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** 13 **

 


(ケンちゃん、来週あたり会えない?)

 ケン(ごめん、来週出張があるんだ。しばらく立て込んでで厳しいかも…! どうした?)


 リヅを病院に連れて行ってから数日後、私は思い切ってケンちゃんに会うことを試みた。だけど、ケンちゃんは忙しいらしくスケジュールが合わなかった。


(なんでもないよ。出張気を付けて行ってらっしゃい。あまり無理はしないでね)


 ケンちゃんと会って何を話せばいいのか、まだ頭も心の整理もできていなかった私は、強く会おうとは言えなかった。

 私は心にもやもやを抱いたままいつものように女子会に参加した。


 女子会は雅の部屋で行われ、メイン料理は雅の家の大きなオーブンで焼いた二種類のピザだった。赤や緑、黄色の野菜とベーコン、チーズで色鮮やかにトッピングされたピザがテーブルの上を華やかに飾った。

 他にも旬なサラダの盛り合わせとスープも作って、新しいワインを開ける。


「和花、今日元気無いね」

「そう……?」

 みんなが満腹になるころ、美樹が私の顔を覗き込んできた。

 このタイミングで話し出すしかない。と思い、姿勢を正し、改まる。


「あのね、私、二人に報告があるの」

「ん? 報告?」

 お酒が進み、スナック菓子を摘まみながら寛いでいた二人はいつもと違うと思ってくれて、真剣な目になって私を見た。

「単刀直入に言うね」

 一拍間を溜めてから、口を開いた。


「私、やっぱり瀬名さんが好き」


 一瞬の沈黙、そして、

「……へええ゛っ!?」

「嘘っ? マジ!」

 二人の驚いた声が重なった。


「美樹、今まで背中を押してくれたのに……。雅も、前に進めてるって励ましてくれたのに私、なんていうか……二人の期待に添えられなくて、ほんとごめんなさい」

 私は深々と頭を下げた。


「……そう。和花の心を占める人は、変わらなかったんだね」


 雅が低く落ち着いた声で微笑み言った。


「なんで……ケンちゃんじゃ、ダメなの?……海にみんなで行ったとき、二人で消えたりしてたから私、てっきり二人はもう付き合い間近か、付き合ってるって思っていたのに」

 美樹のこの質問は覚悟していた。それでも実際されると心構えしていても胸が痛む。私は美樹に向き直った。

「うん……私、ケンちゃんと付き合おうかなって考えてた。でもね、気づいちゃったの。私、好きになろうと努力しているんだって……」

「あの夜、花火しながら和花落ち込んでいたもんね。ケンちゃんと何かあったんだ?」

 雅の質問に私は首を横に振った。


「ケンちゃんは悪くないの。優しくて、楽しいし、想ってくれて……気持ちは本当に嬉しかったし、何度もケンちゃんといてドキドキした」

「じゃあ、なんで? 努力ってなに? そもそも、和花は瀬名さんのことは吹っ切れて前を向いていたんでしょ?」

 悲しそうに顔をゆがませる美樹を見て、私の胸がずきずきと痛んだ。

 胸をぐっと抑え、言葉を紡ぐ。


「吹っ切れたと、自分でも思ってたの。だから、ケンちゃんのこと好きになろうって、好きになれるって思ったの。でも実際は私、ずっと、心の奥には瀬名さんのことが好きな私がいたの。自分の気持ちに蓋をしてただ見ないように表に出てこないようにしていただけだったの。自分に嘘ついて、誤魔化して……私、ケンちゃんの優しさに……甘えてただけだったの」


 握っていた手に力を込めて、私は込み上げてくるものが溢れないように堪える。


「自分の気持ちから、……瀬名さんと向き合うことから逃げて、ケンちゃんなら私を幸せにしてくれるって、ただ、逃げていただけだった」


 ケンちゃんが私にくれる想いの大きさまで気持ちが追いついたら付き合うとか、自分にいいように理由つけて、私は居心地がいいケンちゃんの側でぬくぬくと癒されていただけだった。


