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** 10 **

 


 数日後、仕事を終えた私は『今から余興の打ち合わせに行ってきます』と、ケンちゃんにメッセージを送った。

 スマホをバッグに入れ、余興の練習スタジオへと向かう電車に揺られながら車窓から外の景色を眺める。


 ……瀬名さんに会うの、気まずいな。


 目的の駅には十数分ほどで着き、さらに駅から五分ほど雑居ビルが立ち並ぶ大通りを歩く。練習場所であるスタジオはすぐに分かった。

 建物の前まで行くと、緊張から立ち止まった。

 ダンスに無縁の私には訪れる機会のない初めての場所で、ドキドキと鼓動の音が大きくなっていく。


 踊りも人前に立つのも苦手。だけど、奈桜子さんの喜ぶ顔はみたい。……頑張らなくちゃ!

 不安で足がすくむ自分に気合を入れてから私は、ビルの奥へと進んだ。


 ダンススタジオは瀬名さんの友達、遊心さんが経営しているもので、今回の余興ではタダで場所提供してもらったんだとか。ビルの二階全部のフロアがスタジオらしい。


 中は清掃が行き届き、綺麗で明るく清潔感があった。ただ通路と階段が狭く、奥にあるエレベーターも小さい。私はすぐそばの階段を上ることにした。


「……お疲れ様です」

 Y.Sダンススタジオと書かれた分厚くて重いドアをぐっと体重をかけて押し開け、中へと入る。

 スタジオには、こないだの打ち合わせで決めたフラッシュモブの曲、『What Makes You Beautiful』が流れていた。


 その曲に合わせて由香さんは鏡の前で早速振りつけを練習していたらしく、額に少し汗を浮かべている。

 手足がすらりと伸びて、リズムとキレもよく、私は目を奪われた。


「和花ちゃん。お疲れさま!」


 由香さんは踊るのをやめて、爽やか笑顔であいさつをしながら出迎えてくれた。

 ぺこりと頭を軽く下げてから奥へと進む。


 部屋は、三方の壁がほぼ鏡張りの部屋で、道路に面した壁は大きな窓ガラスがあり、自然光が燦々と差し込んでいた。

 どの角度からでも自分の踊りのフォームをチェックできるダンス専用スタジオ。

 今居るのは由香さんと他に三人。まだ、瀬名さんの姿は無かった。


「京介さんや、……瀬名さんは?」

「二人ともまだ仕事。遅れるって。フォーメーションや全体の流れの細かいことはまた今度みんなが揃った時に決めるの。今日は個人練習。みんなで踊る部分の振りを覚えるようにって」

「フォーメーション……。練習回数多いし、このスタジオ借りるとかもそうだけど、今回の余興って本格的だよね。私、足ひっぱらいないようにしなくちゃ……」

「大丈夫! 練習回数が多いのは、みんな仕事で全員が揃うの難しいだろうって。余裕持たせてるだけよ。個々の振り付けも同じフレーズの繰り返しが多いし、簡単だから心配しないで。あ、仕事帰りだよね。服着替えるでしょ? 女子の更衣室は奥だから着替えておいでよ」

