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** 8 **

 *


「和花本当ごめんね。こんなところまで誘ったりして」

「ううん。私もこのお店来てみたかったの。それに奈桜子さんとお茶したかったから、誘ってもらえて嬉しい!」

 スタバで余興の打ち合わせをした数日後、

 私と奈桜子さんはドライブがてらアパートから車を一時間ほど走らせたところにある、古民家風オーガニックカフェにやって来た。


 市街地から少し離れ田園が広がるここは、街のような喧騒などなくのどかで静か。隠れ家的スポットで密かに人気があった。

「ここ、緑が多いし、風が気持ちいいねぇ」

 そよ風が優しく奈桜子さんの長い髪の毛先を揺らした。


 仕事が休みの今日は、とても天気が良くて暑いくらい。パラソルと新緑の葉が日除けになって、隙間からは柔らかい光が差し込む。

 昼下がりにお店の外の中庭オープンカフェテラス席で食事をしているのは、私と奈桜子さんだけ。貸しきり状態だった。


「実はね、今日和花とお茶したかったのには理由、……お願いがあるの」


 こんな遠くまで来れば知り合いに会うことはまずない。他のお客さんとも離れている。

 それなのに、菜桜子さんは声を潜める。

 元々ここへ来たいと言い出したのは菜桜子さんの方からだった。よっぽど何か大事な話があるのかもしれない。

 私は少し緊張しながらも微笑み、「なに?」と聞き返した。



「式の余興を頼みたいの」

「えっ、余興? 私が……!?」

 心構えをしたつもりだったけれど、予想外すぎて声をあげた。

「うん。でもたぶん簡単なはずよ。……京介や瀬名くんには内緒にして欲しいの」

「ふ、二人に内緒!?」

 それはハードルが高い!

 私が目を丸くしていると、

「ごめん、そんなに難しい話じゃないわ。ちょっと相談があるだけ。そんなに深刻な顔しないで?」


 奈桜子さんは申し訳なさそうに眉尻をさげながら笑った。



 瀬名さんを中心に進めているフラッシュモブは、新郎の京介さんサイドの余興で、奈桜子さんには内緒だった。

 新婦側の余興まで引き受けてしまったら、私はダブルで準備しないといけなくなる……た、大変っ!


 微笑みながらも動揺し固まっていると、奈緒子さんはゆっくりコーヒーを横に退かして、身を乗り出した。


「あのね、実は、……――」

 奈桜子さんはさっきより声を潜めて、私にお願いの詳細を話してくれた。






「――……ええっ!?」

 しばらく顔を寄せ合うように話を聞いていた私は、奈桜子さんからの相談の内容を聞き終えると、飛び退いて驚いた。

 そしてショックのあまりそのままフリーズ。奈桜子さんを見つめた。


「……まさか、そんな、うわあっ……奈桜子さんが……。あ、でもさすが奈桜子さん!……それよりそんな大役を、私がしていいの?」

 聞かされた事実とまるで想像もしていなかったお願いに、パニックでオロオロした。

 奈桜子さんは、にこり。でも目は真剣な色を浮かべて言った。

「和花ちゃんに頼みたいの。お願いしてもいい?」


 責任重大……!

 もし、私が失敗すると奈桜子さんに恥をかかせてしまうかも……。

 だけど、大好きな奈桜子さんからの立ってのお願いだし、断るなんてできない。むしろ……

「……分かりました。協力しま、ううん。協力、させてください!」

 ……不安は大きいけれど、そんな素敵なことに携われるのなら、イエスと答える以外ない……!


「ありがとう! 和花なら協力してくれると思ってたの!」

 奈桜子さんは目をキラキラと輝かせて私の手を取った。

「あ、これ、絶対内緒ね? 私と和花の二人だけしか知らない、約束!」


「は、はい……。隠しごと、得意じゃないけど頑張る……」

 私はごくりと唾を飲み込むと同時に頷いた。



 協力の内容自体はそこまで難しいものではなかった。

 問題は、“サプライズをするために、内緒で行動しないといけない”ということ。


 瀬名さんはとても勘がいい。

 ダンスの練習の時、京介さんにバレない様にはもちろん、私が瀬名さんに隠し事をし通せるかどうかが一番の問題だった。

 ……とにかく、瀬名さんには気をつけよう。勘づかれない様にしなくちゃ!



