初陣
ようやく戦闘シーンまでこぎつけました。
わりとあっさり目ですが。
「優路さん! 一匹そちらに行かせますから倒してみてください!」
前方で5匹ほど群がっている二足歩行の猿を、右手に持った片手剣で威嚇しながら星華が叫ぶ。
「わかった、やってみる」
俺は今、星華と菜摘先輩に連れられて町はずれの川土手にやって来ている。
2、3日で届く予定だったという俺の住民票は予想から2日ほど遅れて5日後の昼前に届けられた。
遅れた2日間と言う時間は、大和政府が俺に市民権を与えるかどうかで困窮した結果らしいと美沙希さんは言っていた。
それでも、首相の鶴の一声で俺は大和国民として認められたらしい。
渡された住民票は予想に反して紙ではなく、免許証サイズの銅板だった。
名前や住所、登録番号などが刻印されていた。
意外と凝った作りをしている。
「それが優路君の住民票ね。年齢確認だったり免許証になったり、色々使うから常に持ち歩くこと。あと、絶対に無くさないでね」
再発行結構高いんだから、と念押しされた。
「分かりました。肌身離さず持っておきます」
その後、学校から帰ってきた星華に街でも案内してもらおうと声をかけたのだが、何故か星華の部屋に居合わせた菜摘先輩に拉致られて、星華共々、警邏当番に付き合わされて今に至る。
俺は鞘から抜き放った脇差サイズの模造刀をしっかりと握りなおす。やはりと言うか、意外と重いが、何とか扱えそうだ。
正面から星華の言った通り一匹だけがこちらへ向かって走り寄ってきている。
「焦らなくていいからね。兎に角避けて、当てるのは余裕があったらね」
1メートルほど後ろで菜摘先輩が俺を見守ってくれている。
猿から視線を外すわけにもいかないので左手を軽く上げてそれに答える。
体長一二〇センチほどの二足歩行の猿。その名も猿鬼。
なんともわかりやすいネーミングだ。
もとは野生の猿だったものが悪神の邪気に中てられて人間を襲うようになったもの、だそうだ。
人里近くの山中に普通に生息しているため、街中近くまで下りてきてはよく悪さをしているらしい。
主な攻撃手段は引っかき、噛みつき。そして、投石!
「来たっ……!」
もともとが猿であるため中々すばしっこいものの、狂暴化したために知能は下がっているとの話だったが、俺の間合いギリギリのところで石を投げつけられて回避を余儀なくされる。
もう少し戦い慣れていればギリギリのところで躱すなり左手の円楯で弾くなり出来るんだろうけど、悲しいかな初陣の俺には其処まで出来る技量がない。
「石を見ない! 来てるよ!」
菜摘先輩の檄が飛ぶ。
体を逸らして石を避けたが意識を石へ向けすぎたらしい。
気が付けば視線は頭の横を通りぬける石へ向いていて、猿鬼に視線を戻した時にはすでに俺に向かって飛びかかった所だった。
「うぉっ! 危ねっ……」
咄嗟にバックステップを踏み何とか攻撃を躱すがバランスを崩し二、三歩ほど踏鞴を踏む。
「相手を視界から外さない!」
「はいっ!」
この二週間、星華や菜摘先輩との模擬戦で散々注意されたことだ。
練習ではそこそこ出来るようになったと思っていたが、いざ実践になったらこれか。
練習と実践では違うとは知っていたつもりだったがここまでできなくなるものか。
一応言い訳をさせてもらうと、動きにくい服装にもほんの少しだけ原因があると思う。
インナーは襟の短いワイシャツ。下は濃紺の行燈袴、スカートみたいな形の袴を履いている。
普段はこの上に漫画とかでよく見る書生羽織を着ているが、明らかに邪魔そうだったので今は脱いで来た。
それに加えて武装として腰に脇差(模造刀)、左腕に円楯、額に鉢金を着けている。
ワイシャツはあまり伸縮性がなく腕の曲げ伸ばしが辛く、袴は気を付けて足を運ばないと裾を踏みつけてしまいそうになる。
ただ、いつもの訓練もこの格好でやっているので言い訳としては通じないだろうなと思う。
「これは、帰ってからの訓練が恐ろしいことになりそうだ……」
左腕に装着した円楯から延びるグリップをしっかりと握り直し、正面に構えながら一八〇度反転する。
猿鬼は着地から方向転換を終えたらしくすでに俺に向かって駆け出していた。
ここから先は訓練を思い出しながらせめてこれ以上のダメ出しをもらわないようにしなくては。
「相手をよく見て、まずは回避っ!」
俺の眼前、三歩手前のところで飛びかかってくる猿を一歩下がって回避する。
視線は猿鬼から外さない。
猿鬼は前足……腕? から着地して、着地した時にはすでにこちらに向き直っている。
成程、攻撃の間隔が速いわけだ。
「いいよ、よく見えてる」
三回、四回と回避を繰り返し、攻撃するタイミングを計る。
飛びかかってきた後は俺の顔あたりをめがけて引っかきに来るだけのようだ。
「……此処っ!」
何度目かの猿鬼の跳躍に合わせて一歩踏み込んで刀を振り下ろす!
「グゲャァァッ!」
ドンピシャ!
