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異世界恋愛【短編】

魔法が使えても恋ができなきゃ意味がない。

作者: 藤谷とう



 魔法使いの森は、街から少しはずれた場所にある。

 すらりと伸びた一本の巨木が魔法使いの森だ。

 たった一本の木をどうして森と呼ぶのか住民は知らない。同族でない限り、入ることはできない聖域だからだ。




 見覚えのない青年が巨木の前に立っている姿を見たエルは、さてどうしようか、と少しばかり悩んだ。

 エルが寝転がっているのは、水晶の隙間にできた「寝床」だ。

 ザクザクと地面から生えた水晶の群は樹木のように複雑に伸びていて、先は鋭く、しかし一歩隙間に足を踏み入れるとひんやりして、夜はほんのり暖かくなり、最高の寝床なのだ。柔らかな白い光の中で、エルは水晶に映った青年をまじまじと観察した。


 栗色の髪に、真鍮の丸眼鏡をしている。

 灰色のマントに飴色のショルダーバッグ。エルはじいっと青年を見て、その幼い目を瞬かせた。


「……あまり特徴のない人だわ」

「失礼ですね」


 返事をされた。

 エルはぴゃっと起きあがる。

 肩までの黒髪があちこち跳ねていた。

 青年はふと首を傾げ、顎に手を置く。


「ローダの魔法使い、エル。あなた、声変わりました?」

「やばい!」

「はい?」


 エルは慌てて口を塞いだが遅かった。


「エル? 入れてください」

「い、いいい、いやかな~なんて」


 拒否をしてみる。

 やばい。知り合いっぽい。

 エルは水晶の中で一人わたわたとする。

 特徴のない顔の青年は、訝しげな顔でバッグから身分証を取り出すと、ずいっと近づけた。


「魔法局事務課長補佐のシオンと申します。今回は免許を更新されてないので出向いたのですが、このままでは森からの退去と免許更新不備による取り調べと、それから」

「今すぐ開けるね?!」


 エルは立ち上がると、水晶の群の中心の一番立派な剣先に向かって叫ぶ。


「オッダ先生、お客さんきた。開けてあげて」


 聞こえたのか、すぐさまひらりと黒い固まりが落ちてきた。

 小鳥はエルの手のひらの上で、きりりとした目で見る。二人の目があった瞬間、エルの髪が広がった。同時に巨木がうねっと曲がり、円を描いたように入り口が出現する。

 そこに手を入れたシオンが無事に入ったのを確認すると、エルはすぐさま閉じた。オッダは澄ました顔でエルの頭の上に乗り、エルの頭を二回つつく。


「わかってるよ、先生。ちゃんと正直に言う」

「何をですか?」


 寝床の外から柔和な声がかけられる。

 は、早い!


「出てきてくれます?」

「今行くから待って」


 エルはぽんぽんとネイビーのワンピースを払い、水晶の外へ出る。よいしょ、と水晶の小さな山や谷を越えて出た場所に、シオンはいた。思ったよりも背が高い。エルの頭二つ分大きかった。そして、雰囲気は柔らかい。長身と相まって、やっぱりそれぞれの特色が打ち消されていて、普通の人、という感想になってしまう。普通の、事務職の下っ端感が半端ない。


「……あなた誰ですか」


 シオンがこれでもかというほど驚いている。

 取り敢えず挨拶をするしかない。


「え、え……と、エルと申します。ローダの魔女です、はい、あの、Lの魔女っていうか」


 エルがしどろもどろになって言うと、シオンは首を傾げた。


「エルじゃないですよね?」

「あのー、あなたが知ってるのは、多分、多分だよ? 先代のエルかな~、なんて、ははは」

「先代?」


 思いっきり顔をしかめられるが、いかんせん別に整ってもいない顔なので迫力も何もない。

 真鍮の丸眼鏡が似合うくりりとした目が、少し可愛いくらいだ。

 エルは誤魔化してもしょうがないので、オッダに頭をつつかれながら言う。


「うん、まあ、あなたの元カノのエルは、三年前に人間と結婚するために魔女を引退したんだ。で、私ずっとここで育てられてて、あ、今十九歳なんだけどね、もうここに十年いて。先代は引退して、私がこの森とオッダ先生を引き継いだの。だから、外の世界のことは知らなくて、免許更新なんて……すみません」


