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親心子心


背後から羽ばたく音が聞こえた。

ベリスはしっかり二人を連れて行ってくれたようだ。


「ア゛、あぁァァ゛゛!!!返せぇェ゙!!!!あた゛しの子ォ゙!!」


目の前の女が金切り声をあげる。


「返すもなにも、あの子はあんたの子どもじゃない」


女を睨みつけて、そう返す。


「ちガぁァ゛う!!あ゛たしのォ゙、こドもォ!!!」


この女は、決して生きた人間ではない。


私たち死神の役目は、現世に彷徨う魂が悪霊化しないために、あるべき場所へと導くことだが───

この女は、死神に導かれることがなく、悪霊化してしまった可哀想な魂なのだろう。


空間の隙間から、鎌を取り出す。

この鎌、本当に重い。


「なんでこれが標準装備なのかな……」


悪態をつきながら、鎌を構える。


「安心して。ちゃんとあんたのこと、導くから」


足を一歩踏み出す。


「そのためには、一回落ち着いて貰わないと、ね!」



─────────────


「にしても、グレイちゃん軽いねぇ。ちゃんと食べてる?」


「いま、その話する時間じゃない、って……!ぜったい……!!」


「ごめんごめん」


ケラケラ笑いながらベリスが言う。絶対悪いと思ってない。


「すごぉい!すごくたかいよ!」


純粋な声をあげるゆきひろくんがいることだけが、今のところ救いだ。


「んふ、そうでしょ、高いでしょ。お姉さんすごいでしょ?」


「すごい!すごいねぇ!」


「そうだねぇ……、すごいねぇ……」


それにしても、この子どもは恐れというものを知らないのか。今の私の顔は、誰から見てもこの空のように青く染まっていることは明瞭だろうというのに。


「あれ、グレイちゃん顔真っ青じゃーん!もしかして高いとこ苦手?」


「苦手って、どころじゃない……」


「おねえさん、こわいの?こわくないよ、よしよし」


「あぁ……うん、ありがとね」


本当は今すぐにでもここから降りたい。こんな高いところ離れたい。しかし、ここから飛び降りるなんてことはできるわけがないし───飛び降りなんてするものじゃないが──下に降りたら降りたで、あの女が待ち構えているはずだ。

そう、あの女が……


「あ!というか、レイナさん!」


「なに?レイナがどうかした?」


「どうかしたじゃないです!今一人で女のとこにいるんじゃ……」


「あぁ、あの子なら心配しなくていいよ。あれが仕事だし」


「仕事、って……」


「あれ、聞いてない感じ?」


ベリス曰く。

死神というのは、死んでしまった人の魂が、行き場を失って悪霊にならないようにするために、あるべき場所へ案内する役割を持つものらしい。

レイナは少し特殊で、悪霊化してしまった魂を導く役割も担っている、とのこと。


「だから、レイナにとっては日常茶飯時ってこと」


「そ、そうなんだ……」


死神のことなんて詳しくないし、レイナ本人からも聞いてなかったから全然知らなかった。

いやしかし、いくら仕事と言えども一人に任せるのは……などと思っていたつかの間。



『ア゜アア゛ァあァァァ゛!!!!!!!』


「ッ……!」


「わお。耳やられるかと思った」


後ろから、キーンと頭に響く叫び声が聞こえると同時に、ザッザッザッという足音のようなものも聞こえた。


「おお、あの幽霊ちゃん、すっごい体勢で追いかけてきてるよぉ!?」


ベリスの声につられて女の方を向く。

そこには────両腕を前に伸ばし、無理な体勢で足を回転させながらも、首だけは固定されていて、その虚ろな目でこちらを一心に見つめる女がいた。


軽いホラー体験だ。もしここがTRPGの世界線ならば、SAN値チェックが始まっていたことだろう。


「あの女の人、やばいってぇ……」


ここがTRPGの世界線でなくとも、私はSAN値チェックを始めるどころか、既に失敗してしまったようだ。


得も言われぬ恐怖感が脳を支配し、冷や汗が首筋を伝う。普通に生活していれば出会うことはない存在だ。しかもその矛先がこちらだという。その事実に、手足の先が冷えてくるような錯覚が呼び起こされる。全身が震え、泣き出したくなる衝動に駆られた。



