第1話:国家未来予報士
「明日未明、自宅のトイレ前であなたは殺されるでしょう」
ホラーである。
目の前で笑みを浮かべる金髪ストレートロングの美少女。
夜道で迷っていたように見えたので声をかけたら、突然、死の宣告を受けた。
「えっと、別にナンパとかじゃなくて……」
「ヘルメットを着用して睡眠を取ることをオススメします」
雨降りそうだから傘持っていけみたいなノリだ。
妙に滑舌が良く、背筋、佇まいは、まるでテレビで見るアナウンサーのよう。
ピンク色のスーツ姿で、スカート丈はひざ下。首から「入局許可証」と書かれた札を下げているので、本当に局のアナウンサーさんなのかも知れない。
でもどう見ても同い年、高校一年生くらいの幼い顔立ち。アナウンサー志望の中二病少女か? 可愛いのに勿体無い。
しかし、なんにしても発言と不気味な笑顔が怖いので、俺は立ち去ることにした。
「なんかすいません……一応、交番はこの道まっすぐ行って、三番目の十字路を左に曲がればあるんで。んじゃ、失礼しま−−−ひぃっ⁉︎」
早足で目の前に迫る碧眼。昼間だったら嬉しい美少女の笑顔も、今では某ホラー映画のテレビから出てくる黒髪少女並みの恐ろしさだ。
俺は恐怖のあまり直立不動のまま固まった。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
「……は、は、はい?」
すると少女はゆっくりと離れて行く。ぺこり、と頭を下げると、機械的な動きで180度ターン。そのまま交番の方向へと進み始めた。
「死なないでね、赤部くん」
少女の後ろ姿が残した言葉。
赤部……それは紛れもなく、俺の名字だ。
「なんで俺の名字を……」
「さぁ、どうしてでしょう?」
「え……?」
「ん? どうしたのですか、赤部海斗さん?」
金髪の少女とは違う声。幼い少年のショタボイスが背後から聞こえた。
俺は恐る恐る振り返る。
「どうもこんばんは。突然ですいませんが、死んでくれますか? 僕、今とーっても人を殺したい気分なんですよ! あ、できれば最初に右目をくり抜かせて……って、逃げないでくださいよ〜」
デカイ包丁を片手に持った金髪短髪のランドセルを背負った小学生。
てかなんで小学生が夜10時に外をうろついてんだ?
そんな疑問を抱きながらも、俺は走る。夜道を駆けて駆けてかけまくる。
中学までは陸上部だったのが、こんな場面で役に立つとは思いもしなかった。
殺人ショタから逃げる日が来ると分かっていたら、朝練もサボらずに出ていたのに。
ってか俺どこ行けばいいの?
なんで命狙われてんの?
何がどうしてこうなったの?
あれか、神様が俺の下心を見抜いて罰を与えたのか?
さっきの金髪美少女にあわよくばの期待を抱いていたのがバレていたのか?
「あああー! もうわっかんねー! 誰でもいいから助けて! 助けてください!」
叫んでも、夜の住宅街の人通りは少なく、誰も来てはくれない。
自宅まではここから歩いて15分の距離。家に逃げ込んだとしても、家族が巻き込まれたら元も子もない。家バレを防ぐためにも、ここはあの交番に……
「待ってくださいよ〜赤部さーん! 僕とキャキャウフフしましょうよ〜!」
「誰がそんなこと……って、お前本当に小学生なのか⁉︎」
俺は全力疾走している。それなのに、距離がさほど開いていない。
一瞬振り返った分のロスも合わせて、目測でおよそ5メートル。
ヤバイ。追いつかれるかもしれない。高校でも運動しとけばよかった。
「あああああ、もう! 来んな! 返り討ちにすっぞ、クソガキ!」
「え〜それは困るな〜。でも……それは僕と遊んでくれるってことですかね〜?」
「ちがっ……」
なんで俺は悠長に会話なんて。
自分を戒めた俺は、200メートル走のコーナリングの感覚を思い出し、十字路を滑らかかつ鋭く曲がる。
このまま真っ直ぐ、三つ先の十字路を過ぎたところに目的の交番がある。
もう限界寸前の肺を気力で働かせ、一つ目、二つ目の十字路を通過。
さっきと変わらぬ距離で、殺人ショタは笑いながら俺を追いかけてくる。
今夜は随分と気持ち悪い笑い方する連中と出会う。でも笑ってくれるだけマシか。俺、笑ってくれるような友達今までできたことなかったし。不良みたいな見た目で名前は海斗。何かと怖がられていた。部活でも一人ハブられていたっけな。女子に話しかければ逃げられるし、男子はそんな俺を邪険にしていたし。「なんで不良になっちゃったの? 先生にだけは話してくれてもいいでしょ?」とか生徒指導の女教師によく聞かれてたっけ。だから高校では帰宅部に……
ってなんだか、思考速度が早くなってないか?
過去のことを思い返しているし、これはもしかして、噂に聞くフラッシュバックとやらでは……
「あぶな……きゃっ⁉︎」
「うおっ」
バタン!
交番を目前に、俺は衝突事故を起こしてしまった。
「いったたた……すいません。大丈夫……あ、さっきの」
「あ、さっきの、じゃないですよ! この服の汚れどうしてくれるんですか? 弁償ものですよ、弁償もの!」
俺が覆いかぶさるような体勢で、幸いアナウンサー擬きの少女にも怪我はなかったようだ。自分の身よりも、服の方を気にかけている。本当によかっt……
「よくない! ごめん、俺今急いでて……」
走り出そうとしたところを、金髪少女にパシッと手を掴まれた。
「逃がしませんよ! これ、借り衣装なんですから。私、自腹は嫌です!」
「そんな場合じゃなくて、今殺人ショタに追われてる最中で」
「言い訳は通用しないですよ、赤部くん! ここには私たち以外の誰もいないじゃないですか!」
「そんなはずは……」
俺は来た道を振り返った。
そこにはランドセルも、包丁も、あの不気味な笑顔も見当たらない。
全部悪い夢だった? 白昼夢、いや今は夜か。
殺されると言われたから勝手に妄想を……にしてはリアルだった。
「そ、その前に……どいて、くれませんか? この体勢は恥ずかしいです」
「あ、ごめんなさい。今すぐに」
この体勢をキープしたのは君じゃなかったっけ? なんてことは聞けない俺は、言われるがままに立ち上がった。
金髪少女に手を差し伸べたが、「結構です」とご立腹に頬を膨らませて断られた。
ピンクのスーツに付着した土埃を手で払い、先ほどとはうって変わって仁王立ちのようなポーズで俺へと怒りの視線を向ける。
「そこ、交番ですよね? 弁償してくれないならお巡りさんに言いつけちゃいますよ?」
可愛い。俺は数秒間、少女に見惚れていた。
それに、返す言葉が見つからない。殺人ショタという物証がない限り、俺は弁償を避けられないだろう。
色々と立て続けに起こり、少し錯乱している俺は、全てを丸く収めるために両膝を地面につけた。
「な、なにをしているんですか、赤部くん?」
困惑する少女。しかし俺は、何も言葉を返さない。
続いて両手を地につけて、体を支える。肘をゆっくり曲げ、腰を落とせば完璧な謝罪の完成だ。
「12回払いでお願いします」
「……仕方ないですね。妥協します。国家未来予報士として、私もある程度は寛容でないといけませんから」
んんんん? やっぱり頭打ったのかな、この子は?
混乱した俺は土下座の体勢のまましばらく固まりつづけ、結果、「路上で額を擦り付ける不審者」として交番でお世話になることになった。
やっぱり人生、そううまくはいかないな。