BAROQUE 07
なんで突然彼が俺と話しをする気になったのかわからない。
「なんで……」
他人というのは本当によくわからない。俺はなんだか意地の悪い笑みを俺に向ける彼をみて、心底そう思った。
「だから、暇つぶしだっつの。いい加減本気で暇なんだよな」
「……随分勝手だな」
彼に対して抱いていた無意識の不満が、初めて俺の口から漏れた。思えば出会ったときから彼は勝手だった。よくよく考えれば、最初から俺は何も悪くないんじゃないか? 俺が彼に謝罪する理由だって無い気がする。っていうか何で俺はこんなに彼に謝っていたんだ。あ、なんかちょっと本当に怒ってきたぞ。
俺の不満を聞いた後も、彼はおかしそうに笑っていた。
「あぁ、勝手でけっこうだ。知らねぇ他人に気を使って何になんだよ。俺に得があんのか?」
「知らない人だからこそ、気を使うものなんじゃないのか? 損得とかの問題じゃなくて……」
「そうか? 少なくとも俺はお前とは反対の考えだ」
「……そう、か」
やはり彼は自分とは違いすぎる人のように思える。彼の考えがわからないのは当然なんだろうな。だって俺とは違いすぎるから。
「そんなことよりお前に質問」
「なんだ?」
適当に返事をしてさっさと部屋に戻ろう。彼の言葉に返事をした俺は、そんなことを内心で思っていた。
だけど彼から向けられた意外な質問内容に、俺は驚いて一瞬硬直してしまう。適当に返事をしようだなんて、すぐにそんな考え忘れてしまった。
「お前なんで旅してんだ?」
「そ、それは……」
俺の問いに、男はまた戸惑った顔を見せた。しかし今までとは明らかに違う戸惑いの表情だと、俺は気づく。それをちょっと疑問に思い、俺は男の答えを待った。
けれどもいつまで経っても男は答えようとしない。どこと無く顔色悪く、男は俺から視線を逸らすように俯いていた。
「なんだよ?」
痺れを切らして俺が声をかけると、男は視線を上げる。それが今までのそいつとは違う、ひどく暗い眼差しに見えた。
「……そんなもの聞いてどうするんだ」
完全に拒絶する声だった。馬鹿でお人よしそうな印象だった男とはまるで違う、どす暗いものを内に抱える者の声。最初に男自身が行っていた通り、こいつは『綺麗な人間じゃない』と俺は思った。
俺はますます男に興味を持った。だって、俺は知ってるから。こういう目をしてる人間のこと。そうだ、俺を憎んでいるはずのあいつも最後にこんな目をしていた。だからもしかしたらこいつは、
「興味あんだよ、お前に」
俺がそう言うと、男はまた押し黙る。しばらく長い沈黙が俺と男の間で続いた。
俺の視線が男に答えを求めていると気づき、やがて男は諦めたのか小さく溜息を吐いて小さく口を開く。
「パンドラを探しているんだ」
「へぇ」
有るかどうかもわからないお宝を探してると、男は答える。
「嘘だろ」
「嘘じゃない! 本当だ!」
「ホントにそんなくだんねーもん探して旅してんのかよ」
俺が疑わしげな視線を向けると、男は険しい眼差しを俺に返した。
「お前にとってはくだらなくても、俺にはそうじゃないんだ」
その男の返事と様子に、どうやら嘘ではないと察する。
パンドラといえばなんでも願いが叶うとかっていう、胡散臭いお宝だったよな。それを探すことも、こいつにとっては目的の一つなのか。あるいはそれすらも、あの暗い瞳に関係しているのか。
色々考えていた時、俺は俺が自覚してる以上にいつの間にか男に興味を持っていたことに気が付いた。そしてちょっと笑う。
「また何か俺がおかしな顔をしていたか?」
男が機嫌悪そうにそう声をかけたので、俺は首を横に振った。
「いや、そうじゃねぇ。……でも、じゃあなんでパンドラなんて探してんだ?」
男の疑問には答えず、俺はさらに問いを重ねる。男はやはり答えを拒絶するように、「何故答えなくてはいけないんだ、そんなこと」と返事をした。あの、歪んだ感情の宿る瞳を俺に向けて。
あぁ、やっぱりこいつは同じだ。きっとこの男はあいつと同じ、深い憎悪を胸に抱えて生きてるんだ。
男のこの目は、ユトナが最後に俺に向けたそれと同じ。『殺してやる』と、誰かに復讐を誓っている。ユトナにとっての俺と同じ、誰かに。