#4
「はい、こちらがロイヤルミルクティー。それからこっちがKTKブレンドです」
しばらくすると青髪の店長が飲み物を淹れて運んでくる。
「わぁ…いい香りですぅ~」
シュゼットがカップに顔を近づけ、うっとりとした顔をする。
「それは『タートル・ティー』という珍しい紅茶でね。ミンドルに生息する紅亀という巨大な亀の甲羅に群生する茶葉なんだ。温和な性格だから人を襲うようなことは滅多にないけど、体長60mもあるからね。冒険者じゃないと摘むのは難しい」
体長60mの巨大怪獣―――確か某宇宙からやってきた時間の制約付き巨大戦士の体長が約60mくらいだった筈だ。そんな生き物が陸に存在するとは驚きだ。
(だって、シロナガスクジラの倍くらいあるぞ…)
高野は頭の中でクジラの倍のサイズの紅亀の姿を想像する。歩く度に地震が起きそうだ。
「どうやってそんな生き物の背中に登るんです?」
高野は興味本位で店長に聞くと、「そりゃあ」と店長は笑った。
「亀の進路で待ち伏せして丘の上から飛び乗ったり、寝てる間にロッククライミングの要領でよじ登ったり、レイル共和国からレイルオオトカゲを引っ張ってきて登らせる冒険者もいるな。あとは普通に駆け上ったり…」
「駆け上る?…まさかぁ」
高野はあり得ないと笑う。全長60mの亀の高さなら20mはあるはずだ。しかも登れる場所は恐らく地面に接している4本の足だけだ。
動いている亀の足にしがみついて、上を駆け上がる?
想像しただけでも絶対に無理だ。
「はっはっは。まさか、ですよね。だけど…やろうと思えば意外とやれる人間もいるものですよ」
店長の言葉を聞いて、高野の脳裏にシスカやリュウ、アンドレイなどこれまで出会ってきた冒険者たちの姿が浮かんだ
確かに魔法があり、スキルがあり、レベルがあるこの世界では巨大な亀によじ登る人間がいてもおかしくないのかもしれない。高野はチャレンジしたいとも思わないが…。
「なるほど…」
紅亀のロイヤルミルクティーに口をつけるシュゼットを見ながら、改めてまだ自分がこの世界の常識に全然追いついていないことを実感する。
そんなことを考えている間にシュゼットは早速ロイヤルミルクティーに口をつけていた。
「わっ、なんかすごくクリーミィですねぇ」
シュゼットが目を輝かせてロイヤルミルクティーの感想を述べる。
「ミルクはシマシマヤギから取ったものを使っているんだ」
「え゛…シマシマヤギのミルクってあの臭みの強いアレですかぁ?」
それを聞いたシュゼットが顔をしかめた。どうやらシマシマヤギのミルクというのはあまり美味しいものではないらしい。店長は笑って頷く。
「そう。普通に飲もうとすると獣臭くて飲めたもんじゃないよね。ただ、タートル・ティーに入れると全然わからないでしょ?むしろ2つが合わさって芳醇な香りになるんだ」
「へぇ…。ミンドル王国って確かに紅茶が有名なイメージありますよねぇ。ホーラス・ティーとかぁ」
「そうそう。あの国の富裕層はティー・タイムを大事にするからね」
シュゼットはカップの中をしげしげと見つめる。乳白色の中にほのかな赤みがある美しい色をしたロイヤルミルクティーは薄っすらと湯気を立ち上らせており、高野の方まで香りを飛んできた。
甘く濃厚な匂いで、鼻から香りを吸い上げると、飲んでもいないのに口の中に甘さが広がってくる。
紅亀のエピソードを聞いた後だとロイヤルミルクティーにすれば良かったかな、と少し心が揺れるが、高野は心の中で「待った」をかける。
喫茶店の名前を背負ったKTKブレンドはきっとそれ以上に美味いに違いない。
高野は期待に胸を膨らませながらカップの中を見た。
色はコーヒーなのでもちろん黒だが、少し青みがかっているように見える。
口を近づけると花のような芳醇なアロマが鼻孔をくすぐった。その瞬間、高野はどこか懐かしい感覚に囚われる。
