プロローグ3 オオヒルメ
プロローグ終わり。
本日の更新もここまでです。
一瞬だったのかそこそこ長い間だったのか。
とにかく意識を失っていた。
その隙に転移させられたらしいのだが。
「なんだ? さっきと変わってないな」
辺りは何もない宇宙空間みたいで相変わらず俺は宙に漂っている。
「おーい。転移ミスってないか?」
何もない虚空に向かって呼び掛けてみる。
あの神様モドキがまだその辺にいるなら返事をしてくれるはずだ。
「転移は成功しておりますよ。遠き異世界の地より遥々のご来訪お疲れ様で御座います。救世者様」
予想していたさっきまでの軽いおっさんのような声ではなく、声だけで美人だと期待してしまうような、そんな澄んだ声が聞こえてきて思わず身を正す。
「そう畏まらないでくださいませ。私は広域管理神様の部下の一人。この世界一つのみの管理を任されておりますオオヒルメと申します」
部下の一人って。畏まらなくてもとは言うが、世界の管理を任されてるって、それ神様じゃないですかー。
「神とは呼ばれておりますが、広域管理神様と対等にお話なされる救世者様におかれましては私よりも位が上であるとご承知おき頂きたく思います」
いや、世界一つ任されてる神様より上って言われてもなぁ。
あえて言うなら本社の課長と下請け会社の社長みたいなもんか。
人にもよるだろうけど、下請けの社長さんて腰の低い人多いんだよな。で、だいたいは俺より年上だし取引先の社長だから気を遣うんだけどね、あれ。
「俺自身はただの人間ですし、いきなり神様より上なんて言われても困ってしまいますよ」
「ですが、貴方様は繁栄の因子を持つこの世界の何者にも代え難いお方。そのことだけは覚えておいてくださいますか?」
繁栄の因子、か。大体何やっても成功が約束されてるとかこれこそチートって感じのスキルくらいにしか思ってなかったけど、世界を繁栄させる役目を持つ神様としてはそうもいかないんだろうな。
「まあ、とりあえずオオヒルメ様と呼ばせて頂きます。俺のことはお好きにお呼びください」
そう言えばあいつと言いこのオオヒルメ様と言い、神様ってのは姿を隠したがるもんかね?
俺の知ってる小説なんかではちょくちょく姿を見せていた気がするんだけど。
1対1で話してる身としては姿が見えないのは何となくやりづらい。
今さらになってそう思うのは、まぁ、声の主がおそらく美しい女神だと予想できるからだ。
さっきまでの『あいつ』はまず間違いなく男、というかたぶん見た目おっさんだしな。勝手な想像だけど。
姿が見えて困ることはないが特に見なくても事足りた。
だが、個人的な希望としてはオオヒルメ様には一度お目通りをさせて頂きたいところだ。
さすがに不敬に過ぎると思うのでどれほどの美少女であってもハーレム入りをお願いすることはしない、というかできないだろうけど。
「では、優路様と。では、早速では御座いますれど優路様には私の直轄地へと赴いて頂きたく思います」
直轄地。自分の治める国だか地域だかってことか。
てことは、他の地域にはオオヒルメ様のさらに下請け孫請けの神様とかいるんだろうなぁ。
「分かりました。俺はその直轄地を繁栄に導けばよろしいのですか?」
導こうとか考えなくても勝手に繁栄していくとは言っていたけど、指向性ってものもあるだろう。ある、のか? あるかもしれない。
少なくとも好き勝手生きて繁栄していった世界と目的をもって繁栄させていった世界では成長速度や成熟度合いなんかに差が出るんじゃないだろうか。
「広域管理神様はそのような事を? 私は優路様にこの星で好きなように生きて頂き、その結末に於いて齎される繁栄の因子の働きを監視せよと命じられております。お役目と重く受け止められるのではなく、思うように新しき人生を謳歌なさいませ」
何だろう。暗に繁栄を急ぐなと言われているような気がする。
急激な変化が悪い方向へ傾く可能性がある、とかかもしれないな。
「わかりました。では、その辺はあまり気にせず、まずはこの世界に慣れるところから始めてみたいと思います」
確かに好きに生きていいと言われてるわけだし、そう急ぐこともない、のか?
