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翌日、仕事の昼休みに昼食を取っていると、ケンちゃんからラインのメッセージが届いた。二日酔いになってないかと気にかける内容と動くスタンプに、思わずふふっと微笑んでしまった。
大丈夫とメッセージとスタンプを送る。
その日以降もケンちゃんとは毎日何気ないことでメッセージのやりとりを繰り返した。
繋がっている、気にかけられている。それが形となって伝わってきて、安心を覚え、素直に嬉しかった。
彼と連絡を取り合うのは私の日常の一部になっていた。
次のデートはどうしようかというやりとりが頻繁になってきたある日、仕事を定時に終わらせた私は駅前にあるスタバへと向かった。
これから奈桜子さんたちの結婚式余興の打ち合わせ、第一回目をする。メンバーが顔をそろえるのは初めてで、瀬名さんとはリヅを引き取って以来の再会なわけで、私は軽く緊張していた。
「あっ、和花ちゃん! 久しぶりー」
店内に入り、キョロキョロしていると声をかけられた。
「由香さん……!」
レジカウンターそばに、瀬名さんのサーフィン仲間の由香さんがいた。
彼女は飲み物の注文を済ませ、商品の受け取りを待っている様子だった。モデルみたいにスレンダーで綺麗な由香さんは、にこりと微笑んでからお店の奥の喫煙席を指差した。
「瀬名くんと京介くんは奥にいるよ」
由香さんが指した方向を見ると、確かに瀬名さんと京介さん、それから他にも数人、余興をするメンバーが居る。
「……約束の時間って、七時でしたよね?」
自分の腕時計をちらりと見る。時計の針は六時五十分を指していた。
瀬名さんと京介さん、メインの二人が先に来ていて、時間を間違えたかな? と、少し焦りながら由香さんに尋ねた。
「あー、大丈夫! 私たち朝からサーフィンしてたの。終わって早めにここへ来ただけだよ」
由香さんはにっと笑った。
「せっかくみんなで休み合わせてさ、乗り合いでサーフィン行くんだからってことで、普段行かない場所まで遠出して波に乗ってきたの」
由香さんは私がコーヒーを注文し、受け取るまで一緒に待ってくれて、その間今日の経緯を教えてくれた。
聞けば、瀬名さんと京介さん、そして由香さんの三人は、最近よく一緒にサーフィンを楽しんでいるらしい。
髪型がショートカットの由香さんは、肌が小麦色に焼けている。利発で積極的、行動力があり、性格はさばさばしている。
私にないものをたくさん持っている二つ歳上のかっこいい素敵な女性で、瀬名さんの友達の中では奈桜子さんの次くらいによく話をする、頼れるお姉さん的存在だった。
「席に行こっか」
由香さんは両手に飲み物を持ち、瀬名さんの席を案内するように私の前を歩く。
「和花、お疲れ」
私たちが近づくと、瀬名さんは直ぐに気が付いてくれて、にこりと笑った。
「お疲れさまです」
壁を背にして座る瀬名さんは、みんなの輪の中心にいた。
スーツではなくラフな私服の格好の瀬名さんは、相変わらずかっこよくキラキラしていた。
緊張から胸がドキドキと忙しい。周りに人がたくさんいる分、瀬名さんとの距離がこないだよりも遠く感じた。
「和花ちゃんと会うの久しぶりで話し込んじゃった。あ、これ瀬名くんの分。喉乾いてるでしょ。おかわりのアイスラテどうぞ」
「これ俺に? 悪いね。ありがとう由香」
……あ。由香さんが持ってた飲み物は、瀬名さんの分だったんだ……。
瀬名さんの前には既に飲み干したらしい中身が空っぽの、コーヒーカップがあった。
微笑む由香さんから瀬名さんはアイスラテを受け取る。そして由香さんは、そのまま瀬名さんの横に座った。
