#1
この世界には様々な生命が活動しており、夕焼けに染まる美しい建物と街並み、人や物がせわしなくめぐっている世の中…。
…疲れてしまった、あなた。
癒やしとコーヒーを提供するお店が一軒。
…ここでひと休みしていかれてはいかがでしょう?
―――それでは…ごゆっくり。
――――― アマイア暦1328年薔薇の月4日 深夜 ―――――
<レイル共和国 ザカー平原>
「視界良好、ターゲット補足…風速はえー…南西方向5m/sってとこか。じゃあ角度はこんなもんだろ」
口にくわえる煙草の煙の揺らめきを見て、男は呟いた。
この世界の煙草は元の世界に比べれば雑味が多く、最初は気になったが、この世界に来て1年間毎日40本も吸い続けていれば最早気にならない。
ザカー平原の小高い丘で腹ばいになり、黒く長い金属の棒のようなものを抱えた男は棒の上に取り付けられた金属の筒を覗き込んでいた。眼鏡が筒にぶつかるギリギリのところまで右目を押し付けている。
その筒にはボロボロの布を纏った人間のようなシルエットの生き物が映っていた。
それは彼の獲物。週に1~2回、彼が彼の店で客に振る舞うある料理に必要な「食材」だ。
辺りは暗く、男は「暗視」のスキルがあるわけでもなかった。
近視で眼鏡をかけていて、スキルもない彼が、それでも獲物をしっかり捕捉することができているのは彼の覗き込む筒のおかげだ。
筒には特殊なレンズがついており、それによって遠くの暗い景色が昼間のように明るく、まるで近くにいるように見ることが可能になっていた。
「…」
男は煙草をふかしながら獲物の狩るタイミングをじっと待つ。
彼の獲物は人間に似たシルエットをしていたが、それをひと目見れば、それが人間ではないことは明白だ。
なぜならそれは身体から黒いモヤのようなものを絶えず吹き出しており、フードから覗く目は赤く光っているからだ。しかし、なによりもそれには足がなく、ふよふよと宙を浮いていた。
その生き物の名は「影法師」―――深夜にのみ現れる魔物である。
冒険者が基本的に夜の行動を避ける。その理由の1つがこの魔物との遭遇を嫌うからだ。
ギルドではこの影法師と遭遇した場合の対処を以下のように初心者講習で伝えている。
対処その1。絶対に視線を合わせてはいけない。基本的には無害な魔物だが、視線が合えば襲ってくる。影法師のレベルは3~4。初心者冒険者どころか上級冒険者でも油断すれば命にかかわるレベルだ。
対処その2。万が一、敵対してしまった場合には速やかに明かりを点けること。影法師は明かりを嫌う性質があるため、焚き火などをしていれば基本的に近寄ってくることはない。
対処その3。これは上級冒険者向けのアドバイスであるが、攻撃するならば遠距離で、かつ、一撃で仕留めること。影法師は死ぬ時に呪いを放つ。もし、その呪いを受ければ、その者は呪いが解けぬ限り、二度と光りのあるところで生活することができなくなる。
影法師の死体は日の出とともに消えてしまうし、その死体の利用法も特にない。故に余程もの好きでなければ影法師にはまず挑まない。
「!」
男が覗き込んでいる筒のレンズには「+」のようなマークが刻まれていた。その「+」のマークにふよふよと移動する影法師の頭が近づいてきた。
右手の親指を金属の可動するレバーに沿えて、ゆっくり絞っていく。
「あんまり夜更かしすると明日の営業に響くからな。良い子だから一発で当たってくれよ?」
ぴったりと影法師の頭と「+」マークが重なった時、男はレバーを絞りきった。
ドン!!!
