#17
「どういうことだ?先生は降霊術でもできるのか?」
シスカは困惑しながら高野に尋ねる。
「いや…ははは…そういう能力はないんですが…」
高野は頭を掻きながら苦笑いし、そして紡ぐ言葉を一所懸命選びながら口を開く。
「僕は貴女が今もソシアの巣に取り残されている、そんな風に思えるんです」
「…」
シスカは地面に刺さった短剣を見つめながら黙り込む。
「そうか……………そうだな」
静かな声でそう呟いた。
その様子を見て高野は
「…シスカさん。…これから奇妙なことを言います」
彼女の横に刺さっている短剣を指差す。
「?」
「ここにいる時は、貴女は彼です。そして…………ちょっともう1本の短剣を貸してもらえますか?」
そういって高野はシスカから短剣を借りる。
短剣とはいえ、三角鉄ダガーは刃が分厚いし、なかなかの重量だ。よく彼女はこれを2つも持って振り回せたな、と思う。
「よっ………と」
高野はその短剣をシスカの立っている位置から2~3メートル程離れた向かい合ったところに突き刺した。
「いいですか?ここにいる時はシスカさん、貴女自身です」
「????」
「おいおい、タカノ、どういうことだい?全然わからないんだが…」
高野がなにを言っているのか理解できないアンドレイが堪らず口を挟む。
「アンドレイさぁ~~~~ん」
シュゼットがアンドレイの袖を引っ張り、小さく首を振る。
「先生に任せましょうぅ」
「シュゼットちゃん…君は彼が何をしているのかわかるのかい?」
「いえ?全くぅ」
アンドレイがシュゼットに高野の行動の意図を問うが、シュゼットはわからないと晴れやかな顔を浮かべてきっぱりと言い切る。
「でも…こういう時の先生は頼りになるんですよぉ。だから、ちょっと任せましょう?」
「…」
奇妙な確信を含んだシュゼットのその言葉は、まるで宗教の信者のようなある種の説得力を内包しており、アンドレイはその圧力に負けて口を閉じ、ゆっくりと頷いた。
アンドレイがシスカに目を向けると、彼女は自分のもう1本の短剣が突き刺さった場所を黙って見つめていた。
「…それで、私はどうしたらいいんだ?」
「…」
高野はすぐにはシスカの問いに答えず、地面に突き刺さった2本の短剣の丁度中間あたりに歩いていく。
「彼」のポジションの短剣の側に立つシスカと、「シスカ」のポジションにある短剣を遮らないように…そう、まるでボクシングのレフェリーのような位置取りで立ち止まる。
線で結べば高野を頂点とした二等辺三角形ができるような、そんな位置取りだ。
そして高野は「彼」のポジションにいるシスカに顔を向けた。
「…いいですか。貴女はこれから「彼」です。「彼」になり切ってください」
「……………?」
「「「?」」」
高野のその言葉にシスカの目が困惑の色を浮かべ、その様子を見守るシュゼット、アンドレイ、カタリナが首を傾げる。
「ナタレさん、まずは自己紹介をしてください。貴方はどんな人ですか?」
「……………私…」
「ナタレさんは自分のことを『私』と呼びますか?」
高野が口を開きかけたシスカにかぶせるように問う。
「……いや。………『俺』は………」
シスカは首を振り、そして「俺」と自分の一人称を言い直す。その瞬間、彼女の戸惑いの色が僅かに薄らいだ。
「…俺は、ナタレ。Eランク冒険者で、『緑の馬』のリーダーだ。職業は『戦士』。スキルは『二刀流』…こんな感じでいいだろうか?」
「ありがとうございます。いいですよ。でもナタレさんになり切って話してくださいね。―――貴方はそこにいるシスカさんの婚約者…そうですね?」
高野は反対側の短剣に顔を向け、そしてシスカに確認する。
「…ああ。婚約者だった」
シスカは顔を曇らせながらもゆっくりと頷く。
「ナタレさん…。―――貴方はソシアの巣で命を落としてしまった」
「…そうだ」
シスカは傷を隠すために口を覆った薄い布の下で、唇をぎゅっと結びながら頷く。
「…貴方が最期に彼女に伝えた言葉、もう一度彼女に伝えていただけませんか?」