「うん、ありがとう由香さん」

 私は由香さんが教えてくれた女子更衣室へ向かった。




 着替えを済ませ、由香さんたちが待つ部屋へ戻ると、さっきまでいなかった瀬名さんがスーツ姿のままで来ていた。胸に緊張が走って息を詰める。

「……お疲れさま」

 みんなと話し込んでいる瀬名さんの背に向かって、私からあいさつをした。

「お疲れ、和花」

 振り向いた瀬名さんはにこりと微笑み、フォーマルな対応を私にしてくれた。


「遊心、紹介する、西森和花さん。今日よかったら踊りの振り教えてあげて」

「和花です。よろしくお願いします」

 急に自己紹介されて、私は慌ててぺこりと遊心さんに頭を下げた。

「はじめまして、遊心です。本名は長谷部勇信です。これから本番までどうぞよろしく」

 遊心さんはドレッドヘアが似合う個性的でお洒落な人だった。


「早速振りを教えます。でもその前にストレッチ。普段使わない筋肉や筋を使うから怪我をしないように入念にしてね」

「あ、はいっ」

 言われたとおり、ストレッチを入念に時間かけてする。


 今日の集まりに参加しているメンバーは少ないらしく、遊心さんは付きっ切りで私に踊りの振りを教えてくれることになった。

 スーツ姿の瀬名さんは「あとはよろしく」とだけ遊心さんに言うと、スタジオから出て行った。


 もっと気まずいかなって思ったけど、瀬名さんの態度は予想以上に普通。……なんでもなかった。

 張っていた緊張を解き、ほっと一息つく。

 瀬名さんがいないのであれば無駄に気を張る必要もない。私はダンスの練習に集中した。


「そう、右足を横へ一歩開いてジャンプと同時に右手をまっすく上げる。着地と同時に左足を右足にそろえて、手も下げる。次は左横へジャンプ、左手を上げて、着地と同時に手を下げる」

「……こ、こう?」

「違うよ、動きが逆。着地してから手を上げるんじゃなくて、ジャンプと同時にあげるというか……」

「え? えっ? 待ってください。混乱してきた!」


 振り付けの一つ一つに私は手こずった。頭が混乱するから身体がうまく動かない。

 覚えられなくて何度も同じところを聞いた。


「ご、ごめんなさい。私、へたで……」

 早くも足を引っ張ってしまい、練習開始早々に私はへこんだ。

 ワンツーマンで教えてもらっているのに、うまく踊れないでいると、由香さんが近付いてきて、声をかけてくれた。

「大丈夫。そんなに落ち込まないで和花ちゃん。日常生活で踊るってこと、まずないでしょ? だからいきなり踊れって言われても、最初みんな戸惑うものだよ」

 他のメンバーは次のパート部分の練習をしていて、それもほぼマスターして楽しそうに踊っている。私は明らかに遅れているのに、由香さんは急かすわけでもなく、優しく励ましてくれた。


「練習して振りを覚えたら身体が勝手に動いて、ああ簡単じゃん! てなるから。今は練習あるのみ。もう一回、最初からゆっくりやろう」

 遊心さんも励ましてくれて、私は立ち上がった。

「はい……!」

 首から下げていたタオルで額の汗を拭う。鏡に映る自分を見つめ、もう一度、最初か踊り始めた。




「今日の練習はここまでにしようか。また次の二回目もあることだし」

「……はい」

 一時間ほど練習したあと、遊心さんの一声でずっと流れていた音楽は止まり、みんなも身体を動かすのをやめた。

 私はスタジオの隅に移動して座ると、タオルで首や額の汗を拭い、スポーツドリンクをごくごくと飲んだ。しばらく休んでいると、由香さんが私に話しかけてきた。

「和花ちゃん、遊心さんがさっき踊ってたの動画で撮ったんだけど、いる?」

「動画、欲しい!」

 私が即答すると、由香さんはにこりと笑った。


「OK! 後で渡すね。家でも練習したらすぐにばっちりになるよ!」

「……うん。頑張る。ありがとう由香さん」

 スタジオから更衣室に移動し、汗をかいた服から普段着に着替えた。

「……疲れた」

 ダンスの練習は今日が初日だったけれど、私、一フレーズもまともに踊れなかった……。

 音楽のリズムに合わせて踊るっていう行為は、想像以上に難しい。


 ……恥ずかしすぎる。ヘタすぎてとてもじゃないけど人前に立てない……。

 せっかくの余興、サプライズ、足を引っ張りたくないのに。

 私のせいで結婚式を台無しにしたくない。


 みんなが明るい声でお疲れーと帰っていくなか、私は不安と今日教えてもらったダンスの振りのことで頭をいっぱいにしたまま、重たい体を引きずりスタジオを出た。

 建物の外に出るため細い通路を歩く。階段に差し掛かったときメッセージが入った。

「和花ちゃん、お疲れ。さっき遊心さんの踊ってる動画、送ったよ」

「え? あ、由香さん、ありがとう。確認してみる」


 階段を降りていると、遅れてスタジオから出てきた由香さんが話しかけてきて、私は階段の踊り場で立ち止まった。すぐにバッグからスマホを取り出し確認する。


「……あれ? 由香さん。動画、届いてないです」

 メッセージは由香さんからではなくて、ケンちゃんからだった。

「うそ? 送ったと思うんだけど、ちょっと待って確認する!」


 由香さんは素早い指さばきでスマホをタップした。

 私はその間に、ケンちゃんに『今終わったよ』と短くメッセージを返した。


「ごめん。動画、間違えて瀬名くんに送っちゃってた! 今和花ちゃんに送ったよ」

「え。瀬名さん……?」

 私は瀬名さんの名前に思わず顔をあげた。

 すぐに動揺を誤魔化すためスマホに視線を戻し忙しく指を動かして、ラインアプリをもう一度開く。すると、由香さんの言うとおりラインに動画が届いていて、その画面を開いた。


