再開
程なくして、バスは会場となるホテルへと到着する。
降りて、控え室へと向かう。
歩いてる道中で彼女がそっと口を開く。
「ねぇ、さっきのバスの中に鈴宮ちゃんいなかった?」
「え?いや、どうだったかな。違う人なんじゃない。なんか意識してるの?」
「別に私は鈴宮ちゃんと何かあったわけじゃないから。でも、向こうが話そうとしないなら、それはそれかな。」
そう言って、控え室に入る前にトイレに向かった彼女の背中を見送り、ボクもトイレへと向かう。
鈴宮……学生時代に付き合っていた情景が脳裏に浮かぶ。
バス停に着いてからのことを、思い返してみてもそれらしき姿は見ていない……と思うのだが自信が持てない。
10年以上も前のボクの頼りない記憶を辿ってみても、彼女に一致する人は一緒に乗り合わせていなかった。
控え室にはバスで一緒になった声の大きい人達が既にテーブルを囲んで座り話に花が咲いている。……満開だ。
少し入りにくさを感じながらも、控え室に入り用意された椅子に腰掛ける。
続けて彼女も隣に腰を下ろす。
「あ、もうそろそろ天咲たち着くみたいだよ。」
スマホを見ていた彼女が口を開く。
彼女が隣にいるとはいっても、居心地は決してよくなかった。
樹雨と天咲の到着をボクは心待ちにしていた。
幸いなことに、時を待たずして、バスで一緒になった2人の女性が入ってきたそのすぐ後に、樹雨と天咲がもう1人の友人実と一緒に控え室へと入ってきた。
その様子に驚きながらも
「お、久しぶりー。」
「元気してた?最後に会ったの、何年前だっけ?」
何も変わらないあの時のままの友人達に言葉をかける。
友人たちと言葉を交わしながら、ふと耳覚えのある声が少し離れた場所でしているのに気がつく。
あの声、あの笑い声。
『いや、まさかな……。』
ボクの中で明らかに、そして意識的に避けようとし始めていた。
聞き覚えのある声が耳に届かないように、いつも以上に口を回していた。
そんな時でも隣でスマホが落ちた事には気がついた。
彼女に視線を下ろし、腰を下ろしてスマホを拾い上げる。
「大丈夫?落としたよ。」
そう言ってスマホを拾い上げて彼女に手渡し、視線を上げた。
その瞬間。
その時が訪れた。
彼女と目が合ったのだ。
鈴宮と。
ほんの一瞬だったはずなのに、なぜかその時だけ1秒が引き伸ばされたような感覚があった。
それが10数年振りの再会。
限りなく長い1秒に満たない時間を経て、友人へと視線を戻した。
彼女と言葉を交わした訳では無い。
それなのに、焦り、動揺……なんとも言えない感情が広がってくる。
平静を装って友人たちとの久しぶりの会話に花を咲かせたのである。