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** 17 **

 菜桜子さんの結婚式から約二ヶ月後、

 寒さが厳しい十二月二十二日の土曜日の今日は、みんなと休みを合わせ、雅の部屋に集まった。


「メリクリっ、和花! お誕生日おめでとう!!」

「ありがとう!」


 昼間からお酒を開けて、少し早めのクリスマスパーティー。そして、私の年に一度の誕生日を二人が祝ってくれる。幸せいっぱいで頬が緩みっぱなしだった。


「これで和花も二十五歳か。二十台も折り返しだね。アラサーだ!」

「アラサー……。私、早く大人になりたかったから嬉しい響き」

 ビールを持ってにこり。

「ねえ、最近どうなの? 瀬名さんと」

 雅が料理を取り分けながら私に聞いてきた。

「瀬名さん? んー、相変わらずだよ。仕事にプライベートに忙しいみたい」


 怜司は菜桜子さんたちの式後、すぐに経営するお店を一店舗増やした。

 その新しいお店も順調に売り上げを伸ばしているらしく、忙しさは今までの以上になっていた。


「でも今日は和花の誕生日だし、さすがに会うんだよね?」

 雅の質問に私はこくりと頷いた。

「うん。会うよ。二週間ぶりだから、嬉しい」

「え。マジで!? すっごい久しぶりじゃん!」

 美樹的には二週間会わないというのが衝撃的だったらしく、とても驚いた顔を私に披露してくれた。


「瀬名さんとはね、今日から三日間有給使って旅行に行くの。だから会えなかった分ワクワクして昨日は眠れなかった」

「おー、十分ラブラブじゃん。良かった良かった」

 雅が焼酎が入ったグラスを持ってににこりと微笑んで言った。


「……二人とも、色々心配かけたり相談に乗ってくれたりして、本当にありがとうございました。こんな誕生日祝いもしてもらえて私とっても幸せです。これからも変わらずみんなとこうやって集まりたい。だから、まだまだよろしくね」

