕域は、重職によって選抜された軍隊や、傭兵団以外による侵入を全面的に禁じられる。」
「…………?」
カイのやつ、頭にハテナでも浮かべてそうな間抜けな面を晒してやがる……。
「簡単に言えば、国に認められた人間以外には侵入が許されない侵蝕域ってことさ」
「なるほどぉ……! ……でも何でそんな面倒なことを? とにかく実力者を集めて解放すれば良いんじゃ……」
「基本的に、侵蝕域が発生した領土を所有する国が主体となって、解放に当たるのが一般的だ。
この制度が作られた主目的は、国によって侵蝕域解放のマニュアルが違ってくるため、外部の存在によって攻略の乱れを生じさせる可能性を排除することにある。
他にも侵蝕域はできてからの日数や、中で命を落とす者が増えることでその脅威度が増していくため、不必要に侵蝕域に餌をやらないように設けた制度とも言えるな。」
「へー……」
「本当にわかっているの?」
「理解したよ当然!」
「嘘くさい……」
「んだ……」
「表向きはそんな大義で成り立たせている制度だな……」
俺の発した言葉に流石のガキ共でも緊張感を覚えたのか、喧嘩を始めようとしたことを堪えて話を聞き入る姿勢を見せる。
イングスはソファーにもたれかかりながら天井を見上げて、俺の言葉が堪えたかのような仕草を行った。
「耳が痛くなる事をはっきりと言うな……侵蝕域担当大臣を前にして、少しは遠慮したらどうなんだ?」
「俺はこの制度が好かねぇんでな……」
「アニキ……? 表向きはって、どういうことで……?」
「人間の欲深さは、果てしねぇってことだ」
「……?」
「そんな表現じゃ伝わらないだろう……裏の事情を外部の人間に話すことは責任ある立場として控えるべきではあるが、仕事の内容にも関わってくる話だ。教えてあげよう、この制度に隠された闇を……」
言うや否や、イングスは席を立って資料棚から分厚いファイルを持ち出して、いくつかの資料を机に広げた。
「これはここ10年間における、全大陸を対象とした国家指定侵蝕域の増減を記録した資料だ。10年前の時点で40件登録されているが、昨年度の資料では約200件……5倍以上にまで増加していることがわかる」
「5倍も……!?」
「そして……160件以上の増加数に対し、減少数はたったの4件しかない」
「え!?」
「長期的な解放計画を立てなきゃいけないとはいえ、10年で4つしか解放されていないなんて明らかに不自然ね……何か理由があるの?」
「もちろん……確かに国家指定侵蝕域に指定された侵蝕域は、有象無象の侵蝕域に比べれば解放の難易度は高い。だが侵蝕域解放のセオリーと攻略が確立された現代において、ここまで非効率的な解放ペースはまずありえない。
8年前に解放されたヤシマの国家指定侵蝕域は、家畜を大量に呑み込んだ中規模の侵蝕域という、かなりの難易度が予測される環境にありながら約二週間での解放に成功しているからな……」
「それってつまリ……」
「そう……国家指定侵蝕域は、ほぼ全てがあえて放置されているということさ」
「何でそんな……!? 短期間で解放できるけどリスクが高いとか……単純に人員が不足しているからとか!?」
「国によってはそういった事情もある……だが大半の理由は"これ"にあるのさ」
イングスは俺が渡した結晶を摘んで、カイに見せびらかす。
「それって……侵蝕域に落ちてたり、侵蝕獣を倒したら手に入る……」
「【侵蝕晶】……人が魔術を扱うために必要な、魔具の作製に大きく関わる重要物資だ……こいつは侵蝕域内でしか手に入らない」
「俺の銃にも、その結晶が使われているってことか……」
「そうだ、侵蝕晶を安定して多量に獲得できる国は、軍事面において大きな利を得るに等しい。だがこいつは有象無象の侵蝕域内では大した供給は期待できない……それこそ国家指定侵蝕域クラスの侵蝕域じゃなくてはね」
「まさか……」
「そう……国家指定侵蝕域の殆どは、侵蝕晶採取場と化しているために解放が行われていないのさ……呑まれた領域が、かつて人々が住まうような場所だったとしてもね」
「「……っ!」」
カイと、普段は澄ました顔を崩さないセイラが険しい顔を浮かべ、拳に力を込めて怒りを露わにしている。
「実質的に、国家指定侵蝕域という制度は天然資源を他国に奪われないための防衛装置と化しているのが現実……我が【メルバリー王国】も、そんな侵蝕域を2件抱えている有り様さ……」
「利があるなら……犠牲も仕方ないってこと?」
「そんな事が許されてたまるかよ……!」
「落ち着けガキ共……」
「でもよアニキ……!」
「言っただろ、人の欲深さは果てしねぇって……強固な利に支えられたシステムをどうこうしようなんざできっこねぇ、変えようとしたって逆に潰されるだけだ……どうしようもねぇんだ」
「「……っ」」
「……話を戻そうか。先月、サンダリア共和国に潜らせていたスパイが"奇妙な国家指定侵蝕域"の情報を持ってきた。内容は"国家指定侵蝕域の資料に記載されている情報とは明らかに異なっており、規模、環境共に国家指定侵蝕域と認定されるには余りにも矮小である"というものだ。これがその侵蝕域を写した写真だ」
「確かに国家指定侵蝕域にしちゃ小さすぎるな……」
「気になった私はその侵蝕域を取り巻く環境をスパイに探らせたが、一週間後には驚くべき情報が入り込んできた。この写真を見てくれ……」
「これは……荷車に麻袋が4つ乗せられているわネ」
「その麻袋の中身は、ぎっしりと詰められた侵蝕晶だ。一袋に約30個は入っている」
「なに……? こんな小さな侵蝕域に、それだけの侵蝕晶があるってのか?」
「情報通りならそういうことになる……この回収作業は一週間に一度必ず行われ、少ない時でも麻袋2つ分は侵蝕晶を採取している……大型の侵蝕域でも、これだけの侵蝕晶を短期間で取得する環境を整えることはほぼ不可能だというのにだ。なぜこのような異常な環境が出来上がったかは謎だが、この侵蝕域を放置してはサンダリア共和国が軍事、及び経済面でアレイド大陸の頂点へ立つことを許すことになる」
「それで、俺達にこの侵蝕域を解放して来いと……」
「ああ……今は隣国との争いの種を蒔きたくないのでな、軍を派遣しては戦争に繋がってしまう」
「なる程な……」
「二月は遊んで暮らせるほどの報酬を約束しよう、この依頼引き受けてくれるか?」
視線が俺に一極集中する中、俺はイングスの依頼に対する答えを迷いなく口にする。
「断る」
イングスは額から汗を滴らせ、鋭い目つきを一層尖らせた。