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 翌日、空は清々しいくらい晴れ渡っていた。

 何カ月も前から楽しみにしていた奈桜子さんの結婚式が、もうすぐ始まる。


 人前式と披露宴は夕方からで、私は午前中に美容院に行って髪をセットしてもらい、式の一時間前には会場の待合ロビーに到着した。



「和花、リハの前にみんな集まれたよ」

 今朝私は、朝一番に瀬名さんに連絡を入れた。

 今日の余興フラッシュモブについて案がまとまったから、みんなに言いたいと。

 リハの為に早めに集まったみんなの前に立ち、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「こないだの最後の練習をした時、失敗しないために止めた演出があったでしょ?」

「私が踊りながらみんなの所を回るってやつね」

 私は由香さんの言葉に頷く。

 由香さんの手はもう完治したらしく、包帯はすっかり取れていた。


「私に、一個案があります。それを聞いてもらってもいいですか?」

 一対一でも意見を言うのにすごく緊張する。さらに大勢の前でとなると、とても勇気が必要だった。

 足が小さく震える。

 ドキドキしながら瀬名さん、由香さんそして、みんなを見た。


「もちろん聞くよ。案ってなに?」

 質問してきた瀬名さんの方に向き直す。

 それから大きく息を吸って、みんなの方を向くと私は口を開いた。

「さっき披露宴会場覗かせてもらって思ったの。やっぱり由香さん一人で踊りながら会場内を全て回るのは難しいって」


 京介さんと由香さんの結婚式は来客者が二百人を超えると私は聞いていた。

 それぞれのテーブル席はとても近く、踊るスペースに限りがある。

 私は考えたことをみんなに向かって発表した。


「由香さんの役を一人でしないで、二人ですればいいと思ったの」

「二人で? つまり?」

「例えば、由香さんは新婦側席を担当して、もう一人が新郎側席を担当と場所を分けるの」

「会場内をあっちこっちバラバラで動くとまとまりがなくなるんじゃない?」

 私は由香さんの言葉ににこりと笑った。


「うん。確かに二手に分かれたら見る方も分散する。だからそうならないように踊りは交互に」


「交互に?」

「一方が踊る時、もう一方は動きを止めるの。踊りを交代する時は手を次に踊る人に向けてかざし、照明を当てたらいいと思うの」

「照明を当てる? あ、スポットライト?」

「そう。暗闇で光が当たれば、無意識にそっちを見ちゃうでしょ。その光によって、みんなの踊りもちゃんと注目して見てもらえる」

「……照明が当たった時だけ踊りながら移動するのね。そしたら二つに分かれてる分、移動距離は短く済んで余裕もできる。ていうこと?!」

「うん。そういうことです」

 私は頷いた。


「……いいね。それでいいんじゃない? ね、みんな!」

 由香さんは瀬名さんとみんなの顔を見て聞いた。

「最初の演出をやめたせいで、急に踊りだすのってやっぱり緊張するね。って話してたの。それ上手くいったらスムーズな進行になりそうだし、いいと思う」

 みんなの反応は良くて、私はほっと胸をなでおろした。


「それ、照明の人が結構変更になるな」

「あ、うん……」

 瀬名さんの真剣な表情を見て、不安がよぎった。

 今から変更とかやっぱり厳しいかな……? 

 自分の意見を言うことで何かしら段取りが狂い支障が出る。いろんな人に大きな労力と迷惑がかかる。

 それが私はいつも嫌で、意見を言えないでいた。

「ごめん。やっぱり無理かな……?」

 ドキドキしながら聞いた。


「いや、いいと思う。俺も、どうせならより良いものにしたいし」

「じゃあ……」

「和花、いいアイデアありがとう。その案、採用。今すぐ細かい打ち合わせをしよう」

 瀬名さんに認められた瞬間、目の前がパッと開けたみたいに、景色が明るく眩しくなった。


 ……やった。

 初めてみんなの前で自分の意見主張できた。しかも、採用! 

 いいアイデアって!


