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** 5 **

 翌日夕方、仕事を終えて外に出ると、雨がシトシトと降っていた。

 私はお気に入りの茶色生地にピンクのドット柄の傘をさして、まっすぐ瀬名さんのマンションに向かった。


「お邪魔します……」

 瀬名さんは無事グアムに旅立ったらしく、玄関にあったキャリーケースは無くなっていた。革靴やバッシュも無くなっていて、人の気配はない。

 傘立てにお気に入りの傘をいれると靴を脱いであがる。薄暗い廊下を進み、奥のリビングへと向かった。


 リビングだけ電気が点けられたままで、部屋と廊下を仕切るドアの曇りガラスの窓から、明かりが漏れていた。動く猫の影が映り込む。

 そっとドアを開けると、黒猫のリヅが顔を覗かせ、私と目が合った。


「リヅくん。こんにちは」

 話しかけると、リヅはそのままドアから出てきて私の足に纏わり付いてきた。頭を執拗に擦り付けてくる。

「瀬名さんの言う通り、リヅ、懐っこい!」

 日中ずっと一人ぼっちで寂しかったのかもしれない。

 私がリビングに入りキッチンに向かうと、リヅも後ろをついてきた。


 冷蔵庫を開けて、空っぽの餌皿に猫缶を盛り付ける。

 飲み水を入れ変えていると、リヅは私の足元でにゃーにゃーと鳴き出した。

「か、可愛いっ!」

 丸くて大きな黄色い目が上目遣いに私を見る。

 ぎゅーっと抱きしめたくなったけど、驚かせないように我慢して平常心を保ち、餌皿をリヅの前に置いた。

 エサにがっつくリヅを遠巻きに眺める。


 ああ、見てるだけで癒される……!

 ……猫、飼いたいなぁ。

 エサをもぐもぐ食べるリヅの背をそっと撫でてみる。

 ふわふわして気持ちいい……。


「今日から一週間、よろしくね」

 ぺろりとエサを平らげたリヅは舌で唇の周りを舐めながら、私に向ってにゃーと鳴いた。

 その日から私は毎日瀬名さんのマンションへ通った。



「リヅー! お土産、おもちゃ買ってきたよ」

 リヅの世話をするようになって四日目。今日は仕事が休みで、朝からリヅに会いに来ていた。

 いつも夕方や夜に来てすぐに帰っていたため、休みの日くらいいっぱいリヅの遊び相手をしてあげようと思った。


 買って持って来たおもちゃは猫じゃらし。先がふわふわの棒をリヅに向かってフリフリすると、リヅはすぐに食いついた。

 尻尾をぴんっと立ててハッスルしだす。私もリヅの早さに合わせて瀬名さんの広いリビングをいっぱい動き回った。


「きゃー、リヅ興奮しすぎっ!」

 リヅの動きはどんどん激しくなって高くジャンプ!

 毛を逆立て、ソファでバリバリと爪研ぎ。カーテンをよじ登り、カーテンレールの狭い上を器用に走り移動する。

 私は今にも落ちそうなリヅをハラハラしながら追いかける。

 いつまでも下りてこないリヅを見かねて、ダイニングテーブルの椅子を窓のそばまで移動させて、それを踏み台にして登るとリヅを捕まえた。


 もともと瀬名さんの部屋は物が少なく、シンプル。それでも子猫にかかればあっという間に荒れ果てる。

 棚からは本が何冊も飛び出し、雑誌はビリビリ。

 ソファに置いてあったクッションはリヅに噛まれてズタズタ。中身の綿が飛び出す始末。

 私はふふ。と苦笑いをこぼすと、瀬名さんに現状を報告するためラインを開いた。


(今日もリヅくん大活躍! 部屋は見事に様変わりしちゃってます)