「和花ちゃん、久しぶりー! 今日は来てくれてありがとう」
瀬名さんの向かいに座っていた京介さんは、抹茶フラペチーノを吸うのをやめ、急に立ち上がり、両手を広げて私にハグをしてきた。
「京介さん、お久しぶりです。あ、ご結婚おめでとうございますっ!」
「おー! ありがとう。入籍も式もまだこれからなんだけどねー」
京介さんは瀬名さんと同じくらい背が高く誰よりも肌が黒く焼けている。髪型はツーブロックで、立体的に見える明るめのカラーリングで前髪を立ててワイルドな雰囲気に磨きがかかっていた。
でも見た目と違って人柄はとても優しく、フレンドリー。サングラスの奥の優しい眼差しは変わらない。
ハグを止めると、京介さんはニカッと白い歯を見せて笑った。今度は私の手を取り、力強く握手する。
「奈桜子からはよく和花ちゃんの話聞くんだけど、俺と会うのすっごく久しぶりだよね。元気だった?」
「元気です。京介さんは、元気みたいですね」
にこりと微笑みながら答えた。
「元気だよ。まぁ、とりあえずここに座って」
京介さんが座るようにと言った場所は、京介さんがさっきまで座っていた場所、つまり…
瀬名さんの真向かいだった。京介さんは一個横にずれて座る。
私は一瞬どきっとして躊躇したものの断ることができず、微笑みながらその勧められた席へと座った。
瀬名さんと別れてからは、このメンバーで揃って会うことはなかった。みんなもちろん事情を知っているからか、何も聞いてこない。
もっとぎこちないかなと思ったけれど、それどころか、以前と変わらない空気が作られていた。
瀬名さんの他に、すでに来ていたメンバー数人にも私は面識があって、久しぶりの再会のため挨拶と言葉を少し交わした。
「リヅ、どう? 元気?」
しばらくして、向かいに座っている瀬名さんが私に話しかけてきた。
「元気だよ。元気すぎるくらい」
おなかにぐっと気合いを入れて、笑顔で答える。
「リヅって?」
すると、瀬名さんの横にいた由香さんが興味津々の目で私と瀬名さんに尋ねてきた。
「こないだ黒猫拾ってね。和花に里親になってもらったんだ」
「へぇ黒猫!」
由香さんにどんな子? と聞かれ、私はスマホを取り出し、撮った画像や動画を見せた。
「可愛い! ホント真っ黒なんだね。私実家では犬を飼ってたんだけど、猫もいいよねぇ!」
ペット話で由香さんと盛り上がっているうちに、今日打ち合わせメンバーでまだ来てなかった人たちが数人やってきた。
十人位が集まり、二グループに分かれてそれぞれ談笑を始める。
「だいたい集まったみたいだし、さっさと打ち合わせしてしまおうか」
「そうねぇ。瀬名くん」
由香さんは瀬名さんのその言葉を受けて、机の上に置いてあった大きな封筒からA4サイズの用紙を取り出した。
その用紙を一緒に見ながら二人は何か話を始める。
私はキャラメルフラペチーノを飲もうとストローをくわえたまま、二人の様子をなんとなく覗き見た。
話しが済むと由香さんはその紙を持って席を立ち、少し離れたテーブル席のメンバーの元へ行ってしまった。
「和花ちゃん。マジでサプライズの協力、ありがとう」
「え? あ、はいっ」
由香さんの背を目で追っていたら、突然京介さんが私に微笑みながら話しかけてきた。
「期待してるから、よろしく!」
「期待だなんてそんなっ……! 協力はぜひともさせて下さい。だけど、私、踊り上手くないから迷惑かけるかもしれない。そしたらごめんね。京介さん」
「大丈夫。和花ちゃんがね、急に踊りだしたら奈桜子驚くと思うんだ。上手く踊ろうとしなくていいよ。きっとサプライズは成功する。絶対喜ぶから!」
京介さんは自信満々の表情で真っ直ぐ私を見た。
私が踊り出す。それだけでサプライズになる……?
