39.公開治療(前編)
聖キュクレインの祝祭日
ついにその日がやって来た。
公開治療によりアンリの治療薬が承認されるということもあって、治療師協会の本部には数多くの貴族の馬車が詰めかけていた。
協会本部にある大きな講堂は既に満席で、最前列にはふんぞり返って座る老人たちがいた。
それら老人の一団は治療師協会の理事の面々だということだ。
それぞれの名前はどこかで目にしたことはあるが、平治療師の私が実際にお目にかかるのは初めてだ。
しばらくの間、談話の声がざわざわと騒がしい講堂。
そこへ突如、甲高く突き抜けるようなベルの短い音色が反響する。
すると水を打ったように静まり返る人々。
そして、一人の男が舞台袖から現れると深々とお辞儀をした。
「本日はディスガッツ病の公開治療にお越し頂き誠にありがとうございます。現在、世間では腹痛病などと通称されておりますディスガッツ病ですが、主に特区などの不衛生な環境において罹患者が増加しており、今では一般市民の間にも広がりつつあります。死に至るケースは少ないものの、重症者は耐え難い腹痛と、それに伴う血便に悩まされております。現時点では明確な治療法は確立されておらず、治癒魔法による痛みの鎮静化しか手立てがあらず、中にはそのまま症状が出なくなる者もおりますが、やはり多くは再発することとなります。そうした現状に当協会も改善策を講じるべく、日夜研鑽して参りました。その結果、皆様も既に耳にしているかと存じますが、教区の治療院において画期的な治療薬が開発されました!」
高らかなその男の声に、講堂からはおぉという感嘆と大きな拍手が沸き起こった。
そして男は続ける。
「何とその治療薬はディスガッツ病だけではなく、多くの病気に効果を示すことが分かりました。まさに万病を治癒する霊薬、エリクサーが発見されたと言っても過言ではありません。それでは、その治療薬を発見された大賢者をご紹介致しましょう。ルーベンス侯爵家、アンリ・ルーベンス様です!」
割れんばかりの拍手を浴びながら登場したのは、アンリ・ルーベンスただ一人だった。
講堂の中央で立ち止まると、聴衆に向かい仰々しく一礼する。
「治療師学院をご卒業されてまだ数年。しかし、これまで治療された患者は数知れず。そのひた向きな努力と卓越した才能により、この治療薬は生み出されたのです。アンリ・ルーベンス侯爵様を称える事柄は枚挙に暇がありません。それこそ民衆の口にする歌が一曲、いやそれ以上出来てしまう程に。ですが、時間も限られておりますので、早速ではございますが、アンリ・ルーベンス侯爵様によるディスガッツ病患者の治療を始めさせて頂きたいと存じます」
そう言って男がパチンと指を鳴らすと、舞台袖から数人の男が現れ、一脚のイスを中央に置き、そこへ両脇を支えられながら痛みに顔を歪める一人の男を座らせた。
イスに座った男はすぐにお腹を押さえると前かがみになって苦悶のうめき声を漏らし始めた。
そんな患者をよそに涼し気な顔でアンリは口を開く。
「本日は私の治療薬による公開治療にお集まり頂き感謝致します。ルーベンス侯爵家の次男、アンリ・ルーベンスです。ご説明のありました通り、私の日々の診察と、私の同僚であり良き先輩であるクレイグ・ディクソン氏がその診察結果のフィードバックに基づく研究により開発した治療薬です。言わば彼が今回の立役者でもありますので、その名誉を受ける権利があります。つまり、決して私一人の功績ではなく、仲間と共に得た栄光だということです」
その言葉に一層の歓声と、さらには涙を流す婦人さえいた。
「それでは、実際に治療に入っていきましょう。これが、私とクレイグ氏により開発された治療薬です」
そう言ってアンリが懐からあの水色の小瓶を取り出すと、聴衆からは恍惚としたようなため息が一斉に漏れた。
イスに座っていた男も痛みに耐えながら、必死に右手を小瓶に伸ばす。
「さぁ、これを飲めばあっという間に痛みは消え去りますよ」
そう言うとアンリは小瓶にもう一方の手をかざす。
すると、淡いライトグリーンの光が手のひらから漏れる。
それが済むと、小瓶を男に手渡し、一気にその中身を飲ませる。
「ヒーリング!」
今度は男のお腹に両手をかざし、治癒魔法を掛ける。
ほのかな光でじんわりと照らす。
