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「うーみーは、ひろいーな、大きいいなあ~」
「ケン、ウザい。音痴」
美樹の彼氏、岡崎さんは言いながらケンちゃんを叩いた。
「っ痛ってえ! あ。お前、さては俺の美声に妬いているな?」
「妬くか。早く行くぞ。パラソル挿す場所が無くなる」
海水浴場に着いたのは昼過ぎだった。
青い空に沸き立つ白い雲。キラキラと光る水面は見ているだけで心が弾む。うだるような暑さで同じように涼しに来た人でビーチの側の駐車場は満車だった。
やっと車を停めることができて、外に出るなり浮かれちゃったケンちゃんの気持ちにはとても共感できた。
「私たち、先に着替えていい?」
雅が陽介さんに話しかける。
「いいよ。俺たちは先に行って設置してる。そのあと交代で着替えるから」
爽やか笑顔で陽介さんは答えた。ケンちゃんや岡崎さんは荷物を両手に持ってビーチへと向かう。
「手伝わなくていいのかな……」
私がその背を見てどうしようか迷っていると、美樹が「大丈夫!」と言った。
「二手に分かれた方が効率的! ほら早く着替えに行こう」
美樹と雅に促され、私は男性陣に申し訳ないと思いながらも更衣室に向かった。
「ねー、人多すぎてパラソル見つかんないんだけど!?」
着替え終わった私たちは、早速砂浜に移動した。
だけどあまりにも人が多過ぎて、ケンちゃんたちを見つけることができない。
美樹が岡崎さんに電話をしてどの辺りにいるか聞いてくれた。
「迎えに行くから更衣室の近くで待ってろだって」
電話を終えた美樹の指示に従い、私たちは一旦更衣室がある建物まで戻ることにした。
……あの人、スタイルよくて、雰囲気も由香さんみたい。
私は美樹と雅の後ろを付いていきながら、すれ違った女性を見て由香さんのことを思い出した。
怪我の治りが順調といっても、由香さんは大好きなサーフィンをしばらく控えなくちゃいけない。私は由香さんに申し訳なくて、やっぱり心から楽しめないでいた。
「あれ? 和花ちゃん、水着は?」
上がらないテンションのまま、ぼおっと歩いていると後ろから声をかけられた。
振り向くと、オレンジ色の海パン姿のケンちゃんが、大きな浮き輪を持って立っていた。
とても恐ろしいものを見たような、驚愕の顔で。
「えっと、ケンちゃん……?」
「和花ちゃん、水着は? ビキニで今日、来る約束だったでしょ!?」
そんな約束したかな? と思いながらも私は笑いながら答えた。
「……水着は服の下に来てるよ。これ、ビーチドレス」
「え、服の下に……!?」
ケンちゃんが服を透視する勢いで私をじいっと見つめてきた。
「……ごめんなさい。あまり肌出したくなくて。これじゃダメだったかな……?」
今日の海水浴、水着をどうするかは一番頭を悩ませた。水着にこだわり期待するケンちゃんを前にして私は、ビキニ姿を披露する勇気がなかった。
そこで私は水に濡れてもいい、ビーチワンピースを水着の上に着ることにした。
デコルテを少し強調した襟元が開いたもので、薄い白い生地に小さな花が散ったものだけど、これでも私的には冒険した方で、ケンちゃんの反応がとても気になってドキドキした。
「あ…。いや、ダメじゃない! ワンピース姿もめっちゃ可愛い!!」
ケンちゃんは急にあたふたしながら言った。
「……ありがとう。よかったぁ……」
私はほっとしながら微笑んだ。
「あれ、迎えはケンケンだけ?」
私が立ち止まりケンちゃんと話しているのに気が付いた美樹と雅が、私たちの元に戻ってきてケンちゃんに尋ねた。
「いや、裕哉と陽介も更衣室で着替えてる。パラソルには貴重品以外の荷物だけ置いてきた。あの二人着替えるの遅くってさあ。まあもう来ると思うよ」
ケンちゃんの説明通り、本当に二人はすぐに現れた。
