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** 2 **



 レストランを後にした私たちは、プラネタリウムを見るため施設の中を移動した。上演場所に到着するとさっそく長蛇の列の最後尾に並んだ。


 並んですぐに会場入りの時間になり、私たちを含め、お客さんは吸い込まれるように中へと入っていった。


「和花ちゃん、こっちの座席へ行こう」

 来場者は各々好きな場所に腰掛け始めている。

 ケンちゃんは私に気を回しながら、後方へと移動する。私は素直にケンちゃんの後ろをついていった。

「前すぎると首が疲れるから、後方で全体をゆっくり見よう。あっ、そこ段差あるから足元気をつけて」

 ケンちゃんは段差がある場所で立ち止まり、私がこけないように手を差し出してくれた。

「…ありがとう」


 後方の真ん中に並んで座った。

 ざわざわと会場内は騒がしく、夜の時間帯のせいか、カップル客が多いように感じた。


 みんなにこにこ微笑みあい、これから上映される星空を楽しみにしているのが見て取れて、対照的に沈みがちの自分とを比べうらやましく思い、その様子をぽーっと眺めた。


「和花ちゃん、大丈夫? ごめん、疲れたよね。眠くなったら寝てもいいよ」

 私はハッとして、横に座るケンちゃんを見た。

 ケンちゃんが心配そうに私の顔を覗き混んでいる。


「寝るなんてもったい無い! 私は大丈夫だよ」

「でも、無理はしないでね」

「ケンちゃんこそ、眠くなったら寝てもいいからね? ちゃんと終わったら起こしてあげるから」

 ケンちゃんに私は元気だよってアピールしながら言った。


「寝たら和花ちゃんが起こしてくれるの?……それもいいね。だけどもったいないから頑張って起きてる」

 にこりと笑ってケンちゃんは前を向いた。

 ほどなくして館内の照明が落とされ、暗くなると同時に、人のざわめきも小波のようになる。

 大音量の雄大な音楽と、天井いっぱいに映し出された迫力満点に広がる星空の中へ、意識はあっという間に吸い込まれていった。


 天井スクリーンに映し出された星々をしばらく眺めていたら、音楽が変わった。続いてスクリーンショーが流れ始める。


 まず最初に映し出されたものは、夏の星座だった。

『…ーー七夕の織姫である、こと座の “ ベガ”

 ひこ星は、わし座の “ アルタイル ”

 三つめは、白鳥座の “ デネブ ”

 この星達を結んだものが “ 夏の大三角形 ” です。


 南の地平線にかけて、光の滝のように美しく輝き流れるのが『天の川』。

 その川がひときわ幅広く明るくなった部分に、半身がひたっているのがいて座です。…ーー』


「………天の川」

 映像と共に流れる解説と音楽を聴きながら、私は……過去に見た、ここに映し出されている満天の星にも引けを取らない、夜空に輝く本物の星達を思い出していた。

 あの、海辺の夜のことを……。


 一通り夏の星座の説明が終わると、趣向が変わった。

 宇宙、銀河についての映像が一時流れ、最後に所狭しと映し出されたものは、風に吹かれ揺らめいているカーテンのような形の緑色に光る『オーロラ』だった。


『………ーーこの発生しやすい領域をオーロラ帯、またはオーロラベルトといい、オーロラが発生している領域をオーロラオーバルと呼びます。オーロラは太陽フレアの粒子がーー…』


 荘厳な輝き、神秘的な光景に圧倒されながら、あの日交わされ、はたすことが出来なかった約束を思い出し、切なくなりながら浸っている間に、プラネタリウムの上演は終わってしまった。