すると、次第に男の顔が和らいでいくのが見て取れた。
そして男がぽつりと呟く。
「い、痛みが……ない」
その瞬間、講堂にいた聴衆たちは立ち上がり、万雷の拍手でそれを称えた。
アンリは再び大きなお辞儀をして見せた。
公開治療は無事成功。
予定調和に粛々とその幕が閉じられようとしていた。
その時だった。
「ちょっと待ってください!」
講堂に響く突然の不協和音。
誰もが予想だにしなかった展開に満を持して登場するのは、舞台袖から飛び出す私。
実は、事前にエドガーさんに状況を説明したところ、当然この作戦に乗ってくれて、公開治療が始まる前に舞台袖へ隠してくれていたのだ。
「クレア・エステル……」
アンリの苦虫を噛み潰したような顔が私に向けられる。
大勢の貴族と初めて会う理事会の面々の、驚異と敵意の入り混じったような数多の視線が注がれているのが肌で分かる。
だが、ここで委縮し、躊躇してしまっては何の意味もない。
大丈夫だ。仲間もいる。
自分の人生、自ら道を切り拓かなければ。
「突然の横入り、大変失礼致します。私は治療師協会ノルン支部所属の治療師、クレア・エステルと申します」
途端にざわつき始める聴衆たち。
私の悪評もなかなかのようだ。
ちらりと理事会の老獪たちを盗み見る。
相変わらず厳しい視線ではあるものの、もう少し静観を続けてくれるらしい。
ここで私がボロを出せば、さぞかしアンリの治療薬の宣伝になるとでも見込んでいるのだろう。
だが、その隙こそが攻め入る好機だ。
「単刀直入に申し上げます。今のアンリ様の治療はディスガッツ病の根本的治癒には至っておりません」
すると、アンリが小馬鹿にしたように笑って答える。
「ハッ! 一体、君は何を見ていたんだ? 先程まで苦痛に耐えかねていたこの男は、私の薬を飲んだことによってすっかり良くなったではないか」
「ええ。そうですね。すっかり良くなったように見えます。ただ、見えるだけです」
「何を言っているのだ? おい、お前の口から実際にどういう状態か言ってみろ」
急にそう振られた患者の男はオドオドとした様子でたどたどしく語る。
「は、はい。ええ、あの、その、さっきまであった腹の痛みが、アンリ様の薬と治療により、何というか、少しずつ引いていきまして、今は、そうですね、ほとんど痛みはありません」
それらの言葉に乗っかるように、聴衆の貴族たちからもヤジが飛ぶ。
「貴様! 一体どういうつもりだ! 平民の女如きが侯爵様を侮辱する気か!?」
「これだから無教養の平民は。私もアンリ様の治療薬で頭痛が治ったのですよ。恥を知りなさい!」
そして、アンリが憐れむような目を私に向ける。
「君の未来が閉ざされるゆえの悪あがきだろうが、いささか往生際が悪いな。最後は潔く散るのが花というものだ」
だが、私はそんなことは意に介さず、平然と先を続ける。
「いえいえ、ですから冒頭申し上げた通り、全くのところ根本的治療には至っていないのです。腹痛も頭痛もそれ自体は病気ではありません。単なる症状です。彼が言っている痛みがなくなったということや、貴族の方が仰っていた頭痛がなくなるということは、症状が緩和された状態なだけであって、実際には病気の原因自体は取り除けておりません」
「何を大層なことを! 馬鹿馬鹿しい! 腹痛に原因だと? そんなもの、腐った物を口にしたか、四体液のバランスが崩れたか、はたまた悪魔の仕業だろう。何はともあれ苦痛は取り除いているのだ。それに何の問題があるというのだ!?」
「問題大ありです。アンリ様。頭痛はともかく、ディスガッツ病は感染するのですよ。根本的な治療を施さなければ、潜在的な患者はどんどんと増えていき、いずれ帝都の住民全体へ蔓延する恐れがあります!」
「やれやれ、今度は恐怖心をあおって私の治療にケチをつける気か。悪あがきもここまでくると度が過ぎるぞ」
「私は治療師として、女神ケレに誓い、真実を申し上げているだけです」
「……貴様。……軽々しく、神への誓いなどという言葉を使うんじゃあない。……真実だと? 何を根拠に言っているんだ!」
アンリの顔がとうとう怒りに歪む。
どうやら上手く挑発に乗ってこちらの土俵に上がってくれたようだ。
社会的信用度というアドバンテージがある以上、にべもなく追い返されては元も子もない。