「わっ!」

 メッセージを送ると直ぐに瀬名さんから電話がかかってきて、肩が跳ねた。

『どう? 元気?』

 瀬名さんの第一声は呑気なものだった。

「子猫のパワーって凄いね。リヅくんすっごく元気だよ! 雑誌はぐちゃぐちゃでソファやカーテンも爪痕が…クッションは噛まれちゃって中身が溢れる始末…」

『ああ、別にいいよ。全部新しく買い替えればいいし。部屋は帰ったら片付けるから和花は気にしないで』

『何か困ったことがあったらいつでも言って』

「うん。分かった。瀬名さんはサーフィン楽しんできてね。それじゃ」

 電話を切った後、はぁ……と、肩の力を脱いた。


 ……そうだった。

 瀬名さんは用事があるとすぐに電話をしてくるんだった。

 軽い気持ちで報告しただけだったから、まさか即電話をしてくるとは思っていなくて、動揺してしまった。

 私は気を取り直すように首を小さく横に振ると、スマホを鞄にしまう。


「あれ。……リヅ?」

 広いリビングの真ん中で私はキョロキョロと周りを見渡す。電話に気を取られている間に、リヅの姿がなくなっていた。


 破れた雑誌の山、齧られたクッションの陰、ソファの下、どこを見てもリヅの姿が無い。

 耳をすませてみるけれど物音一つなく、気配がない。私はリビングと繋がっているキッチンの方へ行ってみた。


「リヅー?」

 餌皿は空っぽで、身を潜めるスペースがここにはほとんど無い。

 やっぱりリビングかな?

「あっ!」

 キッチンスペースから出て、再びリビングに戻った私はようやく気がついた。

 リビングと廊下を繋ぐドアが、猫一匹通れるくらい少し開いていることに。


 ちゃんと閉めたと思ったんだけど……。

 私はドアを大きく開けて、廊下を覗いた。


「いた! リヅ。おいで」

 瀬名さんの家の間取りは、2LDK。廊下にはリビングに繋がるドア以外に、あと三つ扉がある。

 一つはお風呂や洗面台などの水回り、もう一つは瀬名さんのサーフボードやアウトドア用品が締まってある趣味の部屋。最後の一つは広めの主寝室。

 リヅはその主寝室のドアの前で頭を下げ、なにか探るようにもぞもぞと動いていた。


「そこはだめだよ。リビングに戻ろ?」

 私はリヅを捕まえ抱き上げると、リビングに戻ろうとした。すると、リヅは体をうまくくねらせて私の手から逃げ落ちた。


 リヅは再び主寝室のドアの前まで走ると、なぜか必死になって床を引っ掻きだした。

「だめだよ。そんなところで爪とぎしちゃ……」

 床に傷がついたら大変だと私は慌てた。にゃーにゃー鳴くリヅをひょいと抱き上げる。

「あら?」

 爪あとが残っていないか心配してリヅが引っ掻いていた床を見ると、ドアの下の隙間から白いリボンのようなものがちらりと覗いていた。


「これが欲しかったの?」

 ちょっとしか見えていないから断定は出来ないけれど、瀬名さんは服や物を床に置きっぱなしにしないし、ましてやリボン。私はリヅのおもちゃじゃないかと想像した。

「困ったなあ…。こんな少しの隙間からおもちゃを取り出すの無理」

 その部屋には抵抗があった。

 瀬名さんの寝室のドアを気軽に開けられるほどにはまだ、私の記憶は薄れていない。


「リヅ、おもちゃは諦めよ? 明後日には瀬名さん、帰ってくるし……」

 私は子猫のリヅの説得を試みた。

「わっ。また逃げたっ!」

 リヅは私の言葉が分かっているみたいに、にゃーと強く鳴くと、私の手からまた脱走した。さっきよりも激しくドアの下、床を掘るみたいに引っ掻き出す。


「わ、分かった。分ったからリヅ! 取ってあげるからストップ……」

 黒猫のリヅに私は、すっかり甘くなっていた。

「入りたくないけど、仕方ない……」

 おもちゃをぱっと取ればいい!

 そう決意を固めて、私は瀬名さんの寝室のドアをゆっくり開けた。


「リヅ、ちょっと待ってて。今おもちゃを……わっ。こら! リヅっ」

 入ってすぐの場所にあるリボンのおもちゃをしゃがんで取ろうとした瞬間、リヅが素早い動作で部屋に侵入した。

 そしてなぜかおもちゃには目もくれず、瀬名さんの大きなベッドにぴょんと飛び登ってしまった。

「リヅっ、降りて!」

 こまった、どうしよう?!


 瀬名さんのベッドは何度も彼と肌を合わせた場所。焼き付くように想いが強く残っている。

 今の私には近寄るどころか、見たくない場所だった。


 しかも、家主は留守なわけで、この部屋には勝手に入り込んでいるわけで!

