BAROQUE 01
赤と白、全く違う主張をするその二つの色が混ざり合っていた。それが俺たちの出会い。
何処までも続きそうな白の雪景色の中で、彼は静かにそこに佇んでいた。
深々と降り続く雪を否定するかのように、彼の周囲に広がる鮮やかな赤の色がひどく印象的で、俺も思わず足を止める。立ち止まった俺の足元には、名も知らない誰かの腕が紅く転がっていた。
視線を彼に向ければ、彼の周囲にはもっとたくさんの、今はもうただの肉片となった人の残骸が赤を散らして転がっている。彼が殺したんだろうか。
純白を汚す赤。いや、侵蝕しているのか。
赤も白もとても綺麗な色のはずなのに、今この時だけはとても不吉で、そして残酷な色のように思えた。
彼が俺へと視線を向ける。雪の白に近い色の銀髪、それを全身と同じように紅く染めている彼は幼さの少し残る顔つきをしている。彼はまだ歳若い少年だった。
生気の無い、ひどく虚ろな灰色の瞳で俺を見た彼は、掠れる声で一言呟く。
「あんた、誰?」
白と銀と、そして赤。その、色のコントラスト。どれも綺麗な色のはずなのに、今はただ気持ち悪いという感想しか抱かない。なにより彼には、こんな色似合わないと思った。
異端なのは、不自然に鮮明な血の赤。儚い雪のような彼には、力強く生を主張するそんな色似合わない。
「ローズ」
別の、どうでもいい思考をしながらも、自分の口からは彼の問いへの答えが無意識に紡がれていた。
「ばら、か。変な名前」
自ら問うておきながら、心底どうでもよさそうな顔で彼は返事する。そうして彼は右手を僅かに掲げた。
彼のその手には、一本の銀の短剣。綺麗なはずの白銀色の凶器は、今は誰かの血で汚れている。それでも掲げられた殺戮の凶器は、雪の白を反射し赤を滴らせながら鋭く輝いた。
「……じゃ、ローズさん。わりぃが死ね」
短い、唐突な彼の死を告げる宣告。そして迫る、白銀の殺意。俺の目に映るのは、白と銀と、淡いその色には少し色が強すぎる赤だけ。
「あぁ、やっぱり合わないな」
彼の短剣が迫るのを他人事のように思いながら、俺はそんなことを呟いていた。
長く夢を見ていた気がする。彼女の夢だ。悪夢だった。
悪夢から逃れたくて、俺は目を開ける。それが悪夢の続きだと、未熟な俺はまだ知らずに。
「……」
見上げた天井は白い。雪のような冷たい白さではなく、暖かさを感じる乳白色の天井。それを灰色の目に映しながら、俺は声にならない声で「どこだ」と唇を動かした。
体が石のように重い。声も出ない。空気が乾燥しているのか、喉が痛くて乾いていた。視線を天井から側の窓に映し、そこからはらはらと落ちる雪を見たとき、俺は初めて自分が仰向けで寝ていることに気づく。背中に感じる弾力の無い柔らかさは、安物のベッドに寝かされているということだろう。俺は反射的に体を起こそうと した。しかし重い体は俺の意思に反して動かない。よくよく見ると俺の体は、包帯や治療テープだらけで大変なことになっていた。それでも無理矢理体を動かすと、鈍い痛みが体中のあちこちで生まれて、俺は掠れる声で悲鳴をあげた。
「いっ……て」
それでも首を動かして現状把握に務めようとする。四角い空間。安物っぽそうな、質素な家具が数点。俺はどこかの部屋のベッドに寝かされてたと理解するのにそう時間はかからなかった。
先程窓から見た外の景色は熱の無い雪景色だったが、部屋では燃料を燃やして暖を取る暖房器具が稼動しているため暖かい。熱を生む紅の炎をぼんやりと見つめていると、俺はここに寝かされる前の記憶を少し思い出した。
「……俺」
入り口のドアが唐突に開かれる。思わず俺は、ベッドに横になりながらも身構えた。
「あ、起きたか」
ドアから顔を覗かせたのは、能天気そうな男の笑顔。東方出身者を示す黒い髪と、幼い心象を与える大きめの黒い瞳が珍しく思えて、そこに自然と目がいく。どこかで見た顔だと、それを考えているとさらに男は俺に声をかけた。
「だいじょうぶ、か?」