BAROQUE 02
宿の人からタオルやお湯をもらい部屋に戻ると、彼が目を覚ましていた。それに俺はとても安堵する。このまま目を覚まさなかったら俺はどうすればいいんだろうと、そんなことを考えていたから。
しかし目覚めた彼は初めて会った時のような虚ろな目はしてなかったが、代わりに俺に警戒する険しい視線を向けてくる。当然か。
苦笑を漏らしながら室内に入った俺は、ベッドに横たわったままただ無言で俺を睨む彼に聞いた。
「お腹すいてたりしないか?」
返事は無い。困ったな。
「あー……まだ体、痛むよな」
彼が俺を敵視しながらも襲い掛かってこないのは、まだ体が動かせる状況じゃないからだろう。
「ここは近くの宿で、あー……診療所が遠かったんだ。この雪だし、医者も雪が止むまで呼べないとか。でも宿の人が、お前が動けるようになるまで居ていいって言ってくれてな」
なんか喋ってないといけない気がして、俺はとにかく口を動かす。と言ってもお喋りは得意じゃないから、説明ばかりだ。
「そうそう、丸二日寝ていたんだ、お前。でも良かった、目を覚ましてくれて」
部屋の中央のテーブルにお湯とタオルを置くと、彼が「二日?」と小さく呟いたのが聞こえた。
「そうだ。……俺のことは、覚えてるか」
また答えは無言だった。だけど俺を無言で睨み続ける彼の様子から、返事は察する事が出来る。
「その……えーっと、あれは自己防衛というか……」
彼の向けてくる殺気に怯えながら、俺は彼にそうしどろもどろに言葉を投げかける。
「それにしてもその、うん、やりすぎた気もするんだけど……」
目の前で、怪我だらけでベッドに横になっている彼を見ているとどんどん罪悪感が湧き出てくる。いくら自分の身を守る為とはいえ、やっぱりやりすぎたよな。
「すまん」
そう言って俺が頭を下げると、やっと彼がまともに口を開いてくれた。
「ばら、だったよな。たしかあんたの名前」
思い出した。この黒髪の優男は、気を失う前に俺が襲った男だ。襲った理由は、ただの成り行き。俺が襲ってきたマーダー返り討ちにしたところに、たまたまこいつが通りかかったから。タイミングわりぃんだよ、こいつ。十人近くぶっ殺した後じゃ、今更もう一人殺すのになんて勢いがあれば迷いも動機もいらなくなっちまう。 だからついでに襲っただけだったのに、結果が今のこれだ。この男に返り討ち。なんか俺、だっせぇ。
俺が不機嫌を隠さずに男に「だよな?」と問うと、男は戸惑った顔で頷いた。
「あ、あぁ。うん、ローズ、だけど」
ガキみてぇな面にひょろい体で、たいしたことなさそうなこいつの姿にすっかり騙された。おまけに女みたいな、力の抜ける名前。これであんな人間離れした怪力と、それなりに戦闘慣れした無駄の無い動きで戦うんだから詐欺だろう。ますますこいつがムカついた。
「くそ、死ねローズ」
自分が先に襲ったなんてこと棚に上げて、俺は男にそう吐き捨てる。男も男で情けない顔で、「本当にすまなかった」なんてヘコヘコ謝っていた。馬鹿かこいつ。
「あ、お前の名前は」
「答える必要あんのかよ」
「うぅ……」
部屋の空気の乾燥で喉が痛むせいか、悪態をつく声も掠れる。でもそんな俺の言葉にも怯えたように縮こまる男が馬鹿みたいに見えて、俺はさらに苛立った。俺の嫌いなタイプだ、こいつ。