BAROQUE 04
彼の言葉に俺はまたちょっと困ってしまった。
「どうって……言葉どおりの意味、としか」
「意味わかんねぇよ」
彼は俺を責めるようにそう言う。彼が自分と考え方の異なる人間なのだということは先程のやりとりでわかったが、そういう人に自分の考えを伝えるのはとても難しいと思う。ただでさえ俺は自分の考えを他人に伝えるのが得意ではないし。
「もしかして嫌がらせか?」
「え?」
答えに困って沈黙する俺の代わりに、彼が怪訝そうな顔でそう聞くように呟く。「なにが?」と俺が返すと、彼は疲れたような溜息を吐いた。
「だってそうとしか考えられねぇだろ。お前のさっきの答えは、死にたがってるように見える人間を助けたってことだろ?」
「……あぁ」
「ほら、それどう考えても嫌がらせじゃねぇか」
彼はそう言うと、口唇の両端を吊り上げた。
「そう思うなら、それでいいんじゃないか?」
説明など最初から諦めている俺は、そう返事する。それが彼には気に食わなかったらしい。彼はあからさまに不機嫌な顔で、舌打ちを鳴らした。
「す、すまん」
条件反射的に、俺は謝罪してしまう。彼はそれも気に入らないらしく、やっぱり俺を鋭く睨みつけた。
「なんでそうすぐ謝んだよ」
「……なんだかお前が怒ってるから」
「お前は相手が怒ってりゃ無条件にヘコヘコ頭さげるのか?」
「……そう、かもしれない」
力なくそう答えると、彼は「そういう態度が気にいらねぇから俺は怒ってんだよ」と言った。
「そ、そうなのか。悪かった、その……あまり、人と付き合いをしたことが無くて。だから他人との会話とか、正直どうしたらいいのかよくわからないんだ」
困り果てた末に俺の口から出たのは、あまりにも情けない本音だった。けれどもそれを聞いた彼の表情が少し変わる。彼は不思議と俺に興味を持った、そんなような顔を向けていた。
こいつももしかして俺と同じなのかと、咄嗟にそんなことを思ってしまった。いやいや待て自分。そりゃ俺もあんまり人との付き合い知らねぇんだけど、でもこんな根性なさそうな男と自分を一緒にしたくねぇ。それは俺のプライドが許さん。
「だからとりあえず謝っちまうのかよ」
俺がちょっと呆れたように言うと、男は苦笑する。
「そういう性分なんだろう」
「だっせ」
俺がそう言うと、男は困ったような曖昧な笑みを俺に向けた。
「それにしても、お前ってわけわかんねぇ奴だよな」
思ったことがそのまま口に出る。すると男は「え?」と目を丸くした。
「だって嫌がらせで死にたがってる顔の奴を生かしておいて、だけど人にはとりあえず謝る性分って……わけわかんなくね?」
「む、そう言われると……そうだな」
「何納得してんだよ」
「え……あ、すまない」
また素直に謝る男を見て、なんだかこいつと会話するのが疲れてきた。
「……寝る」
「え! またか?」
驚く男に俺は「わりぃかよ」と睨みつけて言った。それだけでやっぱりこの男は情けない顔で「いや……」と首を横に振る。
気が弱いのか、それとも他人が怖いのか。今までのやりとりで、おそらくこいつは後者だろうと俺は思った。そしてわりぃが俺も、どっちかってと他人とは距離を置くタイプだ。こいつとは一生仲良くなれないなと、そう思った。なる気も無いけど。