「由香さん。動画届きました! ……でも、画像がちょっと荒くて見にくいかも…」

「嘘!? ちょっと見せて!」

 私は言われたとおり、スマホの画面を由香さんにも見えるように向け、二人でスマホを覗き込み動画を見た。


「あれ? 確かになんかスローになっておかしいね」

「電波が悪いとかかな……」

 その時、動画再生している画面の上方にメッセージが入った。


 ケン(お疲れ! 今から迎えに行く!)


「……あ、和花ちゃんこれから彼氏とデート? ごめん引き止めて!」

 ケンちゃんのメッセージを見てしまった由香さんは、慌てた様子で謝ってきた。

「動画はまた送り直すね。早く帰ろう。彼氏さん待たせたら悪いわ」

 由香さんは私に微笑みを向けながら、先に階段を降りようとした。

「え?! 由香さんあの、えっとケンちゃんは、彼氏じゃな、……」

「今日の練習終わった?」

 急に声をかけられて、由香さんと私はばっと階段下を見た。

「ッ!! 瀬名さん……!」


 思わず息を呑んだ。


 聞かれた! 

 今絶対、由香さんとの会話……聞かれたよね!?

 けんちゃんのこと、彼氏って……!


 瀬名さんは私たちの会話が聞こえてしまったはずなのに、全く動じることなくゆっくりと階段を上がってくる。


「由香ごめん。今日ほとんど顔出せないまま任せっきりで」

「私はいいよ、こういうの好きだし」

「そうか」

 瀬名さんは優しく由香さんに微笑んだ。


 まだ心の整理がつかず、頭がパニックの私は、すれ違いで上ってくる瀬名さんの顔をまともに見ることが出来ない。動揺したまま瀬名さんと話をしたくなくて私は由香さんの陰に隠れ、このままやり過ごそうとした。


「……和花」


 由香さんを通り過ぎた直後、瀬名さんは私の名前を呼んだ。

 その瞬間、私は過剰に反応し小さく叫んだ。肩が跳ね、持っていたスマホを手から滑り落としてしまった。

 壊れる! と慌てた私は、咄嗟にスマホを掴もうと手を伸ばした。


「きゃっ!」

「え!? 和花ちゃんッ!」

 狭い階段の途中だというのに無理に手を伸ばしたら、練習で疲れていたこともあって踏ん張れなかった。私の足は、階段のステップを数段外してずり落ちた。

 変な体勢になり、視界がぐらりと傾く。身体が宙に浮いている。

 怖い! と思った私は反射的に目をぎゅっと閉じた。


「危ない!」

 次の瞬間、瀬名さんが私の腕を掴んだ。

 ぐいっと引き寄せられる。だけど、身体が前かがみになっていたため勢いは止まらず、私の最初の叫び声に反応して振り向い由香さんに、私の肩と腕がもろにぶつかった。

「ひゃああっ!」

 今度は由香さんがバランスを崩し、彼女は数段下までそのまますべり落ちてしまった。


「由香さんッ!!」

 私は瀬名さんの手を振り払い、急いで階段を駆け下りた。




 あっという間の出来事だった。

 スローモーションのようにはっきりと由香さんが落ちるていくのが見えたのに、私は指一本動かすことが出来なかった。


 由香さんは横向きに身体を丸めて、苦しそうに顔を歪める。声にならない声を漏らしていた。その様子を見て恐怖で足が震えた。胸は不安で押しつぶされそうになった。

 どうしよう。私、由香さんに怪我をさせてしまった……!


