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** 1 **



(…出会った時、少し強引で…怖かったです)22:14ケン

(……だよね。ごめん。俺、お酒が入るとどうしても、調子に乗っちゃう系?(笑))22:14

 

 最近頻繁に夜、ケンちゃん(窪内健人)とラインをするようになった。

 彼とは約一月前、美樹が幹事として開いてくれた合コンで知り合った。

 ケンちゃんは私より三つ上の二十七歳。とてもマメで、ラインか電話は、ほぼ毎日している。

 普段はスタンプやお疲れーみたいな、取り留めのない内容ばかり。なのに、今夜はまだテニスのラリーのように、メッセージがきたらすぐに返事をしていた。


(明日はお酒飲まないから大丈夫だよ。デート、楽しませてあげるからね☆)22:16

「ふふ…」

 ケンちゃんの明るい性格が文面から滲み出ていて、思わず声をこぼして微笑んでいた。

 

 デートの誘いはこれまでにも何度かあった。

 けれど、まだ知り合って日が浅いし彼のことをよく知らない私は、仕事で都合が合わないのを理由に返事を先延ばしにしていた。

 それでもケンちゃんは根気よく誘い続けてくれた。

 

 出会った時からずっと、変わらずまっすぐ伝えてくれる好意に悪い気はしないし、いつしか私の方も少しずつ気を許すようになって、ついに私は、ケンちゃんとデートすることを決意した。


「…明日、楽しみです。と…送信!」


 合コン以来、美樹からも、

『ケンちゃんとどう?』

『デートはもうした? 一回してみたら?』

『ケンちゃんいい人だからいいと思う!』

 と、言われ続けたのもあるかもしれない。


 根負けというか、何度も誘ってくれるケンちゃんに、会って聞いてみたいことがあった。


「どうしよう。緊張してきた……」

 ケンちゃんと会うのは合コンの時含めてこれで二回目。しかも二人っきりでデート。

 不安と期待、色んな感情が胸の中に発生していた。

 明日は日曜日で、世間が休みの時ほど仕事が忙しくなるのがサービス業のさだめ。

 デパートの案内所(インフォメーション)で働いている私にとって、希望も出していないのに日曜日が休みなんて珍しい。そういった条件もデートを後押しした。


 おやすみなさい。のメッセージとスタンプがケンちゃんから送られてきた。

 私も同じような挨拶とスタンプを送り、ケンちゃんとのラインのやりとりを終えた。


 ……もう寝ようかな。

 ベッドに腰掛けてラインをしていた私は、近くの窓を閉めるために立ち上がった。


「あれ……?」

 カーテンを開くと窓の外から、降り始めの雨独特の匂いがした。


 網戸を開け、夜の闇に手を差し出し確認する。ポツポツと小さな雫が、私の手のひらにまだら模様を作り潤していく。


「明日、雨かな……」

 初デートが雨になりそうで普通なら少しがっかりするところ。なのに私は逆で、雨で良かったと思った。

 

 カラカラカラ……と、網戸と窓をスライドして閉じる。カーテンを閉めたところで、『ピロン』と、メッセージが届いたと、スマホが知らせてきた。



 *


「こんにちは」

「おー、……ちわ! 今日は来てくれてありがとう。 久しぶり。和花ちゃん」


 次の日。待ち合わせ場所である駅の東口に私は十五分前に着いた。


 静かに細く降る霧雨の中濡れないように、でも、すぐに気づいてもらえるような場所に立って、キョロキョロしながら待っていたら、駅構内ではなく雨の中からケンちゃんは現れた。


