#12
―――― アマイア暦1328年紅梅の月25日 明け方 ――――
<レイル共和国 大都市ネゴル 東の小屋>
「どういうことなんですか、と聞いているんです!」
ティルは自分のこめかみの手前で魔法障壁に阻まれるナイフを見て、高野に向かって再度問う。
「…ち、やっぱりこれじゃ、『月爪』でも魔法障壁を一撃で破るのは難しいか」
リュウは予想していたとばかりに刃の砕けたナイフを放る。
リュウの凄まじい膂力とティルの魔法障壁の間に挟まれ、どうやら普通のナイフでは刃が持たなかったようだ。
「だがあと一撃あれば…」
「動かないでッ!!!!」
リュウが追撃しようとした瞬間、ティルの叫び声がそれを制止する。
リュウは振りかぶった拳をピタリと止めた。
「…動かないでください。次に私の魔法障壁が発動すればトラップが発動しますよ」
「!?」
ティルはリュウに怪しい動きがないか警戒しながら静かに告げる。
「トラップ?」
高野が思わず聞き返す。
魔法障壁でリュウの攻撃が1度防がれることは可能性の1つとして想定していたことだった。
魔法障壁はいついかなる時でも、自分へのダメージを自動的に魔力の消費に変換するという常時発動型の戦闘スキルである。
万が一、予想外の攻撃を受けた時、防御力の低い魔法使いが耐えられるよう、大抵の魔法使いは取得している。いわば必須スキルだ。
非常に強力なスキルだが、もちろん弱点もある。ダメージを自動的に魔力で肩代わりするため、自分の魔力で変換できる以上のダメージを受ければ、魔法障壁は解除される。
変換できる魔力がなくなってしまえば、魔法使いは裸も同然だ。
だから奇襲攻撃で魔法障壁にダメージを与え、なにか手を打たれる前に追撃で完全に魔力を0にして彼女を無力化する。
そういう作戦だったのだが、彼女はその魔法障壁に細工をしているというのだ。
「どうせハッタリでしょう?…リュウさん、やっちゃってください」
シュゼットがティルの言葉を信じずにリュウに魔法障壁を破るようにと声をかける。
「…いや、ハッタリじゃないんだ」
リュウは首を横に振る。
「…先生、俺たちはどうやら読み合いに負けたらしい」
「フフフ、リュウくんならわかってくれていると思いました」
ティルが嬉しそうに口に手を当てて笑う。
「どういうことですか?」
シュゼットと同様に状況が理解できない高野はリュウに尋ねる。どう考えても今は圧倒的にこちらが優勢な筈だ。
向こうが余計なことする前に、さっさともう一撃繰り出して魔法障壁を破り、魔力を0にして無力化させるべきではないのか?
「先生はティルがなぜ『魔炎』って呼ばれているか知ってるか?」
リュウはティルに拳を向けたまま、動かずに高野へ声をかける。
「…いえ」
初心者講習の講義で学んだ範囲では、この世界には炎や水、雷などのいわゆる「属性」という概念の魔法はないようだと高野は理解していた。
魔法とは魔力というエネルギーをなにかに変換する事象のこと。ゲームの世界でいうならこの世界の魔法は全てが無属性―――。
「ティルは魔法でトラップを構築して戦う」
トラップは通常、狩人の職業がよく用いる攻撃手段の筈だ。だが、彼女は魔法使いにも関わらず、トラップを得意とするらしい。
「直接的な魔法は使わないが、自分の用意したフィールドに相手を誘い込めば例えAランクが何人かかろうともコイツには敵わない。…それはこの状況を見ればわかるだろ?」
リュウは無残な姿のジェラルディたちを見る。
リュウを奪還するためにこの小屋に近づいた際、当然、彼女たちもトラップには警戒していた筈だ。
しかし、手の内がわかっている元仲間であっても尚、彼女のフィールドに入れば勝てないのだ。
「ゴルスキ村でゾンビが大量発生した際に、俺たちは建物に籠城したんだが…。音に反応するゾンビたちを『サイレンス』を使って誘導して、1箇所に集め、爆薬を使った魔法トラップで燃やしつくしたことがある。その時は辺り一帯が爆炎で吹っ飛んだよ」
リュウはその時のことを思い出しているのか、青い顔をしていた。
「だから『魔炎』…」
シュゼットが呟く。リュウはそれに対して頷いた。
「ご理解いただけましたかぁ~?」
リュウの解説を黙って待っていたティルがクスクスと笑って高野たちを見る。
「別に隠しているわけじゃないので、少し教えてあげます。私は爆薬のトラップだけを使うわけじゃないんですよ。例えば、先生とそこのギルドの職員さんが引っかかったのは『スリープ』のトラップ。ドアに手をかけると設置していた魔法陣が発動し、対象周辺に『スリープ』をかけます。そのまま自動的に『バインド』で拘束。…これは『スリープ』がかからなかった時にも有効ですから。さらに『ライト』で視覚まで奪います」