「由香さんッ! 大丈夫!?」

「……痛い。腰、打ったあ~……」

「腰? 腰が痛いの!?」

 派手に転倒した由香さんは、打った腰をさすりながらゆっくり上半身を起こそうとした。

 私は由香さんの腕と身体に触れて、声をかけた。


「由香、大丈夫か」

 私のすぐ後ろで瀬名さんの冷静な声がした。

「…うん、大丈夫! 下手こいただけ。私、運動神経いいほうだから。和花ちゃん、そんな真っ青な顔して震えなくても大丈夫だよ」


 由香さんを支えるために伸ばした私の手は、小刻みに震えている。

 それに気がついた由香さんは、痛みを堪えて微笑んで言った。

「それより、スマホ大丈夫だった?」

「私のスマホなんていいよ! 由香さん本当に大丈夫? 腰以外怪我してない?!」


 ……取り返しのつかないことしちゃった……!

 私が驚いてスマホを落としさえしなければっ……。

 私は由香さんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「うーん、……手首、捻って突いたかも。……ちょっと痛い」

「え!?」

「どれ、見せて」

 瀬名さんがすばやく由香さんが痛いといった手首を掴んだ。


「いたーいッ! 瀬名くん、痛い!」

「赤く腫れている。見た感じ骨には異常なさそうだけど、とりあえず今から病院行こう。車で送っていく。前まで車を回すからここにいて」

「病院かぁ……。まあ仕方ないわね」

 由香さんはふうっと息を吐きながら肩を落とした。


「和花」

 瀬名さんは立ち上がると私を見た。

「遊心まだスタジオにいる? あいつかスタッフに言って、冷却スプレーか氷水貰ってきて患部を冷やして待ってて。たぶん捻挫だと思うから」

「うん。わかった」

 瀬名さんは車を取りに建物から出て行く。私は由香さんをその場に残して急いでスタジオがある二階へ駆けあがった。




「和花ちゃん、ごめんね。付き合わせて…スマホと彼氏さんとのデートは大丈夫?」

「スマホは大丈夫。ケンちゃんにも事情掻い摘んで説明したからそっちも大丈夫。それより怪我させて本当、ごめんなさい」

 病院の待合室で待っている間、由香さんは自分の怪我のことより、私に気を遣ってくれた。

「救急の夜間だから混んでるな……。ちょっと電話してくる」

 瀬名さんは待合室から、電話をしてもいいエリアへと向かった。


「二人とも先に帰っていいよ。足は擦り傷だけで対して怪我してないし。一人で帰れる」

「ううん。治療が終わるまで待ってる。荷物持つのも大変だから……」

 由香さんは利き手の右手首を怪我している。

 しばらく不自由な生活をさせてしまうと思うと、とても申し訳なかった。


「あー悔しいなあ。私がかっこよく和花ちゃんを抱きとめてあげられたら、こんなことにならなかったのにね」


 由香さんは私が落ち込んでいるのを何とか元気付けようと、わざと明るく言っているのが伝わってきた。

「……あの時、そのまま抱きとめられてしまってたら私、由香さんに惚れちゃってました」

「あはは、でしょ? しまったなあ。かっこつけるチャンスだったのに!」

 怪我してる由香さんに励まされてばかりいちゃダメだと私は思い直した。由香さんの調子に合わせて冗談を返す。

 それからしばらくは、余興の話や他愛もない話をして時間を潰した。




「由香、治療中?」

 名前を呼ばれ診察室に由香さんが入って行った後、一人待合室で待っていると電話を終えた瀬名さんが戻って来て、私の横に腰かけた。

「うん 今診察室に入った」

 病院の床を見つめながら私は答えた。

 ……どうしよう、こんな形で瀬名さんと二人っきりになるなんて思ってなかった。


「急に名前を呼んで悪かった」

「……え?」

 謝られ、私は顔をぱっとあげて瀬名さんを見た。

「それにあの時、腕じゃなくてもっと身体ごと和花を支えてやれば、由香と接触することもなかった」

 瀬名さんの言葉を聞いて胸にずきっと痛みが走る。


「ううん! 瀬名さんは悪くない、私が全部いけなか……」

「和花、さっきのは事故だよ」

 私が慌てて答えると、瀬名さんがふっと笑った。

「そんなに自分を責めること無いから」

 優しく落ち着いた声で言う瀬名さんには、私の考えすべてがお見通しのようだった。

 私は首を横に振った。


「…それは、無理」

 下を向き、膝の上で両手を重ねてぎゅっと握る。

「和花は今まで、人に怪我させたことなかっただろ」

「今回が、初めて」

「俺はバスケやフットサルでプレイ中にどうしても接触したりするから、慣れてるって言ったら変だけど、怪我させたことも、したこともある」

「……運動神経のいい瀬名さんが、したことあるの?」

「もちろんあるよ。怪我した方もあまり気にされ過ぎるとへこむんだ。だから、そんな死にそうな顔、早くやめろって」

「し、死にそうなって……私の顔、そんなに酷い?」

「うん。酷い」

「そ、そう……」

 そうか……。私、そんなに酷い顔を……。

 それで由香さん、私を励まそうと明るく接してくれてたんだ。

 励まされてばっかりじゃダメだと思ってるだけじゃなく、実際に気持ち切り替えて、由香さんに接しなくちゃ……!