「ね、ところでさ、一つ、聞いてもいい?」

「……なあに?」

 頭の中がまだプチ混乱の中、残りのコーヒーを啜っていると、奈桜子さんが少し聞きづらそうに話を切り出してきた。


「瀬名くんとは最近どうなの?」

 私は飲んでいた熱いコーヒーを、ごっくんと飲み込んだ。

「……な、なにって……別に何も。変わりないよ……?」

 無理やり笑みを浮かべながらそう答えた後、奈桜子さんから視線を逸らした。

「連絡は取ってないの?」

「連絡は取ってるけど、別に頻繁には……」

「より、戻さないの?」

 私は思わず、コーヒーカップからコーヒーをこぼした。

 急いでおしぼりでテーブルの上を拭く。


「復縁したらどう? 瀬名くんと」

 拭き終え視線をあげると、奈桜子さんはにこにこと微笑んでいた。

「そもそも未だに私、二人が別れたの納得いかないの」

「……奈桜子さん、待って! ない。ありえないです! 私たち、終わりました。それに、瀬名さんにはもう、彼女がいると思う……」

「和花ちゃん以外に彼女? 嘘、いるの?!」

 奈桜子さんはビックリした様子で、目を丸くした。


「ちゃんと確認してないけど、たぶん。……由香さんと」

「え、由香? ないない! それこそありえないわ!」

 まるで私の話しを打ち消すように、奈桜子さんは手を顔の前で振りながら言った。その様子に私の方がむきになった。

「こないだ二人を見たんだけど以前より仲がいい雰囲気だったの。それに最近頻繁にサーフィンに行ってるみたいなの」

 余興の打ち合わせで二人から感じたことを私は正直に打ち明けた。

「サーフィン? それ、京介ともよく行ってるよね?」

「うん」

「あの三人が仲がいいのはずっと前からでしょ。それに、私もたまにサーフィン一緒に行ってるわよ。こないだは休み会わなくて私は行かなかったけれど」

 奈桜子さんはふわりと笑みを浮かべた。


「え。そうなの?」

 奈桜子さんとも行ってたなんて、知らなかった!

 ……サーフィン抜きにしても由香さんはしっかり者で明るいしさばさばしてるから、瀬名さんには由香さんのような人の方がお似合、……」

「ん? 和花ちゃんは、由香と瀬名さんが似合うから別れたんだっけ?」

 笑顔で奈桜子さんは、すぱんと切れよく私の言葉を遮った。


「……ううん、違う。喧嘩の延長線でそのまま……。由香さんは関係ない、です」

 私の声は尻すぼみになった。

「ごめん。私さ、実は最近まで和花たちはただの喧嘩をしているんだって思ってたの。すぐに仲直りするだろうって、そっとしておこうと思って今まで詳しいこと聞かなかったんだ」

「……え?」

 驚いて目を丸めた。

「だけど、本格的に別れているみたいって京介から聞いて……。二人は気まずくて戻れないのかな? とか、でもあの瀬名君がそんな理由で?! とか色々疑問に思ってたの」

 奈桜子さんは少し悲しそうに笑いながら私を見た。


「……ごめんなさい。本当は瀬名さんに会わせてくれた奈桜子さんにはすぐにちゃんと説明しなくちゃいけなかったのに、私、ずっと自分の気持ちの整理がつかなくて……」

 私は、深く頭を下げた。

 瀬名さんと別れてから今日までの数ヶ月間、私は奈桜子さんに別れた報告はしていたけれど、詳しい理由をちゃんと話していなかった。


「別れたきっかけは些細な口論だったけど、でもそもそもでもう限界だったの。……瀬名さんは悪くなくて、私が、悪いの」


「……話、聞かせてもらえる?」

 奈桜子さんに心配するような優しい瞳を向けられて、私はこくりと頷いた。

「……瀬名さんと別れたきっかけは、ほんの些細な口論からだったの」

 ゆっくりと、重い口を開いた。



 ***



『いつも他人に合わせて疲れない? 自分の意見をもっと言ったら?』


 瀬名さんと久しぶりにデートした帰りの車で、私は仕事の悩みを溢した。

 図星を突かれ、自分から相談しておきながら瀬名さんから言われたこの一言で、私はむきになってしまった。


『自分の意見ばかりを人に押し付けたくないの。 意見が違って気まずくなるのも嫌だし、和を乱したくない。私さえ我慢することで丸く収まるならその方がいいの』

『だけどそれでストレス溜めて悩んでいるんだろ。相手が職場の同僚だろうが、……自分の親だろうが、自分の意見はもっと言っていいんだよ? もしそれで気まずくなったら、あとで謝って仲直りすればいい』


『……私は瀬名さんじゃないんだよ。そんなの無理よ』


 その言い方にはトゲがあったと思う。

 親に自分の意見を言う? それがどんなに難しくて困難なことか。長年悩んできたことか。私には簡単なことのように、さらっと言って退ける瀬名さんに腹が立った。

 自分に自信がある瀬名さんだからこそ、自分の意見が言えるんだって……。


『私ね、本当は、こんな言い争いみたいなのも好きじゃないの』

「争いじゃない。話し合いだろ」

「……瀬名さんはそうかもしれないね……。でも、私ばっかり瀬名さんに合わせてる。……辛い』


 言った後で可愛くない言い方をしてしまったと、気が付いた。


 論点をずらした、あてつけの様な不満のぶつけ方で、今言うべきじゃないと頭の片隅に微かに浮かんだけれど、口から出た言葉は返ってこない後の祭り。もう、どうしようもなかった。