 ケンちゃんの気持ちに満足に答えることもできないのに。


 私はぐっと握り拳を膝の上で作ると、顔をあげて二人を見た。

「……茶会の話していい?」

「茶会?」

 美樹が聞き返して私はうんと頷く。


「茶会ではね、亭主が茶を点てる行為を点前って言うんだけど、それって、本来裏方でする作業なの。なのにそれをお客様の前でするのには色々意味があって、その一つが、“何もやましい事はない”という証明だったりするの」


「へえ、お茶の作法にはそんな意味があるんだ」

 美樹の言葉にうなずきを返す。


「ケンちゃんと出会ったことには意味があるって思ったの。だからまだ恋じゃないけれど、想いを寄せてくれるケンちゃんに対して、今の私で精一杯誠意を尽くそうと思った。だけどね、私、そう思いながらも一方で、何もやましいことはないってふりだけをしてた」


「…つまり?」

 雅が真っすぐ私を見つめてきて、私も雅を見返し言葉を続けた。


「ケンちゃんをおもてなしするはずが、目の前にいない人のことばかり考えてた。都合が悪いところは見せないようにしながら、なんの準備もできていないのに、何食わぬ顔でお茶会を始めちゃったようなものだったの」


 私はそこまで一気に言うと、溢れそうな涙がこぼれないようにぎゅっと目を閉じた。


「ほんとずるいよね……最低。未熟で自覚がない分ケンちゃんに酷いこと、しちゃった……」

「別に、私は和花が最低だって思わないよ。自分の気持ちに蓋をしたり、気になる人の前で都合の悪いところは見せないようにするとか、それ、普通じゃない?」

 私は雅の言葉に目を開けた。


「お茶の世界は私には計り知れない深くて大きなものだからさ、その精神は確かに立派だと思うし凄いと思う。でも、私たちはまだ立派でも完全でもないじゃない。別に和花が自分の気持ちや瀬名さんから逃げて、ケンちゃんに甘えたりしたっていいんじゃない?」


『そうだね』と、もっと非難されると思っていた私は、雅の肯定する言葉は予想だった。

「それだけ和花の心が弱っていたんでしょ。別に卑怯ともずるいとも私は思わないかな。和花はまじめすぎると思う。美樹は? 美樹はどう思う?」


 私は美樹の顔を見た。


「……ケンちゃんは、本当に和花のことが好きなんだって思ったの。瀬名さんの気持ちは和花から聞く分じゃ私には理解できなくて、……追うよりも追われる恋の方が女は幸せになれるよって、前に私が片思いしていたとき、和花と話したでしょ。振り向いてもらえない辛さは私もよく知ってたから……。私は和花が幸せになれることを一番に思って応援してた」


 私は美樹の言葉にゆっくり相槌を打った。


「和花は、ケンケンのこと真剣に前向きに考えて、見て触れて行動してそして今、答えを導き出したってことだよね。……私も、和花を責めたりしないよ。ケンケンにはちょっと可哀想だけどね、残念! て感じ!」