「由香の怪我はきっと大丈夫だから、気にしなくていいよ。いい? 分かった?」

 まるで大人が子供に言い聞かせるような言い方だった。

「……うん、分かった。ありがとう瀬名さん」

 瀬名さんに大丈夫と言われたら大丈夫な気が本当にしてくる。

 張っていた肩の力をすとんと抜く。それから、瀬名さんに向かって微笑んだ。


 相変わらず頼りになるな。尊敬できる。

 何か起こったとき慌てるだけじゃなくて、どんな時でも冷静で機転が利く瀬名さんみたいになりたいな……。

 これからは友達としてだけど、瀬名さんのいいところは学んで、頑張らなくちゃ。


 初めて余興の打ち合わせをした時に感じた、瀬名さんとの距離と隔たりは今はない。

 こんな大変な時なのに私は、久しぶりに瀬名さんの横に居て心が落ち着いていた。




 由香さんに怪我をさせてしまった翌日、私の元にメッセージが届いた。送り主は由香さんからで、一緒に添付されていた動画にはダンスの振りを丁寧に説明する遊心さんが映っていた。


「由香さん、動画ありがとうございます。見れました。……手の怪我の具合はどうですか?」

 私は動画を見終わるとすぐに由香さんに電話をかけた。

『動画、今度はちゃんと見れた? よかった~! 手はね、意外と大丈夫よ。すぐに治ると思う』


 由香さんの怪我は全治三週間だった。

 幸い骨に異常はなく、しばらく固定していれば治るということで、とりあえずホッと胸を撫でおろした。


『これならダンスの練習もすぐに再開出来ると思うわ!』

「そう。本当に良かった……。でも、しばらくは安静にしてね。なにか不便なことがあったら言ってください。私、なんでもお手伝いするから」

『うん、ありがとう和花ちゃん』


 昨日は由香さんの怪我の処置が済むと、瀬名さんが私と由香さんを車で送ってくれた。

 由香さんと一緒に後部座席に座り、私が前に妄想した、由香さんが助手席に座るということは無かった。




 それからしばらくはスタジオでの練習はなく、私は家でダンスの練習を重ねた。


 にゃー。


「リヅ、足に纏わりつかないで。危ないっ。練習の邪魔したらだめでしょ!」

 黒猫のリヅは私がステップを踏めば、それが遊びだと思い足に絡み付いた。

 何度も邪魔をされて、私は仕方なく踊るのをやめた。ふぅ。とため息を吐く。

「……もう夜も遅いし、寝よっか。リヅおいで」

 リヅはにゃーと鳴くと、尻尾をピンっと立てて、私の後をとことこついて来た。


「……ゔ。リヅさま。私に毛繕いはいいです。舌痛い……」

 ベッドに横になると、リヅは私の顔をくんと匂い、その後ゴロゴロいいながら必死になって毛繕いをしようとした。

 しばらく寝返りを打ちながら私はリヅから逃げていると、諦めて自分の毛繕いを始めた。


「明日はいよいよみんなと海……」

 さっきケンちゃんから『明日の海楽しみ!』とメッセージが入って、私も楽しみと返した。でも本当は、少し乗り気じゃない。

 由香さんに怪我をさせてしまったのに、呑気に遊びに行く気になれないでいた。


「……ケンちゃんやみんな楽しみにしてるし、約束は約束だから、行かなくちゃね……」

 私が考え事をしている間に、リヅは毛繕いを済ませ、私の枕元で丸まって寝ていた。

 私はリヅをひと撫でしてから、スタンドランプを消す。


 あたりは暗闇に包まれ、すぐに睡魔が襲ってきた。私はもう一度リヅをひと撫でしてから目を閉じた。


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