 二人にずしんと圧し掛かる沈黙。

 そして、瀬名さんから放たれた次の言葉は……


『辛い思いしてまで、無理して俺に合わせる必要は無いよ。和花は自分に合うと思う人と、付き合ったら良い』


 私を……突き放すものだった。


 瀬名さんの声はいつものトーンと変わらない低くて落ち着いたもので、普段なら安心を覚える。だけど、その時の私には、……冷たく感じた。


 私は瀬名さんのことが本当に好きだった。

 自分の考えをちゃんと持っている瀬名さんは、人の意見に左右されることなく、したいことをして、言いたいことを言える。心が自由な人。


 私は自分のことすら何一つ満足に決められなくて、社会人になるまで親の言いなりだった。

 大人になって自立をしようとしたけれどすぐに挫折して、そんな時に励まし、助けてくれたのが瀬名さんだった。

 彼を尊敬し、憧れ、なりたい理想の大人として見本にし、少しでも近付こうと努力した。



 でも……お付き合いが長くなればなるほど、私と瀬名さんの違いがはっきりしていって、私なんかじゃ瀬名さんに釣り合わないんじゃないかなって、悩むようになり一緒にいるのが辛くなった。


 縮まらない距離、埋まらない隙間。


 高いところで自由に飛び回る瀬名さんに私は追いつきたくて、ジェンガで土台のパーツを抜くように、基盤となるライフスタイルを崩し無理をした。だって無理をしないと追いつけない。


 微妙な均衡で上に積み重ねてタワーを築き瀬名さんのところまで登ろうとしたけれど、それでも手は全然届かないし、彼を掴めなかった。




『もう……いい』


 瀬名さんの言葉を受けて私はそれ以上、言葉が生まれてこなかった。

 私の辛い気持ちは瀬名さんには分からない。と……諦めて、結論付けてしまった。


 私のしてきた努力はなんだったんだろう。

 彼女なのに空回りして……、バカみたい。


 一人で積み上げたジェンガーはもろく、あっけなく土台から崩れ落ちて、もう、これ以上瀬名さんと向き合う力は残っていなかった。


 そして私は……『瀬名さんの彼女』という立場を自ら手放し、降りてしまった。



 ****


「釣り合わないって……誰かに言われたの?」


 話しを聞いていた奈桜子さんは、心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「……私がそう思っただけ。ずっと心の中で思ってたの。瀬名さんに似合う彼女になろうって努力してたけど、疲れちゃった」

 苦笑いを浮かべながら答えた。

「瀬名さんのことは今も嫌いじゃないし、尊敬してる。瀬名さんと出会わせてくれた奈桜子さんにはすごく感謝してます。でも……ごめんなさい。私、よりは戻さない。……今、他に気になる人がいるの」

「え!? 和花ちゃん、まさか付き合ってる人がいるの!?」

 奈桜子さんは今日一番の驚きの顔を、私に披露してくれた。

「ううん! まだお付き合いは……」

 私は慌てて手を振り、否定した。


「……その人ケンちゃんって言うんだけど、とても誠実な人なの。いいなって思うんだけど、私が同じくらい気持ちを返せるようになるまで付き合うのは失礼かなって……。それでまだ、返事を待ってもらってるの」

「つまり、そのケンちゃん、優しいのね?」

「うん。とっても! 優しいし、一緒にいて楽しいし、とっても和むの」


 私が奈桜子さんの目を見てにこりと笑って言うと、奈桜子さんは少しほっとしたように優しい顔になった。


「そっかぁ。新しいいい人、いるんだね。そりゃ、和花ちゃん可愛いし、男が放っておかないか! ……うん。それで和花が幸せなら私は応援する!」

「……幸せ……」

 私はその言葉に反応して、ネックレスとして身に付けている美樹からもらった指輪のチャームを掴んだ。


 幸せを運んでくれるチャーム。

 これを手にしてから、急速に私はケンちゃんと距離が縮まった。

 おまじないアイテムが全てじゃないけれど、このチャームが私の背をそっと押してくれているような気がする。


 このまま進んでいいんだよって……。


「……ごめん、奈桜子さん。私のつまらない話を聞いてくれて……。私のことより、奈桜子さんの幸せな話をぜひ聞かせて? 式の準備とかどう? 大変? ウエディングドレスはもう決めたの?!」


 私は努めて明るい調子で話しを変えた。

 せっかくの奈桜子さんと遠出してまで来た人気のランチ。暗い話で終わるなんて勿体ない!

 それに、こんな清々しい天気の日には、前向きな話がしたい。


 私は、白いウエディングドレスに身を包み、幸せそうな奈桜子さんの姿を想像して思わず微笑んでいた。


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