「もちろんよ! これからも女子会は続けよう。あ、でも今日は女子会じゃなかった」

「……え?」

 私は美樹の発言に首を傾げる。


「実は、今日はサプライズゲストがこの後来る予定です!」

「サプライズ? 誰か来るの……?」

「和花が喜ぶ人達!」

「美樹、それはどうかな。喜ぶかは微妙じゃない?」

 雅はくすくすと笑って言った。


 私が喜ぶゲストと言ったら、大好きな菜桜子さん京介さん夫婦くらいしか浮かばないけど、美樹と雅は二人と接点ないし……。


「あ、噂をすれば、もうアパートの下に着いたみたい」

 美樹がスマホを見ながらにこりと笑った。

「和花、悪いんだけど、玄関で出迎えしてもらってもいい?」

「うん、わかった」

 雅に促され玄関に移動していると、ドアフォンが鳴った。


「開けていいよー」

「……わかった。開けます」

 私は二人に向かって頷くと、玄関扉をガチャッと開けた。


 開けた瞬間、目の前には大きな花束。そして……


「えッ!……ケンちゃん!?」

 二カ月ぶりに会う、ケンちゃんが立っていた。


「誕生日おめでとうございます!……久しぶり。和花ちゃんの誕生日祝う約束してたし、その……来ちゃいました」

 ケンちゃんは申し訳なさそうに笑いながら言った。


 ケンちゃんとは菜桜子さんの結婚式前夜にお別れしてから一度も会っていなかった。まさか、約束を守るために来てくれるなんて思っていなくて、胸が熱くなる。


「……嬉しい。ありがとう、来てくれて」


 友達として握手を交わしたけれど、その日以降、ラインが送られてくることもなくなったし、私はすっかり嫌われてしまったものだと思っていた。



「ケン、邪魔。玄関に突っ立ってないで中に入れ」

「うわ。ちょっ押すなよ、裕哉!」

 再会に感激していると、ケンちゃんの後ろに背の高い岡崎さんがぬっと現れた。

「あ、ごめんなさい。ケンちゃんどうぞ入って」

 私は慌てて、スリッパを並べる。


「お邪魔します」

「あれ、陽介は?」

「遅れるって」

 リビングで待っていた雅は二人に話しかけた。

「とりあえず座って。もう一度、かんぱーい!」

「乾杯って……。まだ俺たち飲み物貰ってないけど……」

 もう酔いが回っているのか、美樹はご機嫌な様子で言った。

 しばらくして遅れていた陽介さんも加わり、夏に海に行ったメンバーが久しぶりに揃った。

 また前みたいにみんなで集まれたことがとても嬉しかった。


「……和花ちゃん、ちょっと二人で話してもいいかな?」

 皆が思い思いに料理を食べ、お酒を呑んで楽しんでいると、ケンちゃんがそっと私に話しかけてきた。


「あ、いいよ。えっと、どうしようかな……」

 私は部屋の中をきょろきょろと見渡した。

 二人で話をするにもここは雅の部屋。……どこに行こう?


「俺と和花ちゃん、ちょっと買い出し行ってきまーす」

「えー? 主役の和花に買い出しさせ、……」

「美樹、気を利かせろ。ケン、いってらっしゃい」

 岡崎さんは美樹の言葉を遮るように口に手を持っていくと、ケンちゃんに向かってしっしっと追いやった。



 結局私とケンちゃんは以前話をした公園に向かった。殺風景な公園には木枯らしが舞っている。


「外寒い! 誰もいないし……」

 ケンちゃんはジャケットを羽織らず出てきてしまい、肩をすぼませ寒そうにしている。

「ケンちゃん大丈夫? 私のマフラー使って」

 私は自分の首に巻いていたマフラーを外しながら言った。


「いや、いいよ。和花ちゃん寒いでしょ」

「私は大丈夫。コート着てるし、結構下、着込んでるから」

 微笑みかけながら、マフラーをケンちゃんにかけてあげる。


「さっきも言ったけど、今日は来てくれてありがとう。ケンちゃんどうしてるかなって、思っていたから……会えて嬉しかった」

「この通り元気だよ。でも…正直言うとあの後すっげえ落ち込んで、さすがに連絡できなかった。ごめん」

 ケンちゃんはさっきと同様に、申し訳なさそうに笑った。


「瀬名さんとは寄り戻せて、仲良くやってる?」

「うん」

「……そっか。それならよかった」

 ケンちゃんは優しい瞳を向けてくれた。


「あ、そうそう。俺、最近車買ったんだ」

「え? あ、車?」

 ケンちゃんは急に思い出したように言った。


「うん。フォルクスワーゲンのゴルフ! 中古だけどね、見た瞬間一目惚れしたんだ。俺、デートしてもいつも駅まで送ったり、タクシーだったでしょ。車で送り迎え本当はしたかったんだよね」

