#5
―― 女神暦1328年紅梅の月24日 午前 ザカー平原 ――
初心者講習会が始まって4日目…。
「起床ーーーーッ!!!!!」
夜明けとともに誰かが叫ぶ。
冒険者の卵たちはまるで機械のようにほぼ同時に目を開け、ザッ、ザッ、と寸分違わずに素早い動きでテントを畳み、冒険者バッグにまとめる。
「集合!!!」
号令とともに全員が大岩の前に集合する。
大岩の上にはトントゥの教官、レーリーが朝日の光を背に立っている。
「おはよう、愚図共」
「「「「「はい、教官殿、おはようございます!!!」」」」」
レーリーに対して、全員が気をつけして大きな声で挨拶する。
「朝からうるさいぞ。もう少し小さく挨拶しろ。敵に見つかったらどうする間抜けども」
「「「「「はい、失礼しました」」」」」
昨日とは正反対のことを言われてもなんの疑問も持たずに全員は謝罪する。
この4日ですっかりレーリーに躾けられた結果だ。
「…では、朝のフル装備マラソン、始め。一番遅かったヤツは昼飯係だ」
「「「「「はい!!!」」」」」
高野は返事をしながら「良かった。昼飯抜きじゃなくて…」と心の中でペナルティに安心しつつ走り始める。
「タカノ、気合いを入れて走れッ!!」
「はいぃぃぃぃぃ!!!」
そんな心の中の油断をレーリーに早々に見抜かれた高野は、腕を大きく振って走る。
当たり前だが、普通、4日程度では足は早くならない。
だが、初日は往復3時間半以上かかっていたフル装備マラソンは今では2時間半くらいで完走できるようになっていた。
なぜ1時間もタイムが縮められるようになったかというと、装備した状態での走り方のコツを掴んだからだ!…と言いたいところだが、実際はそうではない。
その要因もなくはないが、多少、というところだろう。
高野のタイムはこの世界の道具を上手く活用することで縮めていた。
初日にレーリーから教えてもらった靴擦れ防止の「薬草シューズ」---靴下の下に薬草を巻いておいて、靴擦れができた傍から薬草の効果で癒やすという作戦。
これは非常に有効だった。靴擦れの痛みが失くなったことで走る辛さが劇的に軽減された。
この癒やしという薬草の効果に目をつけた高野はここ数日、さらに薬草の理解を深めるために実験を繰り返していた。
そこでわかったのは、薬草の回復効果は小さい傷に対して、即時使用した場合、瞬時に傷を再生する効果があることだ。
確かに薬草シューズだと靴擦れの痛みは全く感じなかった。
訓練中に怪我をした時も瞬時に薬草を使用すればあっという間に痛みが引いていく。
一方で、すぐに薬草を使わなかった場合には回復に時間がかかる。
高野はこの薬草をなんらかの形で地獄のフル装備マラソンに応用できないかを考えた。
例えば、フル装備マラソンで煎じた薬草を飲みながら走ったらどうなるだろうか?
高野は薬草の効果から、2つの結果を予想していた。
1つ目は「足の筋肉痛なく走り続けることができる」という結果だ。
高野もあまり人間の身体に詳しいわけではないが、走ると血液の中に老廃物が溜まり、血液の循環が悪くなる。
これがいわゆる筋疲労---足が疲れて走れなくなる原因だ。
そしてこの筋疲労を軽減する為に、一般的にはクールダウンなどが推奨される。これはクールダウンの際に、血液循環を促し、老廃物を留めにくくする効果を狙っているからだ。
しかし、これはあくまでも翌日以降にダメージを引きずりにくくするための措置であり、即効性はない。
だが、薬草は回復の際、どうやら血液の循環を良くする効果がある。この効果を利用すれば、走りながら血液の循環を保つことができるのではないだろうか。
つまり、液体化させた薬草を、スポーツドリンク代わりに飲みながら走れば、通常足に溜まるはずの老廃物が、溜まらない。足の疲労を感じることなく走れることが可能になるのだ。
2つ目はいわゆる「超回復」の速度を爆発的に早めることで、「短期間に筋力の増強が可能となる」という結果だ。
筋トレ馬鹿の友人が「筋肉は1日にしてならず」などと名言めいたことをいっていたが、筋肉というのは負荷をかけて筋繊維を痛めつけ、それを回復させることで強化する。
通常ならば、筋トレとは、限界まで筋肉をいじめ、2日かけてしっかりと休めることで、その部位の筋繊維を再生・強化させる。筋トレの効果は即効性はなく、2~3ヶ月経って徐々に現れ始めるものだ。
