#3
――― アマイア暦1328年薔薇の月5日 夕方 ―――
<レイル共和国 大都市ネゴル ギルド 相談室>
「先生、ありがとうございました」
「こちらこそ。次回もお待ちしています」
ヒューマンの魔法使いが頭を下げ、相談室から出ていくのを見送った後、高野はソファーで伸びをする。
最後のカウンセリングが終わったので、あとはシュゼットが相談室へ訪ねてくるのを待つだけだ。
なんとなくソワソワして落ち着かないが、記録だけでもまとめてしまおう、と机に向かう。
今日のカウンセリングを振り返ってペンを走らせているといつの間にか没頭していた。
「…ふぅ」
2ケース分の記録を書き上げ、ひと息ついた時、
「ふぅ、じゃないですよぉ」
と横から声がかかる。
「うぉわぁっ!?」
集中していた高野はシュゼットが机のすぐ横でしゃがみ込んでいるのに全く気づかず、小さく飛び上がった。
「おい、なんで―――」
「先生ぇが『今度からノックして静かに入ってこい』って言ったんでしょぉ~!」
シュゼットが高野の言葉の上から被せてくる。
「あ…」
確かに。昼に間違いなく言った記憶がある。
「まあ集中してたし、アタシも遅れちゃったんでぇ、待ってましたけど、それにしても声かけなかったらず~~~っと記録書くつもりだったんですかぁ?」
「まさか、あと3ケース書いたら記録は終わりさ」
そんなにカウンセリングの記録をためてはいない、と高野は首を振る。
「そうゆーことを言ってるんじゃないですよぉ」
シュゼットは口を膨らませて抗議する。そのシュゼットの雰囲気がいつもと異なることに気づき、高野は「アレ?」と声をあげた。
「昼間と格好、違くない?てゆーか、メガネじゃない…?」
いつもの赤いフレームのメガネがない。それに彼女の前髪の左側は編み込みが入っており、耳にはエメラルドグリーンの宝石の入ったピアスが光っていた。
服装もいつものギルド職員の制服ではなく、ふんわりとした薄手の白の七分丈にベージュのロングスカートを履いている。
足には蔦で編んだサンダルをはき、ストーンを散らした桜色のペディキュアが輝いていた。
同色のマニキュアを塗った指で右の前髪を耳にかける動作に思わず見惚れてしまう。
「ふっふっふっ、どうです、アタシの本気はぁ?」
可愛い。普段も可愛いが当社比300%増しで良い女だ。
だが親しくなればなるほどそれを素直に口にできなくなるのが男というもの…。
「お見それしました」
高野は照れ隠しにわざとらしく頭を下げる。
「よろしい!」
シュゼットも自分で言っておいて照れたのか、コホン、と咳払いする。
「…ちなみに目、どうなってんの?」
高野はシュゼットの視力が気になり、恐る恐る尋ねる。実は伊達眼鏡だったりするのだろうか?