 エルが頭を下げながら言うが、何も返されない。

 ちらりと窺うと、その顔に「絶句」と書いてあった。


「シオン?」

「情報量が多すぎます」

「あ、整理する?」

「是非時間をください」

「お好きな場所でどうぞ」


 よろよろと一歩後ろに下がったシオンは、そのまま近くにあった切り株に座った。

 エルもオッダの指定した切り株に座り、ぼうっと森を眺める。


 今日の森も元気だ。


 切り株の隣には小屋がある。置いてあるのはキッチンとテーブルや、ミシン、本棚くらいだが、先代と同じように、エルも食事の時しか使わない。いつも、先代とは水晶の「寝床」にいたし、それ以外は水晶の群の隣に作った畑で野菜を作り農作業をしていた。森の奥の泉に水を汲みに行ったり、森の中に時折出没する果樹を見つけては実を採ったりと、そういえば先代は魔法に頼らない生活を教えてくれた気がする。使う魔法は火をつけたりするくらいで、本当に最小限だ。

 おかげで、森を維持する水晶はいつも澄んでいて、その下にある、街へと続く水脈も浄化され続けている。


 エルにとってこの森は、静かで、畑が生活感を醸し出す、水晶の煌めく安全地帯だった。



「わかりました」

「早いね」

「まず、話をしましょう」


 シオンが神妙な顔で言う。

 栗色の細い髪がふわっと揺れ、エルは雛鳥みたいだなあ、などと思いながら頷いた。


「まず」

「うん」

「魔法使いに免許は必要ありませんし更新もしません」

「えっ」

「嘘です。あなたが偽物臭かったので、それらしい言葉を並べてみました」

「うわー、ナチュラルな嘘つきだ」

「まず嘘をついたことを謝ります」

「真面目だわ」

「三年に一回、お宅訪問をして変わりはないか聞き取り調査をするくらいです」


 へえ、とエルは切り株の上で膝を抱いて聞く。


「よかったあ。森から退去しなくていいってことでしょう?」

「いえ。魔法使いの名を勝手に継ぐことはマズいです」


 シオンが眼鏡を押し上げる。

 エルは呆然と呟いた。


「……先代は、大丈夫だって」

「あの人は大抵のことは全て大丈夫で流す人ですよ」

「そうだった!」


 森に、深淵の魔法使い団とかいう、名前のダサい革命家気取りの三人組が来たときも「大丈夫~」と言いながら必死で逃げた気がする。結局逃げ切る前に面倒くさくなった先代が、魔法で巻き上げて森の外に出すのだが。同族に攻撃魔法は禁止だと教えられたはずだと聞くと、先代はそれも「大丈夫~」と朗らかに笑っていたのだ。

 エルは頭を抱えた。オッダがひらっとかわして膝の上で羽を休める。


「わ、私はもしや、この森を強制退去ということに……?」

「そこで僕と組みませんか」


 きらん、と眼鏡が光る。

 シオンは悪い表情をしているつもりなのだろう。

 思わず、可愛いな、と思って、そういえば先代が「元彼のシオンはね、可愛かったのよ。ここがっていうのはないけど、なんかね」と土を耕しながら言っていたのを思い出した。なるほど、憎めない感じがする。

 エルの生ぬるい視線に気づくことはない。


「今、魔法局では改革が行われていてですね」

「うんうん」

「この度、人間との結婚が申請制ではありますが許可される運びとなりました」

「うん?」

「今までは純粋な魔法使いを、という理念の元、魔法使い同士の結婚しか認められていませんでしたが、今となっては冠を持つ魔法使いがかすむほどに増えてしまったんです」


 冠の魔法使いは特別だ、と先代は言っていた。

 つまり「L」である私は特別なの、と茄子を収穫しながら。

 エルは隣で、オッダの小さな額を指で撫でていた。前日に飛行魔法で失敗し、足を折っていたのだ。

 あの治癒はとても暖かかったな、痛みもなかったし。


「そうなると、上の方々は魔法使いの神秘性を高めたくなったようで、ここらで人間と結婚したければして、魔法の使えない子孫を増やそうとしてるんです」

「うわあ」

「あちこちの国から金を搾り取るために働く魔法使いを増やしたというのに……本当にもう」


 やれやれ、とシオンは頭を振る。

 魔法使い界もシビアだ。


「ですが、冠の魔法使いだけは例外でして、今回はエルに魔法使いとの結婚を視野に入れて欲しい、と要請に来たわけです」

「じゃあ、結局先代は魔女をやめなきゃあの人間と結婚できなかったのね」

「そうなりますね。もう彼女を見つけても無駄でしょう。だから、あなたがここを出て行きたくないのならLの魔法使いの名前を正式に継いでもらうしかありません」

「どうやって?」

「承認をもらいましょう」

「承認って、誰に?」

「冠の魔法使いにですよ。先代の左肩に、紋章があったでしょう。あれ、AからZの魔法使いの承認なんです、それをもらって、申請用紙に判子を捺印してもらって、全て集めたら、あなたは魔法局が認めるしかない正式な魔法使いとなるんですよ」