合流した私たちは早速パラソルに移動した。
美樹と雅、陽介さんとケンちゃんは荷物を置くなり海の中へとダイブした。
「うわあ……。犬っコロ、テンション上がってる……」
ビーチパラソルの下で岡崎さんはうんざり顔で海で遊ぶメンバーを見ている。
「私、荷物番してるからいいよ。岡崎さんも海へどうぞ」
「寝てないんだ。こんな炎天下に出たら俺、死ぬ。犬のテンションが下がったら考えるよ。……君こそ海入ったら?」
そう言うと岡崎さんはリクライニングベッドで寝る姿勢を取った。
私はどうしようか悩みながら皆の方を見た。
雅と美樹が大はしゃぎで陽介さんとケンちゃんに水をかけているのが見えた。
キラキラと水しぶきが上がって眩しい。
「ふふ。みんな楽しそう。来るのどうしようか悩んだけど、来てよかった」
私は被っていた帽子を外して、しばらくみんなの様子を見守ることにした。
「……これ、呑む? ビール少しだけ持って来たから」
岡崎さんは体を起こし、側に置いてあったクーラーボックスから冷えた缶ビールを取り出した。
「……頂きます!」
「お犬さまたちにも飲ませようか。おい、ケン!」
急に岡崎さんが声を張ってケンちゃんを呼んだ。そしてビールを高く上げて見せる。
はっとなったケンちゃんが、いきなりバシャバシャと水飛沫をあげながら海から上がってきて、砂浜をダッシュ。パラソルまで駆け戻って来た。
「…おいっ裕哉! てめえ何和花ちゃんとツーショットでビール飲んでんだよ!」
「知らね。今まで犬みたいにはしゃいでるお前が悪い」
ケンちゃんは差し出されたビールを奪うように受け取る。
「ビール? 私も飲む!」
続いて雅たちみんなも海から上がって、ビールに目を輝かせた。
そのあと私たちは持ってきたビールと、海の家で買ったつまみを食べたり、再び海に入ったりして思い思いに時間を過ごした。
「そろそろ海は引き上げようか」
ケンちゃんが海ではしゃく雅たちや、パラソルの下で寝ている岡崎さんに声をかけた。
「あ、夕飯はバーベキューだっけ? ここでしていいの?」
戻って来た雅がケンちゃんに尋ねた。
「いや、ここではだめ。浜の上にある更衣室のさらにずっと西に行くと公園あって、そこではバーベキューおっけーなんだ。みんなそこまで移動してくださーい」
美樹が「はーい」と元気に返事して、寝ている岡崎さんを揺らして起こす。
「ケン、耳貸せ……」
みんなが移動を始めると、寝起きの岡崎さんがケンちゃんの肩を組み、私たちに背を向け何やらぼそぼそと話し始める。
私は何話しているんだろ? と思いながら、移動していくみんなの後を追った。
「……なあ雅さん、スタイルよ過ぎで目のやり場困るんだけど」
バーベキューの準備をしていると、陽介さんが雅に向かって話しかけた。
今日の雅の格好は完全ビキニだ。シンプルな黒の無地で、生地も最低限隠すのみ。しかも紐パン……。
「あー、ごめん地味でしょ。私フリルとかダメなんだわ」
雅はにこりと微笑んで陽介さんに言った。
「フリルダメ? そういう問題なのかな……。……まあいいや」
陽介さんは苦笑いを浮かべた。
バーベキューの炭は男性陣と雅があっという間に火を点けた。
「雅って男前! 頼りになる~」
「そうだね」
私は美樹の言葉にうんうんと頷いて答えた。
準備が出来ると早速お肉と、切って持ってきた野菜を焼いた。
女性陣はあらかじめ家でおにぎりを作ってきていて、それも焼きおにぎりにする。
みんなで騒ぎながらのバーベキューは楽しい。
天気も景色も最高で、由香さんには申し訳ないけどすっかり私は楽しんでいた。
「やっぱ、持ってきた分じゃビール足りないな。買い出し行く人―」
お腹が膨れてきて食べるペースが落ちてきたころ、クーラーボックスを見た岡崎さんが言った。
「じゃあ俺たち買って来る。行こう和花ちゃん」