「言い方!…ちょっと一時的に視力を上げる薬を飲んでるだけですよぉ。この間の道具屋で買ったんですぅ。普通は『狩人』が遠くを見る時に使ったりするんですが、目の悪い人がファッションで使ったりもしますぅ」
「ああ、なるほど…」
毛生え薬の特効薬がある世界だし、そんなものがあってもおかしくないか、とシュゼットの説明で納得する。
「じゃあ、いきましょぉ」
そう言うとシュゼットは高野に腕を絡めてきた。
「ま、待て!」
高野は慌てて腕を振りほどく。
「良いじゃないですかぁ、デートなんですしぃ。恥ずかしいんですかぁ~?」
シュゼットがからかってくるが、
「職場!ここ、職場だから。クライエントの目もあるし、せめてギルドから離れてからにして」
と高野は懇願する。
「シュゼットとデートした」とバレたら治癒師のカリネやオーバン、ギルドマスターのゲブリエールたちにもなんと言われるか…。
―――いやいや、そもそもこれはデートなどではない。いつものように彼女にからかわれているだけだ。
落ち着け高野、しっかり気を保つのだ。
高野はそう自分に言い聞かせた。
――― アマイア暦1328年薔薇の月5日 夕方 ―――
<レイル共和国 大都市ネゴル 大通り>
シュゼットは高野と共に大通りを進んでいく。
「♪」
高野の右隣にはご機嫌に鼻歌を歌うシュゼットがいた。
ギルドから少し離れたところからは高野の右腕はシュゼットの左腕と脇の間にがっちりと挟み込まれている。
元々、整った顔立ちをしているエルフという種族に加え、眼鏡を外し、気合いを入れてオシャレをしたシュゼットは先程から通行人の視線を集めていた。
通行人の中には高野を見て舌打ちする者や「ひゅ~、お二人さんお熱いねぇ」とからかう者、「リア充爆発しろ」と呪いの言葉を吐き捨てる者などもいた。
そのせいもあって先程から高野は心臓のドキドキが止まらない。
腕にシュゼットの体温が伝わってくるし、風が吹くと彼女の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。それによるドキドキが半分。
そして、この光景を知り合いに見られたらどうしようという不安からくるドキドキがもう半分。
なんの店に行くのか聞かされていなかったが、さっさと目的地についてくれ、と心の中で祈る。
「えぇと…KTK、KTK…あ、あったあった。ここですぅ~」
大通りに並ぶ看板の中で目当てのものを見つけたシュゼットが顔を綻ばせ、指をさす。
看板のかかっている建物は木造で、窓やドアにはこの世界ではかなり高価であろうガラスがふんだんに使用されている。
ガラスの純度はそれほど高いわけではなく、中がはっきりと見渡せるわけではないが、丁寧に磨かれているのか、内側が薄っすらと覗き見える。
中には木製のテーブルが並んでおり、なかなかに賑わっているようだった。
「…え?なに、ここ」
それは元の世界のレトロな雰囲気の喫茶店そのものに見える。だが、この世界でのんびりお茶を嗜む店など見たことがない。
だが、看板には共通語で「KTK」と書かれており、その上に「限りなく透明な喫茶店」とルビが振られていた。紛れもなく「喫茶店」のようだ。
飲食店といえば、普通は大衆酒場や定食屋。稀に「Honey Bee」のようなオシャレなバーもあるが、あれもかなり珍しい部類に入る。
「ここ最近出来たお店なんですがぁ、お店の中でお茶が飲めたり、スイーツやご飯が食べれる店なんですよぉ。ちょっと珍しくないですか?アタシもこの間1回行ったんですけど、料理も美味しくてぇ。先生もきっと気に入るんじゃないかな、って」
シュゼットは声を弾ませ、扉に手をかける。
カランカラン、と扉の上に取り付けられたベルが鳴り、店の奥から「お、いらっしゃい」と軽い調子の男性の声が聞こえた。
「あ、店長さぁん、こんにちはですぅ~」
シュゼットが笑顔で手を振ると、カウンター席の奥にいたサファイアのような髪色の眼鏡をかけた男がニッ、と笑って手を振り返す。
「お、シュゼットちゃん、また来てくれたんだ?ありがとね。…お隣にいるのは彼氏さんかな?」
「えへへ、そう見えますぅ?でも違いますぅ~。職場の同僚のタカノ先生です」
シュゼットはにへら~、と笑いながら高野の腕を組んだまま店の奥へと入っていく。
「お、シュゼットちゃん、いらっしゃーい。席、どうする?空いてるところならどこでもいいけど。…あ、店長、3番卓にKTKブレンド2つ~。どっちもケーキセットで」