 嬉しさで胸に込み上げるものがあった。

 じんっと熱いもので心が満たされて、思わず笑みをこぼしていた。


「リハの直前でちょうどよかった。実際にやってみよう。ただ……誰がもう一人やる?」


 皆がそれぞれお互いの顔を見合う。

「誰か、やりたい人いる?」

 瀬名さんがみんなを見渡しながら聞いた。だけどみんなお互いの顔を見るだけで名乗り出る人はいない。


「私がやります。私が言い出したことだから」

 小さく挙手をして言った。

 すると、瀬名さんがパッと私を見た。

「和花、やれる……?」

「うん。やりたい人がいなかったら自分でやろうと思ってたの。だから大丈夫。イメージは頭にある」

「いいんじゃない? 私と和花ちゃんと二人でやりましょ!」

 由香さんはにこりと笑って拍手をしたら、話を聞いたみんなも微笑み拍手をしてくれた。

「よし。じゃあ決まり。早速会場行ってリハしよう。時間的に通しは一、二回しか出来ないからみんなちゃんと確認して」

「了解!」

 瀬名さんの男友達が元気よく言うと早速みんながぞろぞろと会場に移動していく。


「和花」

 私もみんなの後ろをついて会場に入ろうとしたら、瀬名さんが私の腕を掴んで引き留めた。

「な、何!?」

 瀬名さんはにこりと笑い、

「……ありがとう」

 そっと耳に囁いた。

 おかげで私の顔は一瞬で熱くなった。

 瀬名さんは微笑むとすぐに手を離し、私を置いて先に会場に入っていった。


 一晩考えた意見をみんなの前でもちゃんと言えた……。

 言ってみてよかった!

 胸が言いようのない高揚感でいっぱいになった。自信が漲ってくる!

 ……も、頑張るのは本番、これから。


 私は大丈夫。やれる! と自分に言い聞かせ、胸をホクホクさせながら遅れて会場に入って行った。




「うわあ……綺麗。菜桜子さん、素敵!」

 人前式は青い空と緑に包まれた中庭チャペルで、親戚、友人の前で厳かに行われた。


 純白のウエディングドレスに身を包んだ菜桜子さんはとても美しく、私はうっとり見とれた。

 菜桜子さんの横には黒のタキシードをビシッと決めた京介さん。

 優しく花嫁に気を配る様子が微笑ましく、やっぱり二人は私の理想のカップルだと改めて思った。


「「おめでとう!!」」

 式が終わると新郎新婦は庭園を歩き、フラワーシャワーを浴びた。

 私は最後まで心温まる演出に涙が溢れ、ハンカチで何度も拭った。

 式の余韻に浸かりながら、微笑む二人を見守り続けた。



 人前式が終わり、しばらくして披露宴が始まった。

 私たちの余興のフラッシュモブは披露宴の中盤で、それまでは何でもないように装い、食事と披露宴の進行を楽しむ。

 私はお酒を少し飲んで、緊張を和らげようと努めた。


「ああ、緊張する……。全然酔わない……」

 テーブル席で私はそわそわしていた。

 最初の乾杯のシャンパンを呑んだ後はビール。

 そしてワインを飲んだけれど、緊張のせいでまだ全然酔った感じがしない。


「和花、あまりハイペースで飲み過ぎないように。足に来るよ」

「え。あ、ごめん……」

 もう一杯ワインを飲もうとウエイトレスに声をかけようとして、急に背後から瀬名さんが話しかけてきた。


「もうすぐ俺たちの出番だよ。今、新婦がお色直しで居ない。ちょっと早いけど、和花だけ先に配置について」

「あ、もうそんな時間? ……分かった」

 私はお水で喉を潤し、そっと席を立った。


「あ、和花。言い忘れてた」

 瀬名さんは自分の席に戻ろうとして立ち止まった。

「言い忘れって余興のこと? 何?」

 何だろうと思いながら、瀬名さんを見上げる。


「今日のドレス似合ってる」

「なッ!」

 予想外の言葉に、一瞬にして全身が燃えるように熱くなった。


「いや、和花はこういう舞台、初めてだよね。緊張してるみたいだから、解してやろうと思って」

「余計に緊張してきた……」

 瀬名さんは「ははっ」と笑った。

「和花いい? こういうパフォーマンスの時は振り切って、役をやり切ること」

「役?」


 瀬名さんの言葉に私は首を傾げた。


「人前でパフォーマンスをする時はね、恥ずかしがったり、自分をよく見せようと変に格好つけたりしないこと。相手や客を喜ばせる。それを一番に考えて徹底し、中途半端を捨てる。恥も外聞も捨てるって感じかな。人を喜ばせるピエロという役に成り切るんだ」


「人を喜ばせる。……あれ? それって……」

「お茶を淹れるのと一緒だね。前に和花言ってただろ。自分を下げ、裏表なく客を最大限におもてなしする。それと通じるものがあると思う。あとなんだっけ、完璧な美でなくてもいい。だっけ……」