しかし、筋トレをしながら液体化した薬草を飲めば、筋繊維が傷ついた傍から回復することができ、筋肉の成長速度を大幅に早めることができる。
つまり、数日でもある程度の筋力増強が可能なのではないか、と考えた。
高野はこれを「薬草ドーピング」と名付けた。
そして、これらの結果については、結論から言えば、前者も後者も高野の予想通りの結果となった。
実際の薬草の仕組みは文系の高野の理解通りだったかどうかはわからない。
だが、事実として、疲労をほとんど持ち越さずに走れ、かつ、筋力は見違える程ついた。
しかし…
「カロリーの消費がヤバい。滅茶苦茶痩せる…」
最初は運動不足のメタボ気味だったので、喜んだが、割と深刻なレベルで、この数日間、体重の減少が見られた。
燃費の悪さが尋常ではなく、食べても食べても体重減少を止められないという、今まで悩んだこともない悩みに直面していた。
周りからは「教官のしごきによって痩せてしまったかわいそうなヤツ」という認識をされているかもしれない。
筋肉はある程度まではつく、疲れもあまりない。
しかし、それでも持ち前の運動センスだけはどうにもならない。
結果、この薬草ドーピング作戦をもってしても参加者の上位30%に食い込むので必死だった。
ズルまでしているのに情けない話だ。
―――ちなみにこんなドーピングがあると知らない教官には、この目まぐるしい高野の成長は「今まで手を抜いていたなめたヤツ」と認識され、一層睨まれることになった。
この3日間で、大都市ネゴル周辺の魔物と魔獣の基礎知識を叩き込まれ、戦闘時の応急処置の仕方やクエストで負傷・死亡した場合の説明などの講義も受けた。
なかでも印象的だったのは着衣水泳だ。
冒険時、水に落ちることもあるということから、昨日はラフス川で着衣水泳を行った。
高野は元の世界で小中高と水泳の授業があったので―――もちろん服を着て泳ぐ経験はほとんどなかったが―――ある程度早く順応できた。
水の中で装備を脱いだり、脱いだ服に空気をためて簡易の浮き輪を作る方法などを習ったが、高野はなんとなく昔、学校で習った着衣水泳の授業を覚えていた。
この訓練に関してはそもそも水泳の技術の有無が左右されるため、子供の時からしっかり訓練を受けていた高野は、着衣水泳では輝いていたといっても過言ではないだろう。
この世界の人たちはどうなのだろうかと気になって見ていると、ネゴルの近くを流れるラフス川などで小さい頃から水遊びを経験していた者はある程度泳げており、一方で、そうした経験のない者は溺れないようにするのが必死だった。
教官は基礎だけしっかり教えた後、「泳ぎについては最低限溺れ死なない程度にはしっかり覚えろ」と締めくくっていた。
確かに1週間しかない講習会ではそれが限界だろう。
毎朝のフル装備マラソンが終わったところで、レーリー教官が「さて」と切り出す。
「今日からお待ちかねの戦闘に関する話をしていく」
レーリーは冒険者の卵たちを見回す。レーリーの表情から、空気が一瞬で引き締まる。
この空気で「やったぁ!戦闘だぁ!」と諸手を上げる勇者は流石にいなかった。
「では、まずは職業の選択だ。職業について説明出来る者はいるか?…お前はどうだ、ダルコ」
レーリーはトントゥの男性を名指しする。
「はい。…職業とは冒険者におけるポジションのようなものです。それぞれ、戦士、武闘家、魔法使い、神官、狩人の5つ職業が存在し、役割が異なります」
「詳しく説明できるか?」
「ええと…戦士と武闘家は物理攻撃が中心の戦闘スキルを身につけることができて、魔法使いは魔法攻撃の戦闘スキルを覚えます。神官は回復魔法が使える唯一の職業です。狩人は状態異常系のスキルを使える物理攻撃の職業です」
ダルコはレーリーの顔色を伺いながら説明する。
「概ね正しい、が。もう少し説明が欲しいな。…ジュスト、どうだ?」
レーリーはジュストを当てる。
熊の獣人は頷いて補足説明をする。
「戦士と武闘家は前衛といわれるポジションです。戦士は物理攻撃、物理防御を得意とし、敵陣を切り開いたり、後衛との間の壁役として守りを固めたりします。武闘家は素早い攻撃と回避、間合いを使った戦闘を得意とします」
「…ふむ。戦士と武闘家の違いはなんだ?」
レーリーがさらに踏み込んだ質問をする。