注文を取っていたルビー色の髪の店員がシュゼットに気づき声をかけつつ、忘れないうちに今取った注文内容を店長へ伝える。
「KTKブレンドのケーキセット2つ、3番卓ね。リョウくん、ケーキよろしく」
「はいよ~。先にもうすぐ鶏ガラあっさりプロテインチャーシューラーメンがでまーす」
カウンターの奥から別の男性の低い声が聞こえる。
「じゃあ、あそこの窓際の席でいいですかぁ?」
シュゼットがルビー色の髪の店員に座りたい席を伝えると「OK!」と店員は人差し指と親指をくっつけてウィンクし、「じゃあこっちで~す」と席に案内する。
「2名様、9番卓ご案内~♪」
「「あいよっ」」
店員の声に店長とキッチンの男性が返事をする。
席に通されるとルビー色の髪の店員は、腰に巻いたソムリエエプロンに取り付けられたポケットから4つ折りにされたメニューを取り出すと高野とシュゼットの前に広げた。
恐らく、この世界では紙は希少なので、メニューは店員たちが手元に持っておき、使い回すのだろう。
「なにしますか?今日のオススメはリョウくん特製、鶏ガラあっさりプロテインチャーシューラーメンかな。限定100食だから無くなったら当分食べられないよ」
「わぁ、気になりますぅ~」
「喫茶店でラーメンか、なかなか攻めるなぁ…」
高野とシュゼットはずらりと並んだメニューを眺める。
コーヒーの種類を見ると大国であるレイル共和国とミンドル王国はそれぞれの国の名を冠した品種があるようで、レイルコーヒーとミンドルコーヒーという名前が目にとまる。
「珍しいところでいくとコルト樹海で採れたコルトコーヒーやリョウくんが独自のルートで仕入れたリードコーヒーなんかもありますよ」
「リード帝国から仕入れてるんですか?」
確かリード帝国はヒューマン至上主義の国であり、基本的に他国と貿易などを行っていない筈だ。
「ヒューマンの商人が時々仕入れを行ってるんですよ。副店長のリョウくんが結構顔が広くて商人から仕入れてくるんです。…ね、リョウくん」
「そうそう。どうも、副店長のリョウです。焼き立てのクッキー、いかがです?サービスです」
ルビー色の髪の店員が振り返ると、ブラウンダイヤモンドのように煌めく長い三つ編みの男が木製のトレイの上にあったココットを高野たちのテーブルに置いた。
ココットの中には大きめのチョコチップクッキーが4枚入っていた。
「わぁ~~~。ありがとうございますぅ~!!いただきますぅ。ハフッ、熱ッ、サックサクですぅ~」
シュゼットが手を合わせて喜び、クッキーを1つ摘むと、クルミを抱えた小リスのように口の中いっぱいに頬張った。
「気をつけて食べてね~」
三つ編みの男はその様子を見て微笑む。よく見れば、三つ編みの男の耳はエルフ程ではないが少し尖っているのに気づいた。
「あ、これ?俺、ハーフエルフなんですよ」
高野の視線に気づいた三つ編みは尖った耳を触って笑う。
「この世界ではちょっと珍しいみたいで…」
「…この世界?」
高野が聞き返すと、「あ、やべ…」と三つ編みの男は頬を掻いて「ご、ごゆっくり~」と手をひらひら振って他の席にクッキーを勧めに行った。
彼の左足を見ると、皮のベルトが巻きつけられており…
(まさか…厨二病?)
高野はメニューを考えるふりをして三つ編みの彼の足を二度見する。
彼の話をまともに受け取れば、三つ編みの彼は高野と同じく異世界転移者ということになる。だが、先日のリュウといい、滅多に現れない筈の「迷人」がそんなに沢山いるわけがない。
となると、三つ編みの彼の足に巻きつけられたベルトも合わせて考えれば、「封印されし左足を持つ、異世界転移者のハーフエルフというとんでもない厨二設定を持ったイタいお兄さん」が妥当…。
(でも、嘘をついてるようには見えないし…となると設定を本当のことだと思い込んでる感じかな)
高野は職業病でついつい相手が何者なのかを考えてしまう。そんなことを考えている間にシュゼットはさっさとロイヤルミルクティーとケーキセットを注文していた。
「先生、決まりましたぁ?」
「ちょっと待ってね…」
(うーん…まあ、この世界では厨二っぽいファッション沢山あるし、別に気にすることでもないか。イケメンだし、誰に迷惑をかけるわけでもないしな)
と、まさかその絵に描いたような厨二設定を地でいく異世界の英雄が目の前に立っていることを知らない高野は、生暖かい目で三つ編みの彼の背中に微笑んだ後、
「KTKブレンドをください。あと、この夢りんごのアップルパイを1つ」
とルビー色の髪の彼に注文した。




