騒然
花火大会当日。
それまでの間はバイトと浴衣との戦いだった。
何とか形にして待ち合わせ場所へと向かう。
ボクが着く頃には鈴宮と土屋がそこにいた。
ついこの間会ったはずなのに随分と久しぶりのような感覚になる。
「お前、浴衣着てきたのかよー。」
甚平を着てきた彼が扇子で仰ぎながら突っかかってくる。
想定内の反応と装いだ。
ボクは十中八九、甚平を着て来るだろうと思っていた。
だからこそ、なんとしてでも、甚平を着るこは避けたかった。
普段から貫禄のある土屋。
甚平を纏っている事で、その貫禄が何倍にも膨れ上がっている。
「2人で何話してたの?」
「私達もさっき来たところだったから。それより、浴衣に合うね。足短いからかな。」
彼女の人を上げて落とすようなディスり方にも慣れてきた。
はいはい、と聞き流す。
いちいち突っかかっていては体力がもたない。
彼女の浴衣姿も新鮮だった。
似合っていたし、可愛らしかった。
『普段と違って可愛いよ』『似合ってるよ』
彼女に向ける言葉が頭に浮かぶもボクの口から出ることはなかった。
待ち合わせ時間から30分ほど遅れて、もう1人がピンクの甚平を纏って到着する。
今日は4人だ。
装いもあって付き合っていたらダブルデートのようである。
騒々しい人混みの中、ボクは彼女の少し後ろを歩く。
髪の毛をアップにして結っているから、普段は隠れている右首筋のホクロが常に顕になっている。
人混みや暑さ、歩きにくさで、少し苛立っていた。
……歩きにくさに関しては他でもない自分自身のせいなのだが。
「お前はさ、鈴宮の事、どう思ってる?」
「んー。」
「いや、別に。なんとも。」
動揺からか返事に少し間が空いた。
苛立ちも、彼女に対する思いも悟られないか、ほんの一瞬心配もしたが、べらべらと口を回す彼を見て安堵する。
日も沈まぬうちに花火大会の会場へと到着する。
場所取りを早々に済ませて腰を下ろす。
「花火まで、あとどれ位?」
「5時間くらいかなぁ。」
バイトに当てていれば5000円程度の稼ぎになる。
そんな事を頭で考えながら、おもむろに財布を出す。
「甚平組で、なんか適当に飲み物とか食べ物買ってきて。」
そう言って彼にお金を渡す。
「え、なに?奢り?」
そんなはずはあるわけがない。
甚平に奢るはずもない。
「貸しだよ、貸し。」
半ば強引に買い出しに向かわせる。
やっと訪れる鈴宮と2人の時間。
『ボクのいない間に土屋とどれだけ会っていたのか。』
『土屋の事をどう思っているのか……。』
本当は気になって聞きたくてしょうがなかった。
だが、ボクの口から出た言葉は
「夏休みの課題終わった?」
他愛もない無難な話をする。
騒然としている空気の中であるが、
ボクたち2人は和やかな時間に花を咲かせる。