「うわあ、面倒くさい」


 エルはうんざりした。

 寝床から出るのだっていやなのに、さらに森から出ろ、とは。

 シオンがきっとエルを睨む。睨めてはいないが。


「これしかないです。正直、魔法局への騙し討ちみたいなやり方なので、覚悟してやりましょう」

「えー、もっとイヤだなあ」

「魔法使いとはかなり横の繋がりを重視するものなんですよ。あなた、今の冠の魔法使いがどれだけメンバーを変えずにやってきてると思ってるんです」

「知りません」


 エルはぴっと手を挙げて言う。

 シオンはくいっと眼鏡を押し上げた。


「五百年です。彼らは誰も脱落せずに、五百年同じメンツです」

「それキッツいね」

「ええ、繋がりが強すぎてやりにくいったら……。で、そこにあなたは実力でも何でもなく、前任者が勝手に押し上げて、レギュラーメンバー入りを果たしてしまった超新人なんですよ。それで挨拶もなし、申請だけ勝手にして、はい、仲間になりましたよ、とあの人たちに手紙だけが届く……ああ、僕は考えただけで恐ろしい」


 シオンがさあっと青ざめる。

 エルもぶるりと震え、オッダが「落ち着け」と膝を優しくつついた。

 

「わ、わかった。承認をもらうわ。魔法局とやらの騙し討ち、しよう」

「助かります。ついでに、結婚相手も見つけましょう。そうすればLの魔法使いが変わっていようが僕の責任の回避につながりますしね。叱られるのは嫌いなんです」


 ほうっと息を吐いたシオンは穏やかな顔でそんなことを言う。

 ひよひよと髪が揺れているのがなぜか物騒さを和らげていた。

 なんだか妙な人だ、とエルは思う。

 元カノに結婚を勧めにきたのだ、この青年は。

 そう思うと、先代がすでに相手を見つけて出て行き、残った自分が彼女の代わりになっていて、本当はどこかでほっとしているのかもしれない。なんせ、先代が言う「元彼シオン」は必死で彼女に愛を囁いていたらしいのだから。


「結婚かあ」

「ええ。ただ、森はお互いの領分で、冠の魔法使いはするべきこともありますから基本的には別居です」

「ならよかった。気楽だね。ねー、オッダ先生。つまり形だけでいいんでしょ? 怖い人じゃなきゃ誰でも良いや」

「はあ?!」


 突然、シオンが大声で立ち上がった。

 おおう、どうした、その熱気は、と思わず後ずさるほどの気迫ある姿だ。


「誰でもいい?!」

「え、うん。私、九歳で森の前に捨てられて、それ以来ここからでてないから、恋なんてしたことないし憧れもないよ。先代が恋多き人だったけど、別に何とも思わなかったし」

「何を言ってるんですか?!」

 

 シオンが大きな歩幅で近づいてくる。

 エルの肩をがっしりと掴み、揺さぶった。



「魔法が使えても恋ができなきゃ意味がないじゃないですか!」



 目が本気だった。

 オッダがシオンの頭の上に乗り、激しくつついているというのに、一切気にしないシオンは、恋がどれだけ素晴らしいかをそのまま熱弁した。

 やれ、毎日が煌めくだの、すべてに感謝したくなるだの、いつも胸が苦しくて、けれどそれさえもスパイスで、誰かを恋い焦がれる時間はスペシャルだ、と言った。

 何かの歌だろうか。

 エルは今日一番人相の変わったシオンを見上げる。

 あ、意外とまつげが長い。


「魔法はそれはそれは特別ですけどね、恋はもっと素晴らしいものですよ」

「はあ」

「せっかく魔法使いと結婚できるんですよ? どうか恋のお相手を見つけてください。あなたの初恋がそのまま結婚へと近づくのです。捨て子であったあなたが魔法使いになり、冠の魔法使いと結婚し、みんなに認められる……ああ、すごいシンデレラストーリーですよ!」