これで、お互い治療師として対等に戦える。
「もちろん根拠はございます」
そう言って私がポーチから取り出したのはコルク栓のされた小さなガラス瓶だった。
その中には黄土色をしたペースト状の何かが入っていた。
「……何だ、その液体は?」
「これは膿です」
「膿だと!? なぜそんなものを。説明したまえ」
私は待ってましたと言わんばかりに頭を下げると、講堂にいる全ての人に聞こえるよう声を張った。
「ディスガッツ病の重病者の中に、胃の横にある肝臓に腫瘍が出来る症例があります。これは、その腫瘍から瀉血用の魔道針で摘出した膿になります。そして、この膿の中に、ディスガッツ病の原因であるものが存在しているのです」
「ディスガッツ病の原因だと!? まさか!」
「単なる腹痛病として認識されている上、日々の治療で現場の治療師は忙殺されていますからね。ましてや、特区の患者の膿を調べようなんて物好きな貴族はいないでしょう。患者の血便からも原因となる存在は確認出来ますが、なおさらです」
「では、確認してみせろ!」
「ええ。いいですよ」
私は小瓶をアンリに手渡す。
この小瓶はシリンダーと同じような魔法陣が施されており、シリンダーで成分を抽出する時のように魔力を込めると、瓶の中身の成分が把握出来る魔道具で、治療師の間では一般的に使用されている。
まぁ、抽出をしないだけのシリンダーの上半分のようなものだ。
アンリがそれに魔力を込める。
ぼんやりとした光が小瓶をなでる。
そのまま少し経つと、突然アンリがせせら笑って小瓶を突き返してきたではないか。
「何もないではないか」
何もない?
そんなはずはない。
摘出からそれほど時間も経っていないはずだ。
受け取った小瓶の軽く魔力を込める。
……あれ?
問題ない。確認出来る。
不思議に思っていると、先程まで進行を務めていた男が私の肩を叩く。
「グレゴリウス理事が……」
男に促された方を見ると、他の理事と同じく講堂の最前列に座る、長い白髪を垂らした老人が、皺だらけの目で真っ直ぐに私を見ていた。
そして、司会の男がかすめるように私の手から小瓶を取ると、そのグレゴリウス理事と呼ばれた老人に手渡した。
直後、眩い閃光が放たれる。
一瞬だった。
老人が頷き、小瓶を司会の男に返すと、それは私の手に戻ってきた。
「確認出来ましたので、続けよとのことです」
そう言って司会の男は下がっていった。
なるほど。
公開治療の時から薄々感じてはいたが、アンリの魔力は他の治療師に比べて弱いのだ。
だから、確認出来なかったのだろう。
私は説明を続ける。
「この原因となる存在、名前がないと呼びにくいので、仮に民話に出てくる液状の怪物であるスライムにたとえて、ディスガッツ・スライムと呼ばせて頂きますが、このディスガッツ・スライムを退治する方法を試行錯誤した結果、ついに特効薬となる薬草を発見しました」
「何だと!? 薬草があったのか?」
「それがこちらです。トーシャの葉。通称、ゲロッパです」
そして、私はポーチから緑色の葉がたくさん詰まったシリンダーをポーチから取り出したのだった。
それを見たアンリが噴き出すように大笑いしだした。
「おいおいおい! まさか、それが薬草だとでも? それは紛れもない、毒草だぞ!」
それを皮切りに聴衆からも爆笑の渦が巻き起こる。
「もっともらしいことをベラベラと喋っておったがやはり全部嘘だったのか! さすがの私たちでもそれが毒だと知っているぞ!」
「それで奇をてらったつもりかしら? 平民は浅はかねぇ。私たちのように学があれば気付けますわ。オホホホホホホ!」
アンリは自信を取り戻したように話し出す。
「トーシャの葉とは、つまり吐瀉の葉だ。口にすればたちまち強い吐き気を催す毒草だ。通称のゲロッパというのも、口にするのは少々はばかられるが、ゲロをしてしまう葉でゲロッパということだぞ? そんなことも知らずによく治療師資格が取れたものだ」
再び講堂が爆笑に包まれた。
先程までの私とアンリのやり取りに、聴衆たちも雲行きの怪しさを感じていたようだが、今は安堵した様子が見られる。
だが、私は毅然とアンリに向かって言う。
「もちろん、知っています。知っている上で改めて申し上げます。この、トーシャの葉こそがディスガッツ病の根源、ディスガッツ・スライムを駆逐する特効薬に他なりません」