 ケンちゃん、そんなふうに思ってくれてたんだ……


「どこかで待ち合わせしてデートするのも楽しかったよ」

 私は微笑みながら伝えた。


「今日は裕哉の車で来ちゃったし、和花ちゃんを送る機会はもうないかもしれないけど、……いつか、俺の買った車見て欲しい」

 ケンちゃんは少し照れくさそうにしながら言った。


「うん、わかった。今度ケンちゃんの愛車、見せてね」

 すると、ケンちゃんはじっと黙ったまま私の目を見た。


「ケンちゃん?」

「車はね、実は瀬名さんの店で買ったんだ」

「え……?」  

 私は目を大きく見開いた。

「今日、ここに来たのはさ……、ちゃんとけじめつけようと思って」

 ケンちゃんは真剣な目で私をまっすぐ見つめる。一呼吸おいてから口を開いた。


「俺ね、和花ちゃんのこと本当に好きだった。まだ、正直他の女性とか考えられない。……それくらい、和花ちゃんに俺は夢中だった」

 私は、ケンちゃんから目を逸らさずに見つめた。


「ケンちゃんと過ごしたあの夏の日々は本当に楽しかったよ」

「俺も楽しかった」

「……でも」

「でも、瀬名さんがいい。だろ。大丈夫。ちゃんと、分かってる」

 私が言い淀むとケンちゃんはふっと笑った。


「和花ちゃんを困らせたいわけじゃないから安心して。正直もう、俺は前を向こうと思ってるから。……これからもまた今日みたいに気にせず集まってもらっていいかな?」

「それはもちろん! 私もまたみんなと集まれて嬉しかったの。だから、……本当にありがとう」

 私は深々と頭を下げた。


「……よかった。正直、嫌われてうざがられるんじゃないかと心配してたんだ」

「嫌ったりなんてしないよ」

 私は首を何度も横に振った。


「でもさ、瀬名さんは俺と和花ちゃんが会っても平気かな? その……やきもちとか」

「それは大丈夫だと思う。瀬名さんはそういうこと気にしない人だから」

 私はニコッと笑いながら答えた。


「……和花ちゃんは? 瀬名さんが和花ちゃんのいないところで女の人とパーティーしてても気にならない?」

「私はね、気にしないようにしたの。いちいち心配してもキリがないというか……私は瀬名さんを信じてるの。だから大丈夫」

 もう一度私は、にこりと笑った。


「……お互い信じ合ってるんだね。じゃあ、瀬名さんには気にせずお願いします。その、……友達として!」

 ケンちゃんはそういうと頭を下げて手を差し出してきた。


「ごめん。もう一度、また握手してもらってもいい? ……友達として」

「友達?」

「そう。今日は友達としてきたんだ。それをちゃんと伝えたくて」

 手を出したままケンちゃんは顔をあげてにっと笑った。


 私はケンちゃんの手にゆっくりと触れた。


「こちらこそ、これからも友達としてよろしくお願いします」


 冷たい風が私たちに向かって吹き荒れる中、私はケンちゃんの温かい手をぎゅっと握った。



「あ……いけない。私そろそろ行かなくちゃ!」

「あ、瀬名さんのところ?」

「え? あ、うん……」

 あれ? 私ケンちゃんに今日これから怜司に会うって言ったっけ?


