#1
―― 女神暦1328年紅梅の月15日 午後 ギルド 相談室 ――
今日も昼休憩の時間にシュゼットは高野の相談室に顔を出していた。
最近はシュゼットがよく差し入れを持ってきてくれる。
今日の差し入れは小麦粉のようなものを練った生地の中に生クリームとフルーツがたっぷり入った分厚いクレープのようなものを持ってきてくれた。
確かに、「カウンセラーは流行りのものに一通り触れておいた方が、幅が広がる」というのが高野の師匠の教えだ、と昨日、雑談の中で話した。
「じゃあ、オススメがありますぅ」とも言っていたが、まさか昼休憩に入った瞬間、ギルドから飛び出し、露店に並んで買ってきてくれるとは思わなかった。
これが今、大都市ネゴルの若い女性の間では流行っているそうだ。
「先生の業務の手伝いという名目で、経費で買えましたぁ~、感謝ですぅ」
シュゼットは笑ってクレープのようなもの―――「ティルト」というらしい―――を頬張る。
小麦粉ならば生で食べれば確実に腹を壊すだろうが、この生地は餅のように柔らかく、パンのように弾力がある。
昼食にお菓子を食べるのは変な気分だが、シュゼットの好意に甘えていただくことにする。
「…あれだ。フルーツ大福。クレープとフルーツ大福の間の子みたいな味だなぁ」
高野はティルトを食べながら感想を述べる。
「フルーツ大福?クレープ?」
シュゼットが首を傾げる。
「そうか、大福もクレープもないのか…。俺の故郷のスイーツなんだけど、どっちも頑張れば作れなくはないので、今度いつものお礼に作ってくるよ」
高野が大福とクレープの説明をするとシュゼットは「ふむふむ」と目を輝かせながら頷く。
この世界の食べ物は元の世界のものと比較的似ているし、味の好みも日本人に近い。ワインも酒も、ウィスキーも焼酎もあるので、そこは高野にとってありがたかった。
「そう言えば、クレープにはサンドイッチの具材のようなものを入れて食べるパターンもあったな。ティルトも餃子のタネでも入れて焼けば焼餅のようになるんじゃないか?」などと自分の世界の料理を思い出しながらティルトを食べる。
そして、タイミングを見計らって、シュゼットに本題を切り出す。
「それでシュゼット、ちょっと相談があるんだけど」
「ふぇ?なんですかぁ~?」
シュゼットは頬にティルトからはみ出したクリームをつけながら首を傾げる。
「…ぶっちゃけ、ギルドで丸腰でカウンセリングするの、命がいくつあっても足りないと思ってるんだけど、なにかいい方法ないですかね?」
「あー…」
シュゼットはもちもちの生地をモッモッ、と咀嚼しながら頷く。
そして、ゴクリ、と飲み込んでから
「そうですねぇ。多少は自衛出来た方がいいような気もしますねぇ」
とコメントする。
「だろ?誰かいい先生いないかなぁ」
「うーん…でも確かぁ、先生は魔法適正ないんですよねぇ」
「…らしいね、残念ながら」
高野はカリネに以前言われたことを思い出し、項垂れる。
せっかく異世界に来たのだから魔法を使ってみたかった。
あわよくば「神官」の職業について心も身体も癒せる最強の回復職になりたかった…。
まさかスタート時点でその道を立たれるなどとは露程も思わなかった。
「それって、魔力がないってことですかぁ?」
「…いや、カリネ先生曰く、魔力自体はあるらしい。だから「戦士」、「武闘家」、「狩人」の道は一応、残されてる」
となると、前衛もしくは中衛で、肉体を使って戦うポジションとなる。
高野のプライベートの知り合いと言えば、バーのマスターのマルク、ファッションデザイナーのグラシアナくらいだが、あの2人に戦闘ができるイメージはない。
シュゼットも、カリネも、オーバンも神官だ。
まさかギルドマスターで多忙なゲブリエールに教えを請うわけにもいかないし、そもそもあの人が戦うところは想像できない。あれ程デスクワークが似合う異世界人もそうそういないだろう。
そう考えると戦闘が得意な知り合いは高野にはいなかった。
「うーん…ギルドの初心者講習でも受けますぅ?」
「初心者講習?」
「ええ」
シュゼットは頷く。
彼女曰く、戦闘訓練を受けていないまま冒険者を依頼に出した場合、生還率が極端に低い。
そのため、講習料は必要だが、ギルドの講師がその人に向いたポジションと戦闘の基本を叩き込んでくれるらしい。
「多分、ギルド職員なのでぇ~、社割が使えると思いますぅ~」
社割が適用されるのか…。
流石、ギルド…福利厚生が充実している。
社員寮もあり、実は高野はお金を貯めるために、入社してから社員寮に入れてもらっている。
その他、ギルド内のショップなら3割引でアイテムを購入できる。
ギルド職員は基本、定時で上がれるし、ホワイト企業すぎる…。
どこかの精神科とは大違いだ…、と高野は感動を覚える。
「どうしますぅ?申し込みますかぁ?」
「初心者講習ってどのくらいの期間やるんだ?」
「1週間ですねぇ」
1週間か…ならば、担当しているカウンセリングに大きな支障が出ることはない。
事前にクライエントたちに断わりを入れる必要はあるだろうが…。
高野は頷く。
「申し込みます!」
こうして高野の冒険者初心者講習の参加が決まった。