「武闘家は戦士と違い、素早さに重点を置く分、生存率が高く、単体での戦闘も得意です。囮役や斥候を担うこともあります」
それに対してジュストは顔色ひとつ変えずに淡々と答えた。
「マリッサ。魔法使いと神官について説明しろ」
「はい」
レーリーに指名されたジュストと同じく成績優秀者のヒューマンの女性は頷くとジュストから説明を引き継ぐ。
「魔法使いと神官は後衛です。魔法使いは魔法による攻撃、防御、状態異常効果付与、その他色々なことができます。パーティの火力要員になることも多いですが、魔法の詠唱に時間がかかるため、敵に最も狙われやすく、命の危険が高いと言えます」
「続けろ」
レーリーは頷いてマリッサに続きを喋らせる。
「神官は女神アマイア様への信仰を力に変えることができ、先程、ダルコが言ったように全職業で唯一回復魔法が使えます。魔法による攻撃や、能力上昇効果付与を覚えることもできます。パーティの生命線のため、魔法使い同様、敵に狙われやすい職業です」
「フィオ、狩人の説明はできるか?」
先程から喋りたそうにしていたヒューマンの男性にレーリーは声をかける。
フィオは顔を輝かせて頷いた。
「はい!狩人は弓矢などの中距離攻撃が得意な人がなる職業です。状態異常攻撃を得意とし、相手を弱らせて倒します。攻撃の性質上、前衛と中衛のポジションを臨機応変に使い分けることが多いと言えます」
「なぜ使い分けるんだ?」
「はい。それは前衛が突破されそうな時、前衛に加わって接近戦で戦う必要があるからです。中衛は敵からは狙われにくいですが、前後の状況を見て柔軟に判断できる視野の広さと対処能力が必要となります」
「いいだろう」
レーリーはフィオの回答に頷く。
「では、習得できる戦闘スキルや固有スキルが職業によって異なるのはなぜだ?誰かわかるものはいるか?」
レーリーは冒険者の卵たちを見回す。
これについて答えられるものは珍しく誰もいなかった。
「職業の選択とは、神々に対し、自分の器の方向性を決め、宣言する行為だ。職業の選択をした時、神々は初めてその者に戦う力を授ける。それが戦闘スキルや固有スキルというわけだ」
レーリーは冒険者の卵たちの顔を見て頷いた。
「言い換えるならば、職業の選択とは、神々との最初の契約とも言える。契約があるからこそ、一度決めたら他の職業にはなることはできない。それは己の定めた器を否定することになるからだ。もし、それでも職業を変更する場合にはそれ相応の対価が必要になる」
「…対価とはなんでしょうか?」
高野がレーリーに質問する。
「…良い質問だ。経験値とは職業選択によって定めた器に入れる水のようなものだ。器に十分な経験値が溜まった時、その器はさらに大きな器へと変わる。これがレベルアップだ。器を否定するということは中身の経験値まで否定することに他ならない」
レーリーは言葉を区切り、そして高野を見る。
「つまり、これまでの経験値を全て無にすれば職業の再選択は可能だ。過去、あまり事例はないがな」
冒険者の卵たちは皆、息を飲む。
「あまり事例がないのはなぜでしょうか?」
高野が続けて質問する。
「…簡単なことだ」とレーリーは答える。
「神々にとって器の否定は『面白くない』行為だ。単純に見放される。つまり、ツキが失くなる」
レーリーは冷たい声で事実を告げる。
全員、ツキが失くなった冒険者がどういうことになるのかまだ実感がなかったが、とてつもなく恐ろしいことであることはわかった。
「ではタカノ、戦闘スキルの魔法スキルと物理スキルの違いはなんだ?」
「はい!…う…ちょっと待ってください…」
これはなかなか難しい質問だ。
高野は以前、同じ職場の治癒師カリネから魔法の才能が無いため、神官と魔法使いは諦めた方がいいと言われた事がある。
ここ数日の座学で学んだ魔法スキルと物理スキルの知識を総動員し、考察したことを口にする。
「物質を介して効果を発揮するのが物理スキル、物質を介さずに発動できるのが魔法スキル、でしょうか?」
「詳しく説明しろ」
「はい。…戦士や武闘家、狩人のスキルは武器や肉体の動きを強化したり、効果を付与するようなものです。これらは必ず使用者の身体、もしくは武器や道具を介して発動します。一方で、魔法使いや神官は魔力を具現化して、物質を介さずに効果を発揮することができます。例えば、『エネルギーショット』や『ヒール』などはそうした性質を持っている…どうでしょう?」