「今日は和花ちゃんの誕生日だもんな、いっぱい瀬名さんにお祝いしてもらうんだよ」

「うん。ありがとう」

 ケンちゃんに笑顔を向けると私たちはすぐにアパートに戻った。



「みんな今日は本当にありがとう。私は先に抜けるけど、この後も楽しんでね」

 みんなにお礼を言うと、私はすぐに荷物を持った。


「クリスマスパーティーはこれからだからね。楽しみまーす!」

「和花も楽しんで。いってらっしゃい!」

 美樹と雅に見送られ、私は急いで自分の部屋へと戻った。


 ドアを開けるとリヅが出迎えてくれて、大きな目を私に向けるとにゃーっと元気よく鳴いた。


「リヅ。ごめんね。今日から三日間、お泊りになるけど……いい子で居るんだよ」


 クリスマスは美樹や雅もアパートを空けるらしくて、旅行に行っている間リヅは怜司の友達、獣医の横田さんに預けることにした。


 リヅを猫運搬用バスケットに入れてアパートの階段を下りる。すると、ちょうど怜司の車がアパートの駐車場に入って来て停まった。

 私が駆け寄ると、瀬名さんが降りてきて後部座席のドアを開けてくれた。


「時間ぴったりだね。仕事終わった?」

「もちろん。終わらせてきたよ」

「そう、よかった。お疲れさま」

 短く挨拶をしてリヅを後部座席に乗せ固定すると、私は助手席側に回った。


「和花」

 シートベルトをしていると、急に怜司の手が私の頬に触れた。

 そして、そのまま怜司の顔が近づき、私の唇を塞いだ。


「……びっくりした。どうしたの?」

 胸をドキドキさせながら聞いた。

 怜司はにこりと笑うと、ギアをドライブに入れて車を発進させた。


 リヅを横田さんに預け、車は高速に乗る。

 怜司は快調に飛ばしていく。


「……和花、なんかあった?」

「……え?」

「今日美樹ちゃんたちと昼間飲んでたんだよね? その割には和花大人しいなって思って」


「…美樹との飲み会でっていうより、さっきの怜司が珍しいなって思って、その……まだびっくり中です」

 会ってすぐの不意打ちキスに、意識はすっかり奪われていた。


 怜司はふっと笑った。


「俺のことを考えてたんだ?」

「うん。そうだよ。……それだけ怜司に会えて嬉しかったの」

 私は運転する怜司の横顔に向かって言った。


「ごめん、しばらく会えなくて。寂しかった?」

「……もう慣れちゃった」

「へえ……。前は寂しかったって文句言ってたのに。和花さんも変わったね」

 怜司は運転しながら私をちらりと見て言った。


「怜司と付き合うのにこれくらいで寂しがってたら身が持たないよ。私、強くなったでしょ?」

「俺より強くなったんじゃない?」

「それはないよ! 怜司みたいにハート強くない」

 私の即答に怜司はくすっと笑った。


「どうかな? 俺は和花に会いたかったよ。会ってすぐキスしたくなるくらい」

「なッ……!」

 怜司の不意の言葉に、顔が一気に熱くなった。


「今日は和花さまが楽しめるように、尽くさせていただきます」

「……急に営業モード? じゃあたっぷり楽しませていただきます」

 私の返しに怜司は、ははっと声に出して笑った。


 その後車は真っすぐ南下して高速を降りると海に出た。海岸沿いの国道をしばらく走ったあと、怜司は海水浴用の駐車場に車を停めた。



「うわあ、ここ、懐かしい! 初めてデートしたところだね!」


 少し歩いて砂浜に降りた。

 そこは空と海が一望できるとても景色のいい絶景スポットだった。

 だけど真冬に訪れているのは私たちくらいでほとんど貸し切り状態。時刻もいい頃で、もうすぐ日は沈む。


「前に来たときは昼間で夕日見なかったからね、見る約束だったし」

「約束、覚えてくれてたんだ……」

「もちろん。覚えていたよ」