高野もコーヒーは詳しくはないが、結構好きだ。
相談室の共同経営者の1人、三代がコーヒー好きだったので、相談室には焙煎した豆を全自動で挽いてドリップしてくれるコーヒーメーカーを置いていた。
そのおかげで、色々な種類のコーヒーを飲む機会があった。
受付の緑川さんの家の近くにあるコーヒー豆の専門店は、注文するとコーヒーの豆の種類や焙煎具合などをカードに記載してくれるシステムだったので、よく彼女に頼んで豆を購入してもらっていた。
毎回、新しい豆が来る度に「酸味が足りない」だの「もう少しコクがある方がいい」だの仲間内で好みを語っていたものだ。
初めは苦味が強いものが好きだと思っていたが、色々飲んでみると実は酸味の強いコーヒーの方が好きだということに気づいた。
(グアテマラ産のコーヒー、酸味もコクもあって好きだったな)
この喫茶店は雰囲気がどこか元の世界に似ている気がして、高野はカップを見つめながらそんなことを思い出す。
そしてカップに口をつけると薄っすらと青みがかったコーヒーを口に含んだ。
「あ…」
果実のようなスッキリした酸味…それでいてチョコレートのような濃厚なコクと舌触り…それらが絶妙なバランスで互いの長所を引き立て合っている。
鼻から抜けていく花の甘い香り…。直後、じわりじわりと花から密がにじみ出てくるような甘みの余韻が続く。
この味はまさしく…
「お、先生、コーヒーのお味はどうですか?」
コーヒーを口にして驚いた顔をしている高野を見て、青髪の店長が尋ねる。
「これ…まさか、グアテマラ産のコーヒーですか?」
思わず店長を見上げ、コーヒーの産地を聞く。
「ガァテマラ?…いや、残念ながらこれはレイル産のコーヒー豆をいくつかブレンドしたものですね」
「そうですよね…」
ひょっとして、と思ったが、どうやら高野の勘違いだったようだ。この世界にも沢山コーヒー豆があるようだし、似たような味のコーヒーがあってもおかしくない。そもそも素人の高野の舌がどこまで正しく味を記憶しているのかも怪しい。
「…ひょっとして先生の故郷の味に似ていたのかな?」
店長が静かに高野に声をかける。眼鏡が店の照明で反射して表情はよく読み取れなかった。
異世界転移者―――この世界でいうところの「迷人」であることは秘密にしているため、高野は「しまった」と心の中で自分のうかつな発言を反省する。
「…いえ。前に飲んだコーヒーが印象的で、たまたま産地を覚えていただけです」
グアテマラが故郷であるわけではないため、嘘ではない返答をする。
「でも」と高野は付け加えた。
「また飲みたいと思っていた味に凄くよく似ています」
「それは良かった」
青髪の店長は嬉しそうに笑う。
「KTKブレンドには『カメレオン・コーヒー』という別名があります。作り方は企業秘密ですけど、過去に飲んだコーヒーの記憶に合わせて味が変化する性質があります。その人が好きなコーヒーをしっかりと覚えていればいる程、そのコーヒーに近い味が再現できている筈です。新しい発見はないコーヒーだけど、『ああ…これだ、これ!』って思えるような味を再現できるコーヒーなんです」
「つまり、飲み手が過去に飲んだコーヒーの中で一番美味しかったコーヒーになるってことですか」
「そう。コーヒーは豆の種類や焙煎度合い、温度、食べ合わせなど色々な条件でその味を変えます。けど、このKTKブレンドはその中でも一番美味しかったコーヒーを毎回再現してくれる。でもあくまでもこの味は今日の先生の好み、だから次回飲むとまた味が変わっているかもしれません」
「面白いですね」
青髪の店長は頷く。