「……お願い。戻ってきて……!」

 声を張ってリヅにお願いした。


 リヅはやっぱり私の言葉が分かるのか、目が合うとプイッと顔をそらして今度は知らんぷり。まったく言うことを聞いてくれない。

 それどころかベッドの上で毛づくろいをして寛ぎ始める。


「リヅ! ほら、リボンだよ~」

 おもちゃで釣ろうとしたら少し反応があった。でもベッドからは降りてくる気配はない。

「…もう。リヅの分からず屋! て、子猫に分かれって言う方が無理か…」

 私はふうっとため息を吐くと、肩を落とし下を向いた。


 ……もう、いいや。私、意識しすぎでしょ。ベッドがなに? なんでも無いわ。近づいてやろうじゃないっ!


 開き直った私は、顔を上げて再びリヅを見ると、ドアから少し離れたベッドにまっすぐ近づいて行く。

 大きなダブルベッドの奥で、ゆったり寛ぎ毛づくろいに夢中のリヅを捕まえようと、私はジャンプするようにベッドに倒れ込んだ。


「リヅ、捕まえたぁ!」

 決死の覚悟でベッドにダイブした甲斐はあった。リヅを無事、捕獲することができた。

 当のリヅは、どうしたの? というみたいに、私の顔に鼻を近付けくんくん……。

「必死な私とは対照的で、君は余裕だね」

 リヅの様子にぐてっと脱力し、頭を垂らした。


 ……このままここにいるわけにはいかない。

 私はうつぶせの状態から体を起こし、リヅを抱っこすると、部屋から出て行こうと思った。

「動揺して慌てているのは私ひとりか。あっ……」

 

ドアの方に体の向きを変えた。そして、私は気づいてしまった。

 ドアに面した壁に飾られているある物に。


「……なんで、……あるの?」

 それは、私が瀬名さんにあげたものだった。正確には、私と瀬名さんがおそろいで買ったもの。

 部屋に入らず、ドアのところに立っているだけじゃ死角で気づかなかった。


「ドリームキャッチャー……」

 私は猫を抱きしめたままベッドから離れ、壁に飾ってあるドリームキャッチャーに吸い寄せられるように近づいた。


「まさか……まだこれがあるなんて」

 瀬名さんの主寝室は南向き、ベッドは東側の壁に沿うように配置されている。

 南の大きな窓からはカーテンをしなければほぼ一日中、太陽の光が部屋に差し込む。

 上る朝の光が当たるように、西側の壁にドリームキャッチャーは飾られていた。


「もう、捨てちゃってるって思ったのに……」

 今も持っていてくれたのがとても意外だった。

 私のドリームキャッチャーは捨ててはいないけれど、見ると思い出して辛いから、壁に飾るのをやめた。今はウォークインクローゼットの奥、収納箱にしまってある。


 ドリームキャッチャーは丸い輪に、蜘蛛の巣を見立てて糸が張られている。輪の下には羽根が三つ。糸にはスカイブルーのガラスビーズがいくつか通してあって、カーテンの隙間から射し込む陽の光に照らされて、キラキラと反射し煌めく。

 胸が、締め付けられる思いだった。


 苦しい……。あの頃の感情が、すごい勢いでせり上がってくる。

 私は堪らずドリームキャッチャーから顔を逸らした。

 リヅを抱きしめたまま瀬名さんの部屋から逃げるように、急いで抜け出した。


「リヅ、ごめんね。私そろそろ帰らないといけないの」

 結局その日は、主寝室には近寄れなかったけど、一番長く瀬名さんの家に居て、リヅと一緒に過ごした。

 もうすぐ日が暮れる。

 リビングのソファですやすや寝息をたてているリヅの背を、そっと撫でながらお別れの声をかけた。起こさないように荷物を持つと、ゆっくりソファから立ち上がる。

 リビングから出ようとドアノブを回したら、リヅがにゃーと鳴いた。

 振り向くと目が合い、リヅはすぐにソファから降りて私の足元に来ると、頭をこすり付けてきた。


「うっ。可愛い……。引き止めてくれるの? リヅ」

 ゴロゴロ言いながら甘えてきて、愛しさがこみ上げてくる。

「ごめんね、また明日も来るからね……」

 明後日には瀬名さんが日本に返って来る。明日、リヅの世話をしたらそれで終わり。

 リヅとはお別れ……。


 瀬名さんは旅に出る前、リヅの里親を探していると言っていた。

 リヅと会えるのはもう、明日が最後かもしれない。

 そう思うと、どうしようもなく寂しくて……胸が痛んだ。

「リヅ……」

 私はしゃがみこみ、リヅを抱きあげる。リヅは黄色い満月のような丸い目で、私をじっと見つめてくる。


「リヅとさよならは、辛いなぁ……」

 私は名残惜しくて、ぎゅっと強くリヅを抱きしめ続けた。

「……お別れなんて、無理」


 ……決めた。

 瀬名さんがリヅの里親を探しているなら、私が、里親になる。

 リヅの飼い主に、私がなればいいんだ!