余興を任された以上、うまく踊ってみんなの足を引っ張らないようにしなくちゃと、責任感からプレッシャーになっていた私は、その言葉を聞いて気持ちがすっと軽くなった。
「……奈桜子さんの喜ぶ顔見たいです。下手なりに頑張りますね!」
俄然やる気が出てきた私は、どうしてフラッシュモブをしようと思いついたのか京介さんに聞いた。すると京介さんは目を細め、微笑んだ。
「菜桜子がね、ずっと前に憧れるって言ってたんだ」
言いながら京介さんは、スマホを取り出し動画を投稿するサイトを開くと、フラッシュモブの映像を見せてくれた。
「この動画を一緒に見たことがあってね、これ以上のことをしたくて」
微笑みながら言う京介さんの顔はどこまでも優しい。
今、奈桜子さんのこと想っているのかな。喜ばそうという気持ちが伝わってくる。……私も頑張らなくちゃ!
「奈緒子さん絶対喜びますね。こんなサプライズ、女子は憧れます。いいなぁ、本当素敵!」
私は満面の笑みを京介さんに向けた。
「……素敵だけど、実際やろうとは思わないよ。それをしようとするから京介はすごい」
私と京介さんとの会話に不意に瀬名さんが、入ってきた。
「なんでだよ? 誰でもやろうと思えばできるだろ!」
「京介だから出来るんだよ。俺にはそんな勇気ない」
……確かに、瀬名さんの言う通りフラッシュモブをするなんて、もし思いついたとしても、いざとなると普通はなかなか実行に移せないかも。
京介さんは明るくて面白い。ムードメーカー的存在でサプライズやイベントが大好き。だから、フラッシュモブの発案者が京介さんと聞いて、とても彼らしいなと思った。
「結婚式ってさ、一生に一度だろ。何かしたいわけよ!」
京介さんは堂々とした様子でにっと笑った。
「瀬名くーん、向こうグループに伝達して来たわよ。この段取りでオッケーだって」
そこへ離れたテーブル席に行っていた由香さんが戻って来て、A4用紙を瀬名さんに手渡した。
「由香ありがとう、女子のまとめ役お願いして」
女子のまとめ役!?
私は瀬名さんの言葉を受けて、離れたテーブル席をぱっと見た。
あれ……。確かにあっち、ほとんど女子!
こっちは、私と由香さん以外、男の人ばっかり……!
今更そのことに気がついた私は、急に場違いな気がしてそわそわと落ち着きがなくなった。
あっちで盛り上がっている女子の中に入りたい。でも今更移動するのも気まずいかな……。
ちらりと由香さんと瀬名さん、京介さんを見ると、三人は用紙を見ながら打ち合わせに集中している。
私はふうっと息を逃した。
おとなしくその場で三人の相談が終わるのを、キャラメルフラペチーノを飲みながら待った。
「女子として、これ、由香はどう思う?」
瀬名さんは用紙を指差しながら由香さんの意見を聞いた。
「これさ、曲の途中でいきなり踊りだすんだよね? さっき聞いてきたらやっぱり一人で踊り始めるのはちょっと恥ずかしいって。だから友達と二人で同時に踊りだすとかならまだ抵抗少ないと思うんだけど、どう?」
由香さんは自分の意見を生き生きした表情で言った。
「ああ、なるほど。いいんじゃない? 新婦の目が同時に踊ってる二人に向けば」
