迷子の迷子の
「あ、レイナ見てみて!すっごく高い建物だ!わー、すごいね、前来た時と全然風景が違う!」
「そりゃそうだよ。前にベリスが地上に来たのって、かなり昔でしょ」
「確かに。何年前だっけ?」
何年前どころか何世紀前でしょ、などと賑やかに話す二人。
ベリスは、少し前にできたばかりのビルを指差しながら顔を輝かせたり、とあるコーヒーショップの飲み物を見て物珍しそうにしたり、見つけたものを逐一レイナに報告するなどしている。
一方のレイナは、ベリスの言葉に返事をするだけだ。
翻る黒のマントと、なびく白いワンピースが並んでいて、絵面としては大変美しい。
だが、聞こえてくる会話はまるで親子のようであり、拍子抜けしてしまう。あの二人を例えるなら、珍しい物を目にした幼い子供と、その子供に手を焼いている保護者だろうか。
閑話休題。
流石にずっと公園にいるわけにもいけないので、二人の気が済むまで、とにかく歩いてみることにした。
なんの理由も無く歩いているけれど、二人は──特にベリスは──周りのものに興味津々で、退屈してなさそうに見える。
「えー!あれなんだろ!気になる〜!」
「ちょっとベリス、あんまりウロウロしないで。迷子になるでしょ」
「はーい」
ベリスは気の抜けた返事をする。
身長的にはベリスと比べてレイナの方が小さいのに、ベリスが子供っぽいせいもあり、レイナの方が大人に見える。
そういえば、いったいこの二人のどちらが年上なのだろうか。それとも同い年か、あるいは天使や死神には年齢といった概念が存在しないのだろうか。
今までそういったオカルトチックなものなどは詳しく知らなかったし、考えたこともなかった。
しかし今では目の前にその存在がいる。不思議なこともあるものだ。
ただ、なんだか「不思議」で済まされない気もする。この二人が私の幻覚である可能性だって否定できない。たまに周りをチラチラと確認しても、この明らかに異常な二人組をまじまじと見て驚く人は見られない。ここを歩いている人たちのスルースキルが高すぎる、ということもあるかもしれないが、それも納得いかない。
ただひたすらに、謎に包まれているのだ。
私はどうかしてしまったのだろうか、それとも何か別の理由が?答えのわからないものを考えるのは苦手なのに、などと考えていたら。
「おかあさぁん……どこぉ?」
どこからか、子どものすすり泣く声が聞こえた。
声の出所を探してみれば、道の端のほうで泣いている男の子がいた。
行き交う人々はまるで男の子が見えていないかのように通り過ぎるし、近くにその子の親らしき姿も見えない。
「あれー?なんか泣いてる子いない?迷子?」
「え?どこ?ベリスでなんにも見えないんだけど」
「ごめんごめん、ほらあそこ」
男の子のほうにベリスが指を差す。
どうやらベリスとレイナも気づいたようだ。
正直二人が気づいたところで、とう言う話ではある。レイナの話が正しければ、二人のようなものはめったに見ることはできないとのことだ。
つまりこの二人は、あの男の子に干渉できない。
要はあの男の子と話せるのはこの場に私しかいない、ということだ。
仕方ない、喋りかけようと思ったその時だった。
「ねぇそこのきみ〜!もしかして迷子〜?」
ベリスが横を通り過ぎていった。
「いや、聞こえてないでしょ」
そうレイナが突っ込んだのもつかの間。
「おねえさんたち…だれ?」
どうやら男の子は聞こえているらしい。
「え、うそぉ」
まだ子供だから見えやすいのかな、などどぼやきながらレイナが頭を抱える。
……この人の話は信憑性がないように思えてきた。
「おねえさんたちは優しい人たちで〜す。で、君どうしたの?お母さんとはぐれちゃった?」
私達を気にする様子もなく問いかけたベリスの質問に、男の子は喋らずにこくりと頷く。
「それじゃあおねえさんたちが一緒に探してあげよーう!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと!」