「あ、はい」
急に私はケンちゃんと買い出しに行くことになり、慌てて支度した。
日が傾き始めていた。頭の上の大きな雲が黄色味を帯びていく。
「和花ちゃん、足元悪いから気を付けて」
ケンちゃんは私の歩くスピードに合わせながら人込みを避け、優しくリードしていく。
「大丈夫だよ、ありがとうケンちゃん」
堤防と公園の間の舗装された道を進む。公園は広く、私たちのようにバーベキューをしているグループもたくさんいた。浜辺の方を見ると、日が暮れるギリギリまで海を楽しむ人でまだまだ賑わっていた。
数十メートル先に道の駅を兼ねた海の家が見える。
私はお酒どれくらいかったらいいんだろ? と考えていた。
「……和花ちゃん、ちょっと寄り道しない?」
不意にケンちゃんは立ち止まり、私に聞いてきた。
「え? 今から? ……私たちがいつまでも戻ってこないと、みんな心配するよ?」
「実はさっき、裕哉には話した」
「……岡崎さんと?」
「うん。和花ちゃんと二人っきりになりたいから離れるって」
「……え」
ケンちゃんは私の目を見て優しく微笑んだ。
「だから、大丈夫。ちょっとここから浜に降りてみよう!」
にこっとケンちゃんは無邪気に笑うと、私の手をぐいっと引っ張った。
「うわあ、夕日綺麗!」
ケンちゃんと私は堤防の切れ目から改めて海と沈む太陽を見た。
「サンセット。和花ちゃんと二人で見たかったんだ。下に降りて見よう!」
ケンちゃんは私と手を繋いだまま、目の前の砂浜につながる階段をゆっくり下りていく。
「だいぶ暗くなってきたから足元気をつけて」
「うん……」
そこは泳げる遊泳部分から少し離れた湾の端っこ辺りで、堤防の役割もある階段がずっと伸びて広がっていた。人の数も少なく、居てもカップルが階段に腰を掛けて海を見ている。
手を繋ぎ階段を下りる私たちも、きっとカップルに見えるんだろうな。そう、ちょっと客観的に自分を捉えてみた。
「ねえ、和花ちゃん、せっかく海に来たんだし、足つけてみない?」
「え? 海に今から入るの?」
私は昼間、みんなが海ではしゃぐ中、一人荷物の番をした。そのためほとんど海に入っていない。
「あ、あんまり濡れたくない?」
「濡れるのは大丈夫だよ。さっきは荷物の番してただけだから入ってみようかな」
心配したように聞くケンちゃんに私は笑顔で答えた。
「よし、じゃあ行こう!」
「…わっ、ちょっとケンちゃん走らないで!」
階段を下りきって、砂浜に足が付くなりケンちゃんは私と手を繋いだまま海へと走り出した。
ケンちゃんはバシャバシャと海へと入っていく。
「ケンちゃん、ちょっとストップ!」
私たちは腰まで海に浸かっていた。私はそのまま沖へと泳ぎだしそうなケンちゃんの手を引っ張って止めた。
「大丈夫。ここ遠浅なんだ、意外と水深浅いよ」
「でも、私泳がないからね? 私はここまで!」
「えー、一緒に泳ごうよ。ほら!」
するとケンちゃんは海辺ではしゃぐカップルお決まりのように、私にバシャっと水をかけてきた。
「きゃあ! 冷たいっ!」
ケンちゃんがさらに私に水をかけてきて、お返しでケンちゃんに水をかけてあげたらとてもうれしそうな顔をした。
「海怖いの? だいじょーぶ! 俺がついてる! さあ僕の胸へ飛び込んでおいで」
「……それはちょっと」
私は、困って笑いながら首を横にふる。
「あ、痛っ! クラゲに刺されたっ!」
「ええ!? ケンちゃん大丈夫!?」
突然ケンちゃんは痛がりだし、蹲った。
私は慌ててケンちゃんの側へと近寄って行く。
「ケンちゃん、どこ刺されたの?」
痛がるケンちゃんを見て、私は数日前怪我をさせた由香さんを思い出した。
あの時は動揺して最初何もできなかったけど、今日は違う。
ここには雅や美樹はいない。私とケンちゃんだけ。
私がしっかりして対処しなくちゃ……!