「其れが宜しいでしょう。冒険に心躍らせるも良し、色恋に生きるも良し、海を渡り世界を巡るも宜しいかと」
「あ、直轄地から出てもいいんですね」
送られた先に留まってその地域を繁栄の拠点とさせたいんだろうなとか、勝手に思ってました。
「優路様は救世者となられる条件に良縁を祈願されたと聞き及んでおります。まずは優路様の魂の彩に寄り添える者が集う地を選びお送りするだけの事にございますれば。然る後はどのようにも」
ああ、ハーレム候補生ね。
あいつじゃなくてオオヒルメ様が選んでくれてるわけか。
「ただ、ひとつだけご忠告申し上げて於かねば成らぬことがあります」
「はい?」
「送らせて頂いた地で優路様が出会う者の幾人かは親友と成りえたり、生涯の伴侶と成りうる者たちです。その中でも成るべく見目麗しいものを選んだ心算では御座いますが……」
ははぁ。つまり、相性の良い娘と出会えるようにセッティングしたよ! なるべく可愛い子選んでみたよ! ただ、俺の好みかどうかまでは保証しないよ! ってことだな。
まあ、正直杞憂だと思う。
出会って話でもしてみれば気が合って惹かれ合うような可愛い子。充分なんじゃないかね?
その時点でまだ自分の理想がどうのと言っているようでは新しい人生も30代童貞街道まっしぐらだろう。
「広域神からも多少便宜は図る、くらいにしか言われてませんし、充分ですよ」
「そう言って頂けると助かります。では、そろそろ彼の地へとお送りいたしましょう」
オオヒルメ様の言葉を合図に、目の前に光の扉のようなものが現れる。
ここを潜れば今度こそ新しい世界が待ってるってことだな。
「ああ。そうだ。オオヒルメ様。一つ、宜しいですか」
「はい。何で御座いましょうか」
好きに生きてくれていいよとは言われたものの、ここまでしてくれる神様に多少の恩返しくらいはしておきたいよね。
「参考までに聞いてみたいんですが。オオヒルメ様は出来ればこれをして欲しい、みたいな希望はありませんか?」
ついでに言えば、活動指針とか、当面の目的としたいという一面もある。
JRPGを一本道の欠陥品だと揶揄する者もいるが、目的もなくオープンフィールドに放り出されるゲームもそれはそれで欠点じゃないのかと思うんだ。
「そうですね。その大変申し上げ難い事なのですが」
そう前置きをした後、しばらくの沈黙を置いてオオヒルメ様は仰った。
「優路様の世界には『すいーつ』なる甘味が豊富に存在したと聞き及んでおります。出来ましたら、そのうちの幾つかだけでもこの世界に広めて頂けたら、と希望いたします」
え? 何? 女神さまからのお願いがスイーツの普及?
何それ。可愛すぎるだろう。
何より誰よりまずこの女神さまが可愛いわ。嫁にしたい。
「分かりました。着いたらまずはオオヒルメ様の直轄地をスイーツの聖地にするところから始めますよ」
「あ、いえ、そこまでの事をして頂く訳には……」
冗談めかして言ったつもりだったが、思いのほか慌てて訂正してくるオオヒルメ様に頬が緩んでしまうのを止められない。
「冗談ですよ。でもまあ、これから出会う女の子たちに甘味を振る舞っていけばきっと広まっていくことでしょうね」
まずは何から作るべきか。ホットケーキとかクッキーくらいなら何とか焼けそうな気がする。
生クリームとか餡子とか何があるかまず調べたりしないとな。
「はい。そのくらいのものとして心にお留め置きいただけたら幸いで御座います」
どことなく声がほっとしたような感じに聞こえるのはきっと気のせいじゃないだろう。
スイーツを望むくらいしてもいいだろうに。神様とは言え女の子なのだから。
「じゃあ、そろそろ」
「はい。路往きに幸多からん事を」
「ありがとうございます。じゃあ、いってきまーす!」
スイーツの聖地。やったろうじゃないか。
そんなことを考えながら俺は目の前の光の扉へと飛び込んでいった。
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