「……素朴で、シンプルなものほど、美しい。派手で煌びやかなものがすべてとは限らないって、精神のこと?」 


「そうたぶんそれ。つまり、無理に飾り立てて踊る必要はない、下手でもいいから一生懸命踊れば、失敗してもみんなしらけたりしないから大丈夫。和花ならできるよ」

「……うん。分かった。頑張ってみる!」

 瀬名さんはふっと笑い「じゃあまた後で」と言い残してどこかに行ってしまった。


「……人を喜ばせるピエロ。道下師になりきる……」

 私はぶつぶつ言いながら、指定の位置へと移動した。


 しばらくそこに不自然に見えないように気を遣いながら待って居ると、会場入り口に照明が当たり、ドアが開いた。

 カラードレスに衣装チェンジした菜桜子さんにスポットライトが当たる。


「うわあ、綺麗……!」

 BGMに合わせゆっくりした足取りで新婦は、新郎の待つメインテーブルに移動する。

 菜桜子さんが着席したらいよいよ、私たちの余興の番。


 胸がトクンと高鳴って心拍数が上がる。手のひらに人という文字を何度も書いて食べた。

 私は最高に緊張していた。



『新郎新婦が揃いましたのでここで、二人の生い立ちをプロモーションビデオで振り返っていただこうと思います』


 照明が落とされ、司会進行係が上座の壁に映し出された映像を見るようにと説明した。

 いよいよその時が来て、私の鼓動は尋常じゃないくらいトクトクと激しくなっていた。


 二人の小さいころの写真が音楽とともに交互に流れ、みんなが映像に注目する。

 順調に映像が流れていたのが突然、激しいノイズとともに画像がバチンと音とともに消えた。


「おい、映像が消えたぞ!」

 どっと一瞬笑いが起きて、その後会場内が一気にざわつき始める。

 スタッフが慌てた様子で会場内を走った。


 私はこっそり、メインテーブルの方を見た。

 菜桜子さんは驚いた様子で笑いながら京介さんに話しかけていた。


 さっきまで映像が流れていた壁には何もなく、照明だけが当てられてぽっかり白くなっていた。

 そこへ、ドレッドヘアの黒いベストを着たスタッフが前に現れて首を傾げた。


 それが合図だった。


『What Makes You Beautiful』のイントロが流れ出す。


「あ! 見て。あの人、踊りだした!」

 近くの席から声が上がった。

 曲に合わせて踊りだしたのはスタッフに化けた遊心さんだった。


 プロのうまい踊りにみんなが一斉に釘付けになる。

 フラッシュモブだと気づいた一部のお客さんから『わあっ』と歓声が上がった。


 Aメロの途中、急に左側からバクテンで男の人が踊りに加わって、またわっと歓声が起こった。

 もちろんこれも打ち合わせ通りで、上手な踊りに一部の人が前に集まり、カメラを構えて動画を取り出した。


 曲がBメロに入って少しメロディーが盛り上がってくる。ここで踊るのは、由香さん。

 いきなり飛び出し前に出た由香さんは、遊心さんとバクテンをした人の間に入り、スポットライトが当たった。


 三人が息のそろった踊りを披露し、拍手が起こった。

 さらにもう二人男の人が出てきて横一列に並び、計五人がそろって一番盛り上がるサビに突入する。


 由香さんの踊りは完璧で、軽やかにステップを踏む。楽しそうに笑いながら、生き生きと踊ってみんなが拍手を送った。


 私はメインテーブルをもう一度見た。菜桜子さんは立ちあがり、とても嬉しそうに手拍子をしていた。


 曲がサビから最初のメロディーに戻り、二番が始まる。

 ここからがいよいよ、由香さんと私の役割発揮の部分……。

 踊りながら皆を踊りへと誘う演出!



 Aメロが流れる中、由香さんが軽やかに自然なステップを踏みながら、五人で踊っていた場所から飛び出して、来客テーブル席へと移動していく。


 辿り着いたところはもちろん、ダンスの練習を重ねたメンバー二人の友人の元。


 一瞬二人は顔を見合わせて、無理無理と手を前で振る演技をしてから、Aメロの途中の節で急に立ち上がると、一緒に踊りだした。

 その様子を見て驚いた観客の声が上がる。


 ……ああ、ついに来た。次が私の番……!