「…ケンちゃん、前にも言ったけど、クラゲに刺されたら素手でこすったらだめだよ、海水で……」
「和花ちゃん痛い。刺されたのは腕」
ケンちゃんがウルウルした目で私を見上げる。
「……ちょっと見せて?」
「いいよ、ほら」
ケンちゃんが腕を私の方へ向ける。
でも太陽はもう水平線の向こうに消えてしまい、辺りは薄暗くてよく見えない。
私はさらにケンちゃんに近づき、腕を見ようとした。
「どこが痛い?」
「……和花ちゃん、引っかかった」
「え。きゃあっ!!」
腕を覗き見ようとケンちゃんに接近した瞬間、ケンちゃんはにやりと笑った。痛いと言った腕を私の肩に回すと、そのまま海の中へと私を引っ張った。
次の瞬間私は、とぷんと頭まで海水に浸かっていた。
うわ。酸っぱいっ!
大量に塩水を飲んでしまい、私は慌てて海面に顔を出した。
「あははっ。和花ちゃん、ずぶ濡れ! ごめん、クラゲは嘘。刺されてないよ」
「ええ? 嘘なの!?」
ケンちゃんがすぐそばで楽しそうに笑っていた。
「もう。ケンちゃんったら! 騙された……!」
泳ぎは苦手じゃない。瀬名さんと付き合っていたころ、よくシュノーケリングもした。
けど、今日はビーチドレスを着ているし、装備も何もない。久しぶりの海に私は必死だった。
「あ、和花ちゃん、怒った? ごめんごめん。でもほら、海、気持ちいいだろ? 冷たくて」
「気持ちいいけど、夜の海ってちょっと怖い」
海面は私の胸より少し上くらいで、足は何とかつく。
だけど刻々と暗くなっていく海に私は不安になった。
「大丈夫。俺がついてる!」
ケンちゃんは暗い海が平気なのか明るくそう言うと、海の中で私を抱きしめてきた。
「ケンちゃん……?」
ケンちゃんの手が私の背と腰に触れる。すぐそこに彼の顔が合った。
完全二人っきりだった。ケンちゃんに抱きしめられて海の中でも体温が伝わってきて、ドキドキした。
「……今日、来るか悩んでたんだって?」
その姿勢のままケンちゃんは私に優しく聞いてきた。
「岡崎さんから、聞いたの?」
「うん。俺、無理やり誘い過ぎたかな?」
ケンちゃんは私の耳元で囁く。
「ううん。そんなことない! その、つい最近、友達を怪我させちゃって……落ち込んでたの」
相変わらずケンちゃんは私を抱きしめたままで、密着しすぎて、顔をあげることができずに俯いたまま私は答えた。
「怪我?」
「……ぶつかって、怪我をさせちゃったんだけど、私ばかり遊んで申し訳ないなって思っただけだからもう大丈夫! それより、あの……」
そろそろ放して。という意味で、私はケンちゃんの胸に手を当てた。
「……そっか。俺が無理やり誘ったのが嫌だったんじゃないんだね。よかった」
胸を押せば逆にケンちゃんに、ぎゅっと力強く抱きしめられてしまった。
「あ、あの……ケンちゃん。そろそろ海から上がらない?」
近すぎる距離と、不安定な足元、触れる肌の面積が広すぎて私の胸はドキドキしっぱなしで限界だった。
「うーん。俺はもうちょっと、こうして二人で居たいかな。和花ちゃんと」
「そ、そう……」
……どうしよう。強く言えない……。
一向に私を抱きしめたまま離そうとしないケンちゃんに私はどうしたらいいか困ってしまった。
「…和花ちゃんは?」
「え?」
「俺ともう少しここにいてよ」
「こ、ここに、ですか……」
「うん」
緊張のあまり、私は敬語に戻って答えると、ケンちゃんがふっと笑った。
「……言っただろ。俺、優しいだけじゃなくて、ワイルドなんだって!」