 美樹はにっと笑った。

 その笑顔で視界が滲む。


「……二人ともありがとう。美樹の気持ち、十分に伝わってたよ。雅も……私を気遣ってくれて、嬉しかった」


 二人は私を責めることなく、気持ちを受け止めてくれた。そのことがとても嬉しくて胸が熱くなった。

 私は泣きそうなのを我慢して、二人に微笑んで何度も感謝の気持ちを伝えた。


 雅が仕切り直すようにぱんっと、手を打つと明るい声で言った。

「でもまあ、これで振り出しに戻ったわけね。さあ、こっからどうする? てか、ケンちゃんには和花の今の気持ち、伝えたの?」

「ううん、ケンちゃんにはまだ……。私、自分の気持ちを自覚したのもつい最近で……。ケンちゃんには早めに会って、謝ろうと思う」

「そうだね、話すならまずはケンケンからがいいかも。それで、和花、“幸せな恋をつかむ方法”は何だと思う?」

 私は目をぱちくりさせながら美樹を見た。


「やっぱり好き! って自覚したんでしょ? 次起こす行動は“どうやってものにするか”。でしょー」

 美樹はにこっと笑った。

「普通に考えたら難問よね。あの瀬名さんだし、一度別れてるし」

 雅が腕を組み考える。


「……うん。しかも私、瀬名さんに、ケンちゃんと一緒にいるところを見られて、付き合ってるって思われてる」

「えっ! マジで!? あら~。じゃあまずその誤解を解くとして、てか、その誤解を解くときがチャンスなんじゃない?」

「チャンス……?」

 雅はにやりと笑って、身を乗り出した。


「ピンチはチャンスっていうでしょ。誤解を解いてそれとなくアピール、てか好きって告白とか?」

「告白!?」

 私が驚くそばで、美樹も続けて言った。


「そうね。駆け引きとかせずに直球勝負! それが私的にはお勧め!」

「気持ちを伝える……だけじゃ、ダメなんじゃないかな……」

 私は盛り上がる美樹の言葉に申し訳ないと思いながら答えた。

「え。なんで?」

 美樹はきょとんとした顔で私を見る。


「だって、私たち別れてる。一度、失敗してるんだよ? そう簡単に、はいそうですかって戻れないよ。瀬名さんも納得しないと思うというか……」

「うーん。なんか面倒ね。でも、まあ策を練らずにぶつかるのは惜しいわよね。瀬名さんと別れた理由は、和花が辛くなったからだっけ?」

 雅の言葉に「そうです」と答える。

「……一緒にいるのが辛くなったの。自分と比べて自己嫌悪ばかり募らせて、瀬名さんは悪くないのに当たって、一方的に怒って、喧嘩したままドロップアウトしちゃった……」


 しかも、別れる数ヶ月前の私は可愛さの欠片もなくて、瀬名さんを煩わせていたと思う。

 最低な彼女で最低な別れ方をしたのに、久しぶりに会った瀬名さんは嫌な顔をすることもなくとても普通に、以前のように食事に誘ってくれて、優しく接してくれた。

 そのことには感謝しているし、やっぱり瀬名さんは懐が大きくて、素敵なだと改めて思った。だけど……


「今のまま、もし戻れたとしても、また同じことの繰り返しはしたくないし、その前にもう、瀬名さんは他にいい人いるかもしれない……」


 瀬名さんはいい意味でこれからもずっと変わらない。

 私はいい意味で変わらなくちゃいけないのに、何も変わっていない。

 こんな状態の私が好きだと言って仮に寄りが奇跡的に戻ったとしても、以前と何も変わらず、時間が経つと結局苦しくなるんじゃないかなと思うし、それが怖くて嫌だ。


「同じことは繰り返しはしたくない、か。そうだね、とりあえずあれだね、和花の幸せをつかむ方法は、自分を認め、逃げないこと。自信をつけるじゃないかな。そうしていくうちに、瀬名さんも和花を見てまた惚れ直すんじゃない? どう?」

 雅がにこりと笑って私を見て言った。


「あ、それいいね。瀬名さんに別れたことを惜しんでもらうって感じ? 今まで以上にきれいに淑女に成長した姿を見せて、別れたのはもったいなかったみたいな。もう一度付き合ってくださいと言わせるのが最終目的とかどう?」


 美樹も雅もにこっと笑って私を見る。


「……私から別れたんだから、戻るなら私から気持ち伝えたい。でも、そうだね。ほんと私、もっと自分に自信つけたい。瀬名さんと今度こそ、対等に渡り合って頼りになれる彼女になりたい」

「うん、いいんじゃない。幸せは待っていたってあっちからは来ない。自分からつかみにに行くもの! 叶えるものよ!」


 雅の言葉に私はハッとなって、胸に下げているチャームに触れた。


「……そうだね、幸せは待つものじゃなくて、つかむもの。こっちからつかみに行くもの!」

 指輪の形をしたチャームをぎゅっと握る。


「そうそう。幸せなんて鷲掴みしちゃえ! また何かあったらいつでも私たちが相談に乗るからね。頑張って! ……私も頑張る!」

 美樹が明るく持っていたカクテルグラスを高々と掲げた。


「うん。二人ともいつもありがとう。私、頑張って瀬名さんを振り向かせるね!」

 私もビールの入ったグラスを持ち上げ、雅も焼酎のグラスを持った。


「おう、頑張れ! 乾杯!!」


 私たちは何度もグラスを合わせ、前進することを誓い合った。



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