 澄んだ冬空の下、私と瀬名さんは砂浜に落ちていた大きな石の上に並んで座ると、刻一刻と変化する海をしばらく眺めた。


 海に沈む夕日を見つめながら私は、数カ月前の夏にケンちゃんと一緒に見たサンセットを思い出していた。


「和花、寒くない? いつもしてるマフラーは?」

「え? あ、マフラー……、ケンちゃんに貸したまま忘れてきちゃった」

「ケンちゃん?」

「うん、今日、昼のパーティーにケンちゃんも来てたの。久しぶりあえて懐かしかった」

 私は怜司に隠しごとをしないと決めていた。あった事、思った事なんでも話する。


「ケンちゃん、瀬名さんから車買ったんだってね。さっき聞いて驚いちゃった」

「あ、それ聞いちゃったんだ……」

 瀬名さんはなぜか少し渋い顔になった。


「……私、聞いたらダメだった?」

「いや……。てかパーティーって室内じゃないの? よっぽど部屋寒かったんだね」

「えっと、そういうことじゃなくて……。私とケンちゃんは外で話をしてたんだけど、ケンちゃんジャケット羽織ってなくて寒そうだったの」


 ケンちゃんと二人、公園で話をしたって言っても、怜司はやきもちなんか妬かないと思って、私はそのまま話して聞かせた。


「ケンちゃんって抜けてるところがなんていうか可愛いんだよね。母性本能くすぐるっていうか……」

「ケンって和花の母性本能くすぐるんだ。なかなか危険な男だな」

「え!? そう? 危険って思ったこと一度もないよ」


 私はくすくす笑いながら怜司を見た。

 怜司はそっか。と一言呟くと、煙草を取り出した。


 瀬名さんは静かだった。海を見たまま黙ってふうっと煙草の煙を吐き続ける。

 風は強く、煙はあっという間に散々してしまった。


 ケンちゃんを危険な男と言いながらもどこか余裕を見せる瀬名さんに、別れる前なら、なんで淡白な反応なの?  と、悲しくなって責めていた。でも、今なら違う。


「怜司にも母性本能発揮してみたい!」


 私の発言に瀬名さんは目を丸めた。


「ちょっと、やってみるね。……こら、怜司。煙草吸いすぎたよ。没収!」


 私は怜司の手から煙草と携帯灰皿を奪う。

「メ!」


 すると、最初目を見開き言葉を失っていた怜司は、やがてふっと笑った。


「メ! って……母性本能っていうか、母親みたい」

「ふふ、ほんとだね」


 一緒に笑いながらも、至近距離で微笑む怜司に私の心臓はいつまでたっても慣れてくれない。

 胸はどきどき高鳴っていた。


「和花、変わったね。さらに高尚になった」

「言い方! 高尚って、なんか別の意味で使っているでしょ? なんていうか、年寄り扱い?」

「バレたか」

「バレバレ! 私の方が歳下なのに! もう! 怜司の身体を気遣うのは前からしているよ?」

「そうだったけど、メって怒られるのは新鮮で、うん。意外といいかも。またして?」

「……考えとく!」

 私の返答に怜司は嬉しそうに笑った。そして、海の彼方に視線を向ける。私も同じように海を見た。



「……オーロラ、観に行こうか。年が明けて、俺の仕事が少し落ち着いたらになるけど、それでもいい?」

「怜司、もしかして……」

「約束覚えているよ。俺と一緒にオーロラを見たいんだろ。なんだっけ、天の川にちなんだオーロラ神話?」


「うん。とてもマイナーなお話だけどね。私その話が好きなの覚えててくれたんだ……」

 胸がじんっと熱くなった。


『オーロラを見に行く』は、瀬名さんと別れる前に満天に輝く星空の下で約束したものだった。


 でもその約束は果たされる前に私たちは別れてしまい、そのことはずっと心残りだった。


 ケンちゃんと初めてのデートの時、プラネタリウムを見て感極まってしまったのは、儚くきらめく星々にどんなに願い想っても、叶わないことがあることを私は胸が痛くなるくらい思い知ったから。