男の抱える黒い金属の棒の先端から一瞬光りが放たれる。
直後、Aランクの「狩人」の長久でも届かないような距離にいた影法師の頭が突然誰かに殴られたかのように動き、そのまま草の上に倒れる。
「よっしゃ!」
男は小さくガッツポーズをすると黒い金属の棒を背負い、影法師の方へと駆けていく。他に危険な敵がいないのはすでに確認済みだ。
丘を降りて、仕留めた影法師の死体を見つけると男は冒険者バッグから真っ黒な小瓶を取り出すと、そこに血を流し込んでいく。
「まさか魔物の生き血が入ってるなんてそりゃ、メニュー表には書けないよなぁ…。ふぁあ…よし、さっさと帰って寝よ」
男は数本、真っ黒な小瓶に血を移した後、星空の下であくびを一つして立ち上がる。
今からネゴルの街に帰れば午前中には布団に入ることができるだろう。
「さーて、さっさと帰りますかぁ」
サファイアのような青く深い髪を揺らし、男は大きく伸びをした。
――――― アマイア暦1328年薔薇の月4日 深夜 ―――――
<???>
「眠たい…」
ルビー色の髪の中に前髪だけ、一房銀髪を生やした青年が眠そうにあくびをする。
青年には雄羊のようなカールした2本の角が髪の間から覗いており、その肌の色は鮮やかな水色だった。そして背中には小さな黒い羽が生えている。
そんな魔物のような格好をした青年だが、パジャマ姿で、手には枕を抱えていた。
それもその筈、つい先程、レイル共和国の宿屋で寝付いたばかりなのだから…。
「こんばんは。ショウイ。ご機嫌いかが?」
艶のあるウェーブがかったアメジスト色のショートヘアの女性がルビー色の髪の青年に声をかける。彼女もまた青年と同じく、水色の肌と頭には雄羊のような2本の角、そして背中には黒い小さな羽を生やしていた。
「ご機嫌いいわけないじゃん。寝不足ですよ、こっちは」
ショウイと呼ばれた青年は頬を膨らませて不機嫌そうに応える。
「あらあら、『夢魔』のくせに睡眠不足なんて変なこと言うのね」
女性は彼の言葉にクスクスと笑う。
「人間の身体を持てばウィービィにもきっとわかるよ。夢の中にいるのに眠いって感覚がね」
「ふ~ん」
ショウイの言葉にウィービィと呼ばれた女性は興味なさそうに頷いた。
「それで、情勢はどう?」
ショウイはさっさと用事を済ませようと本題に切り込む。
「そうね。ショウイの用意してくれた『テンチョウノクツシタ』?アレ、凄い威力ね。敵の『夢想の刃をほとんど無力化してたわ。ショウイのおかげで大分戦況が良くなってきてる」
ウィービィは目を輝かせて先日ショウイが渡した靴下の威力を語る。
「わ~…すげぇや、店長。人間だけじゃなく、夢魔にも効果バツグンって…」
それを聞いたショウイは苦笑いしながら小さな声で呟いた。
夢の世界において、夢魔は「夢想の刃」と呼ばれる想像力を用いた武器を使用する。夢魔の想像力に比例して「夢想の刃」は強力な武器となる。
しかし、「夢想の刃」を具現化し続けるためには想像力と集中力も必要だ。その想像力や集中力を阻害する大きな音や強烈な匂いは「夢想の刃」に対抗するのに有効な手段の一つだった。
「それで、もうちょっとアレが欲しいんだけど…」
ウィービィがモジモジとしながらショウイの顔を上目遣いで見つめる。
「ん~…あんまり頻繁には渡せないんだよね。店長、この間『俺のお気に入りの靴下が3足も無くなってんだけど…なんで!?』って騒いでたし…。そもそも破壊力を出すためには多分ある程度熟成させる必要があるし…」
青年は半泣きの青髪の店長の顔を思い出して頬を掻く。
毎回黙って彼の部屋の洗濯カゴからこっそり靴下を拝借してくるわけにも行くまい。
