#14
背後から「生ぎででよがっだぁぁぁあああ」という声が聞こえ、シスカは口元に笑みを浮かべる。
どうやらシュゼットはちゃんと己の役割を全うしてくれたようだ。
―――ならば私も役割を果たそう
技師の腕が良いのか、左腕の義手も、右腕の義指も、まるで自分の本当の指のようによく動く。
木の姿をしたソシアたちは捕まれば厄介だが、基本的には擬態に特化しているためか、飛び道具も戦闘スキルもないようだ。
その上、麻痺状態にでもなっているのか、先程相手にしたソシアたちよりも動きが鈍い。
「シスカさん!」
カタリナの声が聞こえた瞬間、シスカは目の前にいたソシアの幹を蹴り、その場を離脱する。
直後…
「『エネルギーショット!!!』」
アンドレイの声が響き、水色の魔法弾が先程までシスカのいた場所を通過していく。魔法弾はソシアに当たって炸裂した。
「どうやらタカノは無事のようだね」
「ああ!」
シスカがソシアをすれ違いざまに斬りつけながら、弾んだ声でアンドレイに返事をする。
「アンドレイ、『エネルギーショット』はあと何発打てるだろうか?」
「まだまだ!って言いたいところだけど…何発か良いのを食らっちゃってね。……ははっ、正直、そろそろ弾切れが近い」
シスカが動けなかった間、ソシアたちの集中攻撃を受けていたアンドレイは苦笑いする。
壁役の「戦士」や「武闘家」、「狩人」が不在の状態で、「魔法使い」が前衛に立って魔法を詠唱しながら戦うのは容易ではない。
多くの「魔法使い」はレベル2以上ならば敵の攻撃を受けても、ダメージを魔力で肩代わりする魔法障壁という戦闘スキルを取得している。
アンドレイも他の「魔法使い」同様、「魔法障壁」を覚えていた。
そのおかげでソシアたちの攻撃を受けても怪我一つないが、このスキルは万が一、後衛に流れ弾が飛んできた場合の備えのためのスキルであって、決して前衛に立って戦うためのものではない。
「だから悪いんだけど、頼りにしてるよ、シスカちゃん。Cランクとして恥ずかしい限りだけど」
「構わない。遅れた分の借りは剣で返そう」
シスカはソシアたちとの間合いを図りながら頷く。
「…とはいえ、ここでただ引き下がっちゃ、あまりにもカッコ悪いからね。…カタリナちゃん、出し惜しみはなしだ。アレをやろう」
アンドレイは帽子を指で上に弾いてカタリナにウィンクする。
「はぁ…簡単に言いますけど、難しいんですからね。魔力も食いますし。失敗したら最悪ですよ?」
「ははは、大丈夫!君は俺が知る限り最高の『バリア』使いだよ」
カタリナが嫌そうな顔をするが、アンドレイは笑って受け流す。
「貴方がカッコつけるために協力するのは癪ですけど………確かに私達が生存するにはそれしかなさそうですね」
やれやれ、とため息をついて「バリア」の詠唱を始めるカタリナ。
「?」
首を傾げるシスカにアンドレイはウィンクし、「まあ見ててよ」と笑う。
「…詠唱の時間だけ稼いでくれたらここにいる半分以上は削って見せる」
そう言ってアンドレイも「エネルギーショット」の詠唱を開始する。
「…?なにをしようとしているのかわからないが―――引き受けた」
飛んでくる木の枝の鞭の嵐を掻い潜りながらシスカは応える。
…とはいえ、これまではアンドレイかカタリナのどちらかが詠唱している間は、もう片方がシスカの援護を行ってくれていた。
いくら動きが鈍いとはいえ、相手は30体を超える小規模な「森」だ。
月明かりと後衛のカタリナが持つたいまつだけでは視界も悪く、援護のない状態でEランクのシスカが1人で相手取るには少々荷が重い。
立て続けに2体のソシアを葬ったところで、地面から伸びた根に足を絡め取られ、地面に倒される。
「ぐっ!?」
咄嗟に左手の短剣を離し、受け身を取るが、無数の枝葉の腕が伸び、シスカの身体に巻き付く。
メリッ…
「ぐぅ!?」
枝がしなる音と共に、シスカの身体に凄まじい力が加わり、全身を圧迫される。
銅の鎧がギギギギ…と軋み、身体が押し潰されていく。
肺が圧迫され、まともに呼吸もできない。
右手に持った短剣も腕ががっちりと固定されてピクリとも動かせなかった。
―――このままでは…
途端にソシアに囚われていたトラウマが頭を過ぎり、全身が強張る。
「ギャギッ!!!」
ソシアたちが声を上げて、鋭く尖った木の枝を身動きの取れないシスカの身体に一斉に突き立てる。
「ぐっ………!!!」
生身である右腕と両足が尖った木の枝で串刺しにされ、ボタボタ、と血が地面に落ちる。
手足が焼けるように痛むが、ここで悲鳴を上げればアンドレイたちが詠唱を中断してしまう可能性がある。
詠唱中のアンドレイと目が合うが、大丈夫だと目で訴える。
「シスカさん!」
「ダメです、せんせぇ!」
「だけど…」
高野がシスカの身を案じて叫ぶが、シュゼットが全身の力を使って押し止めようとする。
それを振り払おうとする高野を見て、シスカは痛みに耐えながら微笑んで見せる。
「…先生、大丈夫だ」
―――そう、大丈夫。奴らは人間の雌を簡単には殺さない。
シスカはそれを誰よりもわかっていた。
奴らが増えるためには人間の雌を苗床にするしかない。
だから頭と腹はよっぽどのことがなければ狙わない。
右腕も両足も幸いまだ繋がっている。
左腕は義手で良かった。
左腕の指に力を込めると思った通りに開閉する。…大丈夫だ。まだ壊れていない。
―――ならば!!!