高野は恐る恐るレーリーを見る。
冒険者の卵たちからは「おー!」と感心したような声が上がる。
「…正解だ」
レーリーは「フンッ」と鼻を鳴らす。冒険者の卵たちから自然と拍手が起こる。
高野はほっとして「ありがとうございます」と頭を下げる。
「魔法使いと神官は才能が必要だ。そして適正を調べる方法は簡単だ。…全員、髪の毛を1本抜いて手のひらに置いてみろ」
あ…これ知ってる、と高野は心の中で呟く。初出勤日にカリネに教えてもらったヤツだ。
「教官…」
坊主頭のドワーフの青年が恐る恐る手を上げる。
「あの…毛がない場合にはどうしたら…」
「知らん!隣のやつから毟れ!!!」
レーリーに一喝され、目を白黒させたドワーフは「あう…あわわわわ」と意味不明な声を上げながら隣のエルフの青年の髪を掴む。
「痛ッ!ちょ、ちょっとま…あ゛ーッ!!!!!」
怒鳴られてよっぽど慌てたのか、坊主頭のドワーフはエルフの青年の毛を大量に毟り取っていた。
「お前ッ!!ハゲたらどうすんだ!!」
男性は女性に比べて毛の残量に敏感だ。
例え毛が沢山生えていようとも、髪の毛を毟られると烈火の如く怒る。
エルフの青年は顔を真っ赤にして「その毛、責任持って大事に使えよ!」と怒鳴る。
あまりにも不憫なので、冒険者の卵たちは坊主頭のドワーフの手からエルフの青年の毛を一本ずつ拝借する。
「…」
―――レーリーが一瞬、申し訳無さそうな顔をしてそれを眺めていたのを高野は見逃さなかった。
「さあ、全員、毛を手のひらに置いたな?そうしたら全員、手の平に魔力を集中しろ。身体の血液を手の平に集めるようなイメージだ」
「「「「「…」」」」」
高野も「前回はやり方が間違っていたに違いない。今度こそ…」と目を瞑って全力を込める。
「あ!浮いた!?」
「フワッとした」
「おお!浮いてる」
冒険者の卵たちが次々に驚きの声を上げる。
「え?おかしくね?浮かないんだけど」
「どうやってやんの?」
「浮け…浮けよ…浮けぇぇぇぇぇぇい!!!!」
しかし、一方で高野同様、手の平の上にある髪の毛が少しも浮き上がらない者も数名いた。
高野は前回と同じ結果にがっくりと肩を落とす。
「…なんとなくわかったと思うが、髪の毛が浮き上がらない者たちは魔法の才能がない。魔法使いや僧侶になっても魔法スキルを使えないので選択はしないように」
レーリーが高野たちを見て少し憐れむような顔をする。
―――ちなみに毛を毟られたエルフの彼は魔法の才能はあったようで先程の怒りをすっかり忘れ、坊主のドワーフと手を取り、喜んでいた。
「パーティは4~5人が基本だ。4人の場合は前衛2名、後衛2名もしくは前衛3名、後衛1名。5人の場合はそこに中衛を入れたり、前衛か後衛を補強する。…午後は模擬パーティでの訓練を行う。まだ職業が決まっていない場合には午後までに選択し、装備を整えておけ。以上だ」
講義の最後にレーリーはそう締めくくる。
「「「「「はい!!!ありがとうございました!!!」」」」」
全員、レーリーに頭を下げた。
そして、レーリーがその場を離れてから冒険者の卵たちは一斉に口を開き始めた。
「…だって。どうします?」
トントゥの青年が隣にいるヒューマンの青年に尋ねる。
「俺はもう戦士を選択してるからな。お前はどうよ?」
ヒューマンの青年は笑って答え、トントゥの青年に聞き返す。
「僕?僕は魔法使いですかね。魔法は昔から憧れていたんですよね~」
トントゥの青年は魔法使いを選ぶようだ。
「マリッサはなに選びます?」
トントゥの青年はクラスで一番の才女に尋ねる。
「私?私は神官にしようと思っています」
「神官か。確かにマリッサは頭がいいから後衛で全体を見て指示が出せる神官は向いてそうですよね」
トントゥの青年は頷く。
ちなみに冒険者の卵たちの中で一番の有望株、熊の獣人のジュストは武闘家を選択したという話だった。
仲間たちの話を聞きながら高野も自分はなにを選ぼうか悩む。
魔法使いや神官に憧れたが、残念ながらカリネの言う通り、やはり魔法の才能が無かったことが改めて確認できたので、戦士か武闘家か狩人の3択となる。
結局、体力が無いので、武闘家も戦士も向かないし、狩人かなぁ~…と消極的な理由で高野は狩人を選ぶのだった。




