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ユメセカイウォーカー  作者: 公望
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夢世界への招待3

 5月12日。

 覚悟はしていたがその日の派遣先は新しく建てられたビルの内線電話の開通作業と通話可能かの確認であり、過酷だった。細かな配線作業と膨大な組み合わせの確認がすべて終わったのは日付が変わる直前だった。

 ギリギリ終電に間に合い、我が家こと「ワンダーカフェ」へ帰宅を果たす。


「今日の現場はやばかったな」

 

 いつものブースへ戻ってくるととてつもない睡魔に襲われる。普段であればこのままシャワーも浴びずに食べ放題のカレーだけ食べて寝るのが彼のスタイルであったが今日は違う。半覚醒状態を作る必要があるのだ。

 先ほど帰り道で買ってきたエナジードリンク二本をデスクに並べる。ネカフェ難民にとってこれはかなり高価な買い物だ。ただのカフェインであれば飲み放題のコーヒーで事足りるのだから。この選択だけでもそれなりの意気込みが伺える。

 近衛の作戦はエナジーブーストによって無理やりに睡魔を中和させ、その限界状態を保つことで半覚醒状態を作るというものだった。まずは馴染み深い金縛り状態へ。


「ん、うん……」


 やがてこっくりこっくりと近衛の頭が小舟を漕ぎ始める。とてつもなく眠いのになかなか眠りにはつけない。一気飲みした二本のエナジードリンクの面目躍如(めんもくやくじょ)である。時折びくんびくんと痙攣が起こり始める。身体が限界を迎え始めた合図だ。一見不健康極まりない状態だが彼にとってはまさに好機。思考が睡魔に飲まれないよう集中する。


――きた!!


 キーンという耳鳴りの後、金縛りが発生した。指一本動かない状態だ。金縛りに合うとよく幻視(げんし)幻聴(げんちょう)を伴い、慣れてないうちは心霊的な恐怖を感じることが多かった。今となってはそういうものだと割り切れており、仮に子供たちの笑い声が聞こえてきてもなにも感じることはなかった。意図して金縛りを解くことも可能であったが今回はこの状態をキープしつつ次の段階へ進む必要がある。

 目を(つむ)り風景を想像する。なんとなしに浮かんできたのは中学校時代の教室だった。彼にとっての全盛時代。それなりに友達もいて好きな子とかもいたっけな、と。ねじ曲がっていた彼の心に一瞬だけ優しさが(とも)った。

 しかし今はノスタルジーに(ひた)っている場合ではないのだ。サイトに書かれてあった確認方法……全力で走る。明晰夢への突入が成功していればこの世界の中で動き回れるはず。失敗していれば目の前にあるデスクに激しく膝を打ち付け、悶絶(もんぜつ)するだけだ。


「は、はは。まじかよ」


 思わず声が出た。無論()()()()()だ。懐かしい机に触れてみると確かにあの頃の感触だ。思わず彫刻刀で彫り込んだ悪戯(いたずら)書きを愛おしむように()でてしまう。ジャンプしてみればその世界の中でちゃんと跳ねることができている。この時点で今自分は頭の中で想像しているのではなく、夢の中の世界にいることを自覚した。現実世界の記憶も引き継げている。まさしく明晰夢だった。


「誰かいんのかな」


 夕方なのか、教室の中は西日に照らされていた。放課後特有の空間だ。だが教室の中には誰もいない。

 ふと昔よく世話していた花壇のことが頭をよぎる。花が好きという理由でずいぶん馬鹿にもされた苦い記憶が蘇る。

 外の様子も気になり、ひとまず廊下に出てみることにした。

 扉を開いた瞬間、近衛は自分がガヤガヤとした空間にいることに気付く。

 そこは見慣れた光景、女性社員が延々と電話を入れ、営業の男性社員が目まぐるしく入れ替わる。

 忘れたくたって忘れられるはずがない。二年前まで働いていた保険会社のオフィスでの、何気ない一日を切り取ったような世界だった。


「遅いぞ!! お前自分の立場わかってのんか!! ああ? 今月のお前の件数!! ほら言ってみろ」


「……0件です」


 条件反射でそう答える。特に辞める直前の数か月は毎月こんな感じだった。


「良い身分だなぁオイ! この給料泥棒が! 俺がお前だったら申し訳なくてオフィスに顔なんて出せねぇよ!! さっさと外回り行ってこいよ! 契約取れるまで帰ってくんな」


「……はい」


 怒りと悔しさが沸きあがり、思わず拳を握りしめた。

 そこで近衛はふと冷静になった。

 そうだ。そうだった。これは()じゃないか。あまりの唐突な展開に理解が追い付けていなかった。


「うるせぇよ」


 結局最後まで一度も噛みつくことのなかった上司への恨み(ぶし)が口をついて出た。


「ああっ! なんだと貴様ぁ! もっかい言ってみ!」


 途端(とたん)上司が近衛の胸ぐらに(つか)みかかってきた。

 よくよく考えれば威張(いば)り散らしてるだけの50過ぎのジジイ、力勝負で負ける相手ではない。


「離せよ!」


 掴んできた腕を捻り上げ、力一杯握りしめる。もう一方の拳も握りしめ、その憎らしい顔に標準を合わせた。


「いたたっ、コラ!! 自分がなにをしてるかわかっとるの……ぶごっ!」


 上司が言い終わる前にその(あご)目掛けて全力で拳を振りぬいた。上司はピンポン玉のように吹っ飛ぶとデスクに突っ込み、その上にあった書類やらが宙を舞う。

 一瞬の沈黙の後でオフィス中から悲鳴が上がり、大丈夫ですか? と周りの連中が倒れる上司に(むら)がる。

 最高に気持ちが良かった。まさに震えるような心地であった。

 が、余韻(よいん)に浸る間もなく今度は世界が崩れ始めた。次から次へとほんとにせわしないことだ。

 まるでレンガ造りの建物がガラガラと崩落(ほうらく)していくように、世界を構成していたパーツのひとつひとつがバラバラになっていき、風景が曖昧(あいまい)となっていく。


「はぁはぁはぁ」


 急激に視界が開けたかと思えば目の前にはPCモニターがあった。

 あまりにも目まぐるしく場面が転換していたがその世界での出来事はまさしく明晰であった。時間にして3分も経ってないだろうが密度は凄まじい。ところどころ展開についていけなくなり、夢の中に取り込まれそうになることもあったがなんとか理性を保てた。

 覚醒した理由は不明だが目の敵にしていた上司をぶっ飛ばしたことで気持ちが(たかぶ)り過ぎたことが原因かもしれない。


「へっへっへ」


 冷静になったことで襲われる疲労感。それにも増して訪れる高揚感に近衛は思わず笑ってしまっていた。

 夢の内容云々(うんぬん)ではない。

 サイトに書かれていたことがどうやら事実らしいことに年甲斐もなく興奮を抑えられないのだ。

 近衛はその日、それから何度も金縛りに合うことを試みたが上手くいかなかった。

 まどろみの中で次の派遣の仕事も激務なものを選択しようと決断し、今度こそ本当の夢の世界に落ちていった。


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