急にケンちゃんは冗談ぽく言ってきて、私はつられてふっと笑ってしまった。
「和花ちゃん……」
笑ったことで緊張が少し溶けた私の名前をケンちゃんは呼ぶと、腕を少し緩めた。
少し隙間を作ったケンちゃんは、私の頬に優しく触れ、愛しそうに見つめてきた。
その視線に私の顔は冷たい海の中でも関係なく、火照っていくのがわかった。
「好きだよ」
真っすぐ見つめられ、思考がストップする。
私がそのままでいるとケンちゃんの顔が傾き、そっと近づいてきた。
胸の鼓動が速まっていく。
私は波ではなくてその場の雰囲気とケンちゃんに、流されそうになった。
「ごめん。ケンちゃん……。もう少し待って……」
あと少しで唇が触れそうになった。
だけど、寸前で私は思わず、顔を横へそむけてしまった。ケンちゃんの目を見ることができない。
「ごめん、ケンちゃんが嫌とか、そんなんじゃなくて、その……」
「和花ちゃん。そんなに謝らないで。へこむから」
私はその言葉に慌てて顔をあげた。優しい目をしたケンちゃんと目が合う。
「俺こそごめん。すべて受け止めるとかかっこつけておきながら焦って……。和花ちゃんの気持ちが向くまで俺、待つつもりだったのに……」
抱きしめられていた腕は離され、ケンちゃんの表情はみるみる曇りだす。
それを隠そうと笑ってケンちゃんは言った。
「大丈夫。俺、待つから。和花ちゃんがオッケーになるまで!」
「ケンちゃん、ご、……」
「謝っちゃダメ! 謝るなら今度こそキスする!」
ケンちゃんに優しく睨まれて、私はごめんの言葉を飲み込んだ。
「……よし、じゃあ、みんなの元へ戻ろうか。飲み物買って持って行かないと!」
ケンちゃんは砂浜の方へ体の向きを変え海から上がろうとした。
「……ケンちゃん」
名前を呼んでみたもののその後を続けられないでいると、ケンちゃんは振り向き、微笑んだ。
「今日の締め、知ってる? 花火! ……最後まで楽しもうね」
とても優しい瞳をケンちゃんは私にむけて手を差し出してくれた。
私は、ごめんの代わりに微笑みを返すと、その手を握った。
すっかり夜になった。
『締めは花火!』とケンちゃんは何度も言って、花火に火を点けていく。
ケンちゃんは誰よりもはしゃいでいた。
「和花~。さっきケンケンとどこ行ってたのー?」
仕掛け花火を楽しむケンちゃんたちを見ながら、少し離れた場所で線香花火を座ってしていたら、雅が私に話しかけてきた。
「散歩して、ちょっと海に入っただけよ」
「へえ。二人で? なんかいい感じね!」
「……そう、思う?」
私は薄く笑って雅を見た。
「あれ? 上手くいってないの?」
雅の花火がバチバチと激しく燃える。
「私、ケンちゃんに酷いことしてる……」
「え? どういうこと?」
私がぽそりと呟くように言うと、雅が驚いた顔で私を見た。
「……このままケンちゃんと会うの、いけないんじゃないかなって」
「どうして会うのがいけないと思ったの?」
優しく尋ねる雅に私はどう答えようか言葉を探していると、手に持っていた線香花火の火の玉がぽとりと落ちて消えた。
「……私ね、ケンちゃんといて楽しい。けど、ケンちゃんの気持ちに同じだけ返すことができない。気持ちが、追いついていないの。それなのにこんな状態で会い続けるの、ケンちゃんに失礼な気がして……」
私が黙ると雅の持つ花火の音だけが響いた。
「……ふむ。じゃあ、和花はケンちゃんに全く気がないのに遊んでいたということ?」