「つまり、ドアに触っただけで対象を完全に無力化する、と?」
通常ならばこれらの魔法を全て実行するには途轍もなく長い詠唱時間が必要になる。
しかし、彼女は事前に魔法陣を描いて置くことで3つの魔法を同時に発動させるという荒業を実現させているのだ。
「それ、完全にチートじゃないですかぁ」
シュゼットが呟く。
要するに高位の魔法使い3人が同時に詠唱するよりも早く、それと同じことを一瞬で実行できるということだ。
「…魔法陣を解析して、書き換えられるのはティルくらいだ。魔法を組み合わせてトラップを作るのもコイツ以外に見たことがない。…コイツは天才だよ、実際な」
「ウフフ…そんな風に褒められると照れちゃいます」
ティルは頬に手を当てながらモジモジと腰をくねらせる。
「…まあ、そんなわけでこの部屋やこの小屋の周囲にはそういったトラップがいーーーーっぱい仕掛けてあります。それと私を次攻撃するとこの部屋に隠してある大量の爆薬が一斉にBOMB!ですから覚悟してくださいね?」
ティルは「BOMB!」と手を開くジェスチャーをして微笑む。
「「「!?」」」」
「私としては最期にリュウくんとケンちゃんといられるならそれも悪い終わり方ではないですから」
ティルは自分のお腹を愛おしそうに擦る。
口元は微笑んでいるが、彼女の目は一切笑っていなかった。
自分が仮に攻撃されてもリュウを誑かした女たちには絶対に報復するという強い意志が感じられる。
「…それが切り札、というわけですか」
沈黙を破ったのは高野だった。この場で誰よりも落ち着き払って尋ねる。
「…ええ。そうですよ。ああ、先生?妙なスキルは使わないでくださいね。これ、攻撃されなくても発動できますよ?」
高野の「上書き」に警戒するティルは高野にスキルを使うな、と命じる。
「もし、降参する、っていうなら先生と職員さんの命だけは助けてあげます。リュウくんももちろん傷つけません。つまり先生がここ来る前の状況に戻る、というだけです。悪い話ではないでしょう?」
高野に自爆覚悟で攻め入られるのを防ぐための保険も忘れない。
「…先生、すまない」
最早、勝ち目はないと悟ったリュウは拳を下ろし、高野の方を見る。
「せめて先生とそこの人だけでも逃げてくれ」
しかし、高野は笑みを浮かべていた。
「…言う通りにする?いやいやいやいや………違いますね。状況が優勢なのはこちらの方ですよ」
「「は?」」
リュウとティルが高野の顔を見て声を上げる。
「ティルさん、私の『上書き』はもう発動した、と言いましたよね?」
間をゆったりと取って、視線を集めてから、高野は口を開く。
「それはリュウくんの『洗脳』を解除したっていうハッタリだったじゃないですか」
ティルは「なにを言っているのか」と眉を顰める。
「実はそれがハッタリじゃないとしたら?時間差で魔法が使えるのは別に貴女だけではないんですよ?」
「!? まさか…」
ティルの顔がさっと青くなる。
「さっき、音が2回鳴ったのを覚えてます?」
「…」
ティルは警戒した顔で頷く。
「実はこれ、ケータイとは少し違いまして、『スマートフォン』っていうんですが、通話だけじゃなくて、実は時間差でスキルを発動させることができるアイテムなんですよ」
高野はスマートフォンを取り出してニヤリと笑う。
「嘘…リュウくんの世界は魔法がないって話でしたよ」
高野は首を振る。
「彼と似た文明があったのは驚きましたが、『私の世界に魔法がない』なんて私、言いましたか?」
「!?」
この世界と繋がった異世界は無数にある。文明の似た魔法の世界があってもおかしくはない。
ティルはリュウの携帯電話とまったく見た目の違うスマートフォンを見ている以上、同じ世界から来たとは断定できない。
それを高野は逆手に取る。
「1回目の音は貴女の心の中を『読心』で読ませていただいた音です。だから私はあの時点で貴女の奥の手を知っていました」
「嘘でしょ…まさか…」
ティルは天井を見上げる。
あえて「奥の手」と言ったのは彼女の視線を彼女が「奥の手」だと思っているものに誘導するためだ。人間は不安になった時、ついつい隠しているものに視線を向けてしまう習性がある。
高野はティルのその動きをしっかりと見て、自信たっぷりに頷く。
「…そうです。さっきの2回目は『上書き』が完了した音。…なにを『上書き』したか、わかりますね?」
高野は「奥の手」の正体もあえて口にせずに彼女が視線を向けた方向に目を向けた。
そして内心、ぎょっとする。