「…!!」
シスカは目を見開く。
「貴女の婚約者、シスカさんはあれから貴方の言いつけを守り、耐え続け、そして助かった。…………助かったんです。…でも未だにあの出来事を…貴方と貴方の仲間たちと共に死ななかったことを悔いている」
「……………」
シスカは高野のその言葉に俯き、地面に視線を落とす。
少しの間、沈黙が流れた。
そして彼女は再び口を開く。
「『…いいかい?絶対に助けは来る。だからどんなことがあっても生き延びるんだ。例え、俺やみんなに何があっても…』」
その喋り方は普段のシスカとは違う、恐らく彼女の聞いた…そして記憶の中で何度も繰り返された彼の話し方そのものなのだろうということがその場いた全員にわかった。
まるでシスカに別の人間が乗り移ったような―――。
落ち着いた声音で、彼女に心配をかけまいと痛みや苦しみ、恐怖を全て押し殺して、愛だけを恋人に伝えようと懸命に努力するような―――そんな声だった。
「ナタレさん、今の彼女を見て貴方はどう思いますか?」
「…」
「貴方はきっと本当は彼女に声をかけてあげたかった筈だ。もし貴方の声が彼女に届くならきっと…」
「う…………ううううう」
シスカが小さく声を漏らす。
「今なら、今この瞬間なら貴方の言葉は彼女に届く筈だ。…………伝えましょう。貴方の大好きな彼女に―――貴方の言葉を」
「ううううううう…………」
シスカの目から涙が溢れる。
普段、落ち着いていて堂々としている彼女の身体は震え、今にも崩れ落ちそうになっている。
「…シスカ。………ごめん。ごめんよ。俺が………俺があの洞窟の違和感を皆が覚えた時に引き返していれば…………」
「………はい。ありがとうございます。それではこちらに来てください」
悲痛な顔を浮かべるシスカに対し、高野は対面に突き刺さっている短剣―――「シスカ」のポジションへ移るように促す。
シスカはフラフラと亡霊のように力なく歩き、高野に促されるまま短剣の前に立った。
「今度はシスカさん、貴女の番だ。あそこにはナタレさんが立っています。彼もまた貴女と同じく自分のあの時の判断を悔いているようです」
「…」
「貴女はなんと応えますか?」
シスカは無事である生身の方の右手の拳をぎゅっ、と握りしめて俯く。
そして左腕の義手がぶら下がった短剣に向かって「そんなことはない!」と叫んだ。
「あれは君だけのミスではないんだ。私たちは皆、驕っていた。自分たちの力を過信していた。ソシアたちを甘く見ていた。…………あれは…我々、皆のミスだ!」
そういうとシスカは地面に涙を落としながら黙り込む。
高野はシスカが続きを紡ぐのを待つか、それとも「彼」のポジションに彼女を立たせるか考えながら、彼女を見つめる。
この沈黙は考えている沈黙か、それともこちらの反応を待っている沈黙か…。
沈黙の種類は大抵、空気でわかるが、シスカのこの様子は判別が難しい。
しばらく待っても言葉が出てこないので高野が口を開こうとした時、ようやくシスカが口を開いた。
「君に…ずっと…ずっと謝りたいと思っていたんだ。私に力が足りなかったせいで、君やエリモ、ジャンナ、フェリチェ…仲間たちを死なせてしまったことを」
「…」
それは彼女が生き延びてから今日までずっとずっと心の中で抱えてきた言葉だった。
高野だけでなく、アンドレイ、カタリナ、シュゼットの3人も眉間に皺を寄せて、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
最早、シスカには最初あった奇妙なことをさせられているという戸惑いはなく、本当にナタレに話しかけるように話している。
…いや、高野たちも、ひょっとするとそこに本当にナタレがいるのではないかと思ってしまう程、目の前にある壊れた義手は奇妙な存在感を放っていた。
「…君の子ではなく、奴らの子どもを産まされてしまったことを。…皆が死んでしまった後も私だけが生き延びてしまったことを。………そして、私が今日までのうのうと生きながらえてしまったことを」