 すっかり諦めていた。

 痛む胸を癒すために忘れてすらいた夢が、急に叶うことになって、とても嬉しくて泣きそうになった。

 でも泣かずに、にっこり笑って怜司を見る。


「ありがとう。絶対今度こそ行こうね!」


 瀬名さんは返事をする代わりに私の肩を抱きしめると、もう海の彼方に沈んだ夕日の方向を眺めた。


 空には夜の主役の黄色い月と星たちが、きらきらと眩い光を放ち始めていた。




 すっかり日が沈み暗くなった海を後にした私たちは、ディナーを予約しているお店へと向かっていた。

「ちょっと、予約の時間より早いな。どこか寄りたいところある?」

「時間あるの? うーん。どうしようかな……」


 私は急に寄りたいところを聞かれ、パッと頭に浮かばず困って外をちらりと見た。

「……あ、あそこは?」


 私はちょうど目に飛び込んできた街を彩るイルミネーションを指さし、運転する瀬名さんの横顔を見た。


「この道まっすぐ進むと駅でしょ。たしか、駅の広場に大きなツリーが飾ってあるってテレビで見たよ!」

 [十七メートルになるツリーだっけ。いいよ。じゃあそこに寄って行こうか」

「うん!」


 怜司は数分車を走らせ、広場の近くのパーキングに車を停めた。

 手を繋ぎ、目的のツリーのある広場まで並んで歩く。


「あ、見て! 街路樹にまでイルミネーションだ! 近くで見ると、ほんと綺麗っ!」


 木々だけじゃなく、腰ほどの植え込みにまで電飾は飾ってあって、ピカピカと光っていた。

 広場は公園のようにベンチや噴水などもあって、水の中にまで光の演出がされていた。


「見て、全部が全部光輝かせてるわけじゃないの。ちゃんと暗闇も残してる。すごく素敵…この細かいところまでの配慮、拘りを感じる!」


 細かいところまで趣向を凝らし、見るものを飽きさせない工夫がされていて、訪れた人に楽しんでもらおうとする最大限のおもてなしを私は感じた。


 私と怜司はその光り輝く道をゆっくりと進んで行く。


 終始興奮した状態で私は、今だけのイルミネーションを心から楽しんだ。



「うわあ。すごい、綺麗っ! 大きい!!」


 開けた広場に出るとまず最初に目に飛び込んできたのは、この公園のメイン、白くて巨大なクリスマスツリーだった。


 そして、ツリーの背後にはこの駅と広場のシンボル、ツリーより大きい巨大柱時計が悠然と見えた。


 白いクリスマスツリーには、LEDによってまるで雪が降り積もっていくように、上から下へ光の滴が落ちていく演出がされていた。


「素敵なツリーが見えてよかった。ここに連れて来てくれてありがとう」

 私は横で一緒に巨大ツリーを見上げる怜司に笑顔でお礼を言った。

「喜んでもらえてよかった」

 怜氏はツリーから私に視線を移すと、にこりと微笑み私のおでこにキスを落とした。


 タイミングよく、柱時計の鐘が鳴り始める。


「あ、七時を知らせる鐘かも!」


 私はツリーの後ろにある、柱時計を見た。

 広場を行く全ての人に時を知らせるため、大きな鐘の音が厳かに鳴り響く。


「見て、和花。あれ」


 私は鐘の音に耳を傾けていた。

 声をかけられ、柱時計から瀬名さんが見つめる視線の先、広場の方を見た。


「あれ……?」


 私たちから数メートル離れた広場の真ん中、黒のトレンチコートを着たサラリーマン風の人が、腕時計を見るしぐさをしたまま固まっていた。


 さらにその人の前を通り過ぎた仕事帰りらしい女性二人も、固まった人を見て喋っていたのに、急に笑顔のまま時を止める。


「……怜司、なんか様子おかしくない?」

 私は横にいる怜司の顔を見た。


「和花、あそこも」


 もう一度広場を見ると、今度はその光景に気が付いた若い男の人が、物珍しそうにスマホを取り出し、写真を撮ろうと構えた。すると、またその男の人までがその姿勢のまま動かなくなった。


「怜司、これどういうこと?」

 日常と違う目の前のおかしな光景に、私は興奮と少しの不安を感じ、怜司の腕にしがみ付く。


 七時を知らせる鐘が鳴り終わる。

 すると、どこからともなく聞き覚えのある曲のイントロが流れ始めた。


「この曲は……“What Makes You Beautiful”!」


 気が付いた次の瞬間、

 最初に動かなくなったサラリーマンが曲に合わせて踊りだした。


「これ、……フラッシュモブ!?」


 わかった瞬間私は興奮して、怜司に話しかけた。

 次に女性二人組も踊りだして、華麗にステップを踏む。


「うわあ、上手! あ、また踊り始めた!」

 さらに写真を撮ろうと固まっていた男の人までも踊りだした。


 私たち以外にもフラッシュモブだと気が付いた人が足を止め、観客がどんどん増えていく。


 メロディーに合わせて人が増えて、踊りも大胆になっていく。

 曲が盛り上がるサビに入ると同時に、その光景を見ていた通行中までもがいきなり踊り始めた。


「わぁ! 人数が多いっ! あっちでも、こっちでも踊ってる! すごいすごい!」


 見る人、踊る人関係なく、笑顔の輪が広がっていく。

 気が付くと白いツリーを中心に人が踊り、広場全体がダンス舞踏会に様変わりしていた。


 すごい本格的な演出!