「和花ちゃん、今日もかわいいね! その服似合ってる!」

「ありがとう。ケンちゃんもおしゃれで素敵です」


 私は、小花柄ワンピに薄手生地の白に近いイエローカーディガンを羽織った明るめのコーディネート。

 今日のケンちゃんの格好は、ブラックのシャツにボーダーのカットソー。ベージュのクロップドチノを合わせた大人っぽさのあるカジュアルスタイルだった。


「雨降ってるから断られても仕方ないと思ってた。来てくれて嬉しいよ。早速行こっか」

 ケンちゃんはにこりと笑うと、傘を私の方に傾けてきた。

「ケンちゃん……? 私、傘持ってます」


 屋根の下で待っていた私の側に、ケンちゃんは傘を差したまま入って来た。

 ケンちゃんの大きな傘の中に一緒に収まる。


「せっかくだし、少しでもお喋りしたいと思って。お互い傘を持っていたら話しずらいし、相合傘で行かない? ……ダメかな?」

 ケンちゃんは眉尻を下げて優しい声で言った。

「ううん。ダメじゃないよ。私もお喋りしたいです

 私は彼に笑顔を返した。


「じゃあ行こう。あ、そこ! 大きな水溜りがある。気をつけて!」

 指差し確認をするように大きな手振りでケンちゃんは言った。

「は、はい。気をつけます……」

 ケンちゃんの紺色の傘は大きい。けど、お互い濡れないように肩を寄せ合う。それなのにケンちゃんは私側へ傘を傾ける。

「……大変! ケンちゃんの肩が濡れてる! 私は大丈夫だから、真っ直ぐ傘を持ってください」

「俺は濡れても平気!」

 私の申し出に、子供のようなあどけない笑顔をケンちゃんは浮かべた。

「わかった。ケンちゃんが濡れる前に目的地へ行こう。……どこへ行くの?」

「水族館とか、好き? 色々遊べる複合施設の中に水族館があって、雨関係なく楽しめると思うんだけど、……そこでいいかな?」

「うん。いいよ。水族館、好きです」

「まだ敬語混じってる。ラインでも言ったけどさ、使わなくていいよ。もっと打ち解けたいからさ」

「うん。気をつけるね」

「そうしてくれたら嬉しい!」

 ケンちゃんに向かって微笑み頷くと、私は前を向いた。


 雨が降っていても、交差点を行く人の波は途絶えない。

 ケンちゃんは人にぶつからないようにさり気なく歩く方向を誘導してくれたり、歩幅も私に合わせてくれた。


「……でさ、昨日夜はラインの後何してた?」

「……えっ?!」

 胸の奥がトンと跳ね上がり、声がうわずった。

 思わず聞き返した後、私より背の高いケンちゃんを見上げた。

「……深夜番組で面白いのやっててさー、和花ちゃんも観てたのかなって。……お、俺、そんなにおかしな質問した?」

 私の過剰な反応に、ケンちゃんは驚いていた。

「……ううん。おかしくないよ。でも、ごめんね。私はあの後直ぐに寝ちゃったからテレビ観てないの」

「そうなんだ。よく眠れた? 俺は……実は緊張しちゃって寝付けなかったんだよね。あ、興奮かな?!」

「ふふ。興奮して寝れなかったの?」

 平静を装って受け答えをしていると、なんだかケンちゃんに嘘ついているみたいな感じがした。


 ラインを終えたすぐ後、私が何をしていたのか、もちろんケンちゃんは知るはずない。なのに、「何してた?」と聞かれ、見透かされているかもって……一人焦ってしまった。


 何も、やましいことはないのに、後ろめたく感じるのは、あの後届いたラインのせい……。


 その後も、ケンちゃんは目的地に着くまで絶えずお喋りをして私を楽しませてくれた。



 建物の一階エントランスに着いて、改めて彼を見る。

「あ、肩が大変なことに……! やっぱり濡れちゃったね。大丈夫?」

「俺、身体だけは丈夫だから風邪ひかないよ。大丈夫。それより和花ちゃんは? 濡れてない?」

「大丈夫。濡れてない。ありがとう」

 私はバッグからハンカチを取り出すと、濡れたケンちゃんの肩を拭いてあげた。

 ケンちゃんのお陰で、私はほとんど雨に濡れなかった。


「実はさっきここへ来てチケット買っておいたんだ。どうぞ」

「え?! わざわざ先に?」

 ケンちゃんはチノパンのポケットから水族館のチケットを取り出して見せてくれた。

「約束の時間より大分早く着いちゃってさ。チケット買うのに並ばせるのも嫌だったし、ついでに下調べもしておこうと思ってね。ここ来るの俺初めてで楽しみだったんだ。和花ちゃんは? この水族館来たことある?」