唖然とする聴衆。
アンリも手に負えないといった様子で見兼ねて言った。
「悪あがきもそこまでいけば最早、狂言だ。誰が望んでそんな毒草を口にすると言うのだ? 私たちがその効果を証明出来ないと知っていて、そんな嘘で誤魔化そうというつもりか? 仮に、その毒草に効果があったとして、お前はそれをどうやって知ったんだ? 患者へ無理矢理飲ませたとあれば大問題だぞ」
「そんなことは百も承知じゃよ、小僧」
そう言ってカッカッカッと笑いながら舞台袖から現れたのは、ハーマンさんだった。
横にはアルベルトもいる。
「ディスガッツ病を患った治療師のわしが共同で発見した治療薬じゃ! これで何も文句はあるまい!」
本当の発見者は非人道的な行いをしていたガスパルさんだが、その名が表に出ることはないだろう。
「そ、そんなことが……。では、本当に……?」
「これが真実です。それに、患者に投与して証明せずとも、このような方法で証明も可能です」
私はシリンダーに詰まったトーシャの葉へ魔力を込める。
魔法陣が青白く浮かび上がったかと思うと、光が一面にほとばしる。
「抽出出来ました」
「い、一瞬で!?」
私はシリンダーの下半分に溜まった茶色い液体を、先程の膿の入った小瓶へ注ぎ入れる。
そして、司会の男を手招きすると、その小瓶を手渡した。
察した司会の男は小瓶を受け取ると、グレゴリウス理事へと恭しく差し出す。
グレゴリウス理事が再び目の眩むような閃光を発すると、その光の中、一瞬目を見開いたような気がした。
そして、小瓶を司会の男に戻すと、その目を閉ざすのだった。
「特に異論はないようですので、ハーマンさんと私によって、ディスガッツ病の治療法が確立されたということよろしいですね? 奇しくも公開治療というこの場で皆様に証明することが出来て恐悦至極にございます」
しんと静まり返る講堂。
カッカッカッというハーマンさんの得意気な笑い声だけが虚しく響いていた。
そこへ今にも犬のごとく噛み付かんばかりに歯を剥き出しにしたアンリが吠えかかる。
「……確かに、トーシャの葉がディスガッツ病の特効薬だということは間違いないようだ。それは認めよう。だが、トーシャの葉は毒草だ。吐き気を催す副作用がある。それに比べ、私の治療薬であれば何の副作用もなく、苦痛を取り除ける。一概にお前の治療法が優れているとは言い難い。それに、私の治療薬がディスガッツ病の、そのディスガッツ・スライムとやらに効果が無いと、なぜ断言出来る!?」
なぜ断言出来るか?
そんなの決まっている。
「あなたの治療薬とやらは、気休め程度にブドウの果汁が足された、ただの水だからですよ」
言ってやった。
暴露してやった。
これでついにあなたの化けの皮が剥がれる時が来ましたよ、アンリ・ルーベンス。
だが、アンリは本当に理解出来ないといった表情のままポカンと口を開けていた。
貴族たちもざわつき始める。
様子がおかしい。
何かがおかしい。
不穏な空気が漂い始める。
さっきまで少し私の方へ傾いていた聴衆の心が、一気に元の敵意へと戻ってしまったような気配を感じる。
そこへアンリが汚物でも見るかのような目を向けながら吐き捨てる。
「その言葉は見過ごせんぞ、クレア・エステル。ディスガッツ病の特効薬を発見したからといって、私とクレイグの治療薬を侮辱するとはな。治療師として少しは認めようと考えた私が馬鹿だった。……平民が侯爵家を侮辱した罪、相応の罰を受けてもらうぞ!!」
直後、貴族たちから怒号が矢のように降り注ぐ。
「いい気になりおって! 馬鹿な娘だ!」
「貴様は鞭打ちじゃ済まさん! 二度と平民ごときが口答え出来んよう火あぶりにしてしまえ!!」
「アンリ様の薬の方が優れているに決まっていますわ! 誰が毒なんて飲むものですか!」
呆然と立ち尽くす私にアルベルトがすぐさま駆け寄る。
「なぜアンリの治療薬をけなすようなことを言ってしまったんだい!? 君から手を出してしまっては、流石に私も守り切れないかもしれない……」
そうだ。
アルベルトは知らないのだ。
と言うより、ここにいる貴族たち全員その真実を知らないのだ。
知っているのは理事とアンリだけか。
アンリ……も?