 若干言葉にイラッとしたものの、悪気の一切ない純度で言われてしまってはなぜか一周回って冷静になれた。

 正直よくわからないが、この森にいるため、育ててもらった恩を先代に返すため、できることはしておこう。今更街に出て人らしく生きろと言われても、雨も降らない寒くも暑くもならない、果物や野菜や水のおいしいこの環境からは出られない、とエルは思った。


「オッダ先生と離れたくないしね」


 まだ頭をつついているオッダに、エルは微笑む。

 十九歳にしては幼い笑みを受けて、オッダは鳥の巣のようになったシオンの頭から離れ、エルの手元に降り立った。指先で額を撫でると、きりっとした男前の表情が、少しだけ和らいだ。


 シオンがふと黙っていることに気づき、エルは顔を上げる。

 肩を掴んでいた手をぱっと離すと、シオンは若干赤い目元を眼鏡を押し上げて隠した。


「では、僕と恋を見つけるために出かけましょう」

「正式な魔法使いになるためじゃなかったっけ?」

「そうです、それそれ」


 適当な返事が寄越され、エルは思い出した。

 シオンに対する先代の評価を。


 あの子ったら、可愛いんだけど、可愛いだけなのよねえ。そもそも恋愛体質なのよ、ああ見えて。



「シオンは魔女が大好きなんだっけ?」

「……なんですか、それ」

「いやあ、先代が言ってて。シオンは魔女しか好きになれない不幸な子だって。魔女フェチだって」

「子供に何吹き込んでいるんですか、あの人は」


 とか言いながら穏やかにうっとり言うので、エルは反応に困った。

 本当っぽい。本物の魔女フェチっぽい。

 

「じゃあシオンの恋も見つかるといいね」

「いい人ですね、Lの魔法使い」

「エルでいいよ。先代と一緒だと困るなら、魔女って呼んでもいいけど」

「終わった恋愛に固執したりしませんよ、やってられない」

「あ、そう」


 恋愛体質って言うのは終わるとあっさりするものなのだろうか。

 未練は一切ないらしい。


「大体、もう魔女なんて言い方しませんよ。男も女も、魔法使い、です。ジェンダーレスが推進されていて、今やうっかり魔女なんていうとあちらこちらから非難轟々なんですから、あなたも気をつけてくださいね」

「じぇんだーれすってなに?」

「簡単に言うと、みんな平等でありましょうってことですかね。男とか女とか区別差別しない、っていう」

「なにそれ。魔法使いと人間って言うでっかい不平等があるじゃない」

「それですよねー」


 シオンはうんうんと頷く。


「まあ、矛盾点とかいろいろ抱き抱えて都合良く生きる、それが社会です」

「ふうん。男でも女でも魔法使いでも人間でも、人は人でしょ。それだけだと思うけど。ね、先生」

「あなた可愛いですね……いった!」


 思わず、と言ったようにこぼしたシオンに、オッダが突撃をかました。

 眉間に黒いくちばしが刺さる。そのままコツコツコツコツとつつき、気が済んだ頃にすんとした顔でエルの頭に戻る。


「オッダ先生、男の人あんまり好きじゃないらしいの。大丈夫?」

「……平気です。眉間は強いので」

「わあ、独特」


 シオンは額を何度か撫でる。

 赤くなってはいるが、平気らしい。


「さあ、目的は決まりました。あなたの恋を見つけ、僕の恋も見つけましょう。あなたはどうか冠の魔法使いをねらってください。僕は弟子を」

「目的それだったっけ?」

「色々です。さあ、行きますよ」

「えっ、今から?」

「今からです。一番近い、Mの魔法使いの元へ行きましょう」

「ええー」

「魔法局に感づかれる前に素早く動くんですよ」

「もっともらしいこと言ってるけど絶対違うよね?」


 


 こうして、なんやかんや二時間説得され、鬱陶しくなったエルは三角帽子を被り、渋々森を出ることになるのだった。


 美しい黒い羽のオッダの背に乗って、十年ぶりの外の世界へ。

 五百年生きた魔法使い達に挨拶をする旅。

 そして、それはシオンの失恋の旅にもなるのだった。








読んでくださり、ありがとうございました。

短編に挑戦中ですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シオンのほうが大人であるはずなのに、エルの彼に対する感想が可愛いというのもあり、微笑ましく感じる素敵な二人でした。 さらっと書かれている最後の一文もかなり気になるので、実際に二人が旅に出て…
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