どちら様ですか
「……どういうこと?」
それを言いたいのはこっちだよ、という言葉を飲み込んで、獣耳の人の様子を観察する。
今さっき喋ったっきり、ずっとぶつぶつ独り言を言っている。どうやら、こちらが困惑していることには気づいていないらしい。
やっぱり、おかしい。
言葉を発しているので、おそらく意思疎通は取れるんだろうけど。
もしかしたら、喋れはするけど価値観が人間とはかけ離れてる、みたいなこともあるかもしれない。あれ、今気づいたけど、よく見たら腰のベルトにランタンをつけている。なんでだ。
……実は普通の人間で、凄まじいほどに発達した現代の技術で宙を浮いているだけで、獣耳もそういうカチューシャとかだったりしないかな。
日本中のどんな人に聞いても、こんな町中でそんなことする人は普通の人じゃない、と口を揃えて言いそうではあるが。
うん。きっと、とんでもない技術と趣味を持っている人なんだ。コスプレとか、そういう感じだよ。きっとそう。そうであってくれ。
例えその人がどんな人であろうと、私のやることはただ一つ。
「それじゃ、失礼します」
怪しい人とは関わらないのが一番だ。
獣耳の人から遠ざかるように、私は一礼してから一目散にその場を離れた。
「え!?ちょ、ちょっと待って!」
制止を振り切って私は走った。
「で、ここまで追いかけてきたわけですけど」
「いや、変な誤解をしてるんじゃないかー、って思ったらつい…」
近くの公園まで脱兎のごとく逃げてきたわけだが、何を思ったのか獣耳の人がついてきたのだ。
今現在、私はベンチに座り、目の前に獣耳の人が立っている状態だ。
「誤解じゃなければ何ですか。その格好とか。ただの変人じゃないんですか?」
「う、やっぱり変に思われてる」
そりゃあそうでしょう。明らかにその辺の人とは違う服装をしていて、獣耳まで蓄えているんだから。
「うーん…。言ったとして、君は信じる?」
私はわかりやすく首をひねった。
信じるとは?一体何を?
「…言ったほうがわかりやすいか。」
少し冷たい風が、頬を掠める。その風で、私と彼女の髪がなびいた。
「…私はね、死神だよ」
「…死神?」
「そう、死神」
「えーっと、110番…」
「待って待って!嘘じゃないんだって!」
慌てたように声を上げるその様は、とても死神には見えなかった。
「…死神って、もっとこう、ガイコツみたいなものかと。耳生えてるし」
「死神にも色々あるんだよ」
「鎌とか持ってないし」
「持ち運んでないだけで一応あるよ。あれ重いからね」
「あるんだ…」
死神だって言われたって、そんなこと信じられるわけがない。だって、ありえない。
「んー、すぐには信じられないよね。」
「そりゃあ、まあ…」
「というか、こっちも聞きたいことがあるんだけど」
若干、不機嫌さを滲ませたような声で問いかけられた。
「まあ、いいですけど」
「それじゃあ隣に失礼して…」
少し古いベンチがぎぃ、と音を鳴らした。
「死神が人間じゃない、っていうのはわかるよね?」
「それは流石に」
「うん、そうだよね。死神って、霊みたいなもんだから、普通の人には見えないんだ。霊感ある人には見えるときもあるかもだけど」
「へー…。でも、多分私霊感ないですよ」
「じゃあ」
彼女は、私の声を遮るように言葉を被せた。
「なんで、見えるの」
先程まで横にいたと思っていた彼女は、私の背後に回っていた。その声はさっき話していたときのような雰囲気はなく、獣が唸るみたいな低い声だった気がした。
「私が知るわけ無いじゃないですか」
素直に伝えれば、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
私はそんなに変なことを言ったのだろうか。
「そっ、か。いや、そうだね。わかんないよね」
変な質問をしてきた死神さんは頬をかき、私の隣に戻ってきた。
なんの意図を持ってそれを聞いたのか、わからない。
というか、死神が見えないということは、私はこの人と話しているとき、周りの人に一人で喋ってる変なやつと思われるのでは?
うわ、それちょっと嫌だな。
「っていうか、死神だっていうならその、犬耳?は何なんです?」
「あ、これ犬じゃなくてハイエナ」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて…」
「もちろんわかってるよ」
少しおどけた仕草をしながらそう言って、顔に笑みを含んでから、彼女は口を開いた。
「私ね、ハイエナと人間の魂が混ざってるんだ」
「…人間で言うハーフみたいな?」
「んー、ちょっと違うかな。本当に言葉のまんまなんだよね。」
「ふーん?」
よくわからないけど、きっとそういうものなんだろう。
「あ、そうだ。ちょっと自己紹介してよ。なんで君が私のことが見えるのか、そばにいて調べてみたいから、色々知りたいし。」
「えー…?」
ちょっとめんどくさそう。でも、どうせ死神さんは他の人には見えないらしいし、別に日常生活に支障はないかな。多分。
「…雪峰グレイ。イギリス人と日本人のハーフで、生まれは日本。」
「あ、だから日本語ペラペラなんだ。綺麗な青い目なのも、片方の親御さんがヨーロッパのひとだからなんだね」
「別に、綺麗じゃないよ。こんな目」
「…そう?」
…少し食い気味だったかもしれない。自業自得ではあるが、若干居心地が悪く感じてしまう。幸い、死神さんはそこまで気にしてなさそうな顔をしていたため、気は紛れた。
「それで、そっちは?」
「そっち…?あ、私?」
「あなた以外に誰がいると?」
「あはは、ごめんごめん。私の名前は…」
その瞬間。
「レイナぁぁあぁ〜〜〜!!!!!!」
鼓膜を破壊しに来ましたってくらいの大きさの声が、辺りにこだました。