「……え? 私? 私は…… ごめん。ここには前に友達と来たことがあるの」

「なんだぁ。そっかぁ~。でも、ここ観光の定番スポットだもんな」

「あ、でも来たの何年も前だから嬉しいよ。また来たいと思っていたの!」

 ケンちゃんが少ししょんぼりしたのが見て取れて、私は慌てて彼をフォローした。

「そう? なら良かった。よし、早速入ろっか!」

 彼はぱっと笑顔になった。

 さっそくチケットを持って水族館の入口へと向かった。


 ふふ。……私と違って切り替えが早いな。

 ケンちゃんが落ち込んで見えたのは一瞬で、今はにこにこしている。


 暗い館内を進んでいくと直ぐ目に飛び込んできたものは、海の中をイメージした水槽群。珊瑚や色取り取りの魚が私たちを出迎えてくれた。


「うわぁ……すごーい!」

 日常から切り離され一気に異世界へ潜り込んだみたいで、目を奪うその光景に思わず声が溢れた。

 幻想的な美しさに私がその場でぼおっと突っ立って見入っていると、ケンちゃんは人をかき分け水槽の前まで連れて行ってくれた。最前列で中を覗く。

「……綺麗」

「本当、綺麗だね」

 泳ぐきらきらの魚を目で追いながらうっとりしていると、彼の声が私の耳のそばで聞こえて、驚いて顔を横に振った。

 ケンちゃんは結構な至近距離で微笑んでいた。

「……だね。あ、見てあのお魚、光っているみたい」

 水槽の中を泳ぐ魚を指差しながら、会話を続ける。

「俺が綺麗って言ったのは、和花ちゃんのことだけどね」

「…え?」

 びっくりして思わずケンちゃんを見た。


 さっきと変わらない優しい微笑みとまっすぐ見つめてくる瞳から本気で言っているのが伝わってきて、照れくさくなった。パッと視線をそらす。

「……あ、りがとう……」

 俯いてお礼を言った後、なんとか顔を上げ笑顔を返した。

「和花ちゃんに喜んで貰えて良かった」

 ケンちゃんは照れたり恥ずかしがる様子もなく、さらに「和花ちゃんの反応可愛い!」とテンション高く言った。

 さらっと綺麗とか可愛いって言えちゃうケンちゃんって、凄いなあ……。


 仕事場の男性従業員やお客さんから挨拶代わりの軽いノリで、可愛いって言われたことは今までにもあるけれど、こんなシチュエーションでストレートに綺麗って今まで言われたことなかった。