「そんなことない。惹かれてる。……と思う。だって一緒にいて和むし楽しいし、連絡も瀬名さんと違って毎日してくれて嬉しいし……」
「瀬名さん……か」
雅が瀬名さんに引っかかったのが分かって、私は慌てて言った。
「ご、誤解しないでね。瀬名さんとは、ちゃんと終わってるから……!」
そんな私の様子に雅はくすっと笑った。
「……知ってるよ。でもまあ、人それぞれスピードってあるでしょ。ケンちゃんはガッと最初から快調に飛ばしているだけよ。和花なりに前に進んでるんじゃない?」
持っていた花火が消えそうで、雅は別の新しい花火に火を移す。
新しく点けた花火は勢いよく燃えだした。
「ケンちゃんはこの花火のように一気に火をつけて燃えてるのよ。和花は同じ花火でもなぜか火が付くのに時間がかかるのんびりな花火。結果一緒に燃えるタイミングが来たらそれでいいんじゃない? ケンケンが燃え尽きる前に追いつけばいいというか……って、ちょっと分かりにくい例えかな?」
雅は火をつけた花火をくるくる回しながら私に微笑み言った。
「ううん。分かるよ。そうね……」
「焦らなくてもいいと思うよ。気持ちなんていずれ勝手に固まるって」
「勝手に固まる。か……。雅は? 最近どうなの? 陽介さんと、良い感じに見えるけど」
私の話ばかりしていることに気が付いて、雅の近況を聞いた。
「ふふふ。どうだろうね。私も時が来れば燃えるのかしらね。わっかんないわ~」
雅はさらに持っている花火全部に火をつけて、私に半分手渡してくれた。
二人でじっと赤や緑に変化し燃える花火を見つめる。
「……あ、あれだよ和花。茶道の精神。『一期一会』!」
「一期一会?」
私が聞き返すと雅はにこりと笑った。
「和花よく言ってるじゃん。お茶の世界ではさ、同じお客、同じ道具、同じ季節に茶会を開いたとしても、それは前回と同じ会ではない。常に今は今でしかない一度っきりのもの。この一瞬を大切におもてなしをするんだって。女子会もさ、ほぼ毎週してるけどその心は忘れないでいようねって前に和花言ってたでしょ。それケンちゃんと会ってる時も言えると思う。失礼とか申し訳ないとかそんなことばかり考えていないで、ケンちゃんを見て感じて想ってあげて、今を精一杯楽しんでいいと思うよ。もちろん今花火をしているこの瞬間もね!」
「今を楽しむ……。そっか。そうだね」
私、ケンちゃんに甘えすぎてた。想ってもらうことが嬉しくて、安心できてそれが当たり前になりつつあった。
その一方で申し訳なく思うなんて、……ケンちゃんの気持ちも考えずに失礼だ。
瀬名さんと付き合っている時もそうだった。
今ではなくて先のことや周りからどう見えるかばかり考え、気にして空回りして疲れてしまった。
それはつまり、相手のことよりも、自分のことばかりを考えていたということ。
「完全でなくてもいい。追いついていなくてもいい。大事なのはそこではなくて、できる限りで精一杯今この瞬間、気持ちを尽くすこと」
「そうそう、それ! 和花なら大丈夫、頑張れ!」
私は雅の言葉に笑顔を返した。
しゅっと燃えていた花火が消える。
「そろそろあっちに戻ろうか。手持ちの花火が尽きた。みんなの所へ行こう」
雅は先に使用済みの花火を持ってみんなの元へ戻って行く。
「……雅、話を聞いてくれてありがとう」
私はそんな雅の背にお礼を言ったら、雅は振り向いた。
「さ、今晩はがっつり飲むわよ! 付き合ってよね!」
私は立ち上がると、「とことん付き合う!」と力強く頷いで、みんなの元へと駆け寄った。