「おねえさん」


しかし、幼い声が私を現実に引き戻した。


「あ……」


「こわくないよ、だいじょうぶだよ」


よしよし、とゆきひろくんが私をなだめる。

なんて優しい子なのだろう。

そして私はなんと情けない17歳なのだろう。

みっともない状態にさらに泣きたくなった。



「ごめーん!そいつ、ガチで追いかけに来てる!対処しきれなかった!」


少し離れたところから、レイナの声が聞こえる。


「わははぁ、すっごい執着だねぇ!この幽霊ちゃんも!」


この状況で笑いながら返事をするベリスを、私は信じられないものを見る目で見た。

なお、ベリスには気づかれもしなかった。


「ちょっと先回りするから、ベリスどうにかして!」


「んふふ、大変なこと言うねぇ!……まぁ」


ベリスの私を抱く力が強くなる。


「ちょっと頑張っちゃうかぁ!」


私は、その時初めてベリスの真面目な顔を見て、かっこいいと思った。


「じゃあ、ご褒美は一時間レイナを好きにできる権利で!」


ベリスは満面の笑みかつ、大声で言う。


「は?」


思わず声が出た。

前言撤回。

かっこよくなんてないかも。

ほら、レイナさんもぽかんとしてるって。



そんなことはどうでもいいとでも言うように、ベリスは動き出す。

大きな羽の音がしたかと思えば、かなりの速さで前に突き進んだ。

周りの風景が矢継ぎ早に変わってゆくので、もはや周りを認識できなかった。


「すごい!はやいよ!」


「は、はやいねぇ……」


ゆきひろくん、君はほんとにすごい子だ。

私は振り落とされないよう、ベリスさんに必死にしがみついていると言うのにね。

もう目が回りそうだ。


建物の隙間を縫い、ときに開けた場所に出て、また隙間へ潜り込む。

裏路地へ入り、ときに人混みの真上を通り、急上昇し、逆に急下降をするときも。

あの女の幽霊はいついかなるときでも追いかけることをやめず、人には見えずぶつからないので、障害物にぶつかることもなかった。


そして少しの間、地獄の追いかけっこが続き──


次に開けた場所に出た瞬間。


見覚えのある黒い影が前から飛び出してきた。


「ありがとベリス!」


「お安い御用だよ、レイナ」


そのまま私とゆきひろくんをかかえたベリスは、飛び上がったレイナの下をくぐり抜ける。


「はあぁぁぁぁ!」


レイナの掛け声とともに、鎌が女へ振り下ろされる。

鎌は女の身体を貫通し、地面に突き刺さった。女はそのおかげで身動きが取れないようだ。


「ア゛ァぁ……、あァァ゜……!」


「動かないで。鎌は刺さってるかもだけど、それは痛くないはずだから」


レイナは女に歩み寄る。


「傷つけたりしない。ただ案内するだけだよ」


レイナは、腰のベルトについていたランタンを手に取る。


「行こう。あなたのあるべき場所へ」


ランタンの扉が開いたかと思うと、女の身体がランタンの中へ吸い込まれていった。


パタリ、とランタンの扉が閉まる。


「よし、お仕事完了」


ランタンの中では、青い灯火のようなものがユラユラ揺れている。


「……お、おわった……」


「いえーい!お疲れ様!」


「おねえさんたち、すごいねぇ」


「待って、うそ、君もしかして全然怖くない感じ……?」


レイナはしゃがんでゆきひろくんの目線に合わせながらそう言う。

そうだよね、そう思うよね。


「こわくないよ!」


「強い子なんだねぇ……」


それで済まされる話じゃないと思うんですけど、私は。


「ぁ……ァ……」


どこからか、声が聞こえる。


「……あの、この声って……」


カタカタカタ。

ランタンが小刻みに揺れる。


「うん、さっきランタンに入ってもらった魂だね」


「元気だねぇ、いいことだ!」


