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ユメセカイウォーカー  作者: 公望
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夢世界での洗礼2

 東口の改札を抜け、再び地下に降りて丸の内線の通路を抜け、再び昇って小田急線のホームへ。歩けばうんざりするような行程だが飛翔でとなるとあっという間であった。風呼びの女性が抱えていた近衛をベンチに座らせた。


「少し落ち着いた?」


「あ、はい……」


 あまりに目まぐるしく変化する状況についていけない近衛は空返事するしかできなかった。そんな近衛にもお構いなく女性は続ける。


「詳しく説明してる時間はなさそうだね。間もなくブレイクするはず。だからこれだけ伝えておくよ。君は次の明晰夢でも必ず新宿に来ることになる。兎型の武者もしばらくここに張ってるはずだ。ロストになりたくなければまず私を探すんだ。大江戸線のホームで待ってる。決して兎型には近づかないように。いいね?」


「ブレイク? ロストってのもよくわかんないんですけど」


 そう答えつつも近衛の視界から世界の崩落が始まっていく。すでに明晰夢に滞在できる限界を迎えていた。


「忘れないように……」


 最後にかろうじで女性の声を聞き取れたタイミングで完全にブラックアウトとなる。

 次に近衛が目を開けた時にはモニターが目の前にあった。現実への帰還だ。


「なんだよあの兎は。それにあの青い髪の女の子……」


 今回の明晰夢はやけに生々しいものであった。腕を切断された痛みの記憶が鮮烈に残っている。思わず

右腕に目を向けるもしっかり胴と繋がっていた。グーパーしてみても問題なく動く。当たり前のことだ。あれは夢の中の出来事で本来兎が刀を振るうなんてあり得ないのだから。


「次の明晰夢でも新宿駅に、か」


 サイトの文書を見て一心九疑で始まった明晰夢の世界への関心は半信半疑へと変わりつつある。

 もし次の明晰夢で本当に新宿駅へ飛ばされたなら?

 またあの兎型の異形が襲い掛かってきたら?

 ……二次元の世界にいるようなあの青い髪の女の子に再び会えたなら?

 近衛はゆっくりと拳を握りしめた。


「はやくまたあそこに行きてぇ」


 あの魅力的な世界の探索に5分という制約は短すぎる。

 もっともっと長くあの世界へ。そしてより深く世界の構造について知りたい。

 アウトやらロストやらブレイクやらわけのわからない単語だけ聞かされても文脈からマイナスなことだろうという予想しかできなかった。

 今すぐにまた明晰夢を見ようとしても無理なことはわかっていた。

 近衛ははやる気持ちを抑え、その日は眠りについた。


 5月26日。

 この日から三日間に渡って派遣先となるのは総務省のある中央合同庁舎第2号館。

 霞ヶ関駅から歩いてすぐにある21階建てのビルはどこか荘厳(そうごん)さが伺え、一般人が近づけない独特のオーラを漂わせている。

 本来近衛とは縁遠(えんどお)い場所ではあるが、今回は老朽化したLANケーブルの切り替えと点検作業で派遣されたため、特別に中をくぐることが許された。

 初めに入念な身体チェックは受けたものの、セキュリティが凄まじいのは入るまでであり、その中身はどこにでもあるようなオフィスビルとそれ程変わりなかった。

 今回の現場を取り仕切っているのは40過ぎの無精ひげを生やした男だった。長い髪を後ろで束ねており、あまりにもこの空間にそぐわない身なりだ。それでもリーダーシップには長けていて周りからは「重蔵さん」と呼ばれ頼りにされている男でもある。近衛とは顔馴染みで何度か別の現場で仕事した仲だった。


「そんじゃ近衛はC班な。3~4階を頼む」


 重蔵は集められた派遣員たちを手際よくチーム分けしていった。そしてフロア毎に作業が始められる。

 省庁での仕事は近衛も初のことだったがあまり意識することもなかった。仕事内容は普段と別段変わりないのだ。そんなことよりも近衛の頭をよぎるのは明晰夢のことであり、風呼びの女性のことだった。


「なにぼうっとしてんだよ。いい女でも見つけたのか? ん?」


 3階に向かうエレベーターの中、近衛を下種(げす)な表情で小突いたのは新間(しんま)弘和(ひろかず)。彼もまた近衛とはよく現場で一緒になる男だった。この道20年のベテランだが仕事の手際はあまり良くなく、素行も悪い。隙あらばさぼろうとするため、現場での評価も低い。


「そんなんじゃないすよ」


 他人にほとんど興味の沸かない近衛にとっては好きでも嫌いでもないどうでもいい存在だった。適当にあしらっているうちにエレベーターが3階につき扉が開く。

 すると一人の女性が目の前に立っていた。

 年齢は20代中盤ぐらいか。前髪はしっかり七三に分けられ、後ろ髪を肩の長さでビシっと揃えられた様に飾り気はない。しかし堂々と露出された額と鋭い眉からは自己に対する自信が透けて見えるようだった。化粧は薄めであり、それでいて確かな美人でもある。上下のスーツは髪色と同じく黒で統一されており、その出で立ちはまさにエリートという他なかった。若手の官僚であろう。


