#13
2本の短剣を携えたシスカは迫りくる木の枝の形をしたソシアたちの腕をかわし、斬り裂き、掻い潜り、3体のうちの1体の懐に飛び込む。
「ああああああああ!!!!!!」
本来、戦闘スキル「二刀流」を持った『戦士』以外では扱うことのできない筈の2振りの短剣を持ったシスカは、叫び声を上げながら木に擬態したソシアの身体を連続で斬りつける。
「ギィィィィィァァァアアアアア!!!!」
斬りつけられたソシアは、木の幹からどす黒い血を撒き散らしながら悲鳴を上げた。
残る2体が枝の腕を鞭のようにしならせ、シスカに向かって叩きつけようとするが、シスカはまるで背中に目がついているかのように瞬時に察知して、両手の剣を振るう。
枝の鞭の1本はシスカの剣によって斬り飛ばされ、もう1本は彼女が突き出した左腕の義手によって受け止められる。
「ああああああ!!!!」
シスカは義手で受け止めた枝を掴むと、掴んだ枝を思い切り引っ張り、2体目のソシアの懐に入り込んだ。
「ギャァァァァァ!!!!」
攻撃のために伸ばした腕を引っ張られたことで体勢を前に崩したソシアは、逆に引っ張ったことで加速したシスカの侵入を防げず、あえなく短剣を突き立てられて絶命する。
「ギギギ、ポォォォォ!?」
それとほぼ同時に3体目のソシアが奇妙な声を上げ、自分の胸にいつの間にかシスカの左手に持っていた短剣が突き刺さっていることに驚く。
シスカは2体目の攻撃を義手で受ける直前に短剣を放っていたのだ。
あまりの早業に、3体目のソシアは自分がすでに魔物の核を貫かれたことに気づかず、残った腕で攻撃しようとして…バランスを崩し、仰向けに倒れる。
「シュゼット!!!先生は!?」
シスカはそのまま動かなくなったソシアを確認し、周囲を警戒しながら高野に治癒魔法をかけるシュゼットに向かって叫ぶ。
「ヤバいですぅ~~~。息、してませんんんん!!!!」
シュゼットが半泣きで叫ぶ。
「なんとかして生き返してくれ!私は彼にまだなにも返せていない」
シスカは倒したソシアから短剣を引き抜きながら叫ぶ。
「生き返すって…どどどどど、どうやってぇぇぇぇ?!」
「わからない。治療は君の専門だろう?!」
乱暴な注文にシュゼットが情けない声を上げるが、アンドレイとカタリナのところへ加勢するために、シスカは地面を蹴った。
「せ、専門ですけどぉぉぉ~」
取り残されたシュゼットは涙を浮かべて腕の中にいる高野を見る。
そうは言われても死者を蘇生させる魔法などこの世に存在しない。そんなものがもしあったのなら今頃ゾンビだらけだ。
ソシアよりもよっぽど化け物だろう。
「う~~~~…」
―――こんな時、カリネ先生はぁぁぁ~~~
治癒魔法で大半の病気や怪我を治せてしまうので、シュゼットを含む多くの治癒師は医学的知識を持っていない。
だが、ギルドの医務室には毎日多くの症例が訪れる。中には治癒魔法で解決できない怪我や病気に遭遇することもある。
ギルドの医務室に常駐するカリネはそうした症例を沢山診てきているため、そうした場合の処置も心得ていた。
一方で、シュゼットや同僚のオーバンは事務仕事と治癒師を兼任しているせいで、そうした難しい症例はメインで担当する機会がない。
普段から患者の見立てから治療方針まで全てカリネが行い、彼女たちに回ってくる症例は基本的に治癒魔法を使えば治せるものばかりだ。
もっと真面目にカリネ先生に色々なことを教わるべきだった、と悔やんでも目の前の高野は助からない。
シュゼットは自分の知識を総動員して高野の状態を診察する。
―――えぇとぉ~…せんせぇはお腹を踏まれて、意識が無くなって、呼吸が止まったんだからぁ~…内臓破裂によるショックで心停止してるってことぉ?…………でもでも!さっき『ヒール』で破裂した内臓は多分、修復できた筈…じゃあやらなきゃいけないのは多分…。
頭の中で情報を整理し、やるべきことを導き出す。
「ええっとぉ~…」
まずは意識を失った高野が脱力によって自分の舌を喉に詰まらせないようにしなければならない。
シュゼットは高野をそっと仰向けに寝かせ、片手で高野の頭を支えながら顎を上げる。
「確かこうして気道を確保して…」
気道確保を行ったまま、シュゼットは親指と人差し指で高野の鼻をつまむ。
そして彼の血の気の失せた白い顔をじっ、と見て、ごくり、と息を飲んだ。
「これは人工呼吸ですからぁ…決してファーストキスじゃないですよぉ」
誰も聞いていないのに1人で言い訳をしながらシュゼットは恐る恐る自分の口を高野の口に重ねる。
―――恥ずかしがってる場合じゃないですぅ。これは人命救助!人命救助なんですからぁ!