「ほんとかなぁ……?」


私としては、その魂さんが今にもそこから出てこないか心配でたまらないのだけど。


「ねぇ、そのひと、さむいの?」


ゆきひろくんが、唐突に言った。


「え?」


この場の一同が、レイナと同じ反応をした。


「だって、ふるえてるよ」


「あぁ……、そうかもね」


少し気まずそうにレイナは言う。

その言葉を聞いて、ゆきひろくんがランタンの方に近づいてくる。


「え、ちょっと危ないんじゃ……」


そんな私の心配はよそに───


「よしよし、だいじょうぶだよ」


ゆきひろくんは、ランタンを優しく撫でた。

まるで、母親が、自分の子供にそうするように。

ゆきひろくんがランタンを撫でると、揺れは収まり、大人しくなった。


「さむくなくなった?よかったぁ」


ゆきひろくんは、純粋な心の持ち主だ。私は女の幽霊を怖いと思っていたけれど、女の方にだって事情はあるのだ。それこそ、自分の子供を探していたのだから。

危ないとか、怖いといったことしか考えられない自分が恥ずかしくなった。


「ァ……ぁㇼ……ガ…ㇳう……。ダレヵノ……子…。」


「……うん、そうだよ。この子は誰かの子だよ。後で、あなたの子供を探そうね」


レイナがランタンを撫でる。

ランタンの中の灯火が、微笑んだような気がした。




「あ、そういえば、グレイちゃん大丈夫そ?辛そうだったけど」


「あ、はい。大丈夫、です」


「ベリス、もしかして無理させたりした?」


「いきなりトップスピードで飛んだとか」等と言いながら、レイナが怪訝そうな顔でベリスを見つめる。


「えー?どうだったかなー?」


「わかった、じゃあご褒美なしね」


「うそうそ!ごめんなさい!グレイちゃん、ごめんね?」


「いや、全然いいですよ……」


というか良かったんだ、と言いながら、ベリスは手で追い払うような仕草をされながら、レイナに擦り寄る。


とりあえず無事に終わってよかったけど、何か忘れているような……


「あ、そうだ、ゆきひろくんのお母さん!」


「あ、おかーさん!」


ゆきひろくんは、どこかに走っていく。

慌てて追いかけてみれば、手提げ袋を持った女性にゆきひろくんは抱きしめられていた。


どうやら心配する必要はなかったらしい。


「もう、どこにいってたの?」


「ごめんなさい……」


「もう……、いいのよ、何もなくてよかった」


果たして何もなかったと言えるかは疑問だが、ゆきひろくんには何もなくてよかった。

というか、どちらかと言えば楽しんでいたような。


「あ、お母さん見つかった感じー?」


「そうみたい。良かった」


レイナが安堵の息をつく。


「無事に出会えたみたいだし、私達はお役御免ということで……」


「そうだね、再会できてよかった」


「いえーい!万事解決!」


良かった、怪奇現象が平和に終わって。


「よーし、そうと決まればあとは好きにできるよね!あっちいこ!」


「あ、ちょっとベリス、先に行かないでってば」


……こっちの怪奇現象は終わってないか。



──────────


「あのね、おねえさんたちがね、おかあさんさがすの手伝ってくれたの」


「あら、そうなの?それじゃあお礼を言わなくっちゃ。お姉さんたちはどこかしら?」


「あっちだよ、ほら」






「……いないわよ?」


「え?そんなことないよ」


「もしかしたら、お姉さんたちは何か用事があったのかもね。」


「むぅ……」


「ほらほら、お家に帰りましょう?よーし、今日の夕ご飯はハンバーグにしちゃおうかな」


「ハンバーグ!ハンバーグ大好き!」




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