#16
「…………今度こそ、やった…のか?」
高野が投擲したポーズのまま、倒れた魔物を睨む。
「魔物の核が撃ち抜かれていますし、魔神の加護の気配もありません。間違いなく倒したでしょう…」
カタリナは周囲を警戒し、生き残りがいないかを確認しながら高野に頷きかける。
その時、シスカが地面にドサッ、と倒れ込む音がした。
「…!シスカさん!」
高野が慌ててシスカに駆け寄る。
「…ああ、先生…、すまない。情けないところを見せる」
シスカを抱き起こすと、腕の中でシスカがゆっくりと目を開けて力なく微笑む。
「シュゼット!回復を」
「はいぃぃぃぃぃ」
シュゼットが慌てて駆け寄り、高野によって仰向けに寝かされたシスカに治癒魔法を詠唱する。
詠唱が終わるとシュゼットの持つ杖から優しい光が放たれ、シスカの身体を照らして、傷ついた彼女の身体を癒やしていく。
シスカが上体をようやく自分の力で起き上がらせた時、
「左腕が義手で良かったね。はい、これ…」
周囲への警戒を解いたアンドレイが地面に転がっていた短剣を拾ってシスカの近くの地面に突き刺す。肘から千切れた彼女の左腕の義手がその短剣の柄をしっかりと握っている。
「しかし…シスカちゃん、君には驚いたよ。まさか戦闘中に才能を授かるなんてね」
「ギフト?…贈り物、ですか?」
高野がこの世界で始めて聞いた単語に首を傾げる。初心者講習では習わなかった言葉だ。…ということは恐らくこれも初心者向けの話ではないのかもしれない。
「…ああ、神からの、ね」
アンドレイが高野の質問に頷く。
「神は自分の眷属の中でも特に気に入った者に特殊な力―――才能を与えることがある。基本的には才能は生まれつき持っているものだ。…カタリナちゃんみたいに、ね」
「ちょっと…アンドレイ!」
カタリナはアンドレイを軽く睨むが、アンドレイは「まあ、いいじゃないか」と笑って受け流す。
「~~~~!!!まったく、貴方って人は…」
と、カタリナは不満を口にするが、「はぁ…」とため息をつき頷く。
「ええ、そうです。実は私も才能を持っています。ただし、内密にお願いします。バレると色々面倒なので」
「彼女の才能は『超直感』。時々、自分に関連のあることなら突然、鋭い勘が働くことがあるんだ」
「…なんで貴方が得意そうなんですか。…まあ知りたいことが知れるわけではないですし、万能ではないんですが…」
得意そうに胸を張るアンドレイにカタリナが顔をしかめる。
「なるほど…それで」
高野は頷く。カタリナが時々口にしていた「女の勘」―――あれは才能だったらしい。
ちゃらんぽらんのようでいて、慎重なアンドレイがカタリナの勘をあっさり信じていたのはそういう理屈か…。
そして、才能というものはアンドレイやカタリナの反応からかなり珍しいもののようだ。元の世界でいうならいわゆる「天才」と呼ばれる者たちのようなものだろうか。
「だが…シスカちゃんの場合は…」
「?」
アンドレイにウィンクをされたシスカは高野の腕の中で首を傾ける。
「―――今回の戦闘でどうやら主神が君に惚れ込んだらしい。…これは凄いことだぜ?君は君の生き様で神を惚れさせたんだ」
「…私の…生き様…が…神を…?」
シスカはアンドレイの言葉をゆっくりと飲み込み、そして苦い顔をして首を横に振った。
「…いや、私は汚い女だ。魔物に囚えられ、汚され、仲間を犠牲にして…それでも醜く生き長らえている。私にそんな価値など…」
「………『狩人』のシスカさんが、本来『戦士』にしかできない『二刀流』を使えたのは…僕には運命のように感じます」
俯いて自嘲気味に呟くシスカの言葉を遮り、高野はポツリと呟いた。
才能のことはわからない。しかし、同じ「狩人」だから高野にはわかる。「狩人」は2つの武器を同時に扱うことはできない。それができるのは間違いなくその才能とやらによる影響だろう。
そして彼女のカウンセリングをし、この場で唯一シスカのトラウマの全容を知る高野はこの「二刀流」にピンとくるものがあった。
「…!」
「………前に話してくれましたよね。貴女の婚約者のこと」
―――あ、やべぇ…
高野は口を開いてから、突然、自分がやってはいけないことをしてしまったことに気づき、心の中で冷や汗を流す。
これは守秘義務違反だ。
本人の同意もなくカウンセリングで知り得た情報を口にしてしまっている。
…が、高野は思わず口に出さずにはいられなかった。
なぜならこのタイミングを逃せば、シスカにこの言葉はきっと響かないと思ったからだ。
そう、これはカウンセラーとしての高野の直感。
だが、到底褒められたことではない。本来ならば資格剥奪されてもおかしくない行為だ。