 胸は相変わらずトクトクと激しく高鳴っていた。

 緊張のあまり心臓がぎゅっと掴まれたみたいに苦しい。


 Aメロが終わる直後、打ち合わせ通り由香さんが私の方を見るようにと手を大きくかざした。


 曲がBメロに入る。

 その瞬間、私の中の何かが真っ白に弾けた。


 ただ、成功させたい。

 その一心でしゃがんでいた私は軽くジャンプするように立ち上がった。


 一斉に白いスポットライトが当たる。

 眩しい光の中、私はもう恥ずかしい気持ちを振り切っていた。


 最高に気持ちが昂っているのが自分でもわかったけれど、不思議なことに頭の中は冷静で、体が勝手に動いていた。

 リズムに合わせて手が伸びる。足が滑らかにステップを踏む。

 体の向きを新婦菜桜子さんのいる方に振った。私は精一杯笑顔で踊りを披露した。



 盛り上がるサビに入ると、同時に私の左右にスタンバイしていた二人が立ち上がる。

 その場で三人一緒に顔を見合わせて、リハよりも笑顔で素敵にとても楽しく踊った。


 もちろん、サビではみんなが踊る。

 最初から踊っている遊心さんたちや反対の新婦側テーブル席にいる由香さんたちも踊って、三か所にスポットライトが当たっていた。


 ……大丈夫。ここまで順調。

 私できてる。私、ちゃんと踊れてる……!


 二回目のサビの途中私は、三人の輪から抜け出した。スポットライトを浴びながら、瀬名さんの元へと駆け寄った。


 瀬名さんと目が合う。

 私は微笑み手を引いて瀬名さんを立たせた。


 最初渋って嫌がる迫真の演技をした瀬名さんは、次の瞬間、私と背中合わせになってシンメトリーでワンポーズ。そして一緒に踊り始めた。


 瀬名さんと私と曲のタイミングがばっちり合って、わあっと歓声と拍手が起こった。

 これはさっきしたリハ、つまり直前に決めた演出だった。


 踊りながら私自身は信じられない気持ちでいっぱいだった。

 まさか、あの瀬名さんと一緒に踊る日が来るなんて!


 最初こそ、瀬名さんと一緒に踊るなんて恥ずかしすぎて無理だと断った。

 けれど、どうせ変更するならとことん二人を驚かせようと瀬名さん自ら言い出して、一緒に踊ることにした。

 私はその選択をして良かったと、いっぱい練習したステップを踏みながら思った。


 菜桜子さんにはもちろん、フラッシュモブ仕掛け人の京介さんにもこのちょっとした演出は知らせていなくて、二人はとても驚き、そして喜んでくれた。


 私と瀬名さんはそのまま無事サビを踊り切って、曲はCメロに突入した。

 Cメロは踊らず足のステップだけで、手をあげ曲に合わせて手拍子をする。

 遊人さんが見ていた人も煽り、一緒になって手拍子をはじめ、音はどんどん膨れ上がっていく。


 後半はそのまま手拍子をしながら、三か所に散らばっていたメンバーがメインステージにいる新郎新婦の元へと集まった。


 ギターと英語の歌詩のソロが流れる。

 前からゆっくりウエーブ。波のように順番に振りを後ろに伝えていく。

 後ろに行きつくとすぐに折り返しウエーブを前へと返しながらしゃがんだ。


 ウエーブが最前列に帰り、再びサビに入る直前、瀬名さんが京介さんの手を引っ張った。


 メインステージから転げるように飛び出した京介さんは、瀬名さんを怒るふりしてそのまま、サビを一人で踊りだした。


 わあっと一際大きな驚きの声と、歓声、拍手が起こった。


 しばらく京介さんが踊りを披露したあと、私たちみんなも立ち上がり、新郎京介さんを先頭に、踊りを一斉にそろって披露。

 総踊りになって曲が最高潮に盛り上がっていった。

 最後のワンフレーズ『What Makes You Beautiful』で私たちはしゃがみ込んだ。


 新郎だけが新婦に向かって決めポーズ。

 踊り終わるなり、今日一番の大歓声が沸き起った。



 フラッシュモブ、成功した……!!

 鳴りやまない拍手の中、さっき途中で消えたプロモーションビデオに、踊りの練習風景と、踊ったメンバー、その協力者の名前がテロップとして流れはじめる。


 しんみりとした曲に変わり一言ずつ、新郎新婦へのコメントが流れ、新婦の菜桜子さん、そして新郎の京介さんまでもが涙を拭いだして、私ももらい泣きしてしまった。


 踊りを無事に踊り切ったことと、みんなで協力して成功させたことに感動して、目頭が熱くなって胸がいっぱいになった。



『えー、以上が僕から新婦菜桜子へのサプライズ、フラッシュモブでした。快く引き受け、協力して踊ってくれたメンバー、そして、踊りのふりを考えてくれた遊心、そして、全体を仕切り、まとめてくれた瀬名、本当にありがとう』