ニッ、という効果音が似合うような笑顔で、ベリスはサムズアップをする。
「よし、それじゃあレッツゴー!」
ベリスが威勢よく声をあげ、拳を天に突き出す。男の子がそれに続き、「ちょっと待ってよ」とでも言いたそうにしていたレイナも、渋々といった様子で腕をあげた。
私も控えめに腕を伸ばす。
とりあえず、男の子が二人を怖がらなくてよかった。
───────────────
「とは言っても…」
都市の複雑さを舐めてはいけない。
そう再認識した。
そりゃ迷子にだってなる。
とりあえず男の子の覚えがある場所を回ってみたけれど、母親らしき影は全く見当たらない。
「全然見つかんないだけど……」
「うーん、君のおかあさんどこだろうね〜?」
「ん……」
俯きがちに男の子は頷く。
「……心配だよね。でも大丈夫、私達がついてる。あなたのお母さんを、絶対に見つけるから」
ね?と、レイナが微笑みながら男の子に話しかけるが、男の子の表情は暗いままだ。
いったいどうしたものか。残念ながら私は交番の場所を知らないので、この子を交番に届け出ることもできない。
いや、スマホで調べたら出てくるだろうか。
調べてみたらあっさり出てきた。
やはり文明の利器、もう二度と手放せない。
さっそく交番に向かって、お巡りさんに協力を仰ごう。
そう思い、くるりと振り返って三人の方を向く。
そうすると、なにやら様子のおかしい女性が、人混みの奥の方に見えた。
黒くて長い髪のせいで、顔はよく見えない。どうやら焦っているようで、忙しなく動き回っている。
まるで何かを探しているみたいだ。
「ゆう……!ゆう……!」
かすかに声が聞こえてくる。誰かの名前を呼んでいるようだ。
あれ、ということはもしかして。
「ねぇ君、あの女の人って、君のお母さん?」
ちょんちょん、と男の子の肩を叩く。
私の声を聞いて、男の子が女性の方へ視線を向けた。
それから数秒もしないうちに、女がこちらへすごいスピードで向かってきた。
「あぁ……!ゆう、ゆう……!私の子……!!」
よかった、見つかって。自分の子供の姿が見えなくなったら、髪を振り乱しながら探し回るのもおかしくないよね。納得だ。
「お姉さん、ぼく、ゆうじゃないよ」
「え?」
ぼくの名前、ゆきひろだもん、と男の子は言う。
「あのひと、おかあさんじゃない」
女は目を見開いており、その黒く長い髪はうねっていて、爪は長く、ひどくボロボロだった。
女が走ってくる。
ヨタヨタと足がつっかえているはずなのに、無理やりに走る様は、とても人間とは思えなかった。
もちろん、その速さも。
「私のぉ……私のぉ……!!」
女が飛びかかってくる。
私と、男の子に。
やばい、と思って咄嗟に男の子を庇おうとした……
が。
ばさり、と
すっかり見慣れた黒いマントが、視界を覆い尽くした。
「逃げろ!!」
足が、動かない。
声を出そうとすると、喉が引きつる。
駄目だ、完全に腰が引けてしまっている。
私は、怯えてしまったゆきひろくんを庇った状態のまま、どうすることもできなかった。
「ベリス、お願い!」
「まっかせなさーい!」
「よぉし、グレイちゃーん。ゆきひろくんのこと、しぃ〜っかり抱えててね」
ちょっと失礼しま〜す、なんて言いながら、ベリスは、私の膝の裏と背中に手を回す。
いわゆるお姫様抱っこである。
意図がつかめず、ほうけたままの顔でベリスを凝視した。
ベリスはにこやかな笑みを返してくれた。
私は口をはくはくとさせるだけだった。
「ちゃーんと捕まっててねぇ!」
ばさぁっと大きな音がして、咄嗟に、腕の中にいたゆきひろくんを抱き締めた。
音が聞こえると同時に、あたりに砂塵が舞い散ったのがわかった。しかし砂煙が見えたのも一瞬だけであり、すぐに目に痛いほどの青が飛び込んできた。
宙に、浮いている。
こんな経験、人生でそう何度もないだろうな。