「あら失礼」


 女性は近衛たちを視界に捉えると一礼して脇に寄り、エレベータ―の出入り口を譲った。その際自然ともみあげを耳にかける仕草を見て「おほっ」と新間が下種な声を上げる。


「失礼します」


 近衛は新間を無視して素早くエレベーターから降りると道を譲ってくれた女性に一礼しつつそのまま通り抜けた。


「待てよ近衛」


 駆け足でその後を追った新間が、へっへっへ、と笑いながら馴れ馴れしく近衛の肩に手を回す。


「見たかよ今の女。お高く留まりやがって……あんなやつでもよ。夜になると乱れんのかね。ぐへ」


「……聞こえますよ。それに放してください。はやく片付けちゃいましょう」


 こんな新間の真性の下種ぶり発揮にも近衛は動じない。冷静に肩にかけられた手を払うと最初の持ち場であり派遣員たちの待機室ともなっている会議室へと向かうのだった。


 3階の作業が一通り終わるころには時刻は13時を回っていた。


「よ~し。C班は昼休憩入っていいぞぉ。飲食は会議室でならいいそうだ。煙草吸いたいやつは外で喫煙所探せよー。4階の作業は14時開始だから遅れるなー」


 各班を見回っていた重蔵がC班の面々に声をかける。

 8時半からぶっ通しでの作業がようやく終わり、近衛は疲労を感じつつも会議室へ。その手には今朝コンビニで買ったカップ麺がある。


「相変わらずしけたもん食ってんなぁ。外行こうぜ外」


 またもや絡んできたのは新間であった。

 というのもこの新間という男。あまりに嫌われ過ぎているため、現場でもほとんど相手にされないのだ。他人に好きも嫌いもない近衛だけが普通に接するのでこうした損な役回りとなる。


「もう買ってきちゃったんで。それにお金ないですし」


 普通、といっても素っ気ない返事をするだけでもあるのだが。


「ああそうかい。まっ、今度俺様がほんとに旨い鰻の店にでも連れてってやっからよ。楽しみにしとけぃ」


 新間はそう捨て台詞を残して手をヒラヒラさせながらエレベーターに向かった。似たようなフレーズをすでに10回は聞いているが実行されたことなどもちろん一度もない。


「とりあえず食うか」


 邪魔者が消えたことでようやく会議室に入るが中に誰もいなかった。近衛が慌てて入り口を振り返ると「本日~~派遣会社様の待機室となるため、使用中止」との張り紙がある。ここが近衛たちの待機室というのは間違いない。どうやらC班の面々はみな外で食べるつもりらしい。

 一人で使うにはあまりに広すぎる会議室にて適当に場所を見繕(みつくろ)うと近衛はカップ麺を取り出した。手順通りの準備を終えてポッドのお湯を注ぎ、3分間待つことに。

 ふと考えてしまうのはやはり明晰夢のことだった。


「あの子なにものなんだろ」


 一人という油断からか近衛の口からそんな本音がこぼれ出た。

 頬杖をつきながら視線は明後日の方を向き、口元は少し開いている。完全なアホ面である。


「あの子って誰の事?」


「え?」


 入り口から声が聞こえてきたかと思えば今朝がたエレベーターですれ違った女性の姿があった。腕組みしつつ入り口の淵に体重を預けている。


「あ、いや、その……すみません」


 突然の来客に驚いた近衛は慌てて姿勢を正すと今度は挙動不審となる。

 彼にはちょっとしたトラウマがあり、女性が相手となるとどう接していいのかわからなくなるきらいがあった。目線を合わせて話すことも難しい。増して初めて会う人間ともなれば尚更だ。


「なんで謝るのよ。休憩中でしょう?」


「は、はぁ」


「……なんだかこちらこそごめんなさい。気を遣わせたわね。それじゃ」


 近衛の不可解な挙動を察してか、女性はそれ以上踏み込んでくる様子もなかった。視線の端で女性が(きびす)を返すのを確認するとホッと胸を撫でおろす。


「あ、そうそう」


 が、女性が思い出したように歩みを止めたことで再び近衛の身体が硬直する。女性は再びこちらへ向き直っている。


「貴方、名前は?」


「え、お、な、名前です……か。こ、近衛です。近衛、は、悠人」


「近衛悠人さん……ね。まぁいいわ。午後もしっかり励んでちょうだい。それとそんなものばかり食べてると身体に障るわよ? 貴方にとっては資本なんだから大事になさい」


 女性はそう言って今度こそ本当に去っていった。ずいぶんと一方的な会話の仕方である。嫌味な感じこそしないが終始高圧的な態度だったようにも感じられた。

 総務省になんて来るもんじゃないな、と近衛はそこで初めてこの現場の特殊性を意識したのだった。


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