 そうと決まれば、やらないといけないことがある。

 飼うことを決意した私は、リヅを貰い受ける準備をするために立ち上がった。

「きっとリヅを迎えに来るからね。待っててね!」

 リヅをもう一度きつく抱きしめて頭をよしよしすると、リヅをフローリングに下ろした。


 リヅはにゃーにゃーと鳴き続けたけれど、もうあまり時間がない。私は意を決めてリビングのドアを閉めた。

 そのまま急いで瀬名さんのマンションを後にして、ある場所へ向かった。



 次の日仕事を終えると、私はいつものように瀬名さんのマンションに向かった。


「わっ! リヅ? リビングから出てきちゃったの?」

 玄関のドアを開けると、リヅがちょこんと座って私を出迎えてくれた。

 いけない……!

 私、きっと昨日リビングのドアを閉め忘れて帰っちゃったんだ……。気をつけなくちゃ。


「リヅ。お腹空いたでしょ?」

 私は両手にリヅの餌とおもちゃの入ったビニール袋を持って瀬名さんの家に急いで上がる。リヅは私に向ってにゃーにゃーと甘えてきて、今日も可愛らしくてたまらない。

「リヅ。待って待って。ご飯、ちゃんとあげるから落ち着いて」

 少し興奮気味のリヅが私の足にまとわりつきながらついてくるものだから、躓いてこけそうになった。


 キッチンにまっすぐ向い、餌皿に猫缶の中身を入れて、リヅの前に置いた。

 リヅはお腹を空かせていたのかガツガツと食べ始めて、私はしゃがみこんだままその様子を微笑みながら眺めた。


「リヅ君、今日も食欲旺盛だね」

「ホントだ。食い意地すごいな……」

「きゃッ!?」

 突然背後で声がして、心臓が飛び出るくらい驚いた。慌てて後ろを振り向くと、

「え!? 瀬名さ……きゃあ!」

 今度は瀬名さんの姿を見て、驚きの声をあげた。


「な、なんでいるの? しかも上半身裸……!!」

「なんでって……ここ、俺の家だし」

「そ、そうだけど! まだグアムにいるんじゃ……ッ?」

 私は瀬名さんのどこを見たらいいか迷い、目を泳がせた。


「今さっき帰ってきて風呂から出たところ。脱衣所で髪をタオルで拭いてたら、和花が来たんだよ」

 瀬名さんは平然とした様子で、私を見下ろしながら頭にタオルを当てガシガシと拭く。

「…上の服、着て! そのままじゃ風邪ひくよ!」


 瀬名さん、相変わらず無駄な肉がない。引き締められた身体してる!

 ムキムキガッチリの筋肉ではなく、ちょうど程よい筋肉の付きは私好みのままだった。

「暑いし服まだ着たくない」

「ッダメ!」

「……はいはい。今着てくるから和花、リビングで寛いで待ってて。いい? 勝手に帰るなよ」

「わかった。わかりましたから……!」


 焦った私はパッと立ち上がると瀬名さんの横を通り過ぎ、彼より先にキッチンから抜け出した。

 そのままリビングのソファに勢いよく座った。

 よく見たら、リビングの隅にキャリーケースがそのまま置かれてあった。

 ビックリした。まさか、家主が帰ってきてたなんて……。

 珍しいリヅの出迎えに気を取られて、私は瀬名さんの靴に気づかなかった。

 恥ずかしい……。

 リヅに話しかけてるところとか見られたよね、きっと。

 ああ……もう、心臓がすごい。ドキドキおさまれっ……!