 ちょっと、ドキドキしちゃった……。

 恥ずかしいけれど、褒められて嬉しかった。


「和花ちゃん、あっちの水槽も覗いてみようよ。行こう!」

「……うん!」

 ケンちゃんはさりげなくリードしてくれた。

「ケンちゃん見て。ブルージェリーだって。かわいい。くらげって見てると癒されるよね」

 言いながら見上げたら、ケンちゃんは渋い顔をしていた。

「あれ? ケンちゃん、くらげ嫌いなの?」

「実は俺、学生の時にさー、男友達と海行ったんだけど、海に入って五分もしないうちにくらげにビリッて刺されて、痛くてテンション下がった時の記憶が蘇る……」

「え? 入って五分?!」

「うん。そのあとずっと水で冷やして、全っ然海を堪能出来なかった。野郎の友達ががち泳ぎしている姿を砂浜で見守っていたよ。……監視員のように」

「監視員?」

「うん。あいつらが勝手に抜け駆けしてナンパしないように。砂浜で俺は仁王立ちよ! 熱い視線を二人に送りまくった」

「ケンちゃんって、本当面白いね!」

 ケンちゃんはその時の監視員ぶりをジェスチャー混じえて再現してくれたり、くらげ跡がまだあるっていって腕の傷を見せてくれた。


 デートする前は、私も少し緊張していた。

 なのに、ケンちゃんの醸し出す明るい雰囲気のお陰で、それがすっかり解かれて楽しくなっていた。


「いいよね。海! 私もよく……」

 だからつい、あまり考えもなしに口走っていた。

「私もよく? なになに? 和花ちゃんも海とか結構よく行くの?」

 目を輝かせ、興味津々に尋ねられて私はどう答えたらいいか少し迷った。

「……昔は、……ね。美樹とかとよく行ってたよ」

 私が笑って答えると、ケンちゃんはさらに目を輝かせた。

「へぇ! じゃあこの夏みんなでまた行けたら楽しいんじゃない? 行こうよ! 俺、和花ちゃんの水着姿、見たいっ!」

 顔の前で拝むように手を合わせ、懇願するように真剣な眼差しでケンちゃんは言った。

「う、うん。行けたらいいね。美樹達にも伝えておくね。あ、あっちの水槽はなんだろ? 行ってみようよ!」

 私は逃げるように小走りで次の水槽へと観に行った。


「和花ちゃん、マジで行こうよ! 夏の間に必ず一度は海へ!」


 すぐに追いついたケンちゃんは引かなかった。

 約束するまで話題を変えるつもりがないらしく、私は仕方なく、わかったと答えていた。



 その後は二階、そして屋外の三階へと移動した。外に出てみると雨は止んでいた。ただ、地面は水たまりがいくつもあり、まだ湿っている。

 空を見上げると、黒い雲の塊が頭上に一部、居座っていた。

 傘は使わずに、そのまま色んな魚やアシカ、ペンギンを観て回った。


「和花ちゃん疲れたでしょ。俺は平気だけど、ソフトクリーム食べて休憩しようか!」

 水族館を隅々まで観て回って、確かに少し疲れていた。

「ありがとう。うん。休憩したいかも」

 もし、ケンちゃんが休憩しようと言ってくれなかったら、私は無理してケンちゃんに合わせていた。だから、気づいて言ってくれて内心ほっとした。


「そこのベンチで待ってて! ソフトクリーム買ってくるから」

 私は屋根があるところに設けられた濡れていないベンチに座ることが出来て、そこでケンちゃんが帰ってくるのを待った。


「はい、お待たせ。喉も渇いているでしょ? ペットボトルだけど、お茶も買ってきた」

「ありがとう。ケンちゃんって、本当優しいよね」

 素直にそう思ってソフトクリームを受け取りながらにこりと笑って話しかけた。

「俺? 優しくないよ」

 肯定するかと思ったら、意外な答えが返ってきた。

「普段はね、誰にでも優しいってわけじゃないよ。和花ちゃんだけ特別!……俺のこと、意識して貰いたいから」

「意識……?」

 聞き返すとケンちゃんはいきなりストロベリーのソフトクリームをパクパクと大きな口で頬張りはじめた。

 ……あれ? 照れているのかな? 