「……和花ちゃん?!」

 私は急いで頬を伝う雫を手で拭った。

 上演が終わり人々が立ち上がって出口へと向かう。

 その流れを追って、私たちも会場をあとにする。

「……ごめん、ケンちゃん。ちょっと化粧室に行ってくるね」


 後ろをまともに見ずにそれだけを言って、急いで化粧室へと向かった。


 洗面台の前に立ち、鏡をみた。

 ふう……と、大きく息を吐いて目を伏せる。

 ケンちゃんを驚かせてしまった……。


 上演中、伝う涙をそのままにしていたのは、海辺で夜空を見たあの瞬間に戻れたらいいのにって思って。

 ……もちろん、泣いたからって、何も変わらないのは分かってる。

 こぼれ落ちた涙がもう戻らないように、過ぎた過去も、もう……戻らない。

 洗面台の蛇口に手をかざす。水が勢いよく出てきて手を濡らした。

 両手で流れる水を受け止めようとしてみたけれど、手からこぼれ、水は止まらず落ちていく。


 ……過去の思い出にとらわれてはダメ。早く、立て直してケンちゃんの所へ行かなくちゃ……。

 大きく深呼吸をしてからハンドタオルで手を拭いた。流れていた水が自動で止まる。

 私は顔を上げた。

 平常心を取り戻した私は、急いでケンちゃんの所へ向かった。


「ごめん。お待たせっ……!」

 ケンちゃんは少し離れた場所で、人の波を避けるように、壁際に立っていた。

 私を確認して近づいて来て、声をかけてくれた。

「和花ちゃん、大丈夫? 具合……悪くなった?」

 心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫! ちょっと疲れちゃって……。私コンタクトなのに瞬き忘れて見入ちゃったから目が乾燥しちゃった!」


 これ以上、余計な心配をかけたくなかったし、心の動揺を、ケンちゃんには知られたくなくて明るく振舞った。

「……コンタクト……。そっか。それなら良かった。けど、雨も止んだままみたいだし、そこの屋上テラスで少しだけ風に当たって休んでから帰ろうか」

「あ……うん」

 本気で体調が悪いと心配してくれているケンちゃんに、申し訳なく思って胸が痛んだ。


 ケンちゃんの後をついて、すぐそばの出入り口から屋外に出た。



「……もう雨は降りそうにないね」

 私とケンちゃんは出入り口から一番近くのウッドテーブルとチェアに腰掛けて休憩していた。他に人はいなくて、施設の中とは違って夜の静けさがそこにはあった。


 パラソルの隙間から空を覗き見上げると、黒色の厚い雲が右から左へと凄いスピードで流れていた。

 その隙間から、黄色く輝く満月がチラチラと覗いている。


「雲は多いし、満月だし、星座は、見えそうにないね」

 南の空を見上げたままケンちゃんは言った。

「……そうだね、星がまったく見えない…」

 暫く二人黙って空を見た後、ケンちゃんは施設の方を振り返り見た。


「…あ、人混みが減ってきた。今ならスムーズにゆっくり帰れそう。どうする? もう少し休憩していく? 帰るならタクシーで送っていくよ」

「えっ。あ、いいよ、そんなタクシーに乗らなくても…! 歩いて…電車で帰れるよ。ありがとう。もう、大丈夫だから…行こっか」

 私は立ち上がると、施設へ入ろうと出入り口へ向った。


「本当に大丈夫? 顔色まだすぐれないけど…」

 直ぐにケンちゃん追いつかれ、彼は私の顔を覗き込んで心配そうにした。

「本当に大丈夫。こんなに楽しかったの久しぶりで、はしゃぎ過ぎて少し疲れただけだから。心配しないで? ケンちゃん」

 私は元気だよ。てアピールするため小さくガッツポーズを作ってケンちゃんに見せた。すると、

「…じゃあせめて駅まで送らせて。具合悪そうに見えたら直ぐにタクシーを使うからね?」


 優しい言葉をかけてくれて、しかも「荷物もってあげる」と言って、私のバッグと買って貰ったクラッチバッグが入った紙袋を持ってくれた。

「…ありがとう」

 お礼を言うとケンちゃんは優しく微笑んで、ゆっくり並んで歩いてくれた。


 駅に向う間、ここに来たとき以上にケンちゃんは優しくエスコートするように歩いて、私に気を遣ってくれた。

 ケンちゃんは、私に優しく誠意を持って接してくれている。

 そのことが今日一日、一緒にいて、十分に伝わってきた。


 いつも私を見てくれて、気持ちを考えて先回りしようとしたり、楽しませてくれようとしてくれる。

「ごめんね、気を遣わせてばっかりで…」

「気を遣ってるっていうか、そんなつもりもないんだけどね。ちょっと鬱陶しかったかな?」

「ううん、そんな意味じゃないよ」

「いいなって思ってる子とデートだと、やっぱり頑張りすぎちゃうんだよな~」

「……ずっと、ケンちゃんに聞きたかったの。私のどこを気に入ってくれたんだろう? って…」

『和花より自分に合う女の子がいたらそっちと付き合う』


 私は数ヶ月前、瀬名さんと別れた。

 別れを告げたのは私からだけど、彼のこの一言で、積み上げてきた全ての自信を無くしたから……

 単純に知りたい。

 ケンちゃんは、私のどこを見てくれているんだろう?