 私はキッチンに背を向け縮こまり、背中で瀬名さんの気配を探る。

 パタンとドアが閉まる音がした。瀬名さんがリビングから出て行ったみたいだった。

「にゃー」とリヅが一鳴きして、声のした方を見ると、餌を食べ終えたリヅがとことこと私の元へ近づいて来る。


「リヅ。もうごはん食べ終えたの?」

 そのまま、ぴょんと私の膝の上に乗った。

「もう。リヅったら。瀬名さん帰って来てるなら教えてくれたらいいのに」

 小声でリヅに文句を言ってみる。リヅはなんのこと? と言いたげに、私の顔をじっとしばらく見たあと、ふいと顔をそらし、人の膝の上で毛繕いを始めてしまった。


「ふう……。本当あせっちゃった……」

 無意識に上がっていた肩をすとんと落として力を抜く。

 瀬名さんが帰ってくる日を一日勘違いしてた……。でもこの際、早く会えてよかったと思わなくちゃ。

 リヅの里親、帰ってきたばかりでまだ探してないだろうし、話を持ちかけやすい……!

 少し落ち着きを取り戻し、なんて切り出そうかな? と思い始めた頃、上にTシャツを着た瀬名さんが再びリビングに現れた。


「リヅの世話で来たんだろ? ありがとう助かったよ」

 瀬名さんはにこりと笑うと、リビングの隅に追いやってるキャリーケースのところへ行って、中を開けた。


「お土産あるから。持って帰って」

「……一週間、リヅくんの世話ができて楽しかったから、別によかったのに」

「土産買ってくるのは約束だっただろ。はい、これ、と……これ。あとこれも」

 瀬名さんは大きなキャリーケースからお土産を次々と取り出して、私に押し付けるように手渡してきた。

「えっ!……こんなにいっぱい?!」


 お土産が私の手から膝の上へ転げ落ち、リヅは慌てて私の膝からフローリングへ避難した。

「ありがとう。これは、なに?」

 私はお土産の一つを持ち上げる。


「アイスキャンディーと、こっちはフルーツゼリー?」

「それアイスキャンディーとゼリーの形したソープだって。ココナッツの実の変わり。で、こっちがなんか一番人気らしいクッキー。和花の隣人と分けて食べな」

「うそこれ、石鹸なの?! 可愛いいっ!! クッキーも美味しそう! あれ、これは、えっと……?」


 二体の可愛らしい手のひらサイズの人形だった。一つは女の子の格好と、もう一つは男の子の格好をしている。私が人形を手にして尋ねると瀬名さんがフッと笑った。


「ボージョボー人形。知らない? 一昔前にすっごく流行ったと思うんだけど。和花、こういうの好きでしょ。おまじないグッズ」

 私は目をパチパチと瞬きした。


『おまじないグッズ』と言えば、『ドリームキャッチャー』

 私は、瀬名さんの主寝室に今もある、ドリームキャッチャーのことが頭を過ぎった。

「全部持って帰って。和花のために買ったものだから」

「…ありがと」


 勝手に速まる胸の鼓動を私は、笑顔で誤魔化す。主寝室に入ったことがバレたら気まずいし、『どうして今もドリームキャッチャーを飾ってるの? 』なんて、どんな返事が返ってくるか想像がつかなくて、聞きたくても聞けない……。


「こんなにたくさんお土産を貰えるなんて、思ってなかった。大事に使うね」

 私は戸惑いながらも頭をぺこりと下げた。

 リヅくんをもらい受けたいって言い出しにくなっちゃったなぁ。でも……。


「瀬名さん、あのね……」

 可愛いアイスキャンデーのソープをクンクン嗅ぎに来たリヅをじっと見てから、私は意を決して話しを切り出した。


「お願いがあるんだけど…」

「お願い? 何?」

 瀬名さんは珍しいと言いたげな目で私をじっと見つめ聞いてきた。

 私はゴグっと唾を飲み込む。


「リヅくんの里親探してるんだよね? ……もし良かったら、私がなっちゃだめ?」

「和花が、リヅの里親に?」


 あっ、珍しい……。

 普段あまり動揺したところを見せない瀬名さんが、目を大きく見開いて私を見てる。

 瀬名さんにとって私の申し出は、とても意外だったらしい。


「和花の部屋、賃貸だろ。ペット大丈夫?」

「大丈夫! 大家さんには了解、ちゃんともらったから」


 昨日私はリヅを飼うと決めてすぐに、大家さんの家へお願いをしに行った。

 ダメと言われるかなと思ったけど、ラッキーなことに大家さんも大の猫好きだった。屋外に出さないことなどを条件に、飼う許可はすぐにもらえた。


「リヅの里親まだ決まってないのなら……私が引き取りたい」

 私はドキドキしながら瀬名さんの返事を待った。


 瀬名さんは無言のまま一度、リヅを見た。そして、すぐに私に視線を戻すと、にこりと微笑んだ。

「和花なら安心して譲れる。ありがとう。助かるよ」

「……いいの?」

「もちろん」

「嬉しいっ。瀬名さんありがと! リヅ! 今日からよろしくね」

 瀬名さんから許可を貰えた瞬間、緊張が解けた私はリヅを抱き上げた。

 ぎゅっと抱きしめる。


 責任もって飼おう。

 この子が幸せに暮らせるように、私がリヅを守る!