 これ、誰へのサプライズなんだろう?


 二曲目のAメロに入って、落ち着いた曲調になった。私がそうふと思った時、一人の男性が大きな花束を持って現れ、私たちの近くにいた女性の元へ駆け寄った。


 踊っていた人もそのカップルの元に集まり、中心にするようにして踊り始める。


 突然現れた男性に女性は驚いて恥ずかしそうに、でも同時に嬉しそうに微笑んだ。

 そんな女性の前で男性は、花束を持ったまま踊り続ける。


 Bメロに入ると、男性は踊るのをやめて真っすぐ立ってかしこまり、彼女に花束を差し出した。


「わっ、もしかして告白!?」

 私は自分事のようにドキドキしながらそのカップルの様子を見守った。

 その光景を通行人の人も一緒に見守る。


 女性がにこりと微笑み、ゆっくり花束を受け取ろうとした次の瞬間、


 曲が盛り上がる二回目のサビに入り、二人が同時に踊り始めた。


「ええっ、どういうこと? 違うの!?」

 予想を覆させられ、さらに私は驚き、興奮した。


 二人が仲良く並んで楽しそうに踊る。その間にも踊る人が増えていく。ヘルメットをかぶった工事現場の人、近くのお店のウェイトレス、コンビニの定員さん、学生服の女の子。職種も年齢も様々だった。


 Cメロに入ると、みんなが手を挙げて手拍子をし始めた。

 私もつられて一緒に手拍子をする。


 この後どうなるんだろう?

 自分たちがしたフラッシュモブと違う演出に私はワクワクして楽しんでいた。


 ひと時手拍子をした後、広場で踊っていた人がある個所を指し示した。

 その先を見ると、


「……え?」


 私は手拍子を止めて、目を大きく見開いて固まった。


 広場の側の国道に青い車体のフォルクスワーゲン、ゴルフがハザードランプを点けて止まっていた。そして、運転席から降りてきたのは……


「……ケンちゃん? それにリヅ!?」


 リヅは顔だけを出して大人しくバスケットに収まっていた。それを手に下げ、大きな花束を持っているのはケンちゃん。


 手拍子がどんどん大きくなっていく。みんながケンちゃんのために並び道を作る。


 英語の歌詞の独奏が流れる直前、手拍子がぴたっと止まった。


 ケンちゃんは私たちの元へゆっくり近づいてくる。

 踊っていた人もそのケンちゃんを先頭にゆっくり歩いて来る。


 わけが分からなかった。

 でも、私の胸は、何かが起こりそうな予感にドキドキと高鳴り続ける。


 私の正面に立つとケンちゃんは、にこっといつもの笑顔を浮かべた。


 どうリアクションを取ったらいいのかなと困って、私は怜司の顔を覗いた。


「瀬名さん!」


 曲が最後のサビに入る直前、ケンちゃんは怜司の名前を呼んだ。そして、


 その花束を怜司に向かって投げつけた。


「えっ!?」


 曲がサビに入った。

 花束を受け取った怜司は、急に私の前に立ち、ステップを華麗に踏み、踊り始めた。


 まさかの展開に私が息を飲む。だけど、サプライズはそれだけじゃなかった。

 私の後ろから突然ここに居るはずのない美樹、雅が現れて、怜司の後ろに並んだ。


 笑顔で一緒に踊り始めて私は驚きを通り越して、パニックになった。


 目の前の光景に声を失っていると、続くように由香さんと菜桜子さん、京介さんや遊心さんまでもが現れて、一緒に楽しそうに踊り初めて、私は、


 これが私のためのフラッシュモブなんだってようやく理解した。胸が熱くなって、目の前は涙で滲む。


 夢を見ているみたい……!