 目を真っ赤にした京介さんがマイクを持ってかしこまったお礼のあいさつをしていると、側にいた瀬名さんは余裕の表情でふっと笑った。


『また、この場で踊り、騒がしくする中、温かく拍手を送って下さいました今日会場に来られている親戚友人みなさま、料理を運んでくれたスタッフや、司会者、プランナーの方々まで、本当にご協力ありがとうございました!』


 京介さんが頭を下げると、わっと割れんばかりの温かい拍手喝さいがあたりを包んだ。


「……みんな、最高だあ!!」

 京介さんがマイクを通さずそう叫ぶと、どっと笑いが起き、また拍手が起き鳴り響いた。


 そして次の瞬間、再び『What Makes You Beautiful』のイントロが流れ出した。


「へ……?」

 きょとんとする京介さん。


 いきなり新婦にスポットライトが当たって、菜桜子さんは立ちあがった。


 わあっ! と歓声が再び上がる。

 京介さんがぽかんと驚く中、菜桜子さんがメインステージを降りて、急に踊りだした。


「え、どういうこと?!」

 驚き戸惑う京介さんを置いて、私を含め、みんなももう一度立ち上がり、菜桜子さんと一緒に踊った。


 サビまでを踊った新婦は最後、新郎に向かって決めポーズ。驚く京介さんに向かって、にっこりと笑った。



『……以上が、新婦菜桜子さんから新郎へのサプライズでした!』

 司会の人の説明が入ると、とても大きな拍手が起こった。


「マジか……。やられた!」


 実は菜桜子さんと古民家カフェまで行って相談されていた余興は、この逆サプライズの計画だった。


 菜桜子さんは京介さんが計画したフラッシュモブのことをずいぶん前に知ってしまっていた。

 それをずっと知らないふりをして、当日までは京介さんには絶対内緒。みんなにもぎりぎりまで内緒にしていた。

 サビまでの踊りを私は菜桜子さんに教える。それが私に課せられた極秘ミッションだった。


 新婦菜桜子さんが計画し、私が手伝った余興の計画は大成功で終わった。



 フラッシュモブに逆サプライズ、会場はとても盛り上がり、興奮はしばらく冷めそうにない。

 周りがやんややんやと囃し立て、キスコールが始まった。


 京介さんはみんなに促されるまま、菜桜子さんに近づくと、キスをした。

 再びきゃーっと歓声が沸き起こった。


 みんなの輪の中で、菜桜子さんはとても幸せそうに、いつまでも微笑んでいた。



「和花! ありがとう。サプライズ、大成功した!」

 フラッシュモブが終わり、みんなが自分の席へと戻っていく。

 私もやり切ったことで満足しながら自分の席へと戻ろうとしていると、菜桜子さんに引き留められた。


「菜桜子さん、ドレスなのに踊りのふり、ばっちりだった! これで無事ミッションコンプリートだね」


「うん。ありがとう。和花には本当に感謝してる。これ、そのお礼、報酬として受け取って」

「……え?」


 菜桜子さんは手に持っていたブーケを私の手に持たせてにこりと笑った。


「私が、もらっていいの?」

「もちろん。和花、本当にありがとう」

「菜桜子さんッ……」

 私は菜桜子さんに抱きしめられて涙が目に滲んだ。ぎゅっと菜桜子さんを抱きしめ返す。


「本当に素敵なサプライズをありがとう。次は……和花の番だよ」

 菜桜子さんは私の目を見るとにっこりと笑った。

「和花も幸せをつかみ取ってね」

 私が驚きすぎて突っ立ったままでいると菜桜子さんは微笑み、ウインクをしてからゆっくり私から離れて行った。


『指輪のチャームは花嫁のブーケと一緒の意味なの!』


 私は首から下げている美樹にもらった指輪のチャームに触れ、ぎゅっと握った。

 次は私の番……。

 幸せは自分からつかみに行かなくちゃ……!