可哀想なので今度代わりに新品の靴下でも置いておいてあげよう、と心に決める。
「そう…そうよね。あれほどの兵器、簡単には製造できないわよね…」
店長の靴下というものをどのように理解しているのかわからないが、彼女は腕を組んでうんうん、と神妙な顔をして頷く。
「とりあえず、1足分だけ持ってきたからこれをうまく使って」
ショウイはそういうと誤って起爆しないように「夢想の刃」で封印した黒い箱を右手に出現させると、彼女に渡す。
「ありがとう!!…お礼はいつものでいい?」
ウィービィはパッと顔を明るくすると、黒い箱を抱きしめ、ショウイに尋ねる。
「うん。助かる」
ショウイは頷くと、ウィービィは微笑み、「わかった」と応える。
「戦時中に悪いね」
ショウイが申し訳無さそうにウィービィに謝る。しかし、ウィービィは首を横に振った。
「全然。まあ確かに集めるのは少し手間だけど、これが手に入るなら安いものだわ。それに夢りんごなんて食べても腹なんか少しも膨れないじゃない。なんでこんなものを欲しがるのかしら」
「カロリーがないから女性のお客様たちに人気なんだよ」
ショウイはそう言った後、「ふわぁ…」と大きなあくびをする。
「…じゃあ、俺、そろそろ帰るから」
むにゃむにゃとした声でそう告げて眠い目を擦る。もう夢の世界にとどまるのは限界だった。
「夢りんごは夢便で明日の朝には枕元に届くように手配しとくわ」
「よろしく~」
ショウイは手を振り、目を瞑った。次の瞬間…
「ふぁ~…」
部屋に差し込む朝日の光りでルビー色の髪をした青年は目を覚ました。
彼の頭には角はなく、肌の色も色白で、背中の羽ももちろんない。この世界の分類上、一応「獣人」の種族扱いではあるが、その見た目はどこからどう見てもヒューマンの青年だった。
寝る時に握っていた靴下は消えており、代わりにベッドの横には木箱が置かれている。
「寝た気がしない…」
ムスッ、とした顔をしながら青年は木箱の蓋を開け、中にあった宝石のように輝く夢りんごを1つ取り出す。
「さて、検品検品…っと♪」
青年はニヤリと笑って手に取った夢りんごを齧った。
――――― アマイア暦1328年薔薇の月4日 深夜 ―――――
<レイル共和国 ラフス川下流>
「ふふふ…いたいた。ようやく見つけた。探し回ったぞ、チャーシュー・バード」
ブラウンダイヤモンドのような髪色のおさげ頭の男は川のほとりで餌を探して地面に鼻をつけて嗅ぎ回る生き物を見つけて嬉しそうに笑った。
チャーシュー・バード―――この世界においてはまだその存在価値を一部の人間にしか理解されていない奇跡の生き物だ。
その肉は脂身が少なく、あっさりとしていて、かつ濃厚な鶏肉と豚肉の中間のような味わいがあり、豚肉のもつ強烈な旨味と鶏肉の弾力のある触感を併せ持つ。
その肋骨はスープにすれば、鶏ガラスープと豚骨スープをあわせたような深みのある味にもかかわらず、臭みが全くない、黄金色のスープとなる。
―――そう。まさにラーメンのためだけに存在しているといっても過言ではない生き物だ。
この世界ではまだラーメンはそれほど一般的な食べ物ではない。それ故、この生き物の素晴らしさを本当の意味で理解できるのはラーメンのある世界からやってきた異世界転移者くらいのものだ。
ラーメンの食べ物としてのポテンシャルを侮ってはならない。
もし、この世界に熱狂的なラーメン好きが多数生まれ、ラーメンブームが起きていれば、この一帯のチャーシュー・バードは今、これほどのんびりと餌探しなどしていないだろう。
しかし、このチャーシュー・バード、例え、ラーメンブームが起きて、世のラーメン屋から一斉に狙われたとしてもそう簡単には捕獲できない。
