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これは大事件よね


「昼だー! 腹減ったぁ」


「律さん、食堂いきましょう」



 新人組が時計の針を凝視していたかのようにお昼ぴったりに立ち上がった。


 職員数に対して席が少ない上、日替わりの格安定食が数量限定だから、うちの職場は全体的にお昼休みに対して前のめりな傾向がある。



「ごめん、先行ってて。切りがいいところまで書いてすぐ追いかけるわ」


「わかりました。席確保しておきますね」


「不破さんも電話中みたいなんで、終わってたら連れて来てください」


「はーい。わかったわ」



 カラ返事で見送り、あと一息で終わる研修要旨に集中する。


 途中、不破が電話を置くのが見えて、続いてメモにペンを走らせる音が聞こえたが、あと二行、あと一行、と顔も上げずにカウントし続けた。



「よし。おしまい」



 ふう、と背もたれに寄り掛かって顔を上げると、いいタイミングで不破が席を立った。



「不破、お昼行きましょ」



 昼食を抜いて働きがちな不破に声をかけると、不破は暗い色の瞳でちらりと私を見てくる。



 感情の見えない表情。


 感情に振り回されることを恐れるように、不破は喜怒哀楽のどんな感情も顔に出さない。



 私も当初は同僚のこの目にびくついていたこともあったわ。


 今は不破の考えてることなんて大体わかるけど。



 この反応は「行くのも面倒だけど断るほうがより面倒だ」よ。



 案の定、不破は返事もしないで財布をポケットにねじ込んだ。



「係長、お昼行ってきます。早めに戻りますので、すみませんが……」


「行ってこい」


「はい」



 係で唯一愛妻弁当を持ってくる係長が、昼休みにはいつも電話番に残ってくれる。


 部下は悠々と揃って昼休憩に入るってわけね。


 その分、早めに席に戻って係長が休憩できるようにするのだけれど。





 廊下の手前でこちらに背を向けて私を待つ不破の背中に、今更だけど呆れるわ。



 私が来るのを見ると、さっさと歩き出すの。


 はいはい、行きましょうか。私はあなたの母親でも奥さんでもないんだけどね。


 その辺、勘違いして甘えたりしないで、もうすこし成長してほしいものね。



 とりあえず、言葉で説得してみるところから始めるとしましょうか。



「私、あなたの靴下の在り処なんて知らないわよ」


「何の話だ」


「だからあなたの歩き出した意図だって言われないとわからないし、私の昼食相手が決まったのかどうかも判断つかないんだからね」



 不破は一瞬、莫迦なことを言うな、わかるだろう、という顔をしたが、こちらの意図することが伝わったのか、ああ、とらした。



「わかった」



 それだけ言って、食堂の扉をまたいだ。


 駄目ね、全然わかってない。





 苦笑した私の目の前に、トレイが差し出された。


「んん?」



 食堂はセルフサービスだ。


 そして、私にトレイを差し出しているのは、なんと不破だ。


「え? ありがとう?」



 不破にこんなことをされたことはない。


 戸惑いながらも受け取る私のトレイに、不破が無言であれこれ乗せていく。


 お箸、おしぼり、サラダ皿。



 その淡々とした様子を見ていると、動揺するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。


 まるで無感動的に子どもの世話でも焼いているみたい。あくびが出るわ。



 さて、彼にこの芸を仕込んだのは誰なのかしらね。


 不破の考えることはよくわかる。


 不破は自主的に人の世話を焼くような感情の機微は持ち合わせていないわ。



 自分のことは誰もが自分ですると思っているし、それだから、自分が誰かのために気を利かせなきゃいけないなんて思いつきもしないのよ。



 だからこそ、誰にそそのかされたにしても、この行動は不可解。



「どうしたの?」



 訊きながら不破の顔を覗き込むと、何か言いたげな目をしている割に口元はむっすりと結ばれている。


 これは話しそうにないわね。





 いくつかおかずを乗せ、社員証で支払いを済ませると、目をまんまるにしたぺこんちゃんと目が合った。


 ぐろちゃんも不破の顔を二度見している。


 二人とも、見ていたみたいね。



 二人が取り置いてくれた席に座ると、すぐさま、ぐろちゃんが身を乗り出した。



「なに? なんで不破さん、律さんにだけお箸とか取ってあげちゃってるんですか」


「ほんとよね。なに? これ。不破どうしちゃったの? 私のいない間に何かあった?」


「私たち、昨日は不破さんと並んで食堂入りしてますけど、こんなことありませんでした」



 ぺこんちゃんも大きく手を横に振って話に食いつく。



 こんな小さな親切で珍事扱いされるなんて、不破の日頃の、他人への関心のなさが突き抜けすぎよね。


 そして、渦中の男は無反応でサバの味噌煮を咀嚼している。



 そういうとこだぞ。

 




 食後、煙草を吸いに行ったぐろちゃんとコーヒーを買いに行った不破を置いて職場に戻った私たちは、加賀係長と休憩を交代した。


 ぺこんちゃんの好意に甘えて、先に化粧直しをして戻ると、デスクに置いていたスマートフォンに通知が表示されている。



『律、お疲れさま。食堂のあれ、不破さんどうしたの? 全然イメージじゃないんだけど』



 淳也に見られてたみたいね。


 あの時間の食堂はいろんな課の人で溢れかえってるから、不思議でもないわ。



 特に不破は遠くからでも頭半分飛び出して見えるくらい背が高いし、会話にならないくらいの無愛想さで有名だから、悪目立ちするのよね。



『そうなの。私もびっくりよ。どうしたのかしらね』


『不破さん、律には気を許してる感じあるよね。ちょっと妬ける』



 待って。


 これ、わざわざ昼休憩にメールで伝えてくるほど気になってるってこと?



 そういえば、淳也は付き合う前から私と不破の仲がいいことを気にしてる節があった。


 それどころか「不破さんと付き合ってるの?」と訊かれたこともあった気がする。



 これはもしかして、淳也のこと不安にさせてるんじゃないかしら!



『不破のことだから深い意味なんてなくて、絶対にくだらない理由よ! 私、解明してみるわ』


 こうして私は、不破が私のことを好きなんかじゃない証明をすることになった。


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