食う寝る処に住む処
前回から随分と間が空いてしまいました。
申し訳ありません。精進します。
しばらくして、星華が落ち着いたところで俺から離れていく。
残念なことに繋いでいた手も離れてしまった。
「さ、そろそろ行きましょうか。美沙希さんも待ってるでしょうから」
先導して歩く星華の後ろを付いて行く。
『待っているはずの美沙希さん』がつい先程まで俺たちの様子を見物していたことは伝えるべきか伏せておくべきか。
局長さんのキャラクターをまだ把握できていないが、ラノベとかだと間違いなくからかわれるパターンなんだよなぁ。
この場合、実害を受けるのは星華の方で俺の方は多少流れ弾が飛んでくるくらいで済むとは思うのだが。
とりあえず黙っておくか。
その方が面白そうだし。
局長さんが悪乗りしてくるようならその時にフォローに入ればいいだろう。
星華はそのまま建物の中に入っていったが俺は足を止めて建物の外観を見渡した。
外観は総煉瓦造りに見える。
基礎まで煉瓦で覆われているのはデザインなのか、コンクリートが存在しないのか。
入口の大扉は観音開きで扉の外枠が金属で補強されている。
屋根瓦が純日本風なのが和洋折衷と言うか、大正モダン的な雰囲気を醸し出している。
窓は小さめで木製。ガラス張りの所はない。出窓のようになっているが当たり前のように全ての窓が鉄格子で覆われている。
ガラス張りの窓がないのはガラスが高価なのだろうか、それとも防犯……防御面? でガラスは弱いからだろうか。
おそらくは後者だろう。全体的に何か――おそらくはモンスター的な――の襲撃から守るためだろうか。随分と頑丈そうな外観をしている。
そして、星華の入っていった入口の右側にでかでかと飾られている看板が否応なく視界に入ってくる。
『妖精管理局 松江県支部』
松江……県?
島根県じゃなくて? 松江県?
いや、そもそもここは元いた日本じゃないんだから多少の違いはあるんだろうけど。
ある意味魔法少女とか何とかよりも異世界であることを実感したかもしれない。
「優路さん? どうかしましたか?」
入口で立ち止まった俺を星華が建物の中から呼びかけてくる。
「すまない。今行くよ」
小走りで星華を追いかけて中へと入る。
玄関らしき所はあるが靴箱のようなものがない。
目の前で俺を待つ星華が編み上げブーツのような靴を履いたまま上がっているということは土足でいいんだろう。
ちなみに、車から降りる際に星華からサンダル的なものを渡されている。
足の裏も結構血まみれ泥まみれなので裸足で上がる方が逆に汚いかもしれない。
「へぇ、中はこんな感じなのか」
サンダルのまま上がり込んでも何も言われなかったのでそのまま星華の隣に並ぶ。
室内を見渡せば外観にも劣らない大正モダンな……と思っていたが意外と簡素で落ち着いた感じの木造建築だ。と、いうか。
「なんか、学校みたいな感じがするな」
入口からストレートに伸びる廊下。両脇に等間隔に並ぶ引き戸の入口。かと思えば奥の方には蛇口がたくさん並んだ低めの手洗い場のような場所。
ああ、廊下に接する部屋のそれぞれに窓が多いから教室のように感じるのか。
ど田舎で生まれ育った俺の通っていた小学校はこんな感じの木造二階建てだった。
「正解です、優路さん。ここは数年前までは小学校だったんです」
星華が言うにはすべての子供たちの能力適性を見極めるために義務教育と称して7歳から12歳までの間、読み書きや簡単な算術、体力作りと戦闘基礎訓練などを受ける。
そして、戦闘、戦術、魔術などに才能を見出されたものはその後3年間の武芸高等学校へ。
それ以外の者は普通の高等学校へ進学するか、家業を継いだり才能を生かせる職場に就職したりするのだそうだ。
「じゃあ、星華も武芸高校へ?」
戦っているところを実際に見たわけではないけれど、魔法少女をやっているくらいなのだから戦闘職だろうと思い聞いてみた。
「あ、いえ、私はちょっと特殊でして」
ぱたぱたと手を振りながら星華が否定する。
「私は算盤とか計算が得意だったので商業学校へ通うことになったんですけど。ある日、魔物に追いかけられている妖精さんを助けたら魔法少女に変身することになってしまって……」
成る程。魔法少女アニメの第一話をリアルに体験してしまったわけか。
「てことは、星華は戦闘訓練とか受けずに戦ってるのか?」
星華の身体能力、とりあえずジャンプ力だけだが、二階建ての屋根に軽々と飛び上がれるくらいなのだからおそらくそれ以外の能力も相当だろうから心配ないのかもしれないが。
「基礎訓練は小学校でしてましたけど、実践訓練はここへ来てからですね」
ここ、というのは妖精管理局か。
俺を『妖精』扱いにして保護したように、星華の妖精とやらもここで保護されているのだろう。
「あ、着きましたよ。優路さん。ここが局長室です。美沙希さんがお待ちですよ」
廊下の突き当りまで歩いて、ほかの部屋の扉より幾分豪華な扉の前へたどり着いた。