なぜなら…
「『エネルギーショット』!!!」
男は杖をチャーシュー・バードに向け、魔法弾を放つ。
水色の光の弾丸が凄まじい速度でチャーシュー・バードに向かっていくが、
「むんっ!!!」
野太い声とともに、魔法弾が空中で霧散する。同時に白い羽毛が辺りに飛び散った。
突然の奇襲攻撃に眉間に浮き出した血管をピクピク、と痙攣させ、その生き物は「ブッヒコッコォォォォ!!!」と叫ぶ。
そこに立っているのは中年のビール腹のおじさん―――と見紛う立派な腹をした2足歩行の魔物だった。
顔はつぶらな瞳に平べったい鼻、そして分厚い唇。まるでブタを人間に近づけたような顔であり、頭には赤いトサカがついている。
首と肩の境界線はほぼない程太い首をしており、広い鳩胸。
両手両足は太く、豚足のような形をしているが、人間の手足のようなバランス。
全身白い羽毛で覆われている。
高野がこの場にいれば、「まるでブタのマスクに赤いモヒカンをつけた覆面プロレスラーが立っているようだ」と表現するかもしれない。
はっきり言って不気味なビジュアルだ。
「やべぇ」
おさげ頭の男はチャーシュー・バードと目が合い、顔を引きつらせる。
「ブヒィィィ!!!」
ドタドタ、と足音を立てながら男に向かって突進してくるチャーシュー・バードを見て、男は再度、魔法弾を放つ。
「コッコォォォ!!!!」
だが、チャーシュー・バードは突進の速度を緩めることなく、魔法弾を突き破って距離を詰めてくる。
「ああ、もう…」
おさげ頭の男は魔法弾では止められないと見やいなや、杖を放り投げると両手を広げてチャーシュー・バードを迎え撃つ。
「来い」
おさげ頭は全身に魔力を流し、身体能力を強化すると、チャーシュー・バードの2本の前足を両手で掴み、力比べを始める。
この世界の「魔法使い」にはない戦い方ではあるが、男の世界では「魔法使い」が白兵戦を行うことも珍しくはなかった。
むしろ接近戦は男の得意とする分野だ。
だからこそ、筋トレを毎日欠かさず行い、武術の鍛錬も積んできた。
「筋肉は…」
男がぐぐぐっ、とチャーシュー・バードの前足を両手で押し込むと、チャーシュー・バードの両後ろ足が後ろに下がっていく。
チャーシュー・バードは男に負けないように懸命に前傾姿勢で体重をかける。
「俺を裏切らない、っと!」
ふっ、と一瞬力を抜いた男に釣られ、一気に身体が前のめりになったチャーシュー・バード、その一瞬を男は見逃さなかった。
両手で前足をつかんだまま、右足でチャーシュー・バードの左足を払う。
見事に体重移動の瞬間に体勢を崩されたチャーシュー・バードはまるでバナナの皮に足を滑らせたかのように勢いよく横転し、地面に叩きつけられた。
「おら、これで終わりだよ、っと!!!」
ベルトが巻き付いた左足に魔力を集中させ、倒れたチャーシュー・バードの首に体重の乗った蹴りを叩き込む。
ボキッ、と骨の砕ける音がして、ブタなのか、鳥なのか曖昧な魔物は動かなくなった。
「おし、オッケー。あとは内臓を処理すれば当分は仕入れなくて大丈夫だな」
おさげの男はうんうん、と笑顔で頷き、腰に刺していたナイフを抜く。
「さて、今夜中に解体しちゃいますか♪」
男はチャーシュー・バードの死体を見てにっこりと微笑んだ。
Youtuber「限りなく透明な喫茶店」様とのコラボ第2弾です♪
※ここでのキャラクターはYoutuber「限りなく透明な喫茶店」とは別人であり、
「異世界Co」のチョッキリのキャラクターとして登場します。
「限りなく透明な喫茶店」様と話し合った結果、
著作権、肖像権等は作者チョッキリに帰属するものとします。予めご了承下さい。