 幸せになれるアイテムに勇気をもらうと、顔をパッと上げた。

 広い会場の中をぐるりと見渡す。


「……あれ?」

 せっかく勇気をもらったのに、肝心の瀬名さんが……いない。

 目を凝らし、きょろきょろと周りを探した。

「ロビーかな?」

 披露宴会場から抜け出した。


 ロビーは盛り上がっている会場とは違う空気が流れていた。人の姿はなく、別世界のように静かでひっそりとしている。


「ここにも居ない……」

 この結婚式場はモダンな作りの全館貸し切り邸宅で、広い。

 中庭には緑が多く、座れるガーデンチェアと木陰がいくつもあった。


「あ、いた!」

 ロビーから中庭を覗き見ると、中庭のさらに奥、さっきまでみんなが座っていたチャペルに瀬名さんの背中が見えた。


 私は中庭に続くドアを開けてロビーから外へ出た。


 秋をまとった風が私を出迎えてくれた。

 日が傾き始め、オレンジの光が煙草を吸い、くつろぐ瀬名さんを横から照らす。



「……フラッシュモブ、大成功したね」

 列席者のいないチャペルで、私は勇気を出してその背に話しかけた。


 瀬名さんは振り向き、私を見るなりふわりと優しく笑った。

「和花、お疲れ」

「……隣、座っていい?」

「もちろん」

 私が瀬名さんの横に隙間を作ってちょこんと座ると、瀬名さんは煙草を携帯灰皿に押し付け火を消した。


「ブーケ、もらったんだ」

「うん。菜桜子さんがサプライズの報酬にって」

 微笑みながら答えた。


「そうか、じゃあ俺も後で京介から何か報酬もらおう」

「うん、そうしたら? 瀬名さん、余興の準備本当にお疲れ様でした」

 私はぺこりと頭を下げた。


「和花が最後提案した演出よかった。あれですごく盛り上がったから、感謝してる。それに、菜桜子のサプライズには驚いた。ギリギリまで気づかなかったよ。和花も準備お疲れ様でした」

 瀬名さんは優しく微笑みながら言ってくれて、私は嬉しくなった。



「……私、少しは瀬名さんに追いついたかな?」

「え?」


 私の発言が意外だったらしく、瀬名さんは少し驚いていた。

 私はブーケに視線を移し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「付き合っていた頃、瀬名さんと会うとつい自分との違いを比べてへこむ癖があったの。追いつけない距離に焦って、瀬名さんに八つ当たりばかりしてたでしょ。そんな自分が嫌いで、こんなはずじゃなかったのに。瀬名さんみたいになりたいだけなのにって」


 フフッと微笑むと私はブーケから瀬名さんに視線を向けた。


「瀬名さんに依存するんじゃなくて、成長したい。それなのにあれから私、全く成長してないんじゃないかなって。やっぱり今でも比べてへこんでしまう」


 瀬名さんは私の言葉に耳を傾け続けてくれた。



「逃げずに、自分を磨こうと思った、自信を付けようって。由香さんのように気が利いてはっきり発言ができて、積極的な人の方が瀬名さんには合ってるんだって思い知らされて、ああ、瀬名さんと由香さんお似合い。もしかしたら二人はもう付き合ってるかもって……」

「待て。別に俺と由香は一度も付き合ってなんか、……」

「何もないことは知ってるよ」

 瀬名さんが言葉を遮ろうとした。だけど私もすぐ、瀬名さんの言葉をとめる。


「菜桜子さんと話をして私の思い込み、勘違いだってちゃんと気が付いた。ただ、それでも自分と比べちゃったの」

 私は瀬名さんに向かって微笑みを向けたあと、またブーケに視線を戻した。



「私ってホント子供。別れてからもそんな調子で全然成長できなくて……。でもね、ほんのちょっぴりだけ、さっきの余興の演出の提案で勇気出して発言したことで自信が持てたの。瀬名さんが褒めてくれたから、嬉しかったの。でも瀬名さんのようになるにはまだまだもっと頑張らなくちゃ」


「和花はすぐに俺に追いつくとか、頑張るって言うけど、そんな必要はないよ」

「うん。でも、ずっと瀬名さんが目標だったもの。自分に自信がなくて、瀬名さんに認められるようになりたかったの」

「俺は、和花のこと認めているよ」

「瀬名さんがそうでも私が自分を認めていないの」


 一呼吸置いてから私は瀬名さんを見てはっきりと言った。


「……別れて気づいたことがいっぱいあった。でも、これからは、別れずにいろんなことを知っていきたい」


 私はブーケをぎゅっと強く握りしめた。そして大きく深呼吸すると、パッと立ち上がった。


「和花?」

 目を見開き見上げる瀬名さんに向かって私は、菜桜子さんからもらったブーケを差し出した。


「今日、余興が成功したら伝えようと思ってたの。……私、私ね、……」


 余興でダンスを踊りだす直前以上に緊張する。胸が、バクバクと鳴ってる。破裂しそう……!