「友達同士タイミング合わせればプレッシャーも半減するし、ミスのカバーもお互いできると思う。一緒に踊ると楽しいしね」
「そうだね。嫌々踊られてもこっちも新婦も喜ばない」
「そうなの! 踊る側も楽しんで喜んで貰わないと! フラッシュモブって、踊る人が次々と増えていくのいいでしょ。だから、なるべく難しい振りはやめて、覚えやすいのにして欲しい。まだ声掛けきれてない人や参加を悩んでる人にも楽しそう、踊りたいって思ってもらえるように」
わ……! 由香さん。私じゃ気が付かない、思いつかないことを次々考えて、要望もアノセナサンに向かって、堂々とはっきり伝えてる。
「それは俺も考えた。フラッシュモブの振りはなるべく覚えやすい簡単なのにする。プロの振付け師にもう頼んでるよ」
「振付け師って、プロに頼んだの?」
由香さんは少し驚いた様子で瀬名さんに聞いた。
「プロのダンサーは瀬名の友達の遊心くんだろ。由香多分会ったことあるよ」
すると、会話を聞いていた京介さんが瀬名さんの代わりに答えた。
「あー、振付け師って遊心くんか! 会うの久しぶりだけど。へぇ! じゃあカッコいい振りになるの間違いないね!」
「……遊心くんって?」
私は恐る恐る三人に聞いた。
瀬名さんの交友関係はとにかく広い。
全員は無理でもそこそこ瀬名さんの知り合いは把握していると思っていたけれど、遊心くんは知らない。
「遊心はまだ和花に合わせてないかも。普段はアーティストの振りやダンススクール経営が主だけど、披露宴でするダンスの振りとかも何度か手がけてるって。もちろんフラッシュモブも」
瀬名さんは私の質問に答えてくれた。
「よし、じゃあ私、もう一度あっちの席グループに聞いてくるね。 誰と誰が踊るかとか決めて来ていい?」
「よろしく」
由香さんは瀬名さんに向かってニコッと笑うと、女子ばかりの席へ向かった。
由香さん、かっこいい!
ハキハキと意見を言って仕切って、すごいなぁ。よく動くというか、気がきくし、働き者。
……私、ここに来てまだ何もしていない。ずっと座ったままキャラメルフラペチーノを飲んでいるだけ。
打ち合わせの詳しい内容もまだほとんど聞かされていない……。
二人は並ぶと絵になるし……お似合い。
瀬名さんも由香さんのこと頼っているように見える。
私には、瀬名さんの彼女なんて不釣り合いだった。彼には、由香さんのようなしっかり者で素敵な女性がきっと合う。そう改めて思った時、ちくりと胸に痛みが走った。
……なんでまだズキズキと痛むんだろ。もう、前に進めてるはずなのに……。
私は痛む胸を押さえた。
ピロン
下を向いて痛みを逃していると、ラインメッセージを知らせる音がバッグから聴こえた。
私は足元に置いてあったバッグを手繰り寄せると、すぐにスマホを取り出し内容を確認した。
見た瞬間、胸がトクンと弾んだ。
ケンちゃんからだっ……!
スマホのディスプレイには、『ヤッホー』という文字と、『デート日の候補!』と書いた文字が浮かんでいた。私はちらりと顔を上げて、瀬名さんの顔を見る。
まだ本格的な打ち合わせ、始まりそうにないよね……。
視線を手元に戻し、私はすぐにケンちゃんへメッセージの返事を送る。
(その日は大丈夫だよ!)