「『限りなく透明な喫茶店』という名前は、お客様たちにとってまるで空気のように当たり前に存在する居場所であって欲しいという願いから来ています。この喫茶店には新しさと懐かしさ、どちらもがあって欲しい。だからお客様たちが口にしたことのないような斬新なメニューも提供しますが、同時に懐かしさを感じるメニューも取り揃えています。KTKブレンドはお客様にとっての居場所を象徴するような味にしたくて作ったコーヒーなんです」
「…」
高野はそれを聞いて黙ってコーヒーを見つめた。高野の開いている相談室もクライエントたちにとっては居場所の1つだ。
相談室も喫茶店もサービスの形態は違えど、その場所自体が利用者に安らぎを与える。
「良い空間」というのはきっとサービスの提供者が利用者に対し、真摯に向き合い続けることで生まれていくのだろう。
メニュー1つ1つに魂が込められている。それが伝わってくるこの店は凄く居心地が良い。
(良い店だな…)
高野はそう思いながら再びコーヒーをすする。
「好きなコーヒーを再現するコーヒー!面白そうですねぇ。先生ぇ、ちょっと交換しましょうよぉ~」
店長と高野のやり取りを聞いて、KTKブレンドに興味を持ったシュゼットが、自分の紅茶を差し出して、高野のコーヒーカップを奪い取ろうとしたその時だった。
「おい!!!」
店内に怒声が響き渡る。
シュゼットがびくり、と肩を震わせ、高野も思わず声の主を探した。店内の客たちも驚いて顔を上げる。
どうやら店の奥に座っていた3人組が騒いでいるようだった。赤髪の店員がすでに3人のところに行き対応をしている。
「…ちょっと様子を見てきますね」
なにやら不穏な空気を察し、青髪の店長は高野とシュゼットに小声でそう伝えると席を離れた。
3人組は明らかにガラの悪そうなごろつきだった。
1人は横幅の広い男だ。脂ぎった顔に汗をにじませ、「フヒフヒ…」と浅く息苦しそうな呼吸を繰り返している。
1人はその対極で、肋が透けそうなくらいガリガリな男だ。青白く不健康そうな肌に、目元に黒々としたクマがある。
そして最後は無精髭を生やした体格の良い男だ。恐らく3人の中でリーダー格なのだろう。腕を組んで大声で赤髪の店員を威圧している。
「これを見ろよ!この店では健康料理だっつって、こんなものを客に食わせんのかぁ?んん?」
体格の良い男は鶏ガラあっさりプロテインチャーシューラーメンに指を入れてなにかを取り出す様子を見せる。
赤髪の店員がうまく身体で他の客からそれが見えないように隠しているが、恐らく食べ物の中に混入してはいけないなにかが入っている、と彼は主張しているのだろう。
他の2人の表情を見ると、2人とも食べ物に異物が混入していたというのに、怒ったり、不快感を示す様子はなく、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
この不自然な反応から察するに、タイミングを見計らって、予め自分たちが用意した異物をラーメンに混入させたのだろう。
「おいおい、コイツ、もうラーメン、こんなに食っちまったよ。どうすんだ?!えぇ?!」
「これ、足が欠けてるゥ~。俺、足、食っちまったかなァ~。気持ち悪りぃよ~」
ガリガリの男がわざとらしく口を押さえて「オエ゛ェェェ」と吐く真似をする。
文句をつけて食事代をタダにしよう、あわよくば慰謝料まで請求しようという魂胆だろう。
赤髪の店員は「えーっと…」と困った顔をしながら頬を掻きながら店長を振り返る。
「お客様、どうされました?」
店長が3人組に向かって近づいていく。
その時、厨房からガランガランッ…、と大鍋かなにかが地面に落ちた音が店内に響いた。
金属が床を跳ねる大きな音に3人組と客も弾かれたように音のした厨房に視線を向ける。
あまりにもタイミングが良いトラブル。
元手品部の高野は、それが視線誘導ではないかと思い、1人だけ店長の動きに注目する。
青髪の店長は3人組の方に歩きながら、ポケットからなにかを取り出していた。
「リョウくん、ナイスアシスト♪」