模造刀なので切り捨てることはできないが真剣だったら一撃だったかも、という程の手ごたえがあった。
弾き飛ばされた猿鬼はなんとか両手両足で着地をしたようだが明らかに動きが鈍くなっている。
一気に畳みかけたいところだが猿鬼のほうもまだ戦う気でいるらしい。
窮鼠猫を噛む、とも言うし傷ついて更に狂暴になった獣に迂闊に近づくのは少し怖い。
それでも近づかない訳にも行かないのでじりじりと摺り足で間合いを詰めていく。
猿鬼は大きく口を開けて叫び声をあげながらこちらを威嚇してくる。
やがて、間合いを詰められることに耐えられなくなった猿鬼が大きく口を開けて飛びかかってきた。
「それを待ってたっ!」
攻撃パターンの少ないやつでよかった。
正直そのまま前進されるとかのほうが多分戦いにくかったと思う。
一番理想的だった反応に感謝しつつ、刀を振りかぶる。
「はぁぁっ!」
両手で柄を握り一刀両断するくらいの気分で振り下ろす。
刃引きした刀が猿鬼の鎖骨あたりに命中、そのまま地面に叩き落とした。
「ギャブッ……ギキィィッ!」
猿鬼は口から血を流しながらも顔を上げ俺を威嚇してくる。
起き上がろうと藻掻いているが、どうやら起き上がることができないようだ。
「ボーっと見てるんじゃないの! 早くトドメ刺しちゃって」
あ、はい。解ってます。解ってますけれども。
やはり割り切れないというか、殺すという行為に躊躇ってしまう。
「気持ちはわかるけどさ。ここで取り逃すと犠牲者が出る。私たちがやってるのはそういう仕事だから」
殺さなければならない理由があるのは解っている。そういう言い方をされると弱い。
一歩、二歩と猿鬼に近付いていく。
力なく振り回される左腕にだけ気を付ける。
「どこの世界も弱肉強食、か。悪く思わんでくれよ」
模造刀とは言え先端は鋭利だ。
このまま心臓の辺りに刀を突き立てれば殺しきることができるだろう。
覚悟を決めて心臓部へ刃を突き立てる。
ぞぶり、と言う肉を貫く感触を刀越しに感じる。
「ギキィィィィッ!! ギィィィ……!」
ビクン! と猿鬼の身体が痙攣し、断末魔の叫びを上げた後動かなくなった。
五秒、十秒……しばらく観察してみるが動く気配が感じられない。
「こ、殺した、か……?」
恐る恐る猿鬼から視線を外し菜摘先輩の方に顔を向けると、親指を立ててグッ、とサムズアップしていた。
倒した、ってことか。と言うか、そのジェスチャーは大和でも通用するのね。
「……っ。ふはぁぁぁぁぁ……」
猿鬼に刀を突き立てたまま脱力する。
「お疲れさまでした。優路さん。お怪我もないようで何よりです」
顔を上げればいつの間にか四匹の猿鬼を倒し終えた星華も観戦に加わっていた。
「ああ。ありがとう。何とか倒せたって感じかな。石投げられた後の攻撃を貰ってたらやばかったかも」
思い返してみてもあれはかなりの大ポカだったと思う。
フェイントにあっさり引っかかり襲い掛かってきている敵から思い切り視線を外してしまった。
「横目で見ていましたが、あの攻撃を受けていたらこんなに楽勝にはならなかったと思います。あ、そうだ!」
星華は何かを思い出したようで、右手を左腕側のの小袖に突っ込むと二の腕辺りをごそごそし始める。
「私の使い古しで申し訳ないですが、この腕守りを着けていてください。防御力向上の祈願をかけてありますので」
そう言って差し出されたのは布で作られた、二センチほどの太さの桃色の紐。最近見ないが手首に着けていたらミサンガとかに見えたかもしれない。
「結んであげますから、腕を捲くってもらえますか?」
星華が俺の左腕を取ったので言われるままに左腕の袖をまくり上げる。
「少しだけじっとしててくださいね」
星華が二の腕に腕守りと言うものを結んでくれるのをじっと見つめる。
戦闘後だからか、頬が上気して少し赤い。
あと、良い匂いがする。
「優路さん、少し筋肉付きましたね。会った時より精悍になった感じがします」
紐を結び終わると星華が両手で包み込むようにしていわゆる『力こぶ』の辺りに触れる。
言われてみれば少し硬くなったような気もしないでもないが、三週間ほどの訓練でそこまで変わるだろうか。
だけど、褒められるというのは悪い気がしない。たとえ乗せられていたとしても嬉しいものだ。
「星華がそう言ってくれるなら、菜摘先輩のシゴキに耐えてきた甲斐があるよ」
なんて話をしていたら、星華のすぐ横で菜摘先輩が恐ろしさを感じさせる笑みを浮かべていた。
「仲が宜しいのは結構なことだけどさ。警邏の途中だって忘れないでねー」
「ハイ、すみませんでした」
秒で謝罪した。
「私からも言いたいことはあるけど、解ってるようだから言わないでおくね。次は声かけないから」
「はい、気を付けます」
気を付けてね、ほんとに。と、付け足して踵を返して歩き出す菜摘先輩を見て、俺は星華と顔を見合わせる。
「なんか、やけにあっさり終わったな」
「ええ。もう少し注意されるものだと思ってました」
拳骨の一発は二発は覚悟していたんだが。
呆気にとられたまま俺たちは菜摘先輩の背中を眺める。
この後もう一度猿鬼の群れと戦い、俺ももう一匹倒すことができた。
猿鬼たちの死骸は、この後マリアベルが業者の人と回収に来て、市役所に申請すると駆除報酬が支給されるのだそうだ。
……それって害獣駆除って言わないですかね。
反省してる人を叱るのは逆効果だって、ばっちゃが言ってた。
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次回は星華とデートになる予定。