なぜならよく見れば、天井にはびっしりと火薬が入っているのであろう、黒い袋が敷き詰められていたからだ。
部屋の薄暗さと血まみれの部屋のせいでとても天井を見る余裕がなかった。それに例え仰向けに転がって気付いたとしても、それが爆薬とは気づけない。
とんでもないものを用意していたものだ。彼女の狂気がこうしたところにもはっきり現れている。
「…嘘です。先生は嘘つきです。そんなのハッタリです」
―――その通りです。全部ハッタリです。どうかバレませんように…。
高野は心の中で懸命に祈りながら、しかし顔は余裕の笑みを浮かべる。
今、高野がやっていることは、インチキ占い師や詐欺師がよく使うテクニック、「バーナム効果」を応用しているに過ぎない。
人は信じたいものを信じる。冷静に考えれば矛盾が発生するようなことでも、それを「誰がどのように言うか」でそこに説得力をもたせることができるのだ。
高野は初歩的なマジックと心理学の知識やスキルを組み合わせることで、架空のスキル、架空の職業を信じ込ませた。
圧倒的に優勢だった彼女から繰り返し主導権を奪うことで、この場における発言力を高め、「この男ならなにをしでかしてもおかしくない」という彼女が畏れる「得体の知れないカウンセラー」像を現実のものと錯覚させることに成功したのだ。
「先生は私に嘘をつきました。リュウくんの洗脳を解いてなんかいないじゃないですか!!」
ティルは高野に向かって叫ぶ。
「そりゃ…、かかってない『洗脳』は解けませんよ」
高野は困ったように頬を掻く。
「!!」
「でも…それは『読心』と『上書き』が嘘だという証明にはならない」
高野は穏やかな声で囁く。
…客観的にこの場面を見れば、どちらが悪役なのかわからない絵面だ。
この場の全員が高野の一挙手一投足に注目しているのがわかる。最早、完全に高野のペースだ。
「嘘だ…嘘に決まってます」
「なら…爆発させてみてはいかがでしょうか?」
「「「!?」」」
シュゼット、リュウ、ティルの3人はびっくりして目を見開く。
「な、なななななな、なにを言っちゃってるんですか、先生ぃ~~~!!!!」
「高野先生、アンタ、なにを…」
シュゼットとリュウが高野を止めようとするが、高野は笑みを崩さない。
「…正気ですか?もし先生の話が嘘だったら私たちは皆、吹っ飛ぶんですよ?」
ティルは気圧されたように震えた声で、しかし、精一杯強がって、高野に挑戦的な笑みを浮かべて尋ねる。
「どうぞ。…できるものなら」
「~~~~!!!」
ティルは涙を浮かべてこちらを睨みつける。だが、彼女は部屋を爆発させようとはしなかった。
勝敗は決した。彼女のカードはもう役に立たない。
「でかした先生!後は任せろ」
リュウが地面を蹴り、拳を振り上げる。
ティルは「きゃっ」と咄嗟に彼に背を向け、腹の子どもを守る。
ティルの魔法障壁が発動する直前で、「待ってください」と高野は制止した。
「!?」
リュウがピタリと手を止める。もう少し制止が遅ければ魔法障壁が発動していただろう。
―――あっぶね!
高野は内心冷や汗を掻きながら、首を振る。
「…貴方がそうやって決着をつけるのは違うでしょう」
「…は?」
「!?」
リュウとティルの視線を受けながら、高野は目を瞑る。
―――獣神ブラム。力を貸してください。
心の中で高野が初めて自分の主神に祈る。
その瞬間、意識が途絶えた。
―――――――――――― ???? ――――――――――――
目を開けると白い空間に高野は立っていた。
『おう、タッカノ!半日ぶり!』
目の前には金色の光がふよふよ、と浮いており、高野にフランクに声をかける。
神々の余興的なノリで決まった高野の主神「獣神ブラム」だ。
確かに言われてみれば初心者講習からまだ1日も経っていないのだ。
「随分長い1日だな」と高野は心の中で呟いた。
『なーんか、面白いことになってんねぇ』
そんな高野の心境にお構いなしの獣神ブラムは、笑いを含んだ声で喋りかけ、光を点滅させる。
神の威厳は全くないが、おかげで緊張もしない。話しやすくて助かっていた。
「全く面白くありませんよ。こっちは紙一重です」
『ははっ、よくもまあペラペラと嘘がつけるね。悪いヤツだな、タッカノ。ちょっとは使えよ「狩人」のスキル。寂しいだろ?』
「無理ですよ。格上に『麻痺攻撃』使ってもかかりませんって」
『たーしーかーにー』
金色の光はチカチカと点滅する。
『でもさ、タッカノ、わりと今、神の視聴率高めよ?アマイア除いて視聴率100%な。超盛り上がってるから』
「視聴率?」
高野は首を傾げる。神々はテレビ番組的なノリで人間たちの行動を監視しているのだろうか?
