#6
「『上書き』?」
ティルが聞いたこともないスキルに眉を顰める。
「どんなスキルなんですか?」
「…まあ見てもらった方が話は早いでしょう」
高野はニヤリ、と笑って、血まみれの空間と拷問を受けたジェラルディたちをできるだけ見ないようにしながら周りをキョロキョロと見回すふりをする。
「なんでもいいのですが…あまり影響の大きくないものがいいかな。…あ、そうだ。ティルさん、申し訳ないのですが、1G貸してもらえたりします?」
「1G?」
ティルは首を傾げながら自分の冒険者バッグを探り、そしてコインを取り出す。
高野はそれを受け取ると右手の親指でコインを弾き、キャッチする。
「?」
「…よく見ていてくださいね」
高野は芝居がかった手付きでコインを右手の人差し指と中指で摘むと、ティルの目の前でコインを握り込んだ。
その拍子に彼女に剥がされた右手の小指に激痛が走る。
「イタタタ…」
高野は小指の激痛に顔をしかめながら右手のゆらゆらと動かし、そして「『上書き』」と呟く。
「…はい、『上書き』でコインが消えました」
高野が涙目になりながら、両手を開くと握り込んでいた筈のコインが跡形もなく消えていた。
「え?」
ティルが目を丸くする。
「どういうこと?」
高野はその反応を見て口の端を吊り上げる。
…期待通りの反応だ。
「私の戦闘スキルは『事実の上書きをする』という力です」
「事実の…上書き?」
ティルは上擦った声で高野の言葉を復唱する。
「そう。目の前で起きた事実を変化させてしまう力。物を移動させたり、壊れたものを直したり、認識を変えたりすることができます。…今はコインを『上書き』して、コインを移動させました」
「移動?どこに?」
「…ここにです」
高野はいつの間にか握っていた左手をゆっくりと開く。
そこには先程消失した筈のコインが握られていた。
「そんな馬鹿な…」
ティルは信じられないと言った顔をして首をゆっくりと振る。
「さて、固有スキルも戦闘スキルもお見せしました。…どうでしょう。これで、信用してもらえますか?」
「…」
ティルは未知のスキルを目の当たりにして、高野を明らかに畏れていた。
―――実際には「上書き」なんてスキルはない。
ただのコインマジックだ。
まず、指先の方にコイン置いて、握るふりをして手首へ移動させる。
次に手を痛がっているふりをして、揺らして二の腕の間にコインを滑らせる。
流れるような動作で行うのがポイントだ。
あとは「上書き」という架空の戦闘スキルを唱えて「消失」完了。
二の腕の間にコインを挟み込んでいるので両手を開けてもコインはない。
タイミングを見計らって左手でさり気なく回収すれば、「瞬間移動」の完成だ。
「…ティルさん」
高野がティルに再度声をかけるとティルはビクリ、と身体を震わせる。
2つのハッタリで完全に精神的に優位に立てたようだ。
「事実の上書きなんてそんなスキルあるわけないです。だってそんなの反則です。…本当は物質の転移のスキルなんじゃないですか?それだって聞いたことはないですけど」
しかし、ティルはなおも食い下がる。
―――他のバリエーションも見せろ、ということだろうか。
彼女は高野に難癖をつけて能力の限界を把握しようとしているのかもしれない。
だが、トランプやコインを何度も使えば怪しまれるだろう。
…ここは強引に行く。
「私は私なりに貴女に誠意を見せたつもりです。スキルは当然魔力を消費します。リュウさんがもし洗脳にかけられているとするならば、解くためにどれくらい魔力を使うかわかりません。…無駄撃ちしている余裕があるでしょうか?」
交渉事は相手のデメリットがはっきりとわかるように伝えるのがコツだ。
彼女はリュウの洗脳を解くために高野を呼んだ。
そして高野はその洗脳を解ける可能性を提示した。
ならば、彼女は高野の言葉を信じるしか無い筈だ。
ティルは少し考えた後、「…わかりました」と頷く。
「でも『上書き』のスキルをもう一度だけ見せてください」
「!?」
「事実を書き換えられるというのなら、シュゼットさんのゾンビ化を万能薬なしで止めてみてください。…もちろん魔力回復のための魔法草は差し上げます」
「そうきたか」と高野は内心冷や汗を掻く。
実に嫌な所をついてくる。
彼女の指摘は的確だし、相当頭が切れる。油断すればあっという間に嘘を見抜かれる。
…だが、「上書き」というスキルを言い出した時から、こんな風に無茶振りされる可能性は想定済みだ。
「…ティルさん」
高野はため息をついて首を振る。