 一度、言葉を切って、深呼吸する。

 それから私は、人生で一番勇気を出した。


「……瀬名さんが好き。結婚して下さい。もう少し、私が成長できたら……!」


 震える声で、それでも精一杯想いを伝えた。

 おかげで、あまり動じない瀬名さんが珍しく目を見開き、固まる。


「……は?」

 返ってきたのは疑問符だった。


「……あ。ごめんなさい。やっぱりさすがに無理だよね。ごめん断っていいよ。結婚とか急に言われても重たいよね!」

 顔に熱が集中していくのが自分でもわかる。

 恥ずかしくて逃げたい気分だった。


 瀬名さんは、はあっと地面に向かって息を吐き、頭に手を当てた。

 その様子に血の気が引いていく。私の胸に不安がよぎる。


「ごめん、そんなに嫌だった? よね……ごめん、その……」

「“私が成長できたら”って、それいつのこと?」

 おろおろしていたら、瀬名さんが顔を上げて聞いてきた。


「いつ……。さあ、いつでしょう。分からない……」

 私が力なく答えると、瀬名さんはさらにはあっとため息を大きく吐いた。


「……プロポーズの前には普通、付き合うとか、あるだろ」

「それは嫌なの」

 間髪入れずに答えた。

「……別れた意味ないから。私が瀬名さんに追いついて、自分に自信が持てて結婚できるって思えるようになったら……」


「和花って、俺と結婚したいの?」

「は、はい。もちろん。いつか……。私の気持ちを、瀬名さんには知っていて、もらいたかったの」

 はっきり聞かれて、すごく恥ずかしい。けど、全身が燃えるように熱い中、正直に答えた。


「結婚か。いいよ。じゃあ今すぐしようか」

「……は?」

 今度は私が目を丸くした。


「え……と、それって、どういう意味……」

「丁度ここは挙式会場だし、おいで」

「えっ。瀬名さん待って! 本気!?」

 急に立ち上がったかと思うと瀬名さんは私の腕を掴み、列席者の誰もいないチャペルを進んだ。


 新郎新婦が誓いを立てる祭壇の前に二人で立つ。


 今起こっていることがとても信じられなかった。

 頭は真っ白で、半分放心状態で、横に立つ瀬名さんを見る。


「和花、他に望みは? もう俺に言うことはない?」

 目をぱちくりさせていると、瀬名さんはふわりと優しく微笑んだ。


「もう言いたいことないなら俺の番ね。和花、こっち向いて。ちゃんと聞いて欲しい」

 私は言われた通り、瀬名さんの方へ体を向けた。


「和花っておっとりしているようで、頑固だよな。箱入り娘で世間知らず。どっか抜けてて、鈍感なところもある」

「……あ、あの。……いきなり私の悪口ですか?」

 慌てて言葉を遮ると、瀬名さんはふっと笑った。


「いいから聞いて。……さっき言った部分は付き合っていくうえで気づいた部分。普通に和花を見たら表面上はにこにこしていて人当たりも良くて、優しい。癒しのオーラが出て、人に合わせてばかりで一緒にいて楽って思うだろうね。だけどそこが和花の一番の魅力じゃない」


 ……そこが私の魅力だってケンちゃんが言ってたのを私は思い出した。



「それは和花のほんの一部分。和花の本質じゃない」

「私の本質?」

「うん。和花には俺にないものを持っている」


 完璧無敵の瀬名さんにはなくて、私にあるもの…?


「俺は輸入とかやってるし、海外旅行も好き。結構外国に目が向いているだろ。だから、普段つい忘れがちなんだ。日本人の心みたいなもの」

「日本人の心。それって、もしかして……」

「侘び寂びの心や、おもてなしの心とか……色々。和花は俺にとって、自分の中の日本人としての何かを思い出させてくれる大切な人なんだ」

「私が、瀬名さんの役に立ってるの?」

「うん。凄く。和花といると自分が日本人なんだって実感するし、一緒にいて落ち着く」

「私のお茶から学んだ心が、瀬名さんに影響を与えていたっていうこと?」


 続けて質問すると、瀬名さんは頷いた。

「いままでの鍛錬もあるだろうけど、俺には絶対に習得できない和花がもともと持っている性質だと思う」


 私は自分の手を見た。

 お茶は物心ついたころから当たり前にあって、私の一部だった。

 でもまさか、その私の一部が瀬名さんに影響を与えていたなんて!