 湧き上がってくる喜びと同時に、最後まで面倒を見るという覚悟が私の中で芽生える。

 私はリヅを強く抱きしめ、改めて飼うことを決意した。


「俺が飼おうかとも思ったけど、かまってやる時間ないし、考えてたところだった。和花にすっかり懐いちゃってるみたいだし、知らない人に譲るより俺もその方が嬉しい」

 優しい表情で瀬名さんは言った。


「任せて! リヅは責任もって育てるから」

 私は瀬名さんに心配をかけないように、にこりと笑みを浮かべて、リヅを飼う意気込みを伝えた。

 トイレと猫砂を乗せる。

 積荷を終えると私は、瀬名さんから貰ったグアムのお土産とリヅ自身を膝の上に抱え込み、助手席に収まった。


 道は空いていて、あっという間に私のアパートに着いた。瀬名さんは全ての荷物を一人で持って、私の部屋まで運んで行く。

 荷物を廊下の一箇所に置いてもらうと、私はリヅを抱えたまま頭を下げお礼を言った。


「お礼を言いたいのはこっち。一週間、リヅの世話をしてくれてありがとう。リヅ育てる上でなにか困ったことがあったらいつでも言って」

「うん。わかった」

 私は明るい声で返事をすると、リヅをそっと床へ下ろした。


「じゃあ、和花とリヅ、またな」

「え、もう?」

 瀬名さんともう少し話をしたい。

 私に背を向けさらっと帰っていく瀬名さんの様子に思わず、そう思ってしまった。

 ……しまった。どうしよう……。思わず、引き止めてしまった。


 瀬名さんはクールな表情を崩さず、私を見下ろす。

 私は一瞬、瀬名さんの方へ伸びかけた自分の右手を慌てて左手で抑えた。


「和花」

「えっと、ごめん! なんでもない。瀬名さん、……本当色々ありがと」

「だから、ありがとうはこっちの台詞」

 瀬名さんは体を私の方に向き直し、ふわりと笑った。

「和花」

 そして、もう一度改めて私の名前を呼んだ。胸に痛みのような、緊張が走る。

「……はい」


 私のアパートの玄関は、瀬名さんのマンションの玄関よりずっと狭い。

 お互いの距離がすごく近くて、私の胸のドキドキが瀬名さんに聴こえてしまうんじゃないかと焦った。

 私は瀬名さんの目を見つめ続けることができなくて、ネクタイに視線を移し、暫くなんとなく眺めていると、瀬名さんの落ち着いた低い声が響いた。


「また連絡する」

「……え?」

『連絡する』その言葉に私は息を飲んだ。

 連絡? 連絡って……そんな。どうしよう……なんて答えよう?

 私、どうすれば……っ!

 動揺し、口を開いて固まっていると、


「次の、フラッシュモブの練習の時に」

 瀬名さんは淡々とした口調で言った。

「フラ……?!」


 ……あ。 フラッシュモブ!


 その存在を思い出して驚いていると、「やっぱり忘れてたでしょ?」 と瀬名さんは呆れたような笑みを浮かべた。


 なんだ……連絡って、そういう意味だったんだ。一人勘違いして恥ずかしい!

 顔に手を当て焦っていると、瀬名さんは今度こそ帰ろうと玄関のドアを開ける。

 続いて外に出ようとすると、リヅがいるから見送りはいいと言われた。


「猫の世話もいいけど、余興の方も忘れないように」

「わ、わかってます!」

「はは。じゃあな」

 瀬名さんは最後に笑みを残すと、玄関のドアを閉めてさっさと帰ってしまった。


「……あっさり、帰っちゃった」

 まぁ、そうよね。そりゃそうだよねっ! それ以上、私たちはなにもないわけだし…!

 にゃー

「リヅ!」

 しばらく突っ立ってぶつぶつ言っていると、リヅが足元に纏わりついてきた。

「今日からここが君の住処だよ! よろしくね」


 私は無理やり気持ちに整理をつけて、リヅの寝床準備に集中した。


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