するとすぐに既読が付き、数秒後にはヤッターと喜ぶクマのスタンプが送られてきた。
「…ふふっ」
「…なに? どうかした?」
「わっ!」
ドキッとしながらスマホを見ていた顔を上げる。瀬名さんが不思議そうな目でわたしを見ていた。
「え? あ、ううん、なんでもない、よ」
私は笑って誤魔化すと瀬名さんから視線を逸らし、急いでバッグにスマホをしまった。
「じゃあ今から説明するからみんな聞いて。まず最初に、……」
瀬名さんは淡々とした様子で、フラッシュモブの打ち合わせを始めた。
特別声を張ったわけではないのに、瀬名さんの声は集まった全員に行き渡る。
それぞれ喋るのをやめてみんなが瀬名さんの説明に耳を傾けた。
私はケンちゃんのラインで浮かれた気持ちを抑えるように引き締め、余興の打ち合わせに集中した。
余興の話し合いは順調に進み、一時間ほどで今日の打ち合わせはお開きとなった。
みんながぞろぞろと帰る中、私は店を後にする前にお手洗いへと向かった。
「あ……」
みんなより遅れてお店を出た私は、すぐに立ち止まった。
外のテラス席そばで瀬名さんが煙草を吸い、由香さんがそばにいるのが目に留まった。
二人は楽しそうに談笑している。京介さんや他のメンバーの姿はない。
会話の内容までは聞こえない。けれど瀬名さんが冗談を言ったのか、由香さんが笑顔で瀬名さんの二の腕を叩き触れるのを見て、二人の仲の良さが伝わってきた。同時に、胸がぎゅっと掴まれたみたいに痛みが走った。
「和花、送って行こうか?」
瀬名さんは、ぼおっと突っ立ったままの私に気が付き、目が合うなり話しかけてきた。はっとなって背を伸ばす。
不意打ち過ぎて返答に戸惑った。
送る? 私を……瀬名さんが? なんで?!
瀬名さんの愛車の助手席に由香さんが座り、仲のいい二人を私は後部座席に座り眺めながら一緒に帰るの??
妄想が暴走する。
自分をうまくコントロール出来ずに困っていると、瀬名さんはかまわず続けた。
「今日仕事だったんだろ、遅くまでつき合わせたから。由香も送っていくし、和花も一緒に、……」
日はすっかり暮れた。近くのガーデンライトが瀬瀬名さんと由香さん二人を横から照らす。私には光は届かない。
二人と私の間に隔たりを感じて、心がざわついた。
「……大丈夫。一人で帰れる」
私は無理矢理微笑み、瀬名さんから距離を取るように後ずさりしながら答えた。
「どうせ帰る方向一緒なんだから遠慮はいらない。帰ろう」
瀬名さんは煙草を携帯灰皿に押し付け火を消し、一歩私に近付いた。
どうしよう。今の私、心と頭の中がぐちゃぐちゃだ。
どういう態度と行動を取るのがただしいのかさっぱりわからなかった。
「や、本当に、一人でも大丈夫だから……」
うわごとのように、断りの言葉を連呼するのがやっと。続けてうまく笑えている自信はなかった。
「あ。和花ちゃん、このあと予定があるとか?」
私が困って動揺していると、由香さんがと明るい声と表情で言った。
「……う、うん。そう、予定があるの、だから大丈夫!」
「和花、本当に送らなくて平気?」
「平気! 今日はお疲れ様。じゃあまたね。由香さん、……瀬名さん!」
これ以上二人を前にしていられなくて、私は逃げるように瀬名さんたちに背を向け、無理やり立ち去った。
そのまま小走りでスタバの目の前にある駅へと向かう。
二人は前から仲良かったけど、今は前以上に良い雰囲気だった……。もしかして、付き合っている。のかな……。
由香さんは男友達が多いみたいだけど、特定の彼氏を今までずっと作らなかった。
それはつまり、前から瀬名さんのことを……!?
もし、そうならば、今まで優しく接してくれていた由香さんに私、なんてひどいことを……!
本人たちから聞いたわけでもないし、付き合っている証拠なんてない。
なのに、そう思うとどこか納得いくものがあって……。そうに違いないと言う考えが止まらなかった。そして、鈍感な自分が許せなかった。
気づかないうちに人を傷つけてしまっていたかもと思うと、自己嫌悪でへこんだ。
負のループから抜け出せない私は、悪い方へ悪い方へと考えを巡らせ続けた。
駅に着き、定期をバッグから取り出す。改札口に向かう前に立ち止まり、ゆっくり、後ろを振り向いた。
瀬名さんが私を追いかけてここまで来る。という淡い期待がどこかにあった。
「この期に及んで期待なんて、どうかしてる……」
姿のない彼に背を向け、私は改札口を潜った。