「……どこって、言ったら…そうだね、“ 顔 ” …かな?」

「……顔?」

 瞬きをしながらケンちゃんを見た。


「……や、そのっ! えっとぉ~! 顔が超ーーー好みなんだ! それで…」

「……へ、へぇ…顔、なんだ…」

 みるみる私の表情はかわっていった。それが伝わったらしく、ケンちゃんはオロオロし始める。

「顔だけ見ていいって言ってるんじゃないよ? 和花ちゃん! 誤解しないで?!」

 私が黙ってじーっと見つめていると、さらに困惑していくケンちゃん。

 今日一番の慌てようだった。


「……和花ちゃん! 聞いてくれっ!! 内面が良いのが顔に出てるって言いたかったんだ! つまり全部がめっちゃ俺好みで…どストライクっ!!」

「……どストライク?」

「……あ…………」

 そこでケンちゃんは言葉を止めたけど、顔にはしまったと書いてあった。


「あーーっ俺! 何ドジ踏んでんだよ! やっべぇ! しまった……えっと、和花ちゃん! 今のは無しに…」

「……分かりました。じゃあなしで…」

「あーーっ! 待った!! それも困る、から……そのっ……」

 ケンちゃんはどこまでも困って慌てていた。その様子を見ていてやっぱり悪い気はしなくって、思わずくすりと笑ってしまった。

 すると、さっきの和やかな雰囲気から一変、少し張り詰めた、緊張した空気が伝わってくる。


「……和花ちゃん! その……今日一日、一回デートしたくらいで、うけてくれとは言わない。けど…前向きに、考えて貰いたいんだ…!」


 笑顔こそ浮かべているけれど、ケンちゃんの瞳は真剣だった。

「……うん。急に答えは求めない。てか、結論はまだ出して欲しくないし。……和花ちゃん、今日楽しかったかな?」

「うん。……とても楽しかったです」

 本当に楽しかった。あっという間に一日が終わって、こんなに充実した休日は久しぶりだった。


「楽しんで貰えてよかった」

 ケンちゃんはホッとした顔を作って、それから続けた。

「次のデートもその次も、その次も次もずーっと、俺、和花ちゃんを楽しませてあげる!その自信はあるよ」

 私は、ケンちゃんの自信溢れる表情と発言に頼もしさを感じた。

『瀬名さん以外に目を向けるのもいいと思う』

 ……美樹の言葉を思い出す。

「ケンちゃん」

 私は前を向きたい、今の場所から前に進みたいと思って、美樹がセッティングしてくれたコンパに参加した。


「……ケンちゃんの気持ち、本当に嬉しいです。だけど、まだ…直ぐには答えられなくて……」

「ごめんね。気持ちぶっちゃけちゃって。今言っても迷惑だろうなって思って、酒を抑えたのに!」

 ケンちゃんは少し照れたように鼻の下を擦った。

「……ケンちゃん」

「……懲りずにまた、デートに誘ってもいいかな?」

 ケンちゃんは、優しく微笑んで静かな声で言った。

 ほとんど室内で過ごしたデート。

 雨上がりでも雲は多く、今お互いの足元はぐちゃぐちゃで、空に満天の星が浮かんでいても私たちからは見えない。

 

 だけどここから全てが始まり、想い出も絵の具で色を塗り重ねるように替えられていく。

 新しい一歩を踏み出した充実感がそこにはあった。

 今目の前にいるケンちゃんを、ちゃんと知りたい。

 ちゃんと……考えていきたい。

 ……私の答えは一つだった。

「うん。また……誘って下さい」

 今日一番のケンちゃんの笑顔がそこにあった。


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