元は校長室とか、そういう所だろう。
そういえば星華の妖精とやらの事を聞き逃してしまった。
まあ、話す時間くらい後でいくらでも取れるだろう。
「美沙希さん、星華です。優路さんをお連れしました」
扉をノックして中からの返答を待つ星華。
程なくして中からガチャリと扉が開けられて、局長さんが顔を覗かせた。
「星華ちゃん、早かったわね。折角の旦那様との再会なんだからもう少しゆっくりしていてもよかったのよ?」
ニコニコと嬉しそうに話す局長さんの言葉に固まる星華。
あ、これ揶揄ってるとかじゃなくてガチで嬉しそうなやつですね。
旦那様云々は冗談だと分かっているだろうがどこまで本気にされているのやら。
「あ、え? あ! 美沙希さん、見てたんですか!? もぅぅーーーー!」
フリーズ状態から立ち直った星華が局長さんに詰め寄ってぽかぽかと軽いげんこつで肩の辺りを叩いている。
こういう怒り方する奴アニメとかでしか見たことないと思ったが、そもそもこの世界自体が俺からすればアニメみたいなものだった。
「見つめ合って抱き合って、感極まって泣いちゃったりして。青春ねー」
「違います! 違いますから! もぅもぅもぅぅぅーー!」
真っ赤な顔をして詰め寄る星華を全く意に介した様子もなく楽しそうに微笑む局長さん。
「あらあら。照れなくってもいいのに」
「照れてません!」
星華を抱きしめて胸の谷間で窒息させつつ反論を封じる局長さん。
星華の顔が、あそこまで埋まるのか……。羨ましいやら恐ろしいやら。
「今はこう言っているけれど根は素直な子だから、よろしくね、優路君」
「はい。お任せください」
もぅもぅ言いながら藻掻く星華を眺めつつ局長さんに話を合わせる。
星華をイジりつつ外堀も埋めていこうという魂胆だ。
あまり弄りすぎると矛先がこちらに向きそうなので控え目にはするつもりだが。
「局長さん。そろそろ離してやってください。あと、要件をそろそろ」
星華を開放してもらって本題に、と思っていたのだが。
「あら、星華ちゃんは呼び捨てなのに私は局長さんなのね? 今日からここで一緒に暮らすのですから私の事も美沙希、と呼んでくださいね」
何というか、フランクなお姉さんだ。
貴女確かここの最高責任者ですよね?
「いえ、局長さ…「美沙希」んを……」
これはあれか、名前を呼ぶまで無限ループする選択肢か。
「……わかりました。美沙希さん」
あえて呼び捨てにしてみるという選択も考えたが面倒くさい事になりそうだったのでさん付けにしておいた。
「はい、美沙希です。これからよろしくお願いしますね。優路君」
極上の笑顔で返されるともう何も言えない。
まあ、役職呼び禁止の会社ってたまにあるよね、ってことで。
というか、それよりも。
「今、ここで一緒に暮らすって言いましたか?」
無事解放された星華と顔を見合わせた後、美沙希さんへと向き直る。
一緒にって、美沙希さんとか? それとも星華もここに一緒に住んでるとかそういうことか?
「言いましたよ。現在、優路君は名目上は≪3種妖精≫としてこの妖精管理局に保護されている状態です。ですのでここで生活してもらうのはごく当然のことだと思いますよね」
いや、思いますよねって言われても。
俺からすれば有り難いというか、むしろありがとうございますって所だけれど、星華にしろ美沙希さん本人にしろ一つ屋根の下っていうのは問題とかないのか?
もう一度星華に目を向ける。
何とも言えないような微妙な表情をしていた。
「一応聞くけど、星華もここに住んでるのか?」
この表情からするとほぼ確定なんだが。
「はい。ここの2階が職員寮になっていまして。私と美沙希さんとあともう二人、ここに住んでます」
はい確定しました。
「星華はいいのか? 自分で言うのも何だけど、俺みたいなのが一つ屋根の下にいて」
本音を言えばここで暮らしたい。
星華や美沙希さんとも仲良くなれるだろうし、あわよくばラッキースケベ展開だって期待できるじゃないか。
ただ、それはそれとして星華やほかの住人の意思も尊重しなければ、とは思う。
ここで星華を蔑ろにして同じ寮での生活を強行したところで好感度は上がるまい。
「少し、不安はありますけど、優路さんは他に行く当てがないんですよね? ですから、仕方ないかな、とは思います」
あっさりとOkが出た。
警戒感の無……もとい、優しい人たちに助けられて良かったと思う。
「とりあえず、お腹、すいてませんか? ご飯の用意をお願いしているのでみんなで食堂へ行きましょう。そこで残りの二人も紹介しますね」
はい決まり、と言うが早いか美沙希さんは局長室を出て一人先を歩きだした。
これ、局長室来る意味あったか? と思わなくもない。
「私達も行きましょうか」
星華と顔を見合わせて呆れ半分で笑いあうと、二人並んで美沙希さんの後を追って歩き出した。
説明回でもない道中回?
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