高野の口の中に「ふぅ~~~」と息を吹き込むと、胸が軽く上がった。そしてその少し後に高野の口からシュゼットが吹き込んだ空気がゆっくりと吐き出されるのを確認する。
「よし、よし!」
シュゼットは少し頬を緩めるが、すぐにぶんぶん、と首を横に振る。
―――これは肺に入った空気が抜けただけぇ。まだ自発的な呼吸じゃない…。
空気が吐き出されたのを確認した後、それをもう一度同じことを繰り返す。
―――次、ええと…胸部圧迫…あれ?何回でしたっけぇ…20回?…いや、確かぁ…
鳩尾の少し上の部分に左手を置き、右手を重ねて圧迫を始める。
「いちっ、にっ、さんっ、しぃ、ごっ、ろくっ…」
心臓のリズムに近いスピードでリズミカルに両手で胸を押す。
すぐ近くでシスカの叫び声やアンドレイの魔法が命中する音、カタリナがシスカに「バリア」を展開する声などが飛び交う。
ソシアたちの怒りの声や悲鳴なども辺りに響くが、シュゼットは目の前の高野の顔だけを見て真剣に蘇生処置を行う。
「戻ったら、絶対に、その『大福』って、スイーツ、山程、作って、もらい、ますよぅ、タカノ、せんせっ…よし、30ぅ!」
シュゼットは以前に高野が彼の故郷のスイーツ「大福」を作ってきてくれると言っていたのを思い出しながら胸部を圧迫し、30回で止める。
そして空かさず口を重ね、人工呼吸を始める。
―――そっちは何気ない一言かもしれないですけどぉ、アタシは楽しみにしてるんですからね!だからぁ、死・ぬ・なぁ!
「ゲホッ!」
シュゼットの想いが通じたのかはわからない。
だが、丁度シュゼットが心の中で叫んだ直後、高野が咳き込んだ。
「!?」
4回目の人工呼吸をしようと高野の鼻を摘んで顔を近づけたシュゼットと意識が回復し、目を開けた高野の目が合う。
「ゲホッ、ゲホゲホ…!…ゲホゲホゲホ…」
「せ、せんせぇぇえええええ~~~~」
シュゼットは意識の戻った高野を見て涙を浮かべながらへにゃぁ~、と口元を緩めた。
「ゲフッ…ゲホゲホ…」
高野は顔をしかめながら咳を続け、上体を起こそうとするが…
「あ、ちょっとぉ…」
シュゼットが慌てて高野の頭の下に手を入れて、彼の頭を膝の上に寝かせた。
「まだ寝ててくださいぃぃぃ」
「…えっと…あれ?…ここどこだっけ?」
「先生、やられたんですよぉ、あの木のオバケに。死んじゃうところだったんですよぉ~~~~」
シュゼットが「生ぎででよがっだぁぁぁあああ」と涙をボロボロとこぼしながら叫ぶ。
頭上で声を上げながら泣きじゃくるシュゼットを見て高野は状況を少しずつ思い出し始めたのか、
「そうだ…魔物!木に擬態した魔物は?シュゼット、シスカさんは大丈夫なのか?」
と顔を真っ青にして左右を見回す。
そして、何十体という数の木に擬態したソシアを相手に立ち回るシスカを見て目を見開いた。
シスカがソシアと戦っているではないか。
通常、不安を克服させるためには細かくレベルを設定し、低いステージから慣らして徐々にステージを上げていく手法を取る。
ひと昔は手洗いを強迫的に行うクライエントの手にゴキブリや汚物を握らせるなどという過激なやり方もあったようだが、心理的な負担が大きすぎることと、逆効果になる危険性もある。
そのため、現在では不安レベルの高いステージにクライエントを向かい合わせる際には、治療者との信頼関係を十分に築いた上で、安全が約束された環境下で実施するのが定石だ。
今、シスカがやっていることは、高所恐怖症の人間をセスナに乗せ、地上2000mまで上がったところでバンジージャンプさせるようなものだ。
だが…
時にクライエントはカウンセラーの予測を遥かに上回る成長を見せることがある。
この危機的な状況が幸か不幸か、シスカを奮い立たせ、再び戦場に舞い戻らせたのだ。
…カウンセラーの高野としては、それが生業とはいえ、心と身体に大きな傷を負った彼女が再び冒険者として戦場に戻ることを手放しには喜べなかったが…。
この状況ではそれでも彼女の力に頼る他ないのが悔やまれる。
「シスカさん…負けるな…」
本人には聞こえない声で高野は呟いた。