 ケンちゃんはもくもくとソフトクリームを食べている。


 明るいし、リードしてくれるし、年上の男の人だけど可愛いな。と、クスっと小さく笑うと、ケンちゃんは食べるのをやめて私をみた。

「……俺に見惚れてないでさ、和花ちゃんも食べなよ美味しいよ?」

「……うん。いただきまーす」

 私も白いバニラのソフトクリームをぺろっと舐めた。ミルクの濃厚な味が口に広がる。


「うっわぁ!  和花ちゃん、食べ方可愛いなぁ~。そんなそんなちょっとずつ食べてたらソフトクリーム溶けちゃうよ?」

「ケンちゃんの一口が大きいんだよ。ほら、顎にソフトクリームがついてる」

「え? まじで?!」

 ケンちゃんは慌てて自分の顎へと手を持っていく。

「待って。拭いてあげる」

 私はバッグからティッシュを取り出し、ケンちゃんの顎についたソフトクリームを拭き取ってあげた。

「……ありがと。さっき俺のこと優しいって言ったけど、和花ちゃんだって優しいよね」

「そんなことないよ……」


『ケンちゃんは特別』と、同じように返してあげることができなくて、言葉が尻すぼみしてしまった。


「…ソフトクリームとお茶、ごちそう様でした」

 数分かけてソフトクリームを食べ終えると、私はぺこりと頭を下げてお礼を言った。

「どーいたしまして。休憩もう大丈夫? 次、行ける?」

「うん。大丈夫! 行けるよ」

 足は鉛をつけたみたいに重くなっていたのに、それが取れて軽くなった。


「よし! じゃあ次ショッピング行かない? 欲しいものないの?」

「欲しいもの?」

「うん。何でも買ってあげるよ」

「無理しなくて大丈夫だよ」

「無理とかじゃなくて、してあげたいの。だから遠慮しないで。今日は和花ちゃんに最高に楽しんでもらいたいからさ!」

 ケンちゃんはすくっとベンチから立ち上がって言った。屈託無い笑みを惜しげもなく私にくれる。


 一生懸命私を楽しませようとしてくれているのが伝わってきて純粋に嬉しくなった。

 つられて私も笑みを浮かべて、ケンちゃんを見あげていた。

「ありがとう。欲しいものあったら遠慮なく言わせてもらうね!」

 やさしく微笑み、歩き出したケンちゃんの後をついて行った。



 建物の中に戻ると、ウインドーショッピングを心ゆくまで堪能した。

 欲しいものを絞ってゆっくりお店を見て回る私のペースにケンちゃんは付き合ってくれて、悩むと意見を聞かせてくれた。

 面白く話しかけてくれたりずっと笑いが絶えなくて、とても楽しかった。


「もっと、いいものリクエストしてくれても良かったのに。プレゼント、本当にそれで良かったの?」

「うん。これがよかったの。仕事場にも持っていけるクラッチバッグ、ずっと探していたから」

 プレゼント自体遠慮しようとしたけれど、ケンちゃんの中で買うのは決定事項だったらしく、結局買ってもらった。


 ウインドーショッピングをしている時、色々目移りして決めかねてしまった私は、実用的なものに絞って選んだ。それがクラッチバッグ。

「…ありがとう。大切に使うね」

 私は微笑みながらお礼を言った。



 そのあと私たちは夜景が眼下に見える、まるで空に浮かんでいるかのような最上階の場所でディナーを楽しんだ。

 目でも楽しめる素敵な料理を味わい、満足そうに微笑んでいるケンちゃんとお店を後にする。


「…ちょっとディナーには早い時間だったけど、大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ。でももうお腹いっぱい! 大満足です」

「喜んでもらえて良かったよ。それで実はもう一個、プレゼントを用意しているんだけど、まだもう少し時間大丈夫?」

「え? プレゼント?!」

 たくさん楽しませてもらったし、クラッチバッグも買って貰った。だからもうこれ以上は望んでいなかった。

「ここは水族館も有名だけど、もう一つ、取っておきのところがあるんだ。それがこれ!」

 ケンちゃんはおもむろにポケットからチケットを二枚取り出し、私に見せてきた。


「……プラネタリウム?」

「上映は20時から! 今から行けばちょうどなんだ。一緒に見よう」

「チケットいつのまに、あ……もしかして水族館のチケットを買った時に?」

「そう。正解! 驚かそうと思ってね。プレゼント、気に入ってもらえたかな?」


 食事中私は、この特等席から何度も、窓の向こうに見える地上の星を眺めた。

 夜空の星は、厚い雲と細く煙るように降る雨に覆い隠され、全く見ることが出来なくて、実は少しほっとしていた。


 ……それなのに、これから人工とはいえ、満天の星を観に行くだなんて……。


 私は、ケンちゃんのまっすぐな視線から目を逸らすことが出来なかった。

 ふっと小さく、詰めていた息を逃す。


「ケンちゃん。プレゼント……ありがとう」

 私は、必死に笑顔を取り繕った。



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