もし、他のカウンセラーにこれを見られたら、旅から帰って、落ち着いた面談室でゆっくり振り返っても良かった筈だと指摘を受けるかもしれない。
そもそも彼女と一緒に冒険などしなければこういうことにはならなかっただろう。これは多重関係を作った高野のミスだ。
しかし、それをわかっていても一度口にしてしまったからには覚悟を決めて未熟なカウンセラーの高野は続ける。
「彼は二刀流だった」
「!!」
シスカは目を見開く。そして地面に転がった自分の義手を見つめる。
「…貴女は僕とシュゼットを守るために、トラウマと向かい合い、そしてトラウマに剣を向けた。………僕には推測するしかできませんが、それは想像を絶する程の心の痛みを伴ったことでしょう」
高野はどうすればこの気持ちをシスカに伝えられるか、迷いながら言葉を選び、ゆっくりと、静かに紡いでいく。
彼女に失礼はないか、わかったような口をきいていないか、不安になりながら、それでも彼女にどうしてもこのことを伝えたかった。
「…………!!!」
シスカは息を飲み、眉を寄せた。なにかを必死にこらえるように…。
「僕は正直、貴女には戦って欲しくなかった。そんな状況になる可能性が1%でもあるなら僕はあの時………この依頼を貴女に持ちかけられた時にやはり、ちゃんと止めるべきだったと思います」
たとえ、高野が説得しても彼女は止まらなかっただろう。そう思ってあの日の高野は彼女を止めなかった。しかし、それは単に高野が説得の可能性を諦めただけだ。
言葉を尽くして彼女をどうにか止める選択肢だってあった筈だ。
それをしなかったのは高野の怠慢だったかもしれない。
「…」
シスカは黙って高野の言葉の続きを待つ。高野は彼女が今、どう感じているだろうか、と考えながら続きの言葉を紡ぐため、口を開いた。
「………けど、貴女は間違いなく僕とシュゼットを救ってくれた。トラウマに立ち向かって……2本の剣を携えて…………。―――貴女の生き様と共に彼はいる」
「!!」
「だからその剣に彼は宿ったんじゃないですか?」
「先生………私は…」
シスカは目に涙を浮かべながら小さく呟く。
「貴女に価値がないなんて、僕はそう思いません………助けてくれて、ありがとうございます」
「私は………。私は………ッ!!!」
堪らえていたのであろうシスカの涙腺が決壊し、ペリドットのような美しい目から透明の宝石が後から後から地面へと流れ落ちていく。
「ずっと考えていたんだ。私も彼らの後を追うべきなんじゃないか、って。なぜ私だけが生かされてしまったんだろう、って」
シスカは涙を流しながら胸の内を語る。ずっと1人で抱え込んでいたであろう、心の中の闇を。
「彼は最期に私に『どんなことがあっても生き延びろ』と言った。その言葉があったから私は自害しなかったに過ぎない。左腕を失い、右指を失い、顔を醜く引き裂かれた私は、奴らに怯え、仲間を失った悲しみを抱えて生きていくしかない。それは私だけが、1人生き延びた罰なのだと思っていた」
「…シスカさん」
シュゼットが小さく、苦しそうに彼女の名を呼ぶ。だが、その後に続く言葉が見つからなかったのか、開いた口を再び閉じる。
「本当は仲間の仇を討ちたかった。だが、それを決意する勇気すらなかった。怖かったんだ。アイツが…」
シスカはナタレを目の前で殺した顔に刺青のある老ソシアを思い出したのか、腕を抱えて震える。
「…ルッカを、彼女を手伝いたいと思ったのは、彼女が私と似た理不尽な目に遭っているのを放っておけなかったからだ。………自分の本来すべき仇討ちができないから他の人を助けて自分を慰めようとしただけに過ぎない。そんなもの、ただの偽善だ。…その偽善すら他人の力を借りなければ成し遂げることができない」
シスカは絞り出すように、この依頼を受けた動機を告白する。
「先生、私は貴方を巻き込んだ。感謝されるどころか、私は貴方に謝罪をするべきなんだ。…すまない。私の偽善のために危うく貴方やシュゼットまでも私は失うところだった…本当にすまない」
徐々に熱を失い、消えていく表情を見て、
「シスカさん…」
高野はゆっくりと首を振る。
「義手を見てください」
地面に突き刺さった短剣…それを握ったままのシスカの左腕の義手に彼女の視線を誘導する。
「ここに彼がいるとします」
「?なにを言っている?」
「…まあまあ。ここに彼がいると思ってください。ちょっと彼のところまで来てもらえますか?」
「?」
「「「???」」」
高野の不思議な発言に、その場にいたシュゼット、カタリナ、アンドレイもシスカと同じく頭の上に「?」を浮かべる。
「これから僕が貴女を彼に会わせてあげます」
高野はシスカに優しく笑いかけた。