「…交代しましょう」
高野は静かにシスカに声をかけ、「彼」のポジションに彼女を移動させる。
「…ナタレさん。貴方は彼女今の言葉を聞いてどう思いますか?」
ポジションの変わったシスカに静かに問うとシスカはゆっくりと首を左右に振った。
「…そんなことはない」
シスカはまるでナタレが取り憑いたかのように静かに口を開いた。
「すまなかった。俺が生きて欲しいと言ったから…君に苦しみを背負わせてしまったんだね…」
「彼女は苦しみを背負っている…」
高野はシスカの言葉をゆっくりと繰り返す。シスカは高野の方を向いてゆっくりと頷く。
「君はそれでも今日まで俺との約束を守って生きてきてくれた。きっと苦しかっただろう。あの汚らわしい魔物に辱めを受け、俺たちを失いって……怒り、憎しみ、悲しみ、羞恥………きっと色々なものを抱えてきた筈だ。で、でも………」
シスカは目から涙を流し、鼻声で、震えながら言葉を必死に探る。
「お、俺は…………俺は……俺は…それでも……………………き、君が生きていてくれたことが…………嬉しい」
「シスカさんが生きていることが、ナタレさん、貴方にとって一番嬉しい…」
シスカはコクコク、と小さく頷く。何度も何度も頷き、そして「うううう…」と嗚咽を漏らす。
「そう………そう。そうだ。嬉しいんだ。………い、生きて…生きていれば、どんなことがあったって…終わりじゃないから。俺たちと違って…終わりじゃないんだから…」
「終わりじゃない。…貴方はシスカさんにどうなって欲しい?」
シスカは顔を右手で覆いながら小さく声を上げる。
「笑っていて欲しい。…幸せに…俺の………俺たちの分まで幸せになっていて……欲しい。…………………そうか…そうなのか…」
シスカは自分の言葉でなにか気づいたように声を漏らす。
「…………そうか、私は…」
「さあ…今度はこちらに…」
高野はシスカに優しく微笑むと「シスカ」のポジションへと彼女を導く。
「…恐らく、これが最後の交代になるでしょう。シスカさん。彼に今、気づいたことを貴女の言葉で伝えてください」
シスカはこくり、と首を縦に振る。それはこれまでとは異なり、力強さがあった。なにかを決意した顔だ。
そして彼女はゆっくりと口を開く。
「ナタレ…私は…。笑っていいんだな?…君やエリモ、ジャンナ、フェリチェの分も」
自分の義手をまっすぐ見つめて問う。義手がなにか返事をするのを期待するように。
あるいは彼女の中では義手が実際に返事をしているのかもしれない。
やがて彼女は頷く。
「…そうか。私は今まで自分の境遇を嘆いてばかりだった。だが、それのことを君は…いや、君たちはきっと望まないのだな」
「彼らが望むことはなんでしょう?」
高野は問いかける。
それに対し、シスカは高野の方を向き、口の布をゆっくりと外した。
布の下から傷だらけの痛ましい口元が顕になる。だが、彼女はそれでも口角を上げ、高野に微笑んで見せる。
「…決まっている。私が幸せになることだ」
そして彼女は再び自分の義手に向かって顔を向けるといつものハキハキとした声で喋りだす。
「ナタレ、私は目が醒めた。私は君と君たちの分まで生きる。幸せだと笑えるように。だから見ていてくれ。君の『二刀流』は私が引き継ぐ。…私の左腕として、これからも力を貸してくれ。………私たちはこれからも一緒だ」
その時、木々の隙間から雲が流れ、月明かりが義手を照らした。
突き刺さった短剣がキラリと光り、まるでナタレが返事をしたかのように見えた。
「あの時、私が言えなかった言葉をここで言わせてくれ」
シスカはすぅ、と息を吸い、そして今まで高野たちが見たことのないとびきりの笑顔で…
「………私も愛してる」
恋人に向かってあの時言えなかった愛の告白の返事をした。
※注:高野先生は専門家として訓練を受け、このテクニックを使っていますが、知識も経験もなくこの方法を扱うと大変なリスクを伴いますので絶対真似をしないようにしてください。