シスカは目を瞑り、心の中でエルフの主神である森神リベカを呼び出す。
“はいはい、どもども~!ここでようやくあたしの出番ね?もうヒヤヒヤしたわ。シスカっち、アンタ無茶しすぎ~”
シスカの頭の中に聞き慣れない喋り方をする明るい女性の声が響く。なんというか、エネルギーに満ちた若い女性のような雰囲気の神だ。
「…森神リベカ様…私に力をお貸しいただけないだろうか。仲間を救う力が欲しい」
シスカが心の中で女神に懇願する。
“もちOK!状況は見てたし、やっちゃえやっちゃえ!”
「すまない…」
神との心の中の謁見を終え、意識が徐々に現実に引き戻されていく。
その時、女神は“あ、そうそう”と思い出したように声を上げる。
“アンタ、「ステータス」はちゃんと見ときなさい。レベル、上がってるんだから”
「?」
意識が一気に浮上し、現実世界に引き戻される。
神との謁見は時間にして一瞬。だが、先程の天啓は戦況を変えるのに重要な情報が含まれていた。
―――レベル2…そうか。
自分の内側に意識を向けると自分がレベルアップしていたことに気づいた。
道理で動きが良いわけだ。そして―――。
―――才能「剣技の才」…これは…
才能は神に愛された者の証…。
基本的に生まれた時から備わっている神の贈り物だが、ごく稀に後天的に備わることもあるという。
シスカがレベル2になって手に入れた才能「剣技の才」は「職業」に関わらず、「戦士」のスキルを同時に取得できるというもの。
そして、彼女が手に入れた「戦士」の戦闘スキルは2つ。「二刀流」と「二刀流(Master)」。
通常の「二刀流」は2つの剣を装備できるようになる代わりに、攻撃力と命中精度が落ちるが、「二刀流(Master)」を取得すれば、その制約から解き放たれる。
つまり、レベルアップと同時にシスカは才能のおかげで二刀流を制約なく使いこなせるようになったのだ。
―――そうか、だから私は二刀流を…
そして、レベル2になったことで「狩人」として新たに取得した戦闘スキルが1つ…。
「森神リベカ様…感謝します。―――『森神の加護』!!!!」
シスカが叫んだ瞬間、体が銀色の光に包まれる。
「ギャッ!?」
ソシアたちが突然の光に戸惑いの声を上げた。
シスカの傷口から銀色に輝く若葉が発芽し、みるみるうちに成長し始める。
内側から伸びる若葉は、シスカの身体を貫いていた木の枝を内側から押し出していく。
若葉はぐんぐんと成長し、蔦となってシスカの身体に巻き付き、彼女の身体を癒やしていく。
「…あれは?」
シュゼットに羽交い締めにされていた高野は遠くから銀色に輝くシスカを見て声を漏らす。
銀色に輝く蔦を身体に巻きつけたシスカはまるで女神のように神々しい。
「加護の光ですぅ。多分、リベカ様の…」
加護とは神の眷属のみが1日に1回だけ使えるいわば必殺技のようなものだ。
通常、この世界の誰もが持っているものだが、高野の場合は異世界転移してきたため、主神がおらず、この世界に来て数ヶ月、加護なしで生活をしていた。
だが、1ヶ月程前、ギルド主催の初心者講習会で職業選択をきっかけとし、神々と謁見し、そこで高野の主神が決まった。
高野の主神は、獣人たちの神―――獣神ブラムである。獣神ブラムから得た加護は、他の獣人たちと同様、身体能力を一時的に倍に跳ね上げる「獣神の加護」だ。
ちなみに高野は主神が獣神ブラムであるため、一応、カテゴリー上は獣人となっている。
そのため、高野は獣人のもつ加護については理解しているが、他の種族のもつ加護についてはこれまで見る機会もなかったので把握していなかった。
…一応、講習会で一通りの種族の加護は学んだ筈だが、使う機会のないものなど情報が多すぎて覚えていられなかったのだ。
「そのリベカ様の加護って?」
高野はシュゼットに問う。シュゼットとシスカは同じエルフ。つまりシュゼットの主神もまた森神リベカの筈だ。
「体力と魔力の全回復ですぅ」