『まあどんな結果になるとしても俺はタッカノを応援してるから。勝てよ!』
「勝ち負けじゃありませんが…まあできることはしてみます」
『OKOK。じゃ、3秒後に目を瞑った直後に戻すからね…3…』
ブラムがカウントを始める。
『2…』
高野はゆっくりと鼻から息を吸う。
『1…』
『0…』
高野が息を吐くのと同時に、意識が白い空間から離れるのを感じた。
―――― アマイア暦1328年紅梅の月25日 明け方 ――――
<レイル共和国 大都市ネゴル 東の小屋>
「「「!?」」」
高野が目を瞑った瞬間、部屋の空気が一気に変わったことを3人は肌で感じた。
「なに…これ…」
「高野先生が金色に光ってますぅ~」
「なんだ…これ…」
3人が口々に目の前の現象にリアクションする。
「…」
それを聞きながら、高野は息を吐き、ゆっくりと目を開けた。
「獣神の加護」が発動し、その効果で全身の身体能力が向上しているのを感じた。
全身に力が漲ってくる。
身体中から獣神ブラムのように金色の光を発し、目も猫科のように縦長の瞳孔となり、金色に変化していた。
人間であるのに神々しく輝く高野から3人は目が離せなくなる。
高野は手をティルに向けて呟く。
「『上書き』」
「!?」
ティルはその言葉にドキリ、とし、胸に手を当てて震えながら高野に問う。
「な、なにをしたんです?」
高野は金色の光を放ちながら微笑む。
「貴女が思っていることを素直に話せるように心にかけた鍵を『上書き』で外しました」
「!? で、でも、『上書き』で精神に作用させる場合には相手の同意が必要になるんじゃ…」
「それは加護を使用する前なら、ですね。今の私なら『洗脳』はできませんが、心の引っかかりくらいなら無条件で取り除けます」
高野はリュウとティルを交互に見て、「もう終わりにしましょう」と言う。
そして、ティルの方を向いた。
「…ティルさん。貴女も彼とちゃんと向き合うべきだ。暴力で脅すのでも、自分の気に入らない結果から目を背けるのでもなく、ちゃんとリュウさんと話し合ってください…今、ここで」
今度はリュウの方を向く。
「…リュウさん、今回、こういう結果になった責任は貴方にもある。貴方は彼女の言葉に耳を傾けてください。これからのことも含めて。…これが最後のチャンスです。暴力ではなく話し合いで決着をつけましょう。…私はこれ以上、誰かが傷つくのを見たくない」
「…」
リュウは高野の言葉を聞いて俯く。
「でもな、先生。俺はコイツのことを許せない。マリエルとジェラルディとナーシャをこんなにしたコイツが…」
リュウは拳を固めて震えながら声を絞り出す。
「…それも、ちゃんと貴方の口から彼女に伝えるんです。貴方の気持ちをちゃんと伝えることができるのは…貴方だけだ」
高野はリュウの目をしっかりと見て「『上書き』」と呟く。
「!?」
「リュウさんにもティルさんと同じものをかけました。これで2人とも本音で話し合える筈です」
高野はティルに近づいていく。
ティルが怯えるように後ろに下がるが、高野は迷わず距離を詰め、手を差し出す。
「…冒険者バッグをもらえますか?」
「え?」
ティルが驚いたように高野の顔を見る。
「…彼女たちの治療をシュゼットに任せたいんです」
「それは…」
「ティルさん、この3人が死んだら貴女は永遠にリュウさんから憎まれることになります。貴女が誠意を見せなければ、話し合いもできないでしょう」
「…」
ティルはリュウの顔を見る。リュウは眉間に皺を寄せて、必死で怒りを抑えているようだった。
「頼みます。…貴方を殺人者にはしたくない」
「…わかり…ました」
ティルは頷いて冒険者バッグを高野に渡した。
「シュゼット。彼女の治療を頼めるか?俺は2人の話を一緒に聞く」
「…わかりましたぁ。お任せください」
本職の治癒師であるシュゼットに冒険者バッグを渡し、治療を任せる。
―――さて、これでようやく条件は整った。
使用していなくとも加護の発動には時間制限があるらしく、高野の身体から金色のオーラが消えていく。
元の黒目、黒髪に戻った高野は「さあ、始めましょう」と声をかける。
「2人の本音の話し合いを」
※注:占い師にはインチキとそうでないものがいる、という前提で書いております。作者は占い師が皆、コールドリーディングを使っているとは思っておりません。