「それは和花しか持っていない、芯の部分にある根本的な揺るぎないもの。和花がわかっていない、和花の魅力だよ。追いつく追いつかないって話なら、俺が一生かけても追いつけない部分だと思う。もっと自信を持って」

 私は瀬名さんの言葉に胸に熱いものが込み上げてくるのが分かった。

 瀬名さんはにっと笑うと、さらに言葉を続けた。


「昨日も言ったけど、凛とした姿勢でお茶と向き合う和花は素敵だし、俺の横でリラックスする和花もかわいくて癒やされる。和花が幸せそうに笑えば、俺はもっと幸せなんだよ」


 心が震えた。

 胸がどうしようもなく熱く締め付けられて、目の前が涙で滲む。


「私は変わりたくて。もっと視野を広げたくて……」

 零れそうな涙を堪えると、代わりに言葉がこぼれた。


「成長しようとするの和花をとめたくない。苦しむことも大事だし、頑張ってる和花も俺は好きで、応援したいと思ってる。ありのままの和花が好きだ」

「私、もっと成長しないと瀬名さんには振り向いてもらえないって、ずっと思って……」


 瀬名さんを彼氏にする方法は、私がもっと成長して自信をつける。向き合うことから逃げないことだって思った。


 そうならないと瀬名さんの彼女になる資格がなく、振り向いてもらえないって思っていた。

 今も、付き合っている時も私は、“瀬名さんみたいにならないと、側にいられない”と思っていた。


 でも、それがそもそも間違いだったんだ……。

 瀬名さんは何度も言った。無理に合わせる必要はないって。


 自分と瀬名さんの違いばかり見つめてへこんで落ち込んで、私は見るべきところを、捉え方を間違えていたんだ。


 瀬名さんの側にいることで、違いに不安に思うことも、劣等感や焦燥感にかられることも、最初から必要なかったんだ……。



 過去の過ちを振り返れば、いつまでもへこんでいられそうだった。

 でもそれじゃダメなんだってことも、私は瀬名さんから教わった。


 反省は大事だけど、いつまでも悩んで立ち止まっていたら前に進めない。

 過去じゃなく今や未来を見つめ、気持ちを切り替える。


 いつまでも気にしないこと……!


 私は瀬名さんの目を真っすぐ見つめた。



「……私、瀬名さんが好き。瀬名さんが欲しい。瀬名さんの側にいたい……!」


 このどうしようもなく溢れる気持ちがちゃんと全て瀬名さんに伝わるよう、私は心を込めて告白した。


 びゅっと突風が吹いた。

 秋を感じる冷たい風が私の頬をかすめ、夏が本格的に去っていく。


 瀬名さんは優しく微笑むと、私の頬にかかる髪を摘まんだ。

 されるがままに私は瀬名さんを見つめ続けた。


 瀬名さんはふっと一瞬笑うと、私の頬に触れていた手で、顎をくいっと掬い上げた。


「さっきの和花からのプロポーズ、意表をつかれて軽くショックだった」

「え? ショックだったの……?」

 やっぱり、プロポーズは先走り過ぎたかな? 


「まさか先に言われるなんてって」

 後悔しかけたその時、予想外の言葉が耳に届いた。



「和花の望むことは叶えてあげる。だけど、プロポーズは俺からしたい。……俺の望みでもあるから」

「瀬名さんの、望み、だったの?」

「うん。だから、この件は、とりあえず結婚は、保留ね」

「保留、ですか……」

 私が戸惑っていると、

「ということで、誓いのキスしていい?」

 さらに瀬名さんは予想外の言葉を私にくれた。


「……結婚保留の誓いのキス?」

 私は目をパチパチさせながら瀬名さんに聞いた。


「…恋人の誓いのキス?」

「今、ここで?」

「そう」

 ……確かに、ずっと顎を持ち上げらたままの格好はつらい……。

「……して、いいです」

 答えながら私は恥ずかしくて顔から火が出そうなくらい熱くなった。


「じゃあ恋人の証として、前みたいに怜司って呼んで」

「つまり付き合っていた頃のように、下の名前で呼べってこと……?」

「うん」


 こくっとつばを飲み込んだ。ゆっくり一呼吸置いてから私は口を開いた。


「……怜司」

「もう一回」

 瀬名さんの鼻が私の鼻にかすかに触れ、手が私の頬や髪に優しく触れて、包み込む。

 心は息が出来ないくらい瀬名怜司で埋め尽くされていく。


「怜……」

 最後まで言い切る前に私の唇は、優しく塞がれていた。



 遠くで音楽と拍手が聞こえる。

 披露宴が終わったのかもしれない。早く戻らなくちゃ……。


 そう頭の片隅で思いながらも、すぐに私の意識は愛しい人で隙間なく埋め尽くされてしまった。








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