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聞き込みを開始します!

 まずは、化粧直しから戻ってきたぺこんちゃんに力を借りるとしよう。



「でも、ホントにどうしたんでしょう、不破さん。律さん、心当たりないんですか?」



 ぺこんちゃんがお饅頭のフィルムを剥がしながらこちらを窺っている。


 私は再度、不破の様子を思い浮かべてみた。



「うーん。今日はほとんど話してないし、出張に行く前もこれといって、ね」


「不破さん、律さんのことはよく気にかけてる感じしますし、あの、好きなんじゃないかなって、思うんですけど……不破さんも律さんとは会話続きますし」


「まさかぁ。不破の沈黙に負けないで話せるのが、私くらいしかいないだけよ」


「そうでしょうか……?」



 大きく首をかしげるぺこんちゃんの不満そうな顔に、私も少し頭を悩ませた。


 ぺこんちゃんとぐろちゃんをもやっとさせたまま午後の仕事に入るのはいやだけど、一応いい方向の奇行とも言えるのよね。


 あんまり突っ込むと、相手は照れ屋界の日本代表みたいなあの男だもの。


 意識しすぎてちょっとの返事さえしなくなることも考えられる。



「不破が何を考えてるかはともかく、誰か不破に入れ知恵をした人がいるのは間違いないんじゃないかしら。あんな気の利かせ方、自分で思いつくわけがないわ」


「律さんの不破さんに対する、その手の信頼が厚すぎます。でも、不破さんをその気にさせられる人なんているでしょうか」


「私とぺこんちゃんじゃなければ、課長と係長とぐろちゃんくらいしか、そもそも不破の眼中に入らないわよ。あんな性格でよく爪弾きにされないでいるわよね」


「それは、えーっと、不破さんしか把握してない仕事が多すぎるからですよね……」



 濁そうとした上に失敗している。ぺこんちゃんの言葉のとおりすぎて、つらいわ。





「おう、律。研修楽しんできたか? はっはっは」


「有意義な内容でした。研修に出してくださって、ありがとうございます」


「はっはっはっは」



 次の聞き込み。



 朝は会うことのできなかった緑沢課長が席に戻ってきている。


 笑い声とリアクションの大きな緑沢課長をターゲットにするわ。



「さっき? 見てたぞ。はっはっは。お前ら、普段は律が不破の世話焼いてんだから、たまに不破から世話焼かれるくらいでちょうどいいんじゃないか?」



 うちの係のみんなが仲良しなのは、課長のおかげ。


 就職したてで一年目のぐろちゃん、二年目のぺこんちゃんを楽しい雰囲気で育てていこうという課長の方針で、すごく距離が近いの。



 職員が一人転職しちゃって、そのすぐあとに出産を機にもう一人抜けちゃったから、ちょっと過保護に見守られているのよね。


 甲斐あってか、うちの係には笑顔が多い。


 いい課長なのよ。



「普段私に世話焼かれても気付きもしない人があんなこと、いきなりするって変じゃないですか?」


「不破だって年頃なんだし、女性との接し方についてちょっとは考えたんじゃないか?」


「そんなに殊勝かしら」



 何なら、彼に年頃という概念があるかどうかすら、疑問である。



 厚ぼったい前髪を七三分けにして、いつも同じようなネクタイばかり締めているあの男に、年頃とは。


 ハンカチさえ選ぶのが面倒だと、同じ柄のものをまとめ買いしているのだ。



「不破だって物を考えることもできるんだぞ。律にフォローさせてばっかりだと、そのうち愛想尽かして話聞いてもらえなくなるぞ、ってこの前説教しておいたからな」


「課長、そんな説教してくださってたんですか。いつのことですか?」


「ついこの前だぞ。あいつがお前(あて)の問い合わせさばいてるときに仏頂面だったからな」



 課長は不破が仏頂面のときと普段の違いがわかるのかしら。いつも仏頂面みたいなものだけど。



「じゃあ、課長に言われて私に気を遣ってる可能性があるのかしらね」


「かもしれないなぁ」



 課長の言葉はちょっとしっくりしない。


 そう思いながらもデスクに戻りかけると、ぺこんちゃんは電話を受けていて、戻ってきたぐろちゃんがデスクに煙草の箱を置いたところだった。





 ぐろちゃんも、さっきは面白いくらいびっくりした顔をしてたわね。


 あの感じからしてわかっていそうには思えないけど、不破と一番やりとりが多いのはぐろちゃんだし、訊いてみようかしら。



 私はぐろちゃんの席に回り込んだ。隣で空いたままの不破の椅子を手繰り寄せ、しばし借用するとする。



「ねえ、ぐろちゃん。ちょっと教えて」


「なんすか? 律さん」



 調子に乗りやすいところを除けば付き合いやすい性格のぐろちゃんが、人好きのする顔で応じてきた。



「不破、なんで今日に限ってあんなことしたんだと思う?」


「いやー、それは……」



 ちらちら周囲を見回したぐろちゃんが、不破が近くにいないことを確認して話す体勢を取った。


 ちらっと向かいのデスクのぺこんちゃんが受話器を置いたのも見ていた。



 配慮ができていてなかなかえらい。


 と、思いきや、状況に安心したのか特にひそめもしない声で答えてきた。



「そりゃ不破さん、律さんに気があるからじゃないんですか?」


「律さんはそれ以外の結論でお願いしたかったよ」


「だってさあ、午前中も不破さん、一仕事終わるたびにちらちら律さんのほう見てましたよ。ってゆーか、ここ最近そういうこと多いです。俺、不破さんと席となりだから結構そういうの見えちゃうんですよね」



 まずい、謎が増える。


 それよりも否定が先か、と身を低くしてこそこそと話す。



「いやいや、今更ないない。それに私、付き合ってる人いるし、不破も相手のこと知ってるわよ」


「そ、そうなんですか」



 空気を読んでぐろちゃんも私と同じ顔の高さにして、小声で反応した。



「じゃあ、ますます不思議ですね。不破さん何狙いなんでしょう?」


「それなのよね」


「直接訊いてみました?」


「訊いたわよ」


「返事は……」


「むっすりしたまま、沈黙」


「うわー、やりそう」



 こそこそと笑いあったところで、ぺこんちゃんがメモを持って回り込んできた。



「二人とも、不破さんそろそろ戻ってきちゃいますよ」


「まずいまずい」


「ぐろさんにはお電話きてましたよ。明日の合同会議、ご不幸で一人欠席だそうです」


「お。ありがとうございまーす、ぺこんさん。律さん、後で次第と司会の原稿見てもらっていいっすか」


「いいわよ。できたら持ってきて」



 残念ながらタイムオーバー。


 お昼休憩の間には解決しないまま、午後の仕事に突入してしまった。


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