 みんなが笑顔で私のためにダンスを踊る。そのことが嬉しくて、心が震えた。

 涙が押し寄せる波のように込み上げてきて、止められない。


 感動して溢れた涙は、夜を彩るイルミネーションをより乱反射してみんなの姿を輝かせた。


 最後みんなが、

『What Makes You Beautiful!!』と声を揃えて歌い、曲は締めくくられた。踊っていた人全てがしゃがみ込み、


 怜司だけが立っている。


 しんと静まり返る広場で怜司は、しばらくしてからゆっくり私の元へと歩み寄った。


「和花、誕生日おめでとう。……生まれてきてくれてありがとう」


 胸がいっぱいで呼吸がうまくできない。ポロポロと溢れる涙を必死に拭う。


「俺はこの日を、和花の誕生日をこれからもずっと祝いたい。お互いがじいちゃん、ばあちゃんになっても変わらず、ずっとそばで」


 怜司の言葉が私の胸をさらにいっぱいにしていく。

 私は怜司を、はらはらとこぼれ落ちる涙そのままにして見上げ、見つめた。


「西森和花さん。俺と結婚してください。一緒に幸せな家庭を作ろう」


 怜司は踊るときも手に持っていた花束を私に差し出し、優しく微笑んだ。



『サプライズでフラッシュモブなんて、俺には無理』って怜司、言ってたのに……!


 しかも規模も大きくたくさんの観客、最高の主演者に演出で、最高のサプライズを私のために……。


 私は怜司の後ろで微笑み私たちを見守る、美樹や雅、菜桜子さん、そして……リヅを抱っこしたままのケンちゃんを見た。


 怜司がどれだけの気持ちを込めてくれたのが伝わってきて、嬉しさのあまり私は、今この瞬間が人生で一番幸せな瞬間なんじゃないかなと本気で思った。

 うまく呼吸ができず言葉は、簡単には出てこない。


 代わりに涙ばかりが頬を伝っていく。


「……こんなにも嬉しくて、幸せなことってない……」


 気持ちを、絞り出して伝える。

 周りが静まり返る中、私は怜司を見つめながらも一歩、近づいた。


「……私も、幸せを一緒につかむなら怜司がいい。怜司以外考えられない」


 胸がドキドキしていた。

 さらに一歩近づき、怜司を見ながら花束に触れる。


「瀬名怜司さん、私と結婚してください。幸せな家庭を一緒に作ろうね」


 花を受け取ると同時に怜氏に飛びつくように抱き付いた。


 その瞬間、盛大な拍手とわあっと祝福の声が上がった。


「和花おめでとう!」

「よかった。本当によかった!」


 美樹と雅の声が私の耳に届く。さらに私の胸は熱くなった。


 怜司、そしてみんな。

 本当にありがとう……。


 幸せを逃さないように、嬉しさを現すように私は、怜司をぎゅっと抱きしめた。


「瀬名さん、和花ちゃん、お幸せに!」


 ケンちゃんのひときわ大きい声がした直後、


『What Makes You Beautiful』のイントロが流れ始めて、驚いて顔をあげた。


「和花、一緒に踊ろう」

「わっ」


 怜司はにこりと笑い、私の手を取ると、みんなの輪の中に引き込んだ。


 誰かが曲に合わせて英語の歌詞を歌う。

 歌いながら皆が踊りを披露する。


 周りで見ていた人が手拍子をして盛り上げる。

 美樹や雅、みんなもそれぞれ楽しそうに踊り始めて、広場中に笑顔がいっぱいあふれだす。


 自然と身体が動いていた。

 曲に合わせて私もみんなと一緒にくるりと回り、笑顔で踊った。



 地上には冬の夜を彩るイルミネーション。そこに集うのは私の大切な人たち。


 天上には優しいスポットライトを当ててくれる、永遠にも近い幾万年も向こうの星々の輝き。


 一瞬の煌きの美しさの中私は、掴んだ幸せを大切に胸に抱きしめ、この瞬間を心に刻む。


 夜の街には白い息が、いつまでも舞っていた。







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