シュゼットが言い終わるのとほぼ同時にシスカに絡みついていたソシアたちの木の枝が斬撃によって弾け飛んだ。
「…『風切』!!」
銀色の蔦が、腕や足に巻き付いたソシアの木の枝のような腕を押し上げる。
シスカはその加護の副次的な効果で、自由になった一瞬を見逃さなかった。
隙をついて、右手に持った短剣で戦闘スキルを発動し、絡みつたソシアの腕を斬り飛ばしたのだ。
シスカがレベルアップしたことで取得した一振りで4つの斬撃を生み出す戦闘スキル―――「風切」は一見、強力そうだが、意外とその使い手は少ない。
…理由はこのスキルが短剣専用技であること、そして4連撃の代償として一発一発の威力が半減してしまうことにある。
短剣は素早さ重視の軽量武器であるため、威力が低い。このスキルは元々、低火力である短剣の威力をさらに落とすため、防御力の高い敵に対応しにくいのだ。
そのため、「狩人」の間ではあまり好まれないスキルとなっている。
だが…それはあくまで4連撃であれば、という話。
シスカは身体が自由になると同時に、地面に転がっていたもう一振りの三角鉄ダガーを掴み取る。
「『風切』!」
「二刀流」の効果で、左右で4連撃のスキルが発動する。
計8つの斬撃が迫りくるソシアの腕を次々に弾いた。
「凄い…」
少し離れたところからその様子を見る高野は思わず呟いた。素人目にも8連撃の「風切」は異質の強さがあった。
一撃一撃は必殺の威力はないが、手数の多さでソシアを圧倒し、寄せ付けない。
シスカは向こうの攻撃を悉く「風切」によって無効化し、攻撃を弾くことで発生したスペースに踏み込む。
間合いを一気に詰めると、「二刀流」による接近戦で、次々とソシアを葬っていく。
近づくものを全て弾き、間合いを完全に支配する…まさに剣撃による結界だった。
そこに…
「『リフレクション』!!」
カタリナが叫んだ。
シャボン玉のような虹色の巨大なドーム状のバリアが出現し、ソシアたちを閉じ込める。
「ギギギ?」
閉じ込められたソシアたちは見慣れない魔法に戸惑い、周囲をキョロキョロと見渡す。
「シスカさん、離れてください」
「!? わかった」
カタリナの声を聞くと同時にシスカはその場を離脱する。
直後…
「『マジックショット』!」
アンドレイの声と共に通常よりも細いジャイロ回転をした魔法弾がドーム状のバリアに向けて撃ち出される。
「カタリナちゃん!」
「反転!」
アンドレイの合図でカタリナが杖を振るい、本来ならば敵の魔法を弾き返すバリアの内側と外側を反転させる。
細い魔法弾はバリアに反射されることなく内側へ入り、そして、まるでビリヤードのようにバリアの内側で跳弾を繰り返し始めた。
通常の魔法弾よりもはるかに貫通力が高いアンドレイの「マジックショット」は、ソシアを貫いてもそのままバリアの中で跳ね続ける。
魔力を無駄に消費するため、バリアはドームの内側の足元部分には張らないのが一般的だが、このバリアは魔法弾の跳弾を前提に作られている。そのため、足元にも虹色の油膜のようなバリアが張られていた。
「フギャァァァアアア!!!!!!」
「ギィィィィィィ!!!!」
「グガガガガガガ!!!!」
ソシアたちが次々と悲鳴を上げながらアンドレイとカタリナの作った魔法弾の牢獄の餌食となる。
敵の半分どころか残り全てを牢獄に閉じ込めたカタリナはその場で倒れ、アンドレイが彼女を抱きとめた。
「すみません…」
カタリナが弱々しくアンドレイに礼を言う。
「いいや。ご苦労さま。…シスカちゃん。………後は任せられるかい?」
アンドレイもまた、魔力を使い果たして青ざめた顔で、魔物の大群の奥からゆっくりと姿を現した大樹のソシアに目を向ける。
巨大な目と口が浮き出た大樹が牙を剥き、無数に広げた木の枝に擬態した腕を広げる。
ソシアでいうところのハイ・ソシア。恐らくこの擬態型のソシアの上位種だろう。
どうやらあれがこのソシアたちの親玉のようだ。
「ああ…任された」
シスカは2振りの三角鉄ダガーを握りしめてアンドレイに力強く頷いた。