「冷静に考えてください。そんなに万能なスキルならば、私は冒険者として活躍していると思いませんか?ギルドでカウンセラーをする必要がない」
「…確かにそうですね」
ティルは高野の言葉に素直に頷いた。
「言いにくいのですが、『上書き』は大きな変化を起こすことはできません。それに変化を起こすにはそれぞれ条件があります。…例えば、先程の物質の移動には、私以外にそれを観測する相手が必要になります」
「…」
ティルは黙って高野の言葉に耳を傾ける。
能力の過大評価をさせた方が得だが、警戒されてしまって話が進まないのでは意味がない。
場合によっては「危険だから」と殺されてしまう可能性だってある。
ならば自らの嘘に矛盾がないように嘘を重ねて架空のスキルを作り出すしかない。
「私の『上書き』では洗脳はできません。『上書き』で精神に作用させる場合には相手の同意が必要になります。…そうでなければ私はとっくに貴女にシュゼットと私を解放するように『上書き』しているはずでしょう?」
「なるほど。それはそうですね」
ティルは頷く。高野が自ら自分の能力を格下げしたことで、高野への恐怖心が大分薄らいだようだ。同時に少し警戒も解けてきたように見せる。
「でも」とティルは続けた。
「私はまだ完全には先生に見せていただいたスキルを信用することはできません。もし、先生のスキルが物質を転移させる類の力だったら、リュウくんを転移されて、『返して欲しければシュゼットさんと先生を解放しろ』と言われたら私は従う他ないですから」
「手強い」と高野は心の中で呟く。
しかし、もっともな意見だ。
「…確かにスキルを弱めに見せることだって出来るはずだ、と言われると証明しようもないんですが…できないものをできると思われても困ります」
高野は苦笑いして頭を掻く。
「ん~…どうしたら信用してもらえますかね?」
「『上書き』が事実の上書き、というならば、物を移動する以外のことも見せてください」
「物を移動する以外…ですか。例えば?」
「上書き」を証明するためにはできるだけ向こうの条件を飲む必要がある。
向こうに条件を提示させて、こちらで条件をクリアできない場合には断ればいい。
先程、高野は会話の中にさり気なく、「上書き」は物の移動、認識の変化、そして修復などができると説明していた。
頭の切れる彼女のことだ。絶対に聞き逃さなかった筈だ。
物の移動はすでに見せ、認識の変化は証明するのが難しい。
となればティルが指定してくるのは…。
「そうですね。その小指の爪を生やすとかは小さいからできるんじゃないですか?」
―――来た…!
高野は心の中で微笑む。
「物の修理ですか…。残念ながら回復魔法ではないので『上書き』では身体は治せないんです。そもそも身体を治せるなら実例で小指を治すし、視力も自分で治しましたよ」
高野は申し訳無さそうに言い訳し、「…でも」と続ける。
「そうですね。…じゃあ、バッグからこれくらいの板が入っているので取ってもらえませんか?」
「?」
ティルは高野の冒険者バッグをごそごそと探る。
そして、高野がこの世界に持ってきた数少ない道具の一つ、スマートフォンを取り出す。
無地の真っ黒なスマホケースに入れてある飾り気のない高野のスマートフォンだ。
「これ、ですか?黒い板?」
彼女は首を傾げる。
「ええ。ちょっと触ってみてもらえます?」
「?」
ティルはボタンを押したり、画面を触ったり、匂いを嗅いだりする。
異世界に転移してから2ヶ月触っていなかったスマートフォンだ。
元々の充電はとっくに切れ、ここにくるまでに充電器に繋いで充電したが、充電器ももう虫の息だった。
もちろん、電池節約のため、今も電源は切ってある。
「これはなんです?見たこともないものですが…まさか神器?」
「神器?」
高野は耳慣れない単語に首を捻る。
この世界には一般的でない材質でできた物質やオーバーテクノロジー的な概念があるのだろうか?
ギルドの義手や義足などの技術は現代の日本以上のものがあったが…。
しかし、わからないものには乗れない。
気をつけなければならないのは、このままスマートフォンを起動させてもただ「神器とやらを起動した」と思われる可能性があることだ。
そのため予定通りカードを切る。
「神器、というのがなんのことを指すかはわかりませんが…実は私、異世界から来たんですよ」
高野は声を顰めて事実を伝える。
「え?!先生も『迷人』?」
ティルは高野の予想外の反応で驚きの声を上げた。




