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BAROQUE  作者: ユズリ
8/8

BAROQUE 08

 この内に抱えた汚く歪んだ憎しみの感情を他人に知られるのが嫌だった。いや、怖い。自分はこんなにも歪んだ人間なのだと、それに気づかれるのが怖かった。

 あぁ、もしかしたら、だから俺は他人との付き合いが上手く出来ないのかもしれない。自分の本性を知られたくないから、他人と付き合うのに臆病になっているんじゃないだろうか。

 だって、俺の中には復讐心しかないんだ。あいつを殺すことしか望んでいない。絶対この手であいつを、俺から平穏と両親を奪ったあいつを嬲り殺してやると、俺の心は奥底でそればかりを叫んでいる。

 

 ほら、俺はこんなに汚い人間なんだ。憎悪でしか行動していない。でもそれを知られたくない。だから俺の心を暴こうとしないでくれ。お前はただの他人だろう?

 

 

「……ふぅん。なるほどな」

 

 彼は一人何かを納得したように口許に笑みを浮かべる。彼の態度に俺は戸惑い、同時に恐怖も感じた。

 何を彼は納得したんだ。一体彼は、俺の言葉で俺の何を理解したんだ? 怖い。

 

「なにがなるほど、なんだ?」

 

「いや、こっちの話」

 

 彼は答えてくれなかった。ただ曖昧な笑みを俺に向けるだけ。

 俺が困惑した顔で立ち尽くしていると、彼は唐突に驚くべきことを口にした。

 

「なぁなぁ、俺もあんたの旅についてっていーか?」

 

「はぁ!?」

 

 思わず大声で驚く俺に、彼は「そんなに驚くなよ」と笑う。そういえばいつの間にか彼が俺に対して笑みを見せるようになったなと、その時そんなことを頭の片隅で思った。

 

「な、なんで……」

 

「駄目なのかよ」

 

「……いや」

 

 断る理由はすぐに思いつかなかったが、すぐに彼の申し出を許可する気にもなれなかった。だって彼と上手く付き合っていける自信が、俺には無かったから。

 

 

 

 

 男の旅についていくなんてことを言ったのは、気になったから。俺は随分とこの男に興味を持ってしまったらしい。

 男が内に抱える黒い感情の正体と、その矛先を俺は知りたくなっちまったのだ。きっとこのまま問い詰めてもこいつは答えないだろう。だから旅についてって、それを探ろうと思った。

 

 だけど俺の申し出に、男は戸惑いを見せた。ま、当たり前か。俺は散々この男をいじめちまったし、俺にいい印象なんて微塵も無いんだろう。俺が逆の立場だったら、相手ぶん殴ってると思うし。

 

「頼むぜ。俺もてきとーに一人で旅してんだ。お前殺そうとしたこととか謝るからさ」

 

「でも、その……」

 

 俺はちょっと頭を下げて、「悪かった」と男に言う。男はしばらく無言で、やがて小さくこう呟いた。

 

「名前」

 

「あ?」

 

 顔を上げると、男が困惑した顔のまま俺をじっと見つめていた。

 

「名前、まだ教えてもらってないんだ。名前知らないまま、一緒に旅なんて出来ない」

 

 男は感情の読めない声でそう言う。俺は思わず「そうだっけ?」と言った。すると男の表情がまた少し怒りに変わる。あ、やばい。

 

「そうだ。名前も教えてくれないし、俺のこと気に食わないと怒るし……む、なんかまたとても腹が立ってきた。なんかお前のことが、とてもムカつくぞ」

 

「あー……だから悪かったって。ちょっとイライラしてたんだよ、お前に負けたから。マジで許してくれ。つかこのタイミングでそんなに怒るなよー」

 

 あれ、なんか最初と立場逆になってないか? 物凄く不機嫌そうな顔になった男を前にそんなことを一瞬思ったが、そんなこと気にするよりもさっさと名前を名乗らないともっと機嫌悪くさせちまう。

 

「ユーリだ。俺の名前」

 

「ユーリ?」

 

「そ。よろしく、ローズ」

 

「え……あ、あぁ」

 

 俺はそう言って笑い、男に右手を伸ばす。男は戸惑った顔のまま、多分勢いで俺の右手を掴んで握手をした。

 

 


 

 

 ユーリと、そうやっと名前を名乗ってくれた彼と、俺は結局勢いで共に旅をすることにしてしまった。

 何故彼が俺と旅をしたいと思ったのか、結局彼は答えなかった。でもそれ以上に気になったのが、彼と上手く付き合っていけるかということ。

 

 

「なぁローズ、お前いくつ?」

 

「歳か?」

 

「そーそー」

 

「……十八」

 

「うそ! 俺より二つ年上かよ!」

 

「ってことは、お前は十六なのか」

 

「あぁ。つかお前って同い年か……あー、怒るなよ? 年下かと思った」

 

「そんなに若く見えるのか?」

 

「つか童顔すぎる、お前。まさか年上とは」

 

「そうか……あ、だから先日酒場で注文も聞かれずいきなりオレンジジュース出されたのか!」

 

「なんだそりゃ」

 

 彼はおかしそうに声を出して笑う。なんかそんな彼の姿を見たら、最初は付き合いにくそうだと思った彼も普通の人と同じなんじゃないかって思えて、安堵と共に俺もちょっと笑う。すると彼が突然気まずそうな顔で、俺の左手に視線を向けた。

 

「あ、わりぃ……その手、大丈夫か?」

 

「え? あ、あぁ……多分そのうちに治るだろう」

 

 先日彼に負わされた左手の怪我は、まだ完治していない。でもあの時俺を攻撃した彼は、今はひどく申し訳なさそうな顔で、俺に「ほんと悪かった」と言って頭を下げてくれた。その変化がちょっとまだ信じられなくて、嬉しい。

 

「いや、そんなに気にしないでくれ。こんなの」

 

「……お前って寛大なのか人とずれてんのかよくわかんねーな」

 

 不思議そうに俺を見る彼の反応に、俺もちょっと困惑する。なんだ、俺はそんなに変な人間なのか? それともやはり彼も、自分と考え方の大きく異なる人物と付き合うことが初めてなのだろうか。

 

「ま、でもお前みたいな奴と一緒にやってくのもなかなか面白そうかもな」

 

 そう言って俺に笑顔を向けた彼をみて、俺はまだ少し自信なさげに苦笑いを返した。

 

【END】

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