店長の口元が緩み、厨房にいるおさげの副店長へ小声で感謝を口にする。
赤髪が身体をわずかにずらすと、高野の位置からも長い触覚を持つ赤黒い生き物の死骸が体格の良い男の指に挟まれているのが見えた。
その生き物の死骸は「G」の頭文字を冠する人類共通の敵―――飲食店の人間ならば誰しもが恐れる、生きた黒い弾丸だった。
奴らは「1匹いたら50匹はいると思え」と言われるほどの高い繁殖能力と恐竜の時代から現代まで生き延びてきた圧倒的な環境適応能力、そして数多の攻撃を掻い潜る圧倒的な俊敏性を持つ、この世で最もしぶとい生き物だ。
ここまで言えば誰でもわかるだろう。そう、「G様」である。
この世界にもどうやらG様は存在するらしい。
だが、高野がG様を視認した直後、店長の親指からなにかが弾丸のようなスピードで発射され、男の指からG様を奪い取っていった。
壁にぶつかって跳ね返り、赤髪の店員の足元へと落下したG様。
赤髪の店員はそれを何食わぬ顔で、パターゴルフのように足で蹴って厨房の方へと滑らせた。
「すみません。失礼しました~」
店長がおさげの副店長の代わりに店内に謝罪する。その瞬間、客たちが店長に視線を集める。
その間に厨房からおさげの副店長が箒とチリトリを持って顔出し、厨房の手前まで滑ってきたG様をさっと流れるように回収して「失礼しました~」と遅れて謝罪すると奥へと引っ込んでいった。
まさに一瞬。視線誘導に気づいた高野以外、誰一人としてG様を見ることなく証拠を回収していった。
まだ状況の変化に気づいていない体格の良い男は「チッ」と舌打ちをした。
そして指に摘んだものを店長に見せつけた。
「うるせぇし、本当に最低な店だな、ここは。おい、これ、見ろよ。どうしてくれる?」
「えーっと…どう、と言われましても…」
店長は男の指に挟まっているものを見て、苦笑いする。
「お客様、すみませんが、手に持っているものを広げて、よく見せていただけますか?」
店長が男と赤髪の店員の間に割って入って、男に話しかける。
「ああ?そんなに見たきゃ見ればいいだろ」
男が指に挟んでいたものを反対の手の平に乗せて店長に見せた。
「ああ~…削り損なったか…」
それを見た店長がつぶやき、3人組はぎょっとした顔をする。
「ええっとですねぇ…鶏ガラあっさりプロテインチャーシューラーメンには隠し味としてそれの粉末が使っているんです。たまーに、なんですけど、削り損なったものが入ってしまうことがあるんですよねぇ。食べにくくてすみません」
店長は申し訳無さそうに頭を下げた。
「はぁ?この店では隠し味にゴ○ブリの粉末を使うっていうのかよ?ああ!?」
体格の良い男の言葉に客たちがざわめき始める。
「ええと…お客様、すみません、それ、申し上げにくいのですが…ナツメグですよね?」
赤髪の店員が苦笑いする。
「…なに!?」
男は目を見開く。手の平に乗っていたのは間違いなくクルミのような形の茶色い植物の種子―――ナツメグの欠片だった。
「え…なんで…?」
「いやいやいやいや、俺は確かに…」
体格の良い男はぎょっとした顔をしてガリガリの男を振り返るが、ガリガリの男も慌てて首を振る。
「フヒッ…。た、タダ飯になるからって沢山頼んだのに…か、会計どうしよう」
3人は元々会計を踏み倒す気満々だったらしく、太った男の顔がみるみる内に青ざめていく。
「に、逃げろッ!!!」「クソが!」「フヒッ!」
「うわっ」
体格の良い男が赤髪の店員を突き飛ばし、3人は店の出入り口へと一目散に走る。しかし、体格の良い男の肩を突然、ガシッ、と何者かが掴んだ。
「離せ!?」
男は掴まれた腕を振り払おうとするが、腕はビクともしなかった。
彼が振り返ると、そこには厨房から出てきたおさげの副店長が立っていた。
「お客さん、お会計♡」
副店長はそう言うと、にっこりと微笑んだ。