私はさっきのアンリのポカンとした表情を思い出す。
あれは演技だったのか?
いや、でも、アンリがそんな人を欺くような真似が出来るとは思えない。
だとすれば、私が口をついて出てしまったきっかけであるアンリの言葉。
自分の治療薬がディスガッツ・スライムに効果が無いとなぜ断言出来るのか、という問い掛け。
私がただの水だからだとすぐに答えず、トーシャの葉で証明したのと同じことを、アンリの治療薬で行っていたとしたら効果が無いことは明白になる。
それなのに、アンリは私を陥れるため、一か八かでそんなことを言ったのか?
いや、本当に人を陥れようとしたり、人を欺こうとするのであれば、確実な方法を取らなければ意味がない。
と言うことは。
アンリも水だと知らない……?
その瞬間、全てに気付く。
「全部知ってるのは、あの理事たちだけ……?」
協会の上層部たる理事たちはアンリすらも利用していたのだ。
侯爵家たるアンリが頭から信じ切っていれば、そこからボロが出るはずもない。
そして、それを疑う患者など誰一人としていない。
やられた。
私の考えが甘かった。
アンリも真実を知っていると思っていたから、私は刺し違える覚悟でひたすら治療薬について問いただし、必死で隠す尻尾を掴んでやろうと考えていた。
だが、真実を知らないアンリを問いただしたところで何も出てこない。
アンリはスケープゴートに過ぎないのだから。
そこまで考慮された上でのアンリの治療薬の承認ということか。
そして、老獪な理事たちの方が一枚上手だったという訳か。
「……ごめんなさい、アルベルト。でも、これは真実なんです。だから、あの試薬瓶でアンリの治療薬を分析すれば……」
覚悟を決めた以上、最後まで戦わねば。
状況は最悪だとしても、とにかく事実としては私の主張は正しいのだ。
きっとどこかに勝機はある。
だがしかし、そんな私の気概をよそにアルベルトは悲観したように告げる。
「クレア君、残念ながらもうそういうことではない」
「そういうこととは? アルベルトにはお伝えしていなくて申し訳ありませんでしたが、先日、偶然アンリの治療薬を分析することが出来たのです! それで……」
私の言葉をさえぎるようにアルベルトが首を横に振る。
「もうアンリの治療薬がただの水かどうかという話ではない。仮に、それが真実だとして、それを確かめられるのは治療師である君とアンリ、そして理事たちだけだ。当然、彼らはそれが真実であろうと認めるはずはない。……君は、純粋過ぎたのかもしれない。この帝国において、社会的信用を誇る権威者たちが、カラスは白いと言っている。つまり、それは白なんだよ。たとえ、真実が吐き気を催す程のドス黒い邪悪だったとしてもね」
私はようやく理解する。
私が戦っていた本当の敵を。
アンリ・ルーベンスという一人の人間ではない。
ハーマンさんと初めて会った時の言葉が脳裏にこだまする。
……権力者には逆らうな。
治療薬の効果の議論であれば、まだ治療師としての土俵で戦えるという自信があった。
だが、今の状況は絶対的な社会的地位を持つ侯爵家が信じていることを平民の女が覆そうという構図にしかならない。
私には、最初から勝ち目などなかったのだ。
平民、女、それが私の全てだったのだ。
降り注ぐ怒号は止むことはなく、土砂降りの雨の中、私は帝